クレドのにっき

クレドのにっき

賛美歌の響き。

賛美歌の響き


 ぱきり、と枝を踏む音がして、五飛は振り向いた。
「誰だ」
茂みを突き破って、一直線にこちらへ飛びこんでくる姿を見て、五飛は不覚にも動けなかった。
「五飛っっ!!」
抱き付かれて、相手の体温が伝わってくる。この鼓動はどちらのもの?ああ、何でもいい、放してくれ、じゃないとおかしくなりそうだ、
デュオは、半泣きの顔で、
「五飛っ!あいたかったよう!」
そして、彼の両手をしっか!と握り、こう言い放った。
一緒に暮らそう!!
「…… は?…

 深山幽谷に住んでいる自分の場所を、デュオがどーやって突き止めたのか、とか、何でリュック一つで来た、ていうかなんで一緒に暮らそうなんて爆弾発言が出てくるんだ、とか。
五飛は色々色々聞きたい事がありまくったのだけど、現実、目の前に想い人がいるわけで。いるわけで…、その幸せに、もう何でもいいや、と思ってしまうのでありました。
「ごめん。迷惑…だよな。オレ…」
焚き火を見つめながら、ぼそりと云ったセリフに、
「…そんな…わけはない」
どころか、永遠に俺といてくれ!なんて云えない。…顔から火が出そうだ。
さっきから、鳴り止まない脈拍を、何とかしたい。文法まで可笑しくなってしまう。脳卒中にでも、なりそうだ。
とりあえず、悟られないように深呼吸して、…うん。これで、よし。
「任務はどうするんだ」
デュオは茶を啜ると、リュックからノートパソコンを取り出した。
「大丈夫。発電機もあるし、何にもこまらないよん」
…用意がよすぎや、しないか?何か――そう、これって。
「…家出、か?」
「…え?」
五飛の指摘は、図星だったらしく、デュオは笑顔のまま固まって、それから頭をかいた。
「…まあ。ちょっとした…気分転換というかなんというか。」
ため息。
「まあ、そんなことだろうと思った…」
じゃなきゃ、デュオが自分から来る筈なんて無い。ヒイロに溺れている彼が。
否――これは、チャンスじゃないのか。もし、もしだ。自分の魅力というものがあるのなら、…デュオを独り占めする…チャンス…
「どしたの五飛、鼻血なんて吹いて?」

