クレドのにっき

クレドのにっき

血まみれの紫 陸

 陛下には、6名のお子さまがいらっしゃる。
 それも、正室との間にだけ、だ。じっつに珍しい。因みにオレは、奥方とも仲がいい。オレが男だからだろうか、よく昼食や珍しい生き物などを贈って下さる。理由を聞いてみた所、「あなたは七番目の子供みたいなものですし。それに、あのひとが手元に置きたがるくらいですもの。優しいんだわ」…。
軍人に云うセリフじゃねぇなあ、とは思ったけど、優しい母のようなこのひとを、オレは嫌いじゃなかった。

 「なあアイノ、オセロやろー」
娼館のスイート、つまりは最上階(三階)の奥部屋(金のないやつは、道に近くて、階数も低い部屋)で、オレは馴染みの高級娼婦であるアイノを相手に、 ゲーム していた。
実際、オレは女を抱くことがあまり好きでは無い。何故だろう?女よりも、酒や戦場の方が好きだ。
だが何故アイノのいるこの娼館に通っているのかと云えば。
「もう、本当にいつまで経ってもリン様はお子様ね」
彼女は笑いながら盤の用意をする。
あれは、雨の日………

 「一般人は逃げろ!東の砦が破られたっ!」
オレはその時すでに中佐だったが、その日、非番で街にいた。友軍の死体を乗り越えてやってくる有象無象の奴ら。斬り倒される国民。剣を抜く。
無言で剣を薙ぐ。散らかされる炎。焼き切られる人間。悲鳴がこだまする。誰かが、多分敵が、云った。
「リン=ファイネルだ!討ち取れば大層な額になるぞ!」
志気が一気にあがる。雪崩のように見えた。
「………いいぜ、来いよ。てめぇらみんなブッ殺してやる」
 頭から血に濡れた。雨が流す。足下に、死体の山。
守った筈の人々から云われる言葉。悪魔・悪魔・死に神…オレは路地裏でぼんやりとしていた。剣を納めもせずに。
「…悪魔…かぁ」
確かに当たっているのだろう。あれだけ、百人以上殺して、笑っているなんて。
でもオレ、確かに…守りたかっただけなのに。
物思いを遮る音は。殴打音だった。
「この…アバズレっ!目をかけてやっていたのに…!」
女が倒れ込んでも、男はその腹めがけて蹴りを連発する。

 いきなり飛び込んできた銀色が、目の前の男の胴体を薙ぎ払うのが、スローモーションに見えた。
ああ、死に神………これが、彼の死に神。わたしの見た、死に神。銀髪の少年が振り返ると、アメジストの瞳。
「立てるか?」
動こうとしても、胸の辺りが痛かった。熱い…「あちゃあ、肋骨イっちゃってるよ…酷ぇことすんなぁ」
そう云うと、少年は軽々とわたしを抱き上げた。見かけによらず………頭の中に情報が飛び交う・軍人・悪魔・死に神・リン・陛下・………「あなた、軍人…さん?」
「ん?ああ。そーだよ。アンタはなんだ?胴体まっぷたつにした死体見ても悲鳴ひとつあげねーとはうちの部下より出来てるよ」
そう云って笑う少年は年相応の顔。抱き上げられた私は、少年の頬に手を当てた。
「違うわ。あなた、死神よ」

少年は苦々しい顔をしてから、笑った。まるで、泣くように。「うん。…そう…かも」
触れた頬から、泣きたい程傷付いているのがわかって、私は小さく、ごめんなさい、と謝った。
彼は、謝る必要なんてねーよ、と返した。
「そうか、あんた高級娼婦か。んじゃ、娼館行った方がいいのかな?」
目を伏せて。「ええ」
少年はこちらを覗き込む。アメジストの瞳は見透かしたようにこちらを見ている。「…あんたも『こっち側』の人間だな」
はっと顔を見る。少年はいつになく鋭く、そしてどことなく虚ろ。「触れただけで相手の素性や心理、果ては死期まで見る。…村を追い出されたクチか…先刻の男も、死期を告げたな?」
何故、それを?!
「なあに、オレもちょいと特殊なのよ。あんたみたいにサイコメトリは出来ないが、この国の魔法じゃない魔法は使える。良かったな。あんた。魔女つって殺されなくて。」
「え………」
よかった…?
「そんな風に云ってくれたひと、初めてだわ…」

