クレドのにっき

クレドのにっき

血まみれの紫―肆―女性向

 国の中央、王城の近くにあるその洋館は、ひとの身長の3倍程はゆうにある鉄扉に、ヘキサグラムの紋章を掲げていた。

綺麗な月夜――


黒髪の女が微笑っていた。
「…リン」
わたしがつけた名前だわ、と女は云った。
オレは、自分とよく似た顔立ちの女を眺めた。
「―――」

 「面をあげよ」
あれが、オレの…。碧の瞳はどす黒い野心で彩られ、他人を踏みにじることなど何とも思わない――尤も、ひとごろしのオレが云えた性分ではないが――そう、そんな黒い…。
「ファイネル中佐、でしたかな」
「…はい」
城中を案内しながら、オレは物思いを断ち切られて我に返った。
謁見が終わった後、陛下の占いをするということで、この当主は城中の一部屋を借りうけたのだ。
本当なら、今すぐここで殺してしまいたい。

「何故、逃げない?」
「…わたしはにげられないわ」女は襟元を見せた。そこには、火傷、切り傷、無数の傷跡、そしてヘキサグラムの烙印。
「わたしは人間じゃない。…あの家の、「所有物」なのよ」


部屋のドアを閉め、出ていこうとすると、不意に呼びとめられた。
「時に中佐はペンタグラムの術を使うとか…」
オレは振りかえり、冷たく見返した。「――それが、何か?」
にやり、と吐き気のする笑顔で笑う。こちらへと歩いてくるそいつに、オレはあとずさりした。
「…私のカゴメによく似た顔立ちのモノがいましてね…そいつは15年前に子供を一人産んでいるんですよ」
咄嗟に振り払おうとした左腕を掴まれて、ベッドの方へ放られる。放とうとした剣は抜けなかった。
男は覆い被さり、オレの軍服の襟を無理やり引き裂いた。布の悲鳴が聞こえた。
「!!」
サファイアの光が零れた。
「矢張り…紛れも無く」
うるさい!!黙れ!
だが、術は発動しなかった。いつのまにか、蛇のカタチのモノが札を絡め取っている。
「な――」
「イーマのように、美しい…陛下が寵愛なされるのもわかる。おまえは新雪のようだ。穢したくなる…!」
目の前に、ヘキサグラムが散った。身体を電流が走る。
「あぁああっ!」
「根本的に違う術同士は反発しあう。おまえの術は使えまい。おとなしくその身体を――」
痺れた右手で、咄嗟に肩の階級章に仕込んでいた小刀を取り出す。
「!」
「ザンネン。この城中でオレに手を出そうものなら、陛下にどんなお仕置きを受けるかわからないぜ?幾らアンタでもな!」
「――自ら汚された、とでも?」
体格の違う男に抑えこまれ、拍子に小刀がベッドの下へ。「――あ!」
まるで、いつも…そう、手馴れた仕草で組み敷く。こいつは、こうやってオレの母親も陵辱し、その人生を狂わせたのか。
そして今、オレの人生も――?
おぞましい。
こいつの血が、オレにも流れている?
「放せ!このッ…」
術が発動する前に消える。誰でもいい、気がついてくれ、
膝を割られて、無理やり迫ってきた痛みと圧迫感に、息が詰まる。
「…っ、うあっ!」
「いい悲鳴だ。そそられるな」
たすけて、陛下、陛下、陛下ぁ、途中で口をふさがれて、悲鳴さえ出せなくなって、涙とくぐもった悲鳴だけが、部屋に響いた。

「随分と抱かれ慣れているようだな。…これからも「ヨロシク」、ファイネル中佐サマ?」
ヨゴサレタ。
ヨゴサレタ…!
紫の瞳に昏い焔が灯る。
「ころしてやる…!」
ころしてやる…!
ボロボロの軍服の裾を握り締めて、オレはそいつを睨み付けた。

「――どうして、オレに身分が知れるようなものを持たせた?」
「……よ」
彼女は顔を伏せた。
私を、
ころして
ほしかったからよ。

「…死にたいのか」
「…ええ。あの家の所有物になった、16のあの日からね」
「…あんた今、幾つなんだ」
「…レディに年を訊くものじゃないわ」
でも、そうね、あなたを生んだのは17よ
「…何故、あの家に?」
「…道を歩いていたら、急に馬車に乗せられてね。…後は、わかるでしょ?」



ああ、母さん。
そうだ、コイツをコロシテヤル。
コロシテヤルヨ。
そしてあんたを解放してやる。
その、小さな小さな鳥篭から。


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