クレドのにっき

クレドのにっき

零~天倉 拾伍~

手が つめたかった。
澪 は 目を あけた。

祭りの輪は広がり。 開け放たれた蔵からは異臭が漂っていた。
死んだ村人たちの祈りは天に通じるのか、御園には霊があつまっていた。
「蝶神様蝶神様…村をお救い下さい」
「×をお鎮め下さい」
「蝶神様………」

呆然とする睦月に、ほほえみかけた。
『なんで』
彼女の後ろに立つ八重に、彼は問いかけたつもりだった。
「気にすることはないのよ、睦月。私は、私の意志で一緒に行くの。
だから、あなたはもう、自由におなりなさい…?』
睦月は澪の手を触ろうとして、一歩後ろに下がられてすり抜けた。
崩れ落ちる睦月・黒く見えない月・さよならの言葉・去っていく足音
『どうしてお前が、』

さあ祭りが始まる………早く追いかけないと、タイセツナヒトヲうしなっちゃうよ、繭…。

時の経たないこの村で唯一時を越えてきた睦月だもの。
睦月には時をゆがめられる力がある。それできっとおねえちゃんは助けられる。
足の不自由なおねえちゃん。
私の所為でそうなった。
笑えば、話せば、きっと私以外のひとにだって心を開ける。
おねえちゃんは立派な霊能者にだって、何にだって、なれる。
昔語り合った夢のように、二人一緒ではなくても、
おねえちゃんは生きていけるのよ。
…贖罪のつもりじゃないけど、これで赦してね。
もう、こうする以外に、おねえちゃんを紗重から守る手段は無いの。
『それでいいのよ。私はあのときそうすべきだった。』
澪の姿は白装束に替わる。靴も下駄に替わって、彼女は「八重」になる。
繭がそうだったように…双子の片割れをつとめる。
囁き橋への門をゆっくりと潜る宮司と巫女の列は、橋を渡って…贄座へと向かう。

「澪!澪!澪!澪!」
あたしは走っていた。不自由な足がもどかしい。
でも走らなければ、今走らなければ、今走らなければ、今止めなかったら、いつ、いつあの手を取り戻せる?!
「だめよ!だめ!いってはだめ!
その手をとってはだめーっ!! 」 黒澤家の門の直前で、彼女が肩越しに云った。
『 これで…いいんだよ。 」
その言葉で、あたしは澪という、大切なものを失ったことに気付いたのだった。
うしなった?
閉じていく門/闇が支配する/宮司の守る門/
あたしは走った。宮司たちに邪魔されながらも、門を開ける。
 そこには、風に髪を靡かせる少年の霊がいた。

『…澪からの願いだ。きかないわけにいかねぇよな。繭。あんたもわかってんだろ?』
睦月があたしの肩に手をかけると、景色が反転していくのがわかる。
還る?
あたしだけ?
あたしだけで??
「 厭よーーッ!澪!澪!一緒でなきゃ…約束したじゃない!一緒に還ろうよ!! 」
懸命に手を伸ばしても、何にも届かない。睦月があたしを押しとどめる。
『 お前はひとりで還るんだ! それが澪からの…最期の願いだ。』
落ちた射影機…澪の持ってた。それに手が届いた所で、あたしの意識は元いたあの小川へ戻っていく。
睦月の寂しそうな笑顔、澪のこと、全て忘れて、あたしは一人で逃げる。
澪をうしなって……


 ゆっくりと重なる錫杖の音/
 「きたよ紗重」
 『待ってたよ 八重』
 ゆっくりと重なるふたりの影/
 錫杖が鳴る
 シャンシャンシャンシャンシャン
 シャンシャンシャンシャンシャン
 あのときと願っていたときとおなじく
 シャンシャンシャンシャンシャン
 シャンシャンシャンシャンシャン
 紗重の喉をしめる澪の手が紅い痕を
 つけるまで、そう時間はかからない。
 やがて本当の死を遂げた紗重が虚に………

澪は
八重は
ゆっくりと………
ゆっくりと………夜が/あけて/いく。




十年後。
「天倉 繭…先生というのは、あなたですか?」
長くのばした艶やかな黒髪を、白い布でくくっている。それ以外は、普通の女性であった。
二十後半の、OL。しかし、もう一つの顔は、天倉繭という、天才的霊能力者という顔である。
細面に、丸い目は、少し彼女を若く見せていた。
天倉家に持ち込まれる問題にはキリがない。
それらをすべて解決するのは、彼女の役目。

 部屋に戻ると。ふと鏡の側の射影機に目がいった。
それを手にとり、撫でると、澪の戦いがフラッシュバックする。
「…あれから一度もお前は動かないね」
<おねえちゃん しあわせに>
唯、ひとことだけが克明に刻まれた射影機は、二度と動く事は無い。
時を戻された事は、繭の躰にも変化をもたらした。右足が、自由になったのである。切断され傷付いていた筈の神経が、全て綺麗に治っているらしい。
…まるで、澪を贄にして、その自由を得たかのようだ。
ひとにいわれたことだけれど、確かにそうかも知れない、とも思う。



てが つめたかった。
澪 は くらやみの なかで めを さ/ま/し/た。

「やくそくしたよね。
 ずっと/いっしょ…だって。」
END IS BAD?



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