クレドのにっき

クレドのにっき

I wish dead in yourself?



I wish dead in yourself?


 絡げた鋼糸がキリ、と音を立てた。
ブロンドの髪を三つ編みにした、白ずくめの青年は、鋼糸についた血を振って落とした。
 出来るだけ、コロシの多い仕事を引き受けるのは、死に逝く瞬間、人間はどんな言葉を口にするのか知りたいからだ。
「…ま、コロシ好きってのもあるか」
趣味と実益が叶ってなんて素敵☆
それともう一つ。
捜しているものがあるからだ。
そいつを見つけたら、この鋼糸で刻む前にとっぷり痛めつけて、…
おっといけない。
 無粋な警報が鳴り響いた。
「あーやべやべたーいさんッ」
コートの裾を翻して、彼は窓に向かって指を招くような仕草をした。窓ガラスは綺麗に全て切り取られて、次の瞬間には彼は床を蹴って外へ飛び出した。

 ソファの上に寝転んで、ぼうっとテレビを見ている。
果たして、その番組を理解しているのかどうか…
キッチンで、夕食を作りながらヒイロはデュオをちらりと見た。
基本的に、一緒にいるときくらいは切るな、というのが暗黙の了解というか、否、デュオの周りには刃物と凶器になるものを置かない、とか。
と、視界の端で赤いものが――
「デュオ!」
「…ふぇ?」
自分の首を切っているというのに、間抜けな声を出して、ヒイロの方を見る。
それは、刃先の丸いハサミ――つまりはデュオが切ったりできないように――だった。それの刃を巧く使って、自分の左首から中央ら辺までを切っている。
一寸、ぼうっとした目線で、見て、彼はひとこと云った。
「いたい」
黒いティーシャツを、更に血が黒くしていった。
もう外は闇。
彼の心も闇。

 母が家を出た。
学校から帰ってきたら、玄関に履物だの、服だのが散らばっていた。
姉の制服が、散らばっていた。
居間のドアが開いていた。
ゆっくり、覗いてみた。
「…おねえちゃん…?」
頭が真っ白になった。
この光景はなんだ?
硬く閉じられていた瞳が、ライトブルーの瞳が。
「…みないで…!」
 5つ上の姉は、なんでも出来て、優しい、大好きなひとだった。
日毎、姉の身体には傷が増えていった。
姉は口数が少なくなり、笑顔を無くした。
父は、姉を学校から無理やり退学させた。
家から出さず、自分以外と――弟と――会話しただけで、姉を殴るようになった。
姉は次第に弱って行った。
食べられなくなり、やせ細ったその身体に、父は手をあげた。
庇えば、弟も殴り、時には犯した。
それで姉の負担が減るならと、女のように髪をのばした。
元々生き写しと云われていた姉弟は、双子のようだった。
父に犯されることが少なくなってから、姉は段々ものを食べられるようになった。
そうだ、要は俺が最初から代わりになればよかったんだ。
 おねえちゃん、今日はなにが食べたい?
 …の作るものなら、なんでもいいわ
姉の長くなった髪を梳き、編む。
弟の長くなった髪を梳き、編む。
これが姉弟の、日常だった。
 だが、そんな小康状態がいつまでも続くわけはなかった。
幻覚にとりつかれた父は、部屋の中のものを殴り倒し、嫌がる姉に殴る蹴るの暴行を加え、強姦した。
 振り上げたのは、壊れた椅子の残骸だった。
父の後ろ頭を思いきり殴った。醜い悲鳴。
姉は泣きながら、身体を丸めた。
「…おねえちゃんをなかせるもんか。お前なんか、もう父親じゃない。ころしてやる」
「――、餓鬼の分際で」
「 うるせぇ! 黙れ豚。お前はこれから俺に殺されるんだ。ギャアギャア喚いて、命乞いしろよ。」

 5年かけて、行方を掴んだ。
姉が死んだと知った。
父は行方をくらましたらしい。
本人は戦争に巻き込まれて死んだらしいが、息子がいると知った。
ああ、しょーがないね。

 「あのさ…クリアは、どうしていつも…」
ベッドサイドに照らされる瞳はコバルトブルー。
遠慮がち、声が小さい。
「なに?」
抱き寄せると、子供特有のぬくもりがあった。
「…朝まで、いられないの?」
――いつか訊かれると思った。
「いそがしーんだよ。わかってっだろ?デュオ」
「あ…そうだよね。ごめん。」
 眠る少年の横で、煙草の煙を吐き出しながら、呟く声、ひとつ。
「殺す相手の寝顔なんか、みてられるかよ」

