クレドのにっき

クレドのにっき

I wish...

I wish...


 曇り夜空。
綺麗な星も見えないから、オレはひとりベランダで歌う。
今日はヒイロは遅くなるから、ちょっと淋しい。
ねえ、知ってる?ヒイロ…このベランダから見ると、このマンションの中庭は、ぽっかり空いたクレーターみたいなんだよ。

 今日は雨。
土砂降り。
「今日は、朝までいてやるよ」
クリアの言葉に、デュオは楔を身の内に収めたまま、笑った。
だから、最期にもっと鳴いてくれ。
キスと共に飲まされた薬は、きっとロクなものじゃないだろうけど。
いいよ。
「クリアが望むなら…いいよ。」
ぞくりとする感覚、酩酊、吐き気がする程の官能。
「あ…アウ、」
「とっときだ。今日のためにな。さあ、狂え!デュオ。お前も…」
ライトブルーの
ひとみ。
え?
触られるだけで、官能に喘ぐ。息が出来なくなって、キスでふさがれて、天国へ行きたい、と思う。
今日は中々囁いてくれない。イク寸前で止めてばかり。気が狂いそう!
「クリ…ア、ぅ、い…イカ…せてよぅ」
手を伸ばした先に、いるのは…だれ?

 冷たいライトブルーの瞳が、ベッドサイドの灯りに照らされていた。
その瞳は、…ああ、あの…目だ。あの目だ。
「チョコレートブラウンの髪。コバルトブルーの瞳。…何処も似てない。どこもどこもどこも。…お前はあの男にそっくりだ。姉さんになんか何処にも似てないじゃないか。」
発狂しそうな、疼きの中で、言葉は歪んで回る。
眇める瞳は蔑み。
「姉さんは俺のものなのに。どうして、俺にも姉さんにも似てない?」
―――え?
すぅと手が伸びてきた。
いつか、の、こう、けい、
「おまえなんか、要らない。死んじまえ。誰もお前を愛さない。お前にひとを愛する資格なんか無いんだ。生きてく資格も無い。だから死ね」
瞠目したコバルトブルーの瞳から、涙が伝った。
――どうして?
「すきって…云ってくれた…のに」
「お前なんか好きになるわけないだろ」
冷酷な言葉は、表情ひとつ変えずに、愛したひとの唇から発せられる。
「やさしかった…のに」
「ああ?嘘でいいなら幾らでも優しくしてやるさ」
ほんとのことなんか、ひとつも、
「……クリア、オレのこと…」
冷酷な笑み。ベッドサイドの灯りに、閃いた。
死んじまえ

