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クレドのにっき
ユメのハナシ
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ジャカコッ。
銀色のコルトのシリンダーに5発目の弾を詰め込む。
最後の一発を口にくわえたまま、オレは顔を上げた。
そこには、何の変哲も無い、そう、一見何の変哲も無い灰色の廊下が続いている。
「畜生、まだいやがる」
プラス、被害者は?感染は何パーセント?疑問だらけだが、やるしかない。
5、600メートル先から、歩いてくる人影。両手をだらりと垂らし、無気力に顔を落として。
オレは壁に立てかけてあったスナイパーライフルを取ると、スコープで照準を合わせる。
メタルジャケット仕様のソレで、狭い廊下に斜めに発砲した。
――貫通力の高い弾は、一直線の廊下を対角線上に撥ね、人影の頭から脳漿と血を飛び散らせる。
その、人影たちは。
オレと同じ制服を着ていた――
事の起こりは5時間前。
オレ達は一番広い教室に集められ、ブリーフィングを聞いた。
曰く、
「科学実験室からバイオハザード発生しちゃったんで片付けてねv」
――かなり要約しているが。
仕官学校の生徒であるオレ達はなんと入学してまだ半年。
まともに戦闘訓練も受けていない。情報将校科だろうが指揮官科だろうが、科はごっちゃごちゃに集められた。
一人一人に銃が支給され、感染者の撲滅を命じられた。
「まず通常弾で頭を撃って行動不能にしてから、薬剤弾で完全に殺す…か」 隣にいた、情報科の女子が呟くように云った。
「…た、たすけ…られないの?」
銃なんて握ったこともない、その細い手が震えていた。
「無理だろ。何やってたんだかしらねぇけど、こんな半人前のオレ達を狩り出すくらいだ、余程手に余るシロモノになってんだろ」
オレは紺に染めた自分の髪をいじる。
「怖かったら、無理に行くことない。ここにいな」
教官が勝手に漁れ、と武器をざらざら出す。その中から、オレは貫通力の高いスナイパーライフルを二丁、取ってベルトを肩にかけた。
ガンベルトも腰にひっかける。それから、少し考えてサバイバルナイフを取った。
――返り血を浴びたら、当然感染するだろうな
「用意はいいか?扉を開けるぞ」
「教官」
いかつい教官はオレを振り返った。
「この教室は、安全ですよね?」
その問に、教官は――
「…ここが、最後の砦だ。1度出たら、武器の補給にしか戻れないぞ」
そして、扉は開かれた。
「上等だぜ。どっかのゲームみたいに生き残れんのか、それともしんじまうのか、入学早々面白ぇじゃんか。」
長い廊下を利用して、ライフルで行動不能にしていく。薬剤弾を撃ちこむのは少し後でもいいと、段々コツがわかってきた。
しっかし…なんだかね?
屍はみな2年、3年と上級生のものばかり。――後腐れがなくていいが。
「経口感染でなし、…空気感染か?これは。」
だが、ならば1年のオレ達だって感染していた筈だ。
「解せない…」
まだ、何かある。
ぞくり、と背筋を悪寒が駆け抜けた。
咄嗟に、後方へ跳び、角に隠れる。
たん…たん…たん…
(足音?)
にしては、いや、廊下に絨毯でも敷いてあれば足音と思えただろうが。
生憎、今は血の色のタイルだ。
たん…。
(とまっ…)
た?
頭の何処かで、警鐘が鳴る。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!
目だけで角を――
「あら。まだ、いたのね」
目の前に、女がいた。
いや、これを女というのか?
髪は焦げ、頭皮が所々剥げ…、なぜこんな状態で飄々と話している?
それに、顔だって…
「まだ、なのね。じゃあ…あなたも」
「うああああああああっ!」
オレは躊躇う事なく、悲鳴を上げてコルトを女の顔面にぶっ放した。
ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、…がちん!
女は向かいの壁に叩き付けられていた。
6発全部、叩きこんだ。空になったコルトをホルダーにいれる余裕も無く、オレは走り出した。
その後ろから、声が追って来る。
「1年生ね?1年生ね?あたし3年の科学科よ。知らなくて当然ね。だめよ、銃はひとにむけちゃあ…」
こいつが、感染源だ!
こいつを殺さなきゃ…でも、どうやって?
行動不能にもならない。コルトは殺傷力を上げる為、銃弾が柔らかい。それを6発食らって動くのだ、ライフルで狙うには、時間が無さすぎる!
ずいぶん走って、声が聞こえなくなった事に気付いた。
「…助かった…?」
いや、待て。
やつは、オレの存在でまだ感染していない連中がいることを…知った。
「しまった!」
オレは教室を目指して、来た道を走り出した。
「教官」
扉の外から、至極落ち付いた声が聞こえた。
「教官。あたし科学科の3年です。ここ、開けてください」
教官はぞくりとした。
2,3年生は既に全員感染して、死んでいる筈だ。
その中に生存者がいたとでも…?
教室の奥に固まって、女子が震えている。
武器の補充に戻ってきた男子が、それを護るように立ちはだかっている。
薄いプラスチックの扉なのに、何故か相手は自分から開けようとはしない。
トン…
「教官。あたし、科学科の3年です。ここ、開けてください」
トン、トン。
ノックかと思ったが、違う。合間にびちゃ、びちゃ、と濡れた音が聞こえる。
何を、叩きつけているのだ?
「教官。きょおかぁん。あたし、手がとれちゃって。痛いんですよ。叩けないの…」
トン、びちゃっ、トン、びちゃっ!
「いやあああああああああっっ!!」
堪えきれなくなった女子が悲鳴を上げ、教室内はパニックのピークに陥った。
外の女は、無くなった手首で扉を叩いているのだ!
「机を扉の前に並べろ!!バリケードを張るんだ!」
「でも、それじゃあ…外に出た連中は」
未だ戦う仲間を見捨てるか。
目の前の女に食われるか。
教官はほんの一瞬だけ考えた後、
「バリケードを張れ。」
「ここでゲームなら科学実験室へ行って今回の真相を知りました、とか云うカンジなんだろうけど。」 オレは揺らめいている人影を捕捉し、ライフルを撃つ。一発で6人。間を置かず、薬剤弾を詰めたコルトを
持って狙う。
「残念ながら真相を知りようにも知れないんだよな、この場合」
全て葬ってから、足音を立てないように走る。早く教室に戻らなければ。
「おまけに、同級生にもあってねー。(死体にゃお会いしたけど)こりゃ、外で生きてんのはオレだけかも…」
戦場じゃラッキイだろうが、この場合はどうなんだろう?
外からの救援も来ない。
中からの救援も云うまでもなく。
「生き残っても、帰る所が無きゃ、しょうがねえじゃんか」
揺らめく影が無くなった。
足元は血のタイル。
戻ってきたのだ、先ほど逃げた場所へ。
教室へは…ここからだとそれなりに遠い。だが、あの女の速さを考えれば、既に教室に到達しているだろう。
このT地路を左に、3本目の角を右…
どっちにしろ、狙撃には向かない。
「確証もないしな…」
オレはT地路を右に曲がる。最初は死体を避けて歩いたが、面倒くさくなってやめた。
手持ちの装備を確認する。
ガンベルトはまだまだ健在。薬剤弾も…ちょっときついか?コルト用の弾が足りない。
時折立ち止まってスコープを覗くが、揺らめく影はいない。
「こっちは撲滅…とすれば、やっぱ教室に行ってるよな、アイツ」
大分歩いた所で、十字路を左へ曲がる。
と、突然大勢の影が現れ、慌てて元来た角へ隠れた。
覗き見れば、それは1年生の制服。感染させられた奴らだ。
向かいの壁にそっと身を寄せ、ライフルを構えた。
「じゃあな」
続けざまに3発撃ち、薬剤弾を撃ちこむ。
念の為、右の角も見てから、左へ。
今しがた仕留めた同級生達の死体――
「?」
――から、何かが蠢き、反射的に踏み潰す。ぎゃっ、とネズミみたいな声を上げてソイツは死んだ。
肌色の、蚯蚓みたいな…?
「コイツが、感染してるもんか!」
次々と薬剤弾の効き目に苦しむそれを踏み潰す。全て潰した所で、頭の中を整理してみる事にした。
まず、科学実験室でやってたことってのは多分、寄生虫の実験だろう。
で、それが何らかのミスで学生に移った。
それがあの女、3年ていってたっけ、アイツか。
「…待てよ?なら何でアイツは理性を保っていられる?」
「あけてあけてあけてあけてあけなさいよ…知ってるのよ、みんなまだなんでしょう?仲間になりましょう、
みんな…一緒になりましょうよ…」
扉の外から聞こえる音は今や、ノックなんて生易しいものじゃなく、体当たりしている、と云った方が正しかった。
ぶつかる度に、机や椅子が揺れている。
入ってこられたら、オワリだ。
全員が悟っていた。
「ほら…カギがこわれたわ、もうちょっとで入れる。ねえ…」
錆び色の、丸い物体がひしゃげた扉の隙間から突き出された。
それが、人間の手首なのだと理解するのに、数秒を要した。
椅子や机の角で更に傷つくのも構わず、女は肘まで突っ込んで、バリケードを力任せに崩そうとする。
「くそっ!」
黒髪の1年生が、正確な射撃で女の手を撃ち抜く。ばっくりと双つに裂けた。
歓声が上がる。だが、
「…いたい。いたい…だめよ、銃はひとにむけちゃあ…」
粘つく血の中に見える骨と神経。それらを既に手、と呼べるのか?