 ここんとこ、ゆめみんの。
 ゆめ?
首にガーゼと包帯を巻きながら、ヒイロはデュオの言葉を繰り返した。
デュオは何処か幼い口調で、云う。
 うん。…首をしめられるんだ
 …誰に?
デュオは少し思い出すように考えた。
 おんな。
 女…?
 こうやって、ね
と、デュオはヒイロの首に手を当てた。蝶のように、綺麗な形で。
 しめるの。…おまえは、いらない、とかなんとか
デュオの手を外すと、ヒイロはキスを掠めた。
 …俺が、要るからな。
 ?
笑顔のまま、首を傾げる。

「おまえなんか――お前なんか!生みたくなかった!死んでしまえ!お前は、罪の子だ!しんじまえ!」
バスタブに、幼い少年を沈めて、その首を絞める女。
涙がぼたぼた落ちている。
少年の髪はチョコレートブラウンで、今は水にたゆたっている。
少年の唇が動く、
ま・ま
女ははっとして、首から手を離し、バスタブから少年を引き上げた。
そして、抱きしめる。
「ごめんね…ごめんね!ママが悪かったわ!ごめんね!ごめんね…」
少年の呼吸は止まっていたけれど、その表情は微かに笑っていた。
 ママは、パパにいっぱいひどいことをされてる。だから、ぼくがママを守ってあげなきゃ。
でも、ママはぼくなんかいらないっていうの。
ぼくは、パパににてるんだって。
――みたいな、いろじゃないから、きにいらないんだって。
どうしたら、ママはご機嫌よくなってくれる?
 いつものがらくた山で遊んでたら、黒いのを拾った。なんだろ、これ。
引くところがある。引いてみたら、ドラム缶が破裂した。

「邪魔なんだよ餓鬼!お前に食わせるえさなんかないんだ!」
「いやああ!助けて!たすけて――!やめてやめてお父さん!」
ああ、
そうか。
「パパが死ねばいいんだよね?ママ…」
ぱぁん…

銃弾は男のこめかみを撃ちぬいた。
衝撃で男の首は伸び、身体も部屋の隅へ吹っ飛んだ。
一瞬の出来事。
母親は、笑ってくれると思った。
「ママ。ねえ、パパこれでママにひどいことしないよ?」
母親は、ほめてくれると、おもった。
「ママ?」
「…し。 人殺しぃいっ!! お父さん!お父さん!厭ああ死んじゃ厭あああお父さん!!」


どうして?
 なんで?
「どうして、ぼくをほめてくれないの…?」


 ――――――また、このユメだ。
天井を見つめていると、視界ににゅっと顔が現れた。
「ヒイロ」
「ユメを、見たのか」
「うん」
「…どんな、ユメか訊いても、いいか」
デュオは目を閉じた。
「――昔の話さ。
 オレが餓鬼の時、初めてひとを殺した時のね」
いつもと変わらない明るい口調で云って、そしてヒイロを見た、
「ヒイロは、初めてひところしたの、いつ?」
「…余りよく覚えていないが、6歳くらいか」
「あはは、じゃあ一緒くらいかなあ。」
そう云って、目を眇めた。
「オレの父親。――と、癇癪で母親もころした」
ダークブルーのカーテンから、淡い月の光が漏れている。
「どうやらさあ、オレって近親相姦で出来た子供みたいなんだよね。父親、つまり祖父だわな、が自分の娘を犯して孕ませた子供。」
デュオは左手を伸ばして、カーテンを開けた。月の光が、目に沁みた。
「――あの女は、オレの母親なんだな。そういえば、そんなこともあったかもしんない。…よく憶えてないけど。」
 母親は、父親を殺したデュオを散々なじり、叩き、殴った。
ほめてくれるのだとばかり思っていたのに。
そして、馬乗りになって首を絞められた。
Why?Why?Why?Why!
「気がついたら、母親の頭が無くなってた。銃弾も全部無くなってたよ。あはは」
空虚な笑い声だった。殺伐でもあった。
だけどそれ以上に、…かなしい、笑い声だった。
少しの沈黙のあと、ぽつりとデュオは云った。
「なんで、今ごろそんなこと思い出したんだろう…」

 頭上には、白い月、が…

TO.BE.



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