 娼館に帰ると、小さな少女が出てきた。「アイノ姉さん!良かった!無事だったんだ~!!」
リンは雨に濡れた銀髪を軽く振って、少女に云う。「悪いが、医者を呼んでくれるか。肋骨何本か折ってるんだ。」
少女は飛び上がって、「な、なんですってーっ!!あんた誰よっまさか、アイノ姉に何か」
「違うわ、ショウ。この人は命の恩人。リン=ファイネル様。」
遮ったのは、渦中のひと。アイノをゆっくりと床におろす。壁にもたれさせたのは、彼の実戦での経験からだ。
短い黒髪をおかっぱにしたショウという少女は、奥に駆け込む。
さて、とリンは思った。また色々云われんのうざいから、退散すっか…と、奥から男が一人出てきた。どすどすと足音を立てて。どうやら、この娼館の主らしい。
「アイノ。お客様を『殺した』って…?」
アイノは目を伏せる。「…それが彼の天命でした」
「馬鹿云ってんじゃねーよ!お前は長続きした試しがねぇ!今度客が死んだら、」
その先は云えなかった。リンの刃が喉元に突きつけられていた。
「…ああごめん。手がすべっちまった。自己紹介が遅れたな。オレはリン=ファイネル。階級は中佐。第二連隊を任されてるもんだ。で、客が死んだらアイノを殺すってか?」
突きつけた刃から幾分殺気が消えたのを感じたのか、オーナーは震えながら、「そ、それは…手前どもの約束でして、中佐殿のお手を患わせるわけには」
ちら、と見た少年将校の目は、鋭くなっていた。
「…へぇ。じゃ、アンタが死ねばいいんだな?」
「はひっ?!」
じり、と首に薄く赤い線が走る。
「アンタが死ねば、こいつは殺されなくて済む。…だよなぁ?」
オーナーのズボンの裾から黄色い尿が迸った。「チビってんじゃねぇよ。きたねー」
今まさに、剣を薙ごうとした瞬間、栗色の髪が目に入った。
「…何してんだよ。アイノ」
熱と、痛みで立てる筈が無い彼女が、目の前に切っ先を見据えて、オーナーを庇っていた。
「オーナーは、村を追い出された私に、生きていく場所を与えてくれたひとです…だから、目の前で殺されるなんて、黙って見てられません」
「あ、アイノ…」
ふ、と俯いた彼が笑った。「いい度胸だぜ。オレの剣を省みず、飛び込んでくるたぁ。安心しなよ、最初から本気じゃねぇから」
くつくつとリンは笑った。
それから、リンは云った。「オーナー。気に入った!オレは今日からアイノの馴染みな」

 それでも、身体を重ねたのは数回しか無い。
怖いからだ。この身体に流れる、血が…後世に残ってしまうのが。
「あー!また負けたー!」
盤を投げ出して、リン。アイノは栗色の長い髪を揺らして、微笑した。
「52連敗ですよ、リン様?もうお諦めになったら………」
「次はこれ!」
どん!と出してきたのは、将棋。はぁ。とアイノはため息をついた。
彼にとって、アイノは陛下以外に心を許せる数少ない大切なひとらしい。傷をなめ合ったと云えば、そうなのかも知れない。だけれど、深く静かに、側にいてくれる。
「なあアイノ。オレ今度遣いに出されるんだよな」
「あら。今度は何処ですか」
少年は首をひねった。
「忘れたー。なんとかって国のさ…うちと同盟結んでる国って多いじゃん。それの、代表国に行くの」
結構長いかも、とリンは付け足した。それは、「何かあったらすぐ城に連絡しろ」という意味だ。そんな彼の物言わない優しさを、アイノは心底嬉しいと思う。
「土産かってくっからさ。みんなに!アイノは、何がいい?」
そうですね、とアイノは思った。「あなたの無事…かしら」
「毎回それだもんなー。オレそんなにセンスないのー?櫛とか、髪飾りとか、結構選んでるのにぃ」
…こんなにいい子を、独り占めできる陛下は幸せ者だ。わたしだって…独占したいときも、ある。だけど、彼の困惑が解るから、その深い心の闇が見えるから、無理を言わない。
「あなたのくれるものはみんな、宝物よ。」
でも、一番の宝物はあなた自身。
「そう?ならいいんだけど…アイノは金色が似合う。明るい赤もね。だから、髪飾りとか、そういうもの、色の兼ね合い気にしてんだぜ」
お前に、幸せが訪れますように。
どくん、と心臓が鳴る。
自分に触れる彼の指から、切ない程の感情が溢れている。

タ ス ケ テ


ファイネル家では、だいぶ酷い扱いを受けている、のが判ってアイノは、泣きたくなった。
「え?おい、どうしたんだよアイノ?オレ、何か悪いこと云った?」
泣き出したアイノに、リンは慌てた。「…辛いこと、あったんですね」
その一言で、全てを理解したか、リンは手を離した。
「…ごめん。隠しきれなかったか。ちょっと…最近、実を云うとかなりしんどいんだ」
軽口でも叩くような口調。こちらを振り向かずに、窓からそらを見る紫の瞳。
「…あの家に、いつまでいなきゃいけないのか、とか……考えると、頭パンクしそうでさ、うん、なるべく…考えないようにしてるんだ」
風がざわめいていた。
「オレは、陛下だけのものなのにね」
ああ、あなたの心はやはり、……。
知っていたけど、見て見ぬ振りをしていた。あなたの心はあの方のもの。あの方以上に愛するひとなどいないでしょう。
お恨みします、陛下。
此程、この方の心を縛られて尚、あなたはこの方を望む。過去も現在も未来も要らないと云う程に。
「でも、アイノといるとほっとする。」
その一言で、わたしは嫉妬から逃れられる。あなたの心を救えるなら、わたしの身など幾つ捨ててもいいと思うのに。
「ねぇ、アイノ…オレが死んでも、お前は生きろよ」
生きて、幸せになるんだ。
泣きそうな声の、…。

 次の日、リンは旅立っていった。
西の国へ。
「…って、感動的にしておいて、 現実は野宿かーーッ!!
得てして、現実とは酷なものである。

TO BE continued 七…



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: