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クレドのにっき
あるディセンダーの記録。8
「ゆっくり、深呼吸してください。セリィのことを思い浮かべ乍ら。」
ジェイドの言葉通りにゆっくり、意識が深層へ潜っていく。
…あれ?
ここは…?
柔らかな日差しが木々の合間から零れ落ちる。
生い茂る草木の鮮やかな香り。
誰かが話している。
淡い紫の髪をサイドだけ長く伸ばした少年は、
真っ白な下ろし立てのシャツと、深い藍色の長ズボンを
はいている。
その相手は、色素が抜けたような銀髪を耳の上辺りで短く切って、ショートにしている。それに、澄んだせせらぎの色の瞳。
こちらは、黒のハイネックのトレーナーに、白の長ズボン。
そして、もう1人。
黄とも薄緑ともつかない色の髪を後ろだけ長く伸ばし、サイドは
顎の辺りで短く切って三つ編みにしている。
ゆったりとした、薄い桃色のワンピースは、後ろにリボンがついている。
3人は、楽しそうに歓談している。
…私…?!
確かに、髪や瞳の色こそ違えど、顔の造作は、自分に
似ている。他人の空似にしても。
「カノンノ、このハーブティ美味しい。」
銀髪の少年が、…なんて?
「うん、今回は上手くいったんだ。」
薄緑の髪の少女は、自慢げだ。
「今回は、な。前回は死にかけたものな」
紫の少年が笑い乍ら云う。
3人は、テーブルと椅子をこの森の中に持ち出し、
ティータイムを楽しんでいるのだ。
…あれ?なんでそんなことがわかるんだろ。
「…お前こそ、なんでいるんだ。」
後ろから気配一つ無く、かけられた声に、反射的に構える。
海色の髪をがりがりと右手でかきながら、赤いノースリーブのハイネック
と、黒いズボンを纏った少年が、そこにいた。
「セリィ!」
喜色を浮かべるカノンノとは正反対に、めんどくさそうに
セリィは彼女を見やった。
「…質問に答えてくれないか?」
いつもの彼と違って、いやに冷たい。
…こわいくらいに。
「あなたは今、現実世界で瀕死なの。それで、私のマナを使って回復魔法を
増幅する施術の最中なんだよ。」
その言葉に、ふぅん、と気のなさそうに目を遠くへやった。
「死ねなかったのか、オレ」
「な…!なんてこと云うのセリィ!みんな、あなたを心配して…!」
その言葉に、何処からともなく椅子をだし、足を組んで肩を竦めた。
「そりゃ、ディセンダーが死んだら世界が亡ぶからな。
あの陰険眼鏡だろ?こんなえげつない手術すんのは。」
えげつない?
ふ、とセリィは冷笑した。
「勝手にヒトの記録見るなんて、 プライバシー完全無視じゃねぇか。」
カノンノはそこで、セリィの怒りの正体に気づいた。
でも、
「きろく?きおく、じゃなくて?」
ん、と眉を潜め乍らも、はあ、とセリィは嘆息した。
「…カノンノ、お前はいつでもマイペースだったよな。うん。
まあいい。答えてやろう」
優雅に立ち上がると同時に、椅子は消え失せた。
両手を天に向かって広げた。
「ーー初代ディセンダーだったゲーデことグリルシェンデが
同じく初代ディセンダーカノンノ・イアハートに殺されてから
実に長い時間、オレは二代目ディセンダーとして稼働してきた。
お前も、夢で識ってるだろ?」
詠うように、くるりと回ると、セリィはカノンノに目を向けた。
ずきり。
胸の証が痛んだ気が、した。
その2人の向こうでは、まだ歓談している3人がいる。
「…ゲーデはあの夢、そしてあそこにいるように、本来穏やかで
聡明だ。世界に危機が起きるのは大体がヒトの所為だ。だから、
初代の頃、10年間待った。しかし、ヒトは魔法をつかうすべを
忘れたのと同時、世界樹さえ従えようとした。」
また、くるりと回る。
「何故、きろく、かと訊いたな。」
カノンノは、憎しみさえ無いセリィの言葉に呆然としながらも、
頷いた。
「オレはヒトじゃなくて、世界樹のしもべであり、世界の為の
生贄だからだ。カノンノ、お前と違って、な」
器用に話し乍らくるくると回った。
「オレは世界を救ってトーゼンなんだ。だから、誰からも感謝
なんかされないし、更に云えば世界樹が在る限り死なないし、
死ねない。オレが死ぬ条件は、ふたつ。」
ぴたり、と止まり、ぴ、と指を立てた。
「ひとつ、ゲーデに殺される。」
ぴ、ともう一本指が立てられる。
「ふたつ。お前に殺される。」
カノンノの思考が停止する。ーー私が、セリィを?
また椅子に座ると組んだ足をぶらぶらと振った。
「ゲーデに殺された場合は、完全なる無に還る
ことが出来る。
お前の場合はゲーデと同じく、世界樹に封じ込められる
ことになるな。その時は、ゲーデが無に還る。」
今度はテーブルと、その上にティーポットとカップが現れた。
ポットから優雅にカップにそそがれるのは、紅い液体。
「まあ、かけなよ。飲む?紅茶。」
セリィの向かいに椅子が出現する。
立っているのも何なので、とりあえずかけた。
すると、もう一個、カップが現れた。
それに紅茶を注ぎ、カノンノの前へと置く。
口をつけ、飲み込んだ所で、頬づえをついたまま、セリィが
くす、と笑った。
「疑わないの?ーー毒入りとか。」
「え」
「先刻のさ。逆も又、然りなんだよ?それに、精神世界での
死は完全なる消滅を意味する。」
だが、カノンノは強い瞳で云い切る。
「あなたは無意味に私を殺したりしない」
一瞬の沈黙。
「くっ、くっくっくっ、あははは、」
額に手を当て、笑い出した。
「流石、億の中から選ばれた『カノンノ』!!肝が座ってやがる!」
セリィは一気に紅茶を飲み干す。
「選ばれた…?どういう意味?」
二杯目をつぎ乍ら、セリィは笑みの余韻を残し。
「ヒトの中に生まれ育つ、『カノンノ』。名前なんて何千、何億と
いるだろ。その中から、世界樹はじっくりと時間をかけて選ぶ。
その条件はかなり厳しい。候補は、生まれた時に胸に痣がある。だが、
脱落すればそれは途中で消える。ま、そんなのはディセンダーの詳細
を知らないヒトどもには構わん事だろうが。
能力は勿論、まずは肝が座ってないとな。
それから、ーー自らの望みが無い事。これが重要だ。」
かしゃあん。
取り落としたカップが、音を立てて、割れた。
「わ、私は…、」
立ち上がったセリィは、割れたカップの破片を手に取り、
その尖った先端で、自らの人差し指の腹をすぅ、と切った。
ぽた、ぽたん。
「無いだろう?お前には。命を賭しても貫きたい事が。
オレ達は全てに公正でなけりゃならない。」
ぐッ、と破片を捻り、傷を広げる。
ぼたたッ。白いテーブルの上に、緋い華が咲く。
「だから、記憶じゃないんだ。
ただの記録に過ぎないのさ、オレも、お前も、今の世界も。」
BGM:KAITO『月光トータルイクリプス』
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