クレドのにっき

クレドのにっき

賛美歌よ、そらへ。

賛美歌よそらへ

 五飛の葬儀は、なかった。
ただ、カトル、トロワ、ヒイロ、それと老師。その四人がそらへ向かって祈りを捧げただけだった。
――デュオの姿は無かった。
「ねえ、…どうして、デュオ、いないの?」
カトルが遠慮がちにヒイロにきく。
トロワの視線もこちら…何故俺にきく!!
心中ではそう思ったが、ヒイロは目を閉じ、
「あいつは…」
「うーちゃん、しんじゃったんだねえ」
声が重なった。
独特の足音のしない歩き方で、デュオがいた。いつ来たのか、誰もわからなかった。
きょろり、と幼い動作で周囲を見まわし、そして墓を見つける。
「…そっか。そっかそっか。ここね」
おもむろに、デュオは風を斬って何かを投げた。それは十字架の中央に突き刺さる。
「ちょ…デュオっ、お墓になんてこと」
「いいの。」
十字架の中央に刺さっていたのは、10センチあるかないかの小さな小さなダガー。
木漏れ日にきらきらと輝く銀の光――
責める目線から、疑問の目線に変わったカトルの方は見ない。自分の長い三つ編みの先をいじりながら、
「これはあいつが望んだこと。そして、死神がやってあげられなかったこと。死神は死期を見る。その筈が読み間違えた。これはオレのミス。だから、いいの。」
木漏れ日の向こうの太陽に目を眇めて、三つ編みを揺らした、
「お前――」
デューなのか?とヒイロは思った。けれど、違う。これは、デュオだ。なのに、どうしてこんなに詳しい?
…そういえば双子にはシンパシー能力を持つものがいるという。あの二人はそうなのか。
「戦乱のさなか、死んだ五飛もすぐにオレたちはきっと忘れる。みんなみんな忘れて行く。そうして平和と云うぬるま湯の中で腐って行く。それがわかるから…」
「そんなこと」
「あるよ」
カトルの反論を軽く、しかし強く遮って、真剣な顔をした。しかしすぐに に、と笑う。
「忘れるのが…厭だと、云うのがいるもんでね。その為に自分の時間まで止めちまったやつがいるから」
肩をすくめ、笑って、親指で自分の後ろをさした。
「悪いンだけど、みんなちょっと午後のお茶につきあってくれる?」

 青白い建物。
如何にも病院、て感じ。
けれど、違うのは各階の窓に全て鉄格子が嵌っていること。
車(こんなものまで黒い)を運転してきたデュオは、門番と笑顔で話している。内容からかなり長い付き合いだと知れた。
「ここって…」
と、カトル。
「…ああ」
トロワが頷く。
ヒイロだけがただ、眉間にしわを寄せていた。
長い廊下をくねくね曲がる。
先導するデュオは明るく云う。「ごめんなー脱走者がすぐ出られないように、迷路みてーになってんだ」
やがて、一階…だろうか、のどこか、病室のドアの前に来た。
そのドアの前に背を預けて。
デュオは全員の顔を見た。それは死神の顔。
「…1、ここで、見た事は他言無用。
  2、無用な詮索も、同じく。
  3、護れなかった場合はオレが殺す。
 さぁ、護れないと思うやつはここで待っててくれ。」
一瞬の沈黙の後、カトルが吹き出した。
「おいおい。真面目に言ってるんだぜ、オレは。」
困惑顔のデュオに、まだ笑いが止まらないカトルは、息を整えながら云う、
「だってデュオ、おっかしいよ、こんなとこまで連れてきておいて、今更戻れなんて!護るに決まってるじゃないか」
ねえ?とトロワを見れば、当たり前、という顔。ヒイロは知っているので額を抑えている。老師は相変わらずの仏頂面。
組んでいた腕をといた。
「…おーけー。何かあったら死神デュオ・マックスウェル様が殺しに行ってやるからな。…さあ、何があっても、驚くなよ」
扉が、開いた。

 ベッドに横たわっているのは、…長いブラウンの三つ編み、閉じているからわからないけど、多分コバルトブルーの瞳、愛嬌のある顔立ち。でも、右腕も左腕も点滴が刺してある。頬がこけて…でも、その顔はデュオそっくりだった。
流石に唖然とする(ヒイロ以外)を、一瞥すると、そのこけた頬を、優しく撫でた。
「さぁ…デュー。約束、また破っちゃったよ。…起きて、オレを怒ってくれよ。…閉じてないで。開いて。…」
少し、その寝顔を見つめていたが、デュオは窓を開け、カーテンを揺らす風を楽しむ。
ここはマックスウェル兄弟専用の病室なのだろう。ヒイロがパソコンから見たものと風景が全く一緒だ。
「ふた…ご?」
デュオは枕もとの椅子に座ると、ベッドから流れている三つ編みを手に取った。
「双子だよ。…ほつれちゃったね。編みなおそうね…。」
長い髪がシーツの上に広がって行く。それでも、そのあるじは目を覚まさない。
代わりに、デュオが喋る。
「オレたちはデュオ・マックスウェルという人物を二人で演じているに過ぎない。…本当は名前の無い、孤児なのさ。因みに兄のオレがデュオ、弟がデューと呼ばれているけど、わかるやつは一応三人くらいかな」
長い髪を、丹念にブラシで梳かしていく、それから、綺麗に編みなおす。
「デュオが、双子…だったなんて、」
「全く同じに見えていたが」
「中身は全然違うぞ」
と。ヒイロ。
二人の視線が痛いことに気づいて、ヒイロはあさっての方向を向いた。
編み終わった髪を、自分が寝る時そうするように、胸にかけてやる。それから、前髪を梳きながら、
「見ての通り、ここは精神病院。それも重度の患者しか収容しない。オレも、デューも、ここに随分世話になってる」
もう眠って、十日?
「ひとを殺すって事は、意外に重いらしいな。…まあ、オレたち、殺さなきゃ殺されるし、そのことに罪悪感もつような優しさは無いしね、…ただ…デューは優しすぎたんだ」
呆然とその告白を聞いていた。
デュオが、精神病患者?
そっと、頬に触れた。デュオの顔が伏せられた。
「…。また、夢をみているの。…もういいだろ。もういいだろ?なあ。オレをおいてかないで。デュー…」
胸に埋められた背中は、小さな幼子のようだった。
「ふれて、わかるの?」
カトルの問いに、顔をあげたデュオは、意外にも泣いてはいなかった。
「…双子の中にはシンパシー能力ってものを持つ者がいるそうだ。オレたちはある程度までなら記憶を共有できるし、お互いの身体に触れば、今のように見ている夢や思っている事がわかる。…表層的なことはね」
「今の彼の状態は?」
デュオは窓からの風に身を晒した。長い三つ編みが揺れる。
「――外部からの情報に一切反応しない。自分の中に閉じこもっている状態…もう十日続いてるかな。栄養点滴…と云えども、このままじゃデューは始末される」
表情は、カーテンに隠されて見えない。
「まあそんときは、コロニーごとぶっ壊して道連れにしてやっけどな」
ヒイロだけが見えていた。
あの時のデューのような、歪んだ笑みを――

 たった二日の思い出が、こんなにも大切で、一生を閉じてしまおうと思うほどなんて。
だけど、わかってるんだ、五飛。
お前はオレが食べちゃった。
だからもうこの世に居ないのだと。
なら何処へ行けばあえる?
オレもそっちへ行っていい?
何処かでボーダーラインを超えてしまったと気づいた。
でも超えてしまったらもう戻れないじゃん?
兄貴、ごめんね。
オレが約束を破る方になるみたい。
一緒に…死のうって、約束したのに、ね。
戦争が終わってみんな終わって、ぬるま湯みたいな平和の中で腐るのはごめんだと、オレたちは戦争から生まれて、そして戦争で死んだ方がいい。万倍いい。畳の上で死ねるなんてそんなことハナから思っちゃいない。

 A.C.200――
「怖いねえこの辺もまた、戦争になるのかしら」
「ようやっと終わったと思ったのにね」
ビルの壁に背を預けた少年は、放り投げていた林檎をかじった。

戦争がおわるまでは、ずっと…
云ったのに。

「ああそうだ。どいつもこいつも大馬鹿野郎だ。戦争大好きなのサ、ニンゲンてのは!」
――いなくなったのはヒイロが先だった。
結局やつは、オレよりお嬢さんを選んだわけで。
平和とやらが、ヒイロをオレから奪った。
奪ったんだ。
なら、オレはまた戦争を起こす。
リリーナを殺したのが誰なのか、あいつなら理解る筈だ。
だから、だから早く追いかけて来い。
道すがら、銃器店に寄った。
ショットガンを三丁と、手榴弾を木箱に2ダース。
それから、予備のナイフをざっと30。
「兄ちゃん、そんな若いのに、すごいねぇ」
店の親父は、ナイフの刃を見るデュオの瞳に見入っていた。
「ん?ああ…まあね。」
木箱は乗ってきたジープに積み込んで、仮住まいへと向かう。
「兄貴兄貴ー安くしてもらっちゃった☆」
家の中に入ると、それはもう、木箱だらけです、ここはなんかの魔法のうちか!
「いや…湿気ない?デュー」
白いティーシャツに、ジージャン。黒いジーパン。同じ格好をした二人の少年。ただ、デューと呼ばれた方には、長い三つ編みの一箇所が黒い。ウィッグを編みこんでいるようだ。
あれから――マリーメイアの反乱、そしてリリーナの余りにもあっけなさ過ぎる死。それから始まった紛争。何処にいるかもわからない技師たち、ただ、
「げふっ、げふっ。何これ?!こんなに買い込んで…!!」
トールはついてきてくれた。やっぱり、兄、なのだ。
彼らは今、戦争を止めることなどしない。
戦争こそ、人類の歴史だ。マリーメイアの云ったように、エンドレスワルツ。
戦争、平和、革命の三拍子が繰り返し繰り返し。
人殺しの死神に出来ることは、所詮殺すことだ。
護るほど大切なものも無い。
ニンゲンは護るほど大切なものか?否。滅んでしまえ。
だから、ニンゲンを滅ぼす為に、殺している。
弾薬さえそろえば、明日はこの街を丸ごと破壊する。
その為の弾薬なのだが…
「…買いすぎだと…」
「トールまで?いいじゃん、次の街でも使おうよ」
「なんか色々突っ込みをしたいが、出来ないオレ様…。」
愛銃を磨き上げて、ひとり頷く。窓から見える子供の列。
無造作に、引き金。
倒れた。
最初に声をかけようとした母親の一人もついで。
それから、窓から離れる。
「射撃訓練にもならねぇ」
 深夜12時にセットした爆弾を、街にまんべんなく置いて行く。ジープのエンジンをいじってあるから、そんなに音はしない。
街の外まで来て、安全圏に入る。あとは、火花を見たい。
深夜、12時。
街の中央で最初、小さな火花があがった。
その後。いっせいに時計回りに爆弾が街の臓物をぶちまける。
「た~まや~☆」
デュオは笑っていた。
さあヒイロ、早く来い。
どうせいきているんだろ?
お嬢さんが死んだくらいで死ぬような
ふぬけたやつじゃなかったよなあ?
さああ来い、早く来い!
オレを殺しに、死神を殺しに来い!


「兄貴、楽しみだね。」
「ああ…」
「早くヒイロ、こないかな」
「これだけ盛大に花火あげてんだ。そろそろわかっだろ」
くすくすあははは、と二人は声をそろえて笑った。
トールだけが、目を伏せていた。

to,be...



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