クレドのにっき

クレドのにっき

零~天倉 拾陸~

「何いってんのよ。見捨てていけるわけないじゃない。」
胸を張ってさえ云う澪に、睦月は半ば呆れた。この、今し方自分を殺しかけた霊を赦し、そして野に放つのか。
『…また、怨霊化するかもしれないぜ?』
鈴のついた鍵を鍵穴に躊躇いも無くいれ、回す。カヂリとした確かな感触。
「さ。開いたわよ」
『………』
そろりと、睦月が足を踏み出す。戸口の前で待っている澪の前へ。
シャッターチャーンスッ!!
滅発動。 ご愁傷様。
どいってええええええええええええええええええッ?! てめえ!!何すんだ!!?そういう魂胆かー!!」
ひっくり返った睦月が身を起こすと、彼は髪が元の長さに戻っている事に気付いた。
『??』
澪も、撮れた写真を見て首をひねっている。
「…何これ、紅い蝶がいっぱい映ってる。アンタ撮った筈なのに?」
二人ははっと顔を見合わせた。

睦月を撮る→紅い蝶が映った=蝶神


アンタ、蝶神だったのーーッ?!
俺、蝶神だったのかーーッ?!
ぎし。
「!」
床を踏む音が聞こえた。

………やえ……… やえ………やえ………


『澪!逃げろッ』
「何処へよ!」
タタンッ。戸が開いて、澪の胸に飛びついてきたのは、
「おねえ…ッちゃん!」
「澪!澪!…よかった、紗重に捕まってはいないのね?!」
『繭…??じゃあさっきのあの声?』
睦月の言葉に、はっと表情を変えて繭が皆に屈むよう指示する。
「紗重に追われてるの。今、射影機の影響下にいるから、探知できないわ」
ゆっくりと格子窓の外を血塗れの影がよぎっていく。
『八重…どうしておいてったの。八重…どうして…きてくれないの?わたしをひとりに………しないで。しないでよう………』
繭と澪の握りあう手が、冷たかった。緊張で震える手がどちらのものか、わからない。
早くすぎていってくれ。
つと。戸の前でとまった気がした。
『八重…?』
いません。いませんーーッ!!(澪心の叫び)
影はゆっくりと戸を過ぎて、ぎし………と音を残して、消えた。
………
………………
………………………………
長く短い時が過ぎて、三人?は腰を上げた。
「…行ったみたいね」
『お前らも早く逃げろよ』
「え、でもあたしは…喉に」
そういってくつろげた襟から覗く喉には、何の痕も無い。ただ、十代の女の子の白い肌があるだけだった。
「痣…消えてる。」
「………もしかして、さっきの睦月………」
『俺?俺が蝶神の元締め?』
三人は額をつきあわせた。
お前が総じて原因かァーー~ッ!!
澪が睦月の胸ぐらを掴んでいる。恐ろしい光景である…。
「み、澪、逞しくなったわね…とりあえず…出ようよ…」
 戸を開けて、そっと出るとそこに、角に隠れるようにして紅い着物の可愛らしい少女がこちらを見ている。
澪、繭、最後に睦月が出た。
『…千歳?』
云われた少女の霊は、ぱあっ、と見ているこちらが幸せになるような笑顔で、睦月に飛びつき…
『千歳、それは俺じゃなくて扉』
お約束なことをやっていた。
『??いたいよう…睦月おにいちゃん?』
仕方なく睦月は、千歳の側へ歩み寄った。
『只今、千歳。にいちゃん、還ってきたぞ』
『!もう、どこにもいかないよね!』
その言葉に彼は目をすがめ、それから千歳を抱き締めた。
『もう、どこにもいかないよ』

 立花家を出ると、村はもう紅贄祭の準備でごったがえしていた。二人は葛籠から見付けた着物をかぶり、双子だとばれないように逢坂家の方へ走る。
澪は霊でごった返す中、睦月の言葉を思い出していた。

『俺は、千歳とこの村に残る。お前らは、御園まで走れ。そこまでいけば二人一緒なら戻れる筈だ』
残るの?この村はダムに沈むのに…
『ああ、残るさ。ここは…みんながいる所だからな…』
転生も放棄して?
『…樹月をみつけなきゃいけねぇし』
そういってわらった、彼の笑顔は寂しそうだった。



