クレドのにっき

クレドのにっき

血まみれの紫ー拾弐ー

 天蓋付きのベッド。淡い桃色のカーテンが揺れている。ベッドのスプリングがぎしぎしと音を立てる。
部屋は、緋の絨毯が敷かれた豪奢な部屋。置かれている調度品の数々も、名のある名工の手で作られたものばかり。
ベッドのサイドテーブルの仄かな明かりに、男の上で揺れる長い髪が照らし出された。
「ねえ…どーなの?おしえてよぅ」
甘い吐息を男におとす。濡れた瞳は、紫。
「くく…そうだなぁきみもほんと、イイ身体してるよねえ。」
「あ、ああぅ。やだぁ、そんなに突き上げちゃ…、ヨすぎて、んん…、」
男は、自分の上で揺れる長い銀髪を引いて、唇を合わせる。くちゅくちゅと舌を絡ませ、唇を吸い合う。飲みきれない唾液が伝う。うっとりとした表情で、青年は腰をくゆらせた。
「ああうぅ。すっごく、イイ。なんでこんなにイイのぉ?ねえ…もっと突いて、突いてよぉ」
甘えるような声で強請ると、男は思った通り、突き上げる。青年の身体がのけぞる。
「あっ、あ…、んんんッ!」
「出すぞ、中にッ!」
予想通り、男は果てる。余韻に浸る男に、しなだれかかるように、青年は呟いた。
「北ってさ、反乱するんだって?」
男は心地よさに酔っていた。そう、酔っていたのだ。
「ああ、今月にもな」
「あっ、そう」
青年の声がいきなり冷たくなった。綺麗な足が伸びて、男の喉を踏み潰す。ゲグッ、とその声だけを残して、男は白目を向いた。
自分の中で萎びたものを抜き出すと、青年は自分の身体をシーツで汚いものを拭うように拭いた。
「全然ヨくねぇ。このインポ。ったくよ。然し、北が反乱…確定、か」
リンは床に散らばっていたシャツのポケットから煙草を取り出すと、くわえて火をつけた。
「戦争、確定だなぁ…ったく。何だって反乱すんのかね。まぁいいけど」
オレたち、軍人さんだしね。
紫煙を吐き出して、天井を見上げた。それから、煙草をベッドの上に放り投げ、ひとこと。
「オン」
ぼっ、と紫の炎が上がって、哀れな男の屍と、部屋を焼く。
リンは既に服を着て、窓枠を蹴った。

 わざわざ同盟結んで平和んなったのに、何でまた戦争すんのかね?
リンは帰り道、露店を冷やかしながら、束の間の祭りを楽しんでいた。
色とりどりの飴や、お菓子。小さなひよこを売っている店、明日にはきっと死んでしまうひよこ。
ぴいぴい鳴いて、可愛いけれど、その命は儚い。どんなにしても、死んでしまう。どうしてかな?と思ったけれど、リンは考えるのをやめた。
考えが鬱鬱してきたからだ。
今くらいは、この騒々しい祭に紛れて、ただの「リン」でいたい。
「おにいちゃん、飴、どうだい?」
声をかけられて、リンは笑う。「うん、ちょーだい。その、青いやつ。ああ、緑のもおいしそーだね。」
ズボンのポケットから財布を出して、少し多めに放り投げる。
「ええ?!こんなにもらえないよ!」
「いーのいーの。オレ、今は気分いいんだ。」
金貨を三枚、と云えば飴なぞ露店ごと買えてしまうだろう。露天商は、そんなリンの表情に影を読み取ったらしかった。
「…赤い飴も、オマケしとくよ。にいちゃん」
 飴を口の中で転がしながら、路地裏へ入る。
と、いきなり子供がぶつかってきた。「前見ろよ、ばーか!」
が。ポケットの財布には鎖がついていて、子供は顔面から地面にキスした。
リンは振り返ると、転んだ子供を見下ろす。孤児か。少年は失敗したことに気づくと、慌てて逃げ出そうとしたが、リンはその襟首を掴んで持ち上げた。
「うわああっ!!ごめんよごめんよ!!なんでもするから、殺さないでくれよ!!」
「――…」
じたばたと暴れる子供に、リンは少し思案してから、云った。
「お前、中々綺麗な顔してっぞ。スリなんかやるより、売ったほーが収入いいぜ」
黒髪に、濃い青の瞳をした少年は、ねこのように吊り下げられたまま、きょとんと目を丸くした。
「へ…??う、売る?なにを?」
「てめぇの身体。」
リンはこともなげに云う。
少年は、信じられない、と云う顔をして、またもがいた。
「おれは男だっ!!売れるわけないだろ!!」
「馬ぁ鹿。綺麗なら、男だって売れんだよ。…それとも、ああ、人手たりねぇから、軍に入るか?」
「はぁ?もー、放してくれってば!!わけわかんねぇよアンタ!」
リンはすたすたと――少年をぶら下げたまま――路地裏へと入っていく。
「ど、何処連れていくつもりだよっっ?!」
怯えた様子で、少年はそれでも威嚇のつもりか、怒鳴った。…声は、裏返っていたが。
「オレのとーしょの目的。めんどーだからお前も連れてこー」
路地裏の入り組んだ道を、五回…か、いや、もっと曲がったかも知れない。気がつくと、どでかいお屋敷の前に少年はいた。…というか、未だぶらさげられていた。
「こ、ここっ…」
「寮。つまりはオレの家。ていうか、城内。」
見上げると、綺麗な顔をしたこの青年は、疲れなど知らないように、ドアを片手で開けた。
「ええっ、おれもいくの?!ちょっと、ちょっとー!!」
リンはドアを閉めてから、ようやっと少年を下ろした。そして、少年に目線を合わせた。
「オレはリン=ファイネル。階級は中佐。第二連隊の連隊長やってる。」
少年の顔がみるみるうちに青ざめていく。ええと、こいつはおえらいさんで、おれはそのおえらいさんの財布をスろうとして失敗して、んでそのおえらいさんの家に強引に連れてこられた…。…連れてこられた…。
「 こーろーさーれーるぅうううう!!! 」
その口に、何かが放り込まれた。
「んっ?!」
甘い味が口の中に優しく広がる。いつ以来だろうか。飴なんて…食べたのは。
リンの顔を見ると、
「うまいか?」
と訊いてきた。ので、少年はこくんと頷いた。リンは笑って、少年の頭を撫でた。
「子供は素直が一番。お前はごめんなさいもちゃんと云える。ここで色んなことを教えてやるよ。生きていけるように」
広い廊下を歩いていくリンの後についていく。歩きなれているのだろう、その足は意外に早い。
少年は小走りになる。すると、リンの足は少し遅くなった。
「わりぃ。速かったな。」
綺麗な銀髪が三つ編みにされて背中で揺れている。
少年はおずおずと歩きながら尋ねた。
「どこに、いくんだよ?」
振り返らずに、リンは答えた。「先ずは風呂だな。それから、孤児院に手続き。んで、学校。後は、幾つか道があるから、お前が選べ」
 少年の面影は、カルアに似ていた――

蝋燭の灯り。
仄暗い室内の中、四人の人影が見える。
「では、北の反乱は確定か」
「左様。確実な筋の情報であるから、杭を打ってもよかろうよ」
「…大きな戦闘になるな」
「恐れていてはこちらが危ない。…仕方ないのう」
「陛下。御命(おんめい)をください。」
「…北を討て。まつろう者に平安を、まつろわぬ者に死より苦しみを。」
「御意。」
 愈々、戦の準備は整えた。さぁ、後はゆくだけ。
自室でひとり、月を眺めてリンは呟いた。
「…綺麗な、紅い月。…ああ、久々の大戦(おおいくさ)だ」
カルアは今日も帰ってこない。月が高くなるこの時間、彼はいない。
訓練場でも、ほとんど姿を見なくなった。
手合わせをする者は、夜叉か羅刹、と彼を呼ぶようになった。
見えない斬撃、織り交ぜられる体技。確実に殺すつもりで、…それはリンと同じ。まるで、何かにとり憑かれたかのように、剣を。
浮かべる笑みの奥、青い瞳が笑うことは無くなってしまった。
 窓の下を見ると、ゆらゆらと揺れる、白いシャツ。
「!」
リンは躊躇なく、窓から飛び降りていた。

 「カルア」
緩慢に振り向く。少し遅れて、伸ばされた金髪が揺れる。腰まである金髪は、紅い月に、照らされて不気味な程に美しい。
「――…」
振り向いたその表情は、恐ろしい程の、無表情。笑うことも、泣くことも、怒ることも、…喜ぶことも。すべてをなくして…しまったような。
疲れた、老人の。顔。
「ああ…、リンちゃん。コンバンワ。どーしたの、こんな時間?もぉ、消灯時間過ぎてるよー?」
 銀髪は編みもせず、走ってきたのか、乱れている、その前髪をかきあげることもせず、淡い青のシャツと、深い青のズボンを穿いたリンは、こちらを見つめている。
あの、紫の瞳で。揺るぎ無く自分の決意を通す、強い強い瞳で。
虫たちが鳴いている。静かな夜。先刻まで自分は地獄の中にいた。きっとそんなこともリンは知らない。ああ、なんにも知らないくせに――違う、リンは悪くないのだ――全て知ってるような、そんな瞳で俺を見透かさないでよ!
白いシャツと、白いズボンを穿いてこいと云われて、…その通り真っ白なものを選んだ。そうすると、余計に自分が汚れている、そんな気がして。気がして。
「カルア…、どこに、いって…たんだ?」
息を切らすのなんて珍しい。余程急いできたんだね。ああ、それともなにかな、陛下の所から直行?あはは、そりゃ疲れるよねぇ。
カルアは歪んだ笑みを浮かべた。
「それって、上司命令?なんか、とがめんの?消灯時間後の外出って禁止されてたっけねー…あはは、俺を拷問送りにでもすんのぉ」
「答えろよ…!」
声は弱々しかった。俯いて。俯いて、泣きそうな声に、カルアは苛立った。
「…何、泣きそうな声出してンの。泣き落としでもすんの。すっごい、むかつく」
「答えろよ!何処に行っていた!」
顔を上げて、見てきた紫の瞳。
カルアの表情から――笑みが、きえ、た。
「暇つぶし。」
――ただの暇つぶし。
そう、懺悔もミサも説教も、所詮は暇つぶしの現実逃避でしかなかったのだ。何が、俺をすくってくれる?(きっとそれは)うるさい。(きっとそれは。)
リンは、全てを悟ったらしかった。
肩が、震えている。「ひま、つぶ…し?…教会…?」
「アンタがくだらないって云ったお説教を聴きに行ってたんだよ。悪い?」
「嘘だ。」
涙が伝っている。こちらを見る瞳から。なぜか、愉快。あの、――あの、リン=ファイネルがこんな簡単に泣く。俺は強い。
「…うるさいなあ。」
ひゅッ、と風を切ったのは、カルアのレイピア。咄嗟にとは云え、避けられたのは流石リンと云った所か。
「女みたいにべらべら喋らないでよ。うるっさい。うるっさいうるっさいうるっさいうるっさい!」
上段からの一撃はフェイント。身を屈めた所を、足払いをかける。それを、リンは右へ飛び上がり、転がって避ける。それでも、反撃をしない。正眼まで振り下ろして、右へ逃げたリンを追うように横なぎ。それを、自分のバネだけで跳んで避ける。そのまま後ろへトンボを切って、リンは間合いを取った。取ろうとした。予想済み。一足飛びで間合いを詰める。突き出した切っ先は十分に速さと重さを兼ね備えていた。
だが。
キン。
甲高い音がして、その、リンの喉を貫く筈の突きは止められた。
リンが持っていたのは、多分護身用の小さなナイフ。20センチ程しかないってのに、あんなもので、岩をかち割る突きを止める?
「…っはははっ!化け物じみてるねぇ、流石さすがぁ」
それも、右手一本。ただ掲げてるようにしか見えないのに。しっかり、刀身は切っ先を止めている。
リンはなんとも云えない――困惑、のような、そう、困惑。そんな顔をした。
「…オレを殺したら、満足か、カルア」
剣をひく。リンも、ナイフをだらりと手に持った。
殺す?誰が、誰を?俺が、リンを?…馬鹿云ってくれるじゃん。
「…っはっはっはっは、くくっ!アンタが死んでくれるわけないじゃん