クレドのにっき

クレドのにっき

067~



  がりがりがり。
 オレは少し乱暴に噛み砕いた。
 がりがり、がりっ…。
 鼓動が早くなる。あの時、無理やりオマエに犯されたあの瞬間の、
 そう、これはトキメキ。
 ああ、早く早くはやく砕いてしまわなきゃ、
 オマエの次の骨が喰えないよ。

68 屋上

   てん、てん、てん。
   てん。
 あはは。
 雲が流れていく。
 それを肩越しにゆれながら眺めている。
「デュオ」
「…もう、いっかい…して…、」
 強請られるまま、もう何度しているだろう。
 空はオレンジ色を濃くしてきている。だけど、デュオの上気した表情はそれに照らされて尚熱く、
 甘く、気だるげなコバルトの眼差しがヒイロの情動を誘うのだ。
やめられないのは、多分、デュオでなく――
「あ」
 小さな高い声が、ヒイロの腕の中であがる。
「デュ、オ」
 気の済むまでシよう。オレンジが、オマエの目の色になって、俺の色になって、…

69 クスリ

 けほん、けほっ。
「…風邪薬って、美味いよなぁ」
実際には、鼻声なのだが。本来濁点のつかない言葉まで、ついているように聞こえる。
「馬鹿者。酔っ払った挙句、往来であんなことをするから、無様に風邪などひく」
と、云うのは昨夜、強か酔ったデュオが夏だからと云って、豪快に脱いだ(しかも下まで!)事を云う。
結局、仕事の最中かかってきた一通のケーサツからの在り難い電話により、留置場(!)に迎えに行かされたヒイロは、留置場の中でそれこそ馬鹿みたいに鼻水(!)を垂らしているデュオを連れ帰ったのである。  こいつときたら…。反省の色が全く、無い。なにやらにこにこしながら、
「あのねえ、オレシロップの薬っぽいオレンジ味すきー」
無邪気な笑顔。
 熱は39度を越したと思われる。
「…いいから寝ろ」
前髪を梳いてやる。幸せそうに、本当に幸せそうに、デュオは笑う。
「リンゴのシロップも…ねえ、……いやがらずに…飲むから……」
ママ、すてないで。
「――」
デュオは、さっきから誰に向かって話していたのだ?
「…俺が、オマエのクスリでいてやる。…何を嫌がったって、」
眠ったデュオの頬に手のひらを当てた。
 オマエのママみたいに、オマエを捨てたりしないよ。
透明な雫がひとつ、流れて消えた。

70 憧憬

 ああ、うん、そう。
ダレにでもあるじゃんアコガレーっつうのがさ。
 小さい頃は、大体が女の子は「はなよめさん」、「かしゅ」、「けーきやさん」…
 男は、そーだな、「やきゅうせんしゅ」、「さっかーせんしゅ」、…
つまりは、全然現実と一致していないわけよ。あこがれってのはサ。
 え?何。オレ?アコガレ?
はあ?何云ってんのオマエ。あ、いて、いて、小突くなって!わかったから!
ん~……。
ん~………………。
(10分経過)
ゴヅン!!
いってえなああ!殴ることねーだろー!オマエが云えって云うから、考えてみたんだ!
あーうー。うん。これだ!

飯と寝床!!


満面の笑顔ではじき出した答えのまま、デュオはずるずるとヒイロに玄関まで引きずられていき、
一晩をドアの前でうずくまって過ごした。

71 手首

 気づくと、見慣れた天井だった。
…記憶がはっきりしない。
 大学の講義…次は…地層学…?
がらがらっ、と勢いよく扉が開けられた。
「大丈夫?ユイ君。外傷はないようだから、医務室に運んだのだけど」
…ああ、思い出した思い出した。
次の教室に移動しようとして、派手に階段をすっころんだ。
…と、云うことは気絶していたのか。ああ、地層学の単位がギリギリだ、
あとでハッキングして変えておこう。
「でも、危なかったわね。あと五センチ右に落ちていたら、丁度側頭部が
階段の縁に当たって、大出血の大怪我だったわよ」
「…」
女医はにっこりと続けた。
「よかったわね、誰かに引っ張ってもらえて」
ふと、左手を見ると、手首に指の形の痣が残っていた。

 …自分は一人で移動していた、引っ張る者など、…覚えが無い。

72 ミルク

 酪農直産生絞り牛乳。
 栄養価も高く、値段も高く、美味しい。
 けれどどうしてもある時期から飲めなくなった。
 あるものを連想してしまうからだ。
 下世話だと云うものもいるかも知れない。
 そうではない。そうではないのだ。
 この心に、身に、刻まれた傷が、アレを拒む。

 キモチワルイ。
 タスケテホシイ。
だから、ヒイロは絶対にデュオの前ではミルクのミの字も出さない。

73 花開く 

  花が咲いていた。
あれはなんという花だっけ?
「さぁ…」
そういえば最近、会話が少なくなった。
お互いに、飽きてきたんだろうと、思う。
一緒に出かけることも、少なくなった。
お互いに、大人になったんだと思う。
「オレさ、コロニーに戻ろうと思うんだ」
「…そうか」
ああ、やっぱり。
引き止める言葉なぞ、こいつに期待したオレが馬鹿だった。

「いつ発つ?」
「訊いてどーすんの?」
即答だった。教えるつもりは、毛頭無いらしい。
いいだろう。
彼は自由だ。
束縛できるとは、思っていなかった。
「オマエは?」
「…」
どうするべくもない、このただの社会に紛れて生きていくだろう。
「あっそう」
 今年開いたあの花が、散ったら、発とう。
「まあ、達者でなつーてもオマエ死にそうにないけど」
もう、振り返らずに、ひらひらと手だけ振って、後姿に長い三つ編みがゆれていく。



「あの花、サクラと云うんですのよ」
「サクラ…」
何処かで、問う声が聞こえた気がした。
なあ、サクラ、という名前なんだって…。
答えてやりたかった。
教えてやりかった。
あの、花の名前――。

74 おかえり

 何をねがうの。
 何をねがうの?
 この世界の平和を。
 揺れる波を鎮めて、静かなみなもを。
 …本当に?
「そのために、生きている。」

 荒涼とした大地。
干からびた屍を、食らう犬。軍用犬だったのか、首輪をしていた。
ぱぁん!
「Ha!けっこーなお手前で」
砂を防ぐ為のゴーグルを額へ押し上げて、その人物はおざなりな拍手をした。
「おかえりヒイロ!オマエのだーい好きな戦場へ!」

 何をねがうの…
「…オマエを、探していた。デュオ」
「云うと思った。…おかえり!」
 ただ、ひとりの許に、いたい。

75 とろけるような

 気がつくと、いつもこんな。
「ん…ちょっと、オレ、まだ、シャワー浴びてない…」
テレビを見ていたら、いきなり音も無く帰って来て、挙句押し倒し。
「かまわない」
風呂上りのデュオもいいが、無防備な肩を見ていたら、そのまま、抱きたくなった。
意外にくせの無い髪の香り。割と、シャンプーなどに拘る、その癖。少し汗の匂いがした。
…これは、デュオの香り、とろけるように俺の神経を麻痺させていく、麻薬。
強く抱きしめる。
 硝煙の匂いの中から、ヒイロの汗の匂い。これ、好き。血の匂いも、ぞくぞくする。
オレの神経麻痺させてく、とろける麻薬。
「…怪我、したんだ」
左の二の腕の辺りに、包帯が巻いてあった。歯を使って器用に包帯をほどくと、その下の傷口を舐めた。
少し顔をしかめたヒイロに、「…痛い?」
「化膿しそうだ」
「…ドコに?」
声を顰めて、囁いた。
「…脳、かな」
お互いの麻薬で、とろけあう2人の夜は、こうして始まる。

76 ファミレス

 「だーからあ!いーじゃん、な、今回だけー」
深夜のファミレスに、よく通る声が響く。
傍からみると(尤も店員と数人のだらけた感じの男女しかいないが)、
長い三つ編みをくっつけた少年が、短髪の少年に、…金を貸してくれ、と
せがんでいるらしい。短髪の方は黙々とハンバーグを食べている。
目を閉じている辺り、結構怒っているのかも、知れない。
2人とも、十代にしては、しっかりとした身なりをしていた。特に、短髪の方は学生か
何かなのか、平たいバッグを持ち、蛇足だがかなり美形であった。
三つ編みの方は、室内だと云うのに目深に帽子を被っている所為で余り顔がわからない。
何となく、短髪より年下に思えた。
「ねえ~明日の朝には、倍にして返すから。なっ?」
短髪のフォークは、悲しいかな、チン!と音を立てて皿にぶつかった。
ハンバーグの最後の一切れは、横から出た三つ編みの手によって文字通り「横取り」されて、
彼の胃袋の中に入ってしまった。
「話、きーてくんないかなー少しは。」
元々目つきがきつめなのか、切れ長の瞳を更に眉間に皺を寄せて、短髪は熊をも殺せそうな眼光で
三つ編みをにらみつけた。
しかし、表情とは別に、
「店員さん。…焼きそば定食ひとつ」
近くにいたウェイトレスは伝票にそれを書き込むと、厨房へ声をかける。
 っていうか、細いあの少年の身体にハンバーグ定食、ドリンクバー(12杯)、…焼きそば定食…は、
何処へ吸収されているのだろうか。
「あー!店員さん店員さん、オレもハンバーグ定食ひとつー!」

 曰く。
デュオはある理由でルンペンになり、カジノでひと稼ぎしてこないと、アパートを追い出されるのだそうだ。
そのカジノというのが是また、アヤシイ所で…この辺りはごにょごにょとお茶を濁してばかりなのだが、多分非合法なのであろう。現金ならとにもかくにも、カードを使われたのではたまったものではない。
そういうわけで、ファミレスでの商談(?)と相成ったわけで。
結局、惚れた弱み。ATMから少しの現金を引き出し、明朝までと期限付きでヒイロはデュオを送り出したのだった。

「ほい。借りたヤツと、ついで」
明朝、明るい顔でデュオは戻ってきた。
差し出されたのは、元金と、…その三倍の現金。
「いやー思った通りにことが運んだもんだからさぁ。それ、山分けな」
…つまり、この6倍以上の金額をカジノで稼いできたと云うわけ…か。
「…オマエ、転職した方がいいんじゃないか?」
そういうと、デュオはしかめ面をした。
「ダメダメ!ギャンブルってのは、勝算がある時しかやんないもんなの!あんなの、運なんかじゃないんだから」
云ってから、しまった、という風にデュオは手で自身の口を塞いだ。
ヒイロは、目つきを険しくした。
「……」
「あー…そのね、だから。決まってるわけよ。アアイウノって。」
「決まってる?」
もうここまで来たら仕方ないとばかりに、肩を竦めてデュオはぺらぺらとうわさでも喋るように話し始めた。
「今日は4ホールの576番、809番、以外は出さない。まあそれも一時間ごととかに設定してたりしてさ
ハッキングが巧くいけば全部わかるわけ。で、今回はそれを掴めた」
店は潰れるだろうけどねぇ、とシニカルにデュオは笑った。
 はぁ、とため息ひとつ。
「所でデュオ。オマエどうして一文無しになったんだ?」
「ん?メトロで財布スられたの」
「…………今日は大学を休む」
「なんで」
ヒイロはデュオの首根っこを掴み、ベッドへ引きずっていった。

077 御伽噺
078 彼という人
079 じゅうたい
080 見えない敵
081 芸能界
082 忍
083 アストロスーツ
084 引かない微熱
085 悪戯
086 モニター
087 列車
088 名前
089 はじめての
090 喧嘩
091 夜桜
092 レンアイカンジョー?
093 約束
094 籠の鳥
095 プレゼント
096 雨宿り
097 tattoo
098 マーズテラフォーミング
099 四角い空
100 酒
101 日溜りの中で
102 バイバイ


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