 「雨が降ってる…」
ぼんやりと、素足のまま病室を歩き回った。
ひんやり冷たいタイルが、気持ち良い。窓にはやっぱり鉄格子がはまっていたけど、四角く区切られた風景から幾つもの雨が落ちていた。
 テレビは飽きた。何となく点けっぱなしにしてあるけど、そこから流れる雑音にはあんまり興味も無い。
四角いタイルを、一つおきに踏んでみる。けんけんぱって、昔デューと二人でよくやったっけ。
「あ、…はみだしちゃった」
これでオレの負け。…誰に?
「しらない。」
また窓を見た。外は雨。
遠く見えるのは、人工の空。
「…地球」
――初めて…ヒイロに会った時、なんて無茶で無謀でとんでもない奴だと思った。
 「お前さあ、自分の身体、過大評価してない?一応ニンゲンっしょ。普通はね、死んでるの。し・ん・で・る・の!」
銃創(まあこれはデュオが撃ったのだが)を消毒し、化膿止めと止血剤を塗り、包帯を巻いてやる。
それをヒイロは、無感動に見ていた。
「…なに?」
「…やかましいやつだな」
目線があって、なにやら云ったと思えば!はーっ、とおおげさにため息をついて見せた。
「はいはい、わるうございました。うるさくて!でもね、お前さんしゃべんないんだもん、オレの口数が増えるのが、理ってもんじゃないの」
「…」
何故か、こちらを見てくる瞳のまっすぐさに、居心地が悪くなる。
「…なに。そんなに気に入らない?」
「お前は、笑顔が似合うな」
当たり前、と言おうとしたのに、深い青の瞳が目の前に近づいてきて、喋れなくなった。
「んんっ?」
あ、キス…?
……キス?
「ちょっ、いきなしなんてことすんだ!!」
気が動転した。まさか、という感じ。そのまま、ヒイロの座っていたベッドに引き倒された。態勢を入れ返られる。
「――」
どういうつもり、と見た瞳が――悲しそうで。
思わず、頬を撫でていた。
「…何も。考えなくていいよ。…忘れて、いいよ」
何故、そんなことを云ったのか、自分でもよく、わからなかった。
ただ。悲しげなヒイロの瞳に、ほだされたのかも、知れない。
再び合わせられる唇は、何処か甘えるような感触があった。彼の髪を撫でてやる。
それはただ、優しさが欲しかったんだろう、と…彼に思わせた。
甘える相手のいない、淋しい子犬。
暖めてやんなきゃ、死んじゃうじゃないか。
そんな風に…。
――でも、今溺れてるのはオレの方で。ヒイロにはお嬢さんっていう相手がいるわけで。
勿論彼女は女だから?男のオレより全然いいわけで。
オレは愛するひとにはなれない。ヒイロの、「愛するひと」には、なれないけど。
ずっと側にいたくて、最期まで見ていたい。
そんなことを思ってしまうのは、やっぱり、オレが一方的に執着してるんだろう。
 誰かに執着するなんて、それはこの世への未練なのかな。
いつでも死ぬ覚悟なんてある筈なのに。
否、めんどうくさくて、死んじゃいたいのに。
今だって、あんまり変わらない。
明日戦争が終わるなら、すぐにでもデューと一緒に飛び降りちゃいたい。
クローゼットの奥に仕舞ってある、二人分の真っ白いトレーナーとジーパンを着て。
高いビルの上から…
「デュオ?…考え事をしながら、シーツをよるのはやめようね」
いつのまにか、センセ―がいた。
緩慢な動作で見上げると、今まで手の中にあった白いシーツがセンセ―の手の中にあった。
「…あれ?オレ、何してんだろ…」
「…首吊りするには、まだ早いよ。というか、失敗してるんだから、やめなさい」
苦笑いして、よったシーツを丸める。
うーん?と首を傾げるデュオは、仔猫のような無邪気さがあった。
「そうだっけ…。」
「そうだよ。デュオ、薬の時間だよ。」
促されて、椅子に座る。テーブルに朝食…否、昼食かな?と、薬が置かれている。向かいに、センセ―が座る。
一緒に食べるのは、薬を飲んだフリをして溜めこむのを阻止するためだ。
それと、デュオの精神状態のチェックだ。
でも、何よりトールは、こういう時のデュオには、ついていてやりたかった。
明るい笑い声の聞けない、…そんな時には。
「ねえセンセ―。」
特段、身体的病気ではないので、食事は彼の好きなものが大半を占める。今日は新作のバーガーだ。
「お店ごとにコーラの味が違うのって、なんでかな」
トールは、これまた何故か、和食。焼き魚にもみじおろし。それにどうして、ラーメンが主食?!
「うーん、コロニーごとに大きい飲食メーカーがあるからねえ。提携?かなあ」
ラーメンを啜るトール。バーガーを齧るデュオ。なんともおかしなくみ合わせだ。
「L2(うち)はアメリカ系が多いから、コーラの一番でかいメーカーもあるけど、あそこのって微妙にオレ、あわない」
「初耳。僕は…うーん、どことも云えないけど、あえて云うならそうだなー。L3の、すっごいマイナーなとこのコーラが好きだねえ」
バーガーを齧っていた口がそのまま止まる。
「…アラブ系のコーラ?どんなのなの」
トールはラーメンを飲みこむと、
「これがね、面白くて。ほら、レモンコークとかは普通だろう?でもあそこのは、…ティーコークって云うのがあるんだよ!」
「紅茶?!それ、英国じゃ…」
「いや、いやいやいや。チャイみたいのじゃないのかな」
「それも、インドじゃないの」
「あれ、ちがう?まあいいや、美味しいよ」
バーガーをとりあえず全部食べきって、いつも飲んでいるコーラに手を伸ばし、それを飲んでから。
「これに…、紅茶。…紅茶…?」
と、不思議そうな顔をしたまま、コーラを片手にポテトを食べ始めるデュオ。
幼いくらいのその行動に、いとしくて、目を細めた。
「…何があっても、僕の弟だからね。」
「…うん」
頭を撫でると、猫のようにすりついてくる。
「…簡単に死なないでね。…その時はきっと、僕も死んじゃうからね」
「…うん…」
ああ、ごめんなさいトール。その約束だけは、…オレたち、守れない。
トール、オレたちの兄。オレたちの先輩。あの冬の日、差し伸べてくれた手を、本当に嬉しく思ってる。
だけど、ああ、やっぱりその約束だけは、守れない。
みんな、終わったら…二人で、死ぬ約束だから…。

TO BE...



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: