クレドのにっき

クレドのにっき

蝶隠し 弐

隠れたこどもはどこにいく?
隠れたこどもは何処にいく?
隠れたこどもは蝶になる
天に通され蝶になる…



蝶隠し 弐


 いてて、と脚をさすりながら、睦月は立ち上がった。
 周りを見れば、そこは光のない、暗い所だった。何も見えない。
「ん~?おかしいなぁ、隠れ鬼やってたのは、昼間…なんでいきなり時間がとぶんだよ?」
確か、さっき…これでオレの勝ちだー、と思って神社の陰から出ていこうとした時、何かに脚を取られて…
「脚を…?おかしいじゃねーかよ」
暮羽神社の裏手には、滑り落ちる…としたら、そこは森の中の筈。
なのに、ここには森特有の匂いも、下草もない。
睦月は、闇に目が慣れるのを待つ。
ゆっくり、十数える。
「…いち、 にーい。さん、しーい。ごーお。ろーく。しーち。はーち…きゅう、じゅう」
こつん、と下駄が当たった。
硬質な音だった。
広く広がる、でも狭い空間。どっと息苦しさが襲ってくる。
「…なんだ、ここは」
岩の中にできた道、一体ここは何処だ?!

 陽が完全に暮れた。大人達が総出で睦月を捜す。
黒澤姉妹も、良蔵も、立花家の一階、高床座敷に集まっていた。
そこへ、女性がひとりお茶を持ってくる。長い黒髪を緩く後で括っている。
「皆様、そうお気を落とされずに…睦月様のことですもの、また何処かで道にでも迷っていらっしゃるんですよ」
と、わざと明るく云った。しかし、樹月は険しい顔をしている。
「…迷うわけ、あるか。この狭い村の中で…!お燐、お前だって知ってるだろ!睦月が迷うわけなんかないんだ!」
いつもは大人しい樹月でも、睦月のこととなると尋常ではない。場の空気がまずくなる。
女中のお燐はどうしたものかと思案した。と、そこへ足音。
「いつきおにいちゃん…?むつきおにいちゃんはどこ?」
妹の千歳であった。彼女は生まれつき極度の弱視で、殆ど見えていないと同じ様なものだ。それでも、彼女にはそれ故の特技があった。
「やえおねえちゃん、さえおねえちゃん。りょうぞうおにいちゃんも、みんなそろって、どうしたの?なんでむつきおにいちゃんはいないの?」
そう、気配だけで「誰か」判るのである。樹月の側へととと、と走ってくると座ってその俯いた顔を覗いた。
 或いはそれは、いつか来るその日――?
樹月は笑う。
「…ちょっとね。睦月は…出掛けてるんだ。もう、遅いから。」
ぎゅっ、と千歳の小さな身体を抱き締める。
「もう、遅いから…千歳は、ねなさい」
千歳は、自分の肩に顔を埋めた兄の異変に気付いたようだった。目を眇める。が、微笑んだ。
「うん。先にねるね。」
樹月が手を離すと、千歳は一階の自分の部屋へと向かう。 「おやすみなさい、いつきおにいちゃん、やえおねえちゃん、さえおねえちゃん、りょうぞうおにいちゃん」
そして、立ち去り際ぼそりと云った。
「……早く、むつきおにいちゃん見付かるといいね」
ととととっ。
すぐに千歳の姿は見えなくなった。

「千歳…いま、なんて…」


 「ったくよー。なんでオレばっかこんな目にあうん?原作でもミニ同人シリーズでもさー。ろくなことがあった試しないじゃん?で、今度は新作書くって云ったらやっぱオレがろくな目に遭わないんだろもー」
睦月はぶつぶつ云いながら、土中をくりぬかれて出来た道を探索していた。
くねりくねって、何処へ続くのか。よどんだ空気で、息苦しい。何となく襟をぱたぱたと扇ぐようにしてみても、暑さとは違うので、あまり変わらない。
 ああ、この匂い、なんてーの?そう、ずっと仕舞ってある、葛籠の奥みたいな?
ざりっ。
何かを踏んで、睦月は闇にすっかり慣れた目で見下ろした。
「…縄?」
何故、こんな所に縄が?拾い上げてみれば、それはずいぶんと古いようだった。今にも、音もなく崩れ去りそうな。
前に進もうと顔を上げて、彼は心臓が止まったような気がした。
「――!!」
声も出せないまま、悲鳴だけが喉を貫く。
縄を取り落とした。とさ…という、軽い音がやけに反響した。
目の前に広がるのは、
縛り付けられた屍、屍、屍!
どれもこれも、白骨化しているが、骨に達するまでの傷が見て取れる。
いかに気の強い睦月でも、こんなものを見てしまっては、ただの少年に過ぎない。
両手で頭を抱え、横に振る。あとずさりながら、
「なん……なんだよ、ここ。なんなんだよ、ここ!厭だ、やだやだ、うわあああああ――――っ!!」
問いに答えるのは、晒されている屍だけ。

 「…睦月?」
高床座敷のみんなは、既に舟をこぎはじめていた。紗重は八重によりかかって殆ど眠っているし、良蔵もさっきから何回も眠りに落ちそうになっている。
その中で、樹月だけが全く睡魔を感じないでいた。
と、八重が云う、「何処へいくの、樹月くん」
樹月は外へ出ようとしていた所だった。「…睦月の声が、きこえたんだ」
八重は何か考えていたようだった。
「…あたしもいく」
抗弁しようとした樹月だが、彼女の決意の瞳は強かった。
「聲が…聞こえたんでしょ?なら、あたし達の間に距離などないに等しいわ」
そう――同じ母から生まれ、同じ姿をした、自分の半身なのだから。
「おねえちゃん。あたしもいくよ」
「紗重…」
いつもはおどおどしている紗重が、にっこりと笑った。
「みんなで、睦月くんを、助けよ?」


――大勢の聲がきこえる
――いたい、たすけて、なりたくない…
なにに?
なにになりたくないんだ?
――いたい、いたい、いたいうぇ…

ひとつだけ確信していること。
「槌原家の光は、コレを見て、発狂したんだ」
急に寒くなった。目の前がぼやける。
「…?」
空気の澱み…、ぐらつく自分の足下。
がん、と何処かに痛みを感じた。
「!」
おかしいほど、何かにひきずりこまれる――
そして、ふと思い出した。

あのさ、これ…
差し出したのは、黒に銀色の蝶の描かれた櫛。
え…これ?
紗重がまごまごとする。自分も赤面した。
や、ほら、こないだ…良蔵がね、余ったからって。だからさ…
無理ないいわけだと思った。
…ありがとう。
受け取ってくれた紗重を見て、嬉しくなった。
だけど、知っている。紗重が本当に好きなのは…。
樹月くん!
あんな笑顔、オレには見せてくれない…。
ちょっと、悔しいけど…樹月なら、いい、かな…。

「ああ、そうだ。…紅贄祭…、ここは…」
睦月の意識は暗闇へ、今よりもっと暗い所へ落ちていく。
翠の着物を、頭からの出血が染めていく。倒れたまま、睦月は気絶した。

 参へ 



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