澪!!
はっと気付くと、逢坂家の玄関前だった。手の中にあった筈の射影機は無い。
『八重………またニゲルノ!』
後ろを見ると、血塗れの紗重が追ってくる。と、どこかでごごごと地鳴りがした気がした。
「今…地鳴り」
「澪!走って!!」
紗重が追ってくる。それと同時に、黒澤家の方から、水が押し寄せてくる。これはダムの水だろうか?
「おねえちゃん!」
つなぎあった手/落ちた射影機を越える紗重/押し寄せてくる高い波/後ろへ流れる景色/さよならの言葉/伸びる紗重の手/御園の火/鳥居
「鳥居の先が…」
二人は絶句する!
その先は、唯暗い闇の続く、空間だった。
迫り来る紗重と波。いつしか沈んだ逢坂家、村。もう見えない。
「澪…」
不安げに見てくる彼女を、見つめ帰して。
ふたりでなら、何処へでも、いける!
繋いだ手と手を確かめあって、ふたりは鳥居の先の空間へ飛び降りた。


八重、どうしてきてくれないの?
八重、どうしておいてっちゃったの?
八重、どうしてひとりだけしあわせになんてなったの?
あたし、邪魔だったの?
そんなにあたしが、きらいだった?
水の底で繰り返す問いに答える声は無い。
八重、どうしてキテクレナイノ…
八重、八重、八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重八重………………。

足が いたかった。
鳥居がひとつ、のこっていた。
私は そこで、ただ泣いていた。
なにも わからず、 ないていた。

ねえ 紗重、どうして、コタエテクレナイノ…?

END IS …?




澪は髪を切った。短く。
「ショートカット、似合うね澪」
繭は髪が伸びて、今は背の中程。
同じ髪型でなくとも。同じでなくとも、二人はひとつ。
繋いだ手のぬくもりを確かめる。
「そっか。澪は青森の大学に行くんだ?」
水上ダムの前のベンチに座って、二人は木漏れ日の下、話していた。
「うん。…きっと一人暮らしで、色々迷うだろうけど、やってみる」
「そっか………」
そのあと、姉妹は無言だった。胸元のリボンだけが、変わらない飾り。
水上ダムの下で、灯りが点いている。声が聞こえる。
ねえ、八重、こたえて?と。
ねえ、紗重、こたえて?と。
「まだ、成仏できないんだね」
「うん…」
「おねえちゃんは?」
「…あたしは、専門的に勉強してみる。おばあちゃんみたいになれるかわからないけど、見込みはあるって、師匠(せんせい)もいってくれたし」
「大学はいかないの?」
「いくよ。仏文学やりたいの」
『へーフランス文学ねーそりゃ風流だ』
「………」
「………」
ふたりは水面を見つめたまま無言になった。聞き覚えのある声だったからで。
水面の上には、長い黒髪の美少年と、黒い短髪の美少年、そしてその後ろに隠れる紅い着物の少女がいた。無論全員霊である。
『フランス文学かー。いいなあ、面白いよね』
と、樹月。
『青森って、何するんだー澪』
睦月。
『おにいちゃん…このひとたち、だれ?』
千歳。
「アンタたち…何やってんのよ!!
未練ないなら、成仏しなさいよ!
いやあ、と睦月が手を振った。
『ここ、色々いわくつきでダムんなったじゃん?写真撮るやつ多くて。』
「だから?」
繭は何となく次の言葉が読めそうだった。
心霊写真に写るのが楽しくてー
こないだテレビにも出たんだぜ、などと何処で取ってきた情報なのか、胸を張る睦月。繭は額を押さえて、
「こないだの水0ダムってやっぱりここ…?」
『あたぼうよ!俺ら三人で写ったら、ポラロイド持ってきてたらしくて腰抜かして逃げちゃってさー楽しくてしょうがねえしょうがねえ♪』
『僕は止めてるんですけど』
さらっという樹月に、繭はつっこんでみた。
「…密かに楽しんでるんでしょう」
『…ええ実は。』
この少年、実は一番肝が座っているんじゃないのか、と繭は思った。
『ま。睦月のやつの気がすんだら上がりますよ。いつでもあがれますしね』
僕も千歳も、と彼は云った。それからかげった繭の顔を見て、彼はその心中を察したようだった。
『…八重と紗重のことはもう、どうしようもありません。お互いの事が認識出来ないんですから。僕がそうだったように、…睦月が無理矢理気付かせてくれたんです。でもあの二人にはそれをできる人物がもういない。』
「…いつかね、」
『はい?』
繭は毅然と顔をあげる。そこには、天倉の巫女、と紗重が呼んだ霊能者がいた。
「いつかね、ちゃんとした霊能者になったら、あのふたりをあげてあげたいのよ。澪と、ふたりで。」
『………そうですね』
そうだといい。お互いの声を聞けるようになればいい。
それまで永遠の鬼ごっこ。

 とびやる蝶の紅贄に
 運命くくるは蝶神の
 やっつかぞえて鬼さだめ
 ななつかぞえておいかけて
 こえよとどけよ
 しずめよと
 おとめの贄をあげいれば
 鳴動しずまり村すくう
 いまはみなものそこのした
 いまはみなものそこのした………


END.



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