クレドのにっき

クレドのにっき

血まみれの紫―参ー女性向

 凛冽な風が戦場を駆け抜けた。
遠くで黒い煙が上がっている。
「あの…ありがとう御座います」
助けた子供たち。

その笑顔と引き換えに、俺は家族を失った。


 神なんているのかね?
「…は?」
オレの言葉に、ルーファスは目をしばたいた。「いきなり何云うんだ?」
オレは編んだ髪を後ろへやって、長い前髪を指に巻きつけた。夜の帳に光る銀の光。
焚き火が紅く銀を照らす。
返り血みたいだ、とオレは知らず唇を吊り上げた。
ルーファスはその笑みにぞっと背筋を凍らせながらも、言葉を紡いだ。
「いらっしゃるだろう。お前がその胸に掲げている紋章はなんだ」
紫の瞳がふと自分の左胸に落ちる。「ああ。十字架、ね。オレ、十字架は好きだけど、懺悔すれば誰でも許されるのかよ?」
焚き火が風に揺らめいた。
リンは遠い目をして、長剣の柄をがしゃりと音を立てて、自分の横に立てた。
「例えば――オレらみたいな人殺しでも?」
連隊長の宿舎を抜け出して、酒場に繰り出したはいいが、途中で道に迷い、野宿。…ていうか、そんなのが連隊長で大丈夫なのかこの国わ。
すっかり酔いの抜けたような瞳で、リンは笑う。それは13歳の少年の顔では無く、人を殺して生きてきた『ひとごろし』の顔だった。
剣の柄尻に顎を乗せて、焚き火を見つめると銀髪は紅くなる。
「…神がいるなら…どうして…」
そこで呟きは途切れて、紫の瞳が閉じられる。「おい!ファイネル?」静かな寝息が聞こえてきた。
どうも、酔いは抜けていなかったらしい。マントをかけてやり、横にしてやる。

「…どうして…オレを…」


閉じた瞳から、一筋涙が伝って、地面へ染み込んだ。
襟から、ヘキサグラムのサファイアのペンダントが零れた。
「これは――」
何故、リンが孤児だったのか。
何故、ペンタグラムを媒介とした術を使うのか。
何故、…捨てられたのか。
ルーファスは唇をかみ締めた。「…知っているのか、お前…?」

 やわらかな記憶。
ヘキサグラムの紋章を賜った唯ひとつの家。
そこに、生まれたイレギュラーな子供。
しかも、妾腹。
母親は、自分の身すら危うい中、名と唯ひとつの手がかりを子に託し、子を手放した。
いつか、自分を殺しに来てくれるように。
母さん、母さん、母さん。
オレはここにいるよ。
恨んでいないって云ったら嘘になるけど、
あいたいよ。
ねぇ、母さん。
血まみれの手。
血まみれの剣。
血まみれの服。
血まみれの髪。
強く在れ。
凛――。
黒髪の女性が笑う。
オレを見て笑う。
やわらかな記憶。
火傷しそうな程、暖かな記憶。温もり。
引き離される瞬間。剣を突き立てられる瞬間。走った紫の光が、剣を折る。
やわらかな記憶――血まみれの記憶。
乱れた記憶。
ファイネル家での地獄のような生活。
義兄は優しい。(だけど、時々オレを見る目が義父と重なる?)
義母は見ないフリ。(オレを憎んでる)
陛下、あなただけがオレの支え。
あなたはオレの容姿を気にしない。嫌わない。
『どんな姿をしていても、お前の魂を愛している』
ほら、やわらかな記憶。あなたの為に殺す。

オレは殺戮者。

「…あれ?」
朝陽が木々の合間から零れてくる。
「やっと起きたか」
隣では、ルーファスが額を抑えていた。「…もしかして、お前二日酔い?」
彼は無言で目を逸らす。リンは吹き出した。「だっせー!(自称)17で二日酔いィ?オレよりも呑んだ量すくねぇくせにー!」
「うるさい!頭に響くぅ…」
あはは!と笑ってから、はっとリンは胸元を見た。
木漏れ日に輝くサファイア!
顔色が余りにもはっきりと変わった。
「…見たのか」
ルーファスは顔を背けた。「…お前を横にした時に、襟から零れた」
予告もなしに、ルーファスの喉元に剣先が突きつけられた。いつ抜いたのかすら、見えない。
「…コレが何なのか、知ってるんだな」
紫の瞳は、殺意一色。
喉に血が滲んだ。
「…ああ」
「――!」
ぎり、と歯をかみ締めた音が聞こえた気がした。それは怒りの形相とも、後悔の…
(殺される!)
剣を取ろうにも、身体が動かない。だが、前触れなく剣は引かれた、
「…今、戦力を欠く訳には行かない。お前はオレが認めた優秀な戦士だ。だが…このことを口外したらその時は。」
背を向けて云う、肩越しの紫の瞳。
「 コロス。 」
「連隊長~!!」
遠くから声が聞こえてきた。馴染みの声だ。ルーファスのお付で、名をリードと云ったか。
ぱたぱたと走ってきて、ルーファスに飛びつかんばかりの勢いだ。顔を赤らめて、ルーファスはリードの頭を撫でた。
「もう!一晩、何処行ってたんですか?!宿舎、大騒ぎですよ!!」
リンはリードに背を向けたまま、そっとペンダントを襟の中に仕舞った。
それから、いつもの笑顔を浮かべる。「ああ、こいつが酔っ払って歩けなくなってさぁ」
「なっ…ファイネル!貴様があの分かれ道を右に曲がらなければだな…」

 やわらかな記憶――
此処にもきっと在る。
『強く在れ』
母さん、再会の日は――近い。


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