どうして、ぼくをほめてくれないの


一瞬、クリアは何が起こったのかわからなかった。
涙が伝っている。
それがぽたぽたと自分の頬へ落ちてくる。
「ああ、そう。そうなんだ。クリアも、ママとおなじなんだね。
 オレのこと、すきじゃないんだ。ああそうなんだ。うん、わかったよ。
 なにしても、オレのこと、すきになってくれないんでしょ?」
体格も体重も超えて、この少年は態勢を入れ替えた。ぎりぎりとクリアの喉を締め付けてくる両手。
狂った笑みを浮かべて、泣きながら、デュオは両手に少し力を込めた。
「…!」
物凄い力だ。とても少年とは思えない。クリアは鋼糸を何とか操った。が、それはがり、バキン!と云う音と共にあえなく崩れ去る。
デュオの首を狙った鋼糸は、彼が噛みきったのだ。――鋼糸を噛みきるなどという技術は、余程精通していないと出来ない。歯が切られるはずだ。しかし、デュオはそれが出来る。たった13で。
「鋼糸なんか意味ないよ。オレはクリアのこと、殺そうと思えばいつでも出来るんだもの…ふふ、はははっあははは!」
既に通ずる武器など無かった。少年の力は尋常ではない。
デュオは精神を――と云う話を聞いたことがあったが、今まさにその証明が為されている。
ばらばらと切られた鋼糸が顔の脇に落ちてきた。
その頃には、もうデュオは笑っていなかった。
虚無。
「――その目。嫌いだな。」
ぞっとした。
死、に恐怖を感じたことがないわけではない。
目の前の、少年に、恐怖を感じたのだ。
にっ、と唇を吊り上げるだけの笑み。
「ねーぇクリア。天国へいきたい?」
「…天国…なんかいけねえよ、」
す、と喉から手が離されて、代わりにデュオは胸前であやとりをするように指先を動かした。
軽い音。
一瞬の静寂の後、血が吹き出す、クリアの両手首から。
「これで鋼糸も操れない。」
痛みに歯を食いしばるクリアから降りると、脱ぎ散らかしてあった白いティーシャツと黒いジーパンを穿く。
奇妙なオブジェのように、正確に切り取った手首を窓際のスペースに飾る。
「あははっ、パーティみたいだ!ねえクリア?」
狂ってる…!
「お前…は、やっぱり…あいつと…おなじ、だ」
コバルトブルーの瞳は驚いたように瞬いたが、彼はくっくっくっ、と喉の奥で笑った。
「クリアこそそっくりじゃないの。…オレを抱く時とか。ねえ、自分じゃ気づいてないみたいだけど。そっっくしだよ。あはは」
――俺が…?あの、男と?!
それこそ、虫唾が走る。
デュオは、手のひらに収まるくらいの小さなナイフをジーンズのポケットから取り出して、落書きをする子供のように、でも何処か艶めいた仕草でクリアの胸を刃先でなぞった。
つー…、と銀色の線の後に、緋い液体が滲み出していく。
それを目でなぞりながら、デュオは言葉を落とした。
「機嫌がいーとぉ、やっさしい。でもぉ、機嫌がわるいとぉ、オレに当たったりするー。夜だってー、優しい時なんかなくって、いっつもオレを強姦するみたいに酷く抱くよねえ。あれ、そっくし。パパがママにするのと」
コバルトブルーの瞳が見下ろしてくる。冷たい、闇と虚無を孕んだ…いろで。
いろで…。
俺が…デュオに、あの男と同じことを強いていた?
…待てよ?何故、デュオは姉さんのことを知ってる?
あの男のことを知ってる?
あの男と、姉さんをデュオが知る筈は…
そこまで考えて、クリアはじりじりと迫る痛みの中で、恐ろしい、事実に思い当たる。
「デュオ…まさか、お前、」
「あーい、うぃー…っしゅ…」
つぅ”、つぅ”ー、とナイフでクリアの胸に、デュオは何か文字を書いていく。
皮膚を剥がし、血管を裂く、熱さの中で、問いを発した。
「お前、…なんで、知ってるんだ?」
つぅ”。
「…ら…ぁぶ、みー…」
ナイフで胸にかかれた文字。
”I wish love me.”
それは、デュオの心からの願い。
たったひとつの、願い。
でも、…今まで叶った事の無い、願い。
「あーあ。どうしてかなあ?ねーえクリア。ママはパパがいやだって云ってたんだよ。だから、ガラクタ山で拾った銃で撃った。でもそしたら、今度は『パパ、死なないで!』だーって!笑っちゃうよねえ、いやだいやだって云ってたくせに、いざ殺したら、死んじゃ厭だ?笑わせんなよこの売女ってカンジ?」
幼い口調が、段々と冷たい…殺人者の声になっていく。
コバルトブルーの瞳には、まだ何も映らないけれど、…そう、闇と今度は、蔑み。
「自分の父親にも股開いて、弟にも股開いて、あぁホントきったねぇ女!そんなのから生まれたのかと思うとホント厭んなる。クリア~、アンタの云う通りサ、オレは愛される資格なんか無いし、愛す資格も無いし、生きてる資格も無いさ。」
でも、とデュオはクリアの顔を覗きこんだ。
「アンタはどうなわけ?自分の姉と寝て、オレ生ませたわけでしょ。んで、オレを抱いたんだよねえ。ねえ、どうなわけ。」
「…姉さんを、どうしたんだよ」
唇が三日月型に弧を描く。
「…そんなのぉ、わかってるんでしょ?でもまあ、答えてやるよ。明確に、言葉で云って欲しいだろ?絶望ってのは、言葉に出すと確実になるもんな。
オレが殺したよ。パパの後、オレを殺そうとしてさっきのアンタみたいに首絞めてきたから、銃であの糞女の頭、ぶっ飛ばしてやった!きったねぇ脳漿ぶちまけて、死んだよ!」
最早、クリアには何も無かった。
姉の死、そして、デュオは自分と姉の息子だと云う事実。
そのデュオを、自分は傷つけ、貶め、…今、自分を殺そうと…。
 ライトブルーの瞳から涙が零れた。
どうして泣いているのか、わからなかった。
だけども、涙はあふれてとまらない。拭う手は、もう永遠に戻らない。
「命乞いしなよ、クリアぁ。張り合いないなー。もっと抵抗してくんなきゃ!
しにたくなーい!ころさないでくれー!ってわめきなよー。泣くだけじゃだめじゃん?そんな…」
胸の皮膚がナイフで抉られ、…
「あああああ!」
「そんな、お綺麗な死に方、オレ、気に入らない。あの女みたいに喚けよ。なあ、嘘吐きのクリア!」
笑いながら、デュオはクリアの腹部を滅多刺しにする。
あーはっはははははっははは!ははっ、はははは!
コバルトブルーの瞳から、涙が溢れていた。
泣きながら、殺した。
愛してくれなかった、その痛みを、ぶつけて。
ただ、愛してほしかった。
それさえも、赦されないのなら…。
 掠れた呼吸音が響いている。ナイフはもう血と脂で使い物にならない。それを放り投げると、デュオは床に座り込んだ。
「ははっ…あはは…」
床も、何もかも、滲んでいた。
誰もオレをあいさない。あいしてくれない。どんなにわらっても…。
「どうして、ぼくをほめてくれないの…」
わかんない。わかんない。わかんない。
「…ん」
掠れた呼吸音に、違う音。
「…ご、め、ん…」
それが。
クリアの、最期の言葉になった。