「バリケードを張りなおせっ!」
教官の声でも、誰もが止まってしまっている。
「どうした、張りなおせ!!止まるな!」
教官も、自ら机を持ち、バリケードを張りなおす。しかし、女の手は既に肩まで入りこんできていた。
「教官…邪魔しないで。今あたし撃たれたんです…その子、叱ってくださいよ…」
「お前は感染者だ!もう死んでいるだろう!」
「死んでる…?」
女の動きがしばし、とまった。
「あたしが、死んでる?あはは、バカ云わないで下さい。この寄生虫はね…新陳代謝を爆発的に上げ、
治癒するんです。あたしはその王たるものを移植したんですよ。学会に発表したらすごいことになりますよ…?
だってほぼ死なないってことだもの。」
がららん、押し開けられた扉に押されて、机と椅子が半分、崩れ落ちた。
そこから、女が顔を出した。
バカみたいに、顔面にどでかい穴を空けた、女が。
寄生虫の研究をし始めたのは1年の頃から。
兵器として使ったら楽しいだろうな、と思ったから。
ひとは死ぬ。
死んだらもう戦えない。
散々苦労して培った知識も戦力も全て無駄になる。
…年月も、金銭も。
だったら死ななければいい。
死なない、兵士を作れたらどんなに素晴らしいだろう。
色々吟味した結果が寄生虫という手段。
3年かけて準備して、大分大きくなった寄生虫を、自分に植えた。
世界が変わった。
みんながあたしのいう事を聞く。
ひれ伏す。
あたしは女王だ。
感染させよう。そうしよう。
硫酸をかけられても、火炎瓶を投げられても、撃たれても、あたしは死ななかった。
そして、スピードも上がった。一歩が10歩。
でも、傷の修復には少し時間がかかるみたい。
右手首と、顔が痛い。
だけど今あたしの目は首の下に新しく作った。
時間が経てば、すぐに顔も修復が効く。
それまで少しの辛抱だ。
どんっ!
教室に入ろうとした女が、横っ飛びに吹き飛ばされた。
女はまだ崩れていない扉のむこうの壁へぶつかって崩れ落ちた。
「狙撃?!」
女は立ち上がらない。今しかない!
「バリケードを!」
ひしゃげた扉を無理矢理閉め、机と椅子を素早く重ねる。
もう一発、どんっ!と銃声が響いた。
外にいる誰かが、何処からかこの女の存在を知って、狙撃している!
でも、一体何処から?
思って、教官はまさか、と扉の横の窓から外を見た。
隣の棟の、屋上。
そこに、きらりと光るスコープ。
生きている。誰かが…。
「なにするのよう…いたい…あの子ね?あの子…ちくしょう、感染させとくんだった…」
女が立ち上がろうとする度、容赦の無い狙撃が襲う。
「いたい!いたいっ!!…ああああああ」
女の右肩に撃ちこまれた銃弾が今や完全にその腕を千切れさせている。それは、薬剤弾だった。
「賭けだったけど、予想は当ったか」
既に死んでいる身なら、薬剤を撃ちこんでしまえばいい。寄生虫の親玉なら、薬剤弾で何とか出きるはずだ。
「来いよ…!ここへ来い!確実にブッ殺してやる!」
「殺してやる!あの餓鬼、殺してやる!!」
呟きと、女が窓から屋上へ向かって跳んだのはほぼ同時だった。
驚くほどの跳躍力とスピードだ。
ライフルを捨てて、コルトを両手に持つ、右は通常弾、左は薬剤弾だ。
右で心臓、左で首、ともかく穴の開いていない所をデタラメに撃つ。
空中に跳んだのが仇になった。
「いいマトだ」
空中でもがいていたのが、静かになり、重力に引かれ始める。
ライフルに切り替え、脳天から股間の一直線に向かって発砲した。
校舎はオレの提言で焼かれることになった。
血や、何やかんやを落とし、オレも一応、薬剤を打たれる。
「あああ注射嫌いだ」
シリンダーの中の綺麗なエメラルドブルーが、ゆっくりと自分の中へ。
「最後にはひとが勝つってか。ゲームと同じでよかった♪」
教官が、ため息をつく。
「どうしてお前みたいのが生き残れたのかが疑問だな」
「これが結果ってやつでしょ。オレ、頭はよかないけど、勘は自信あるんですよ」
「…戦場では勘、という第六感が一番助けになる。お前は天性の兵士なのかもしれんな」
オレは黒いトレーナーを脱ぎながら――
「――そうですね」
とだけ、答えた。
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