「デュオ」
振り向くと、ヒイロがいた。ジャケットをかけられる。
「もう寒い。中へ入ろう」
「…ねえ、ヒイロ」
デュオは、言葉を――
そして、やめた。
きっとその言葉は返ってくる。だけれど、それが「ほんとう」かどうかなんて、オレにはわからない。
なら、きかない。
なら、いわない。
デュオの中の小さなデュオは、何もかもをしんじられない。
部屋へ入ると、ヒイロがココアをくれた。
…もしかしたら、このココアに映る自分だって、本当はちがうかもしれない。
そんなことすら、デュオは思う。
だから、きる。
きって、確かめる。
自分の姿を。自分の命を。
身体に出来た傷を見ると、ああ、「オレ」が「ここ」に「いる」んだと認められる。
そうしなきゃ、気が狂ってしまう、否、もう狂っているのだけど。

 あの日、ママが云ってくれたなら。
 あの日、ママがぼくに、…そのひとことを、いってくれたなら。
 ぼくは、そのひとことしか、のぞんでいないのに。
 I LOVE YOU、と。そのひとことを…。

「デュオ。…愛してる」
「…うん」
かならず、ヒイロは云ってくれる。
俯いたオレに口付けて、そう云ってくれる。
でも、でも、でも、…わかんない。
ねえ、ヒイロ、…ほんとうにそうなの?
クリアみたいに、いつかオレのことをすてるんじゃない?
オレのことなんてすきじゃなかったって云ってオレを嘲笑うんじゃない?
こわい。こわい。こわい。こわいよ…

 今も、ヒイロはこの部屋で待っている。
ある日ふらりと出て行ってしまったデュオが、いつかここに帰ってくるのを。
自分が、デュオに云った言葉が嘘ではなかったと、証明する為に。
きっと彼は一生待ち続ける。
ベランダから差し込む光に、写真の中で笑う二人の少年が照らされていた。


I wish love me...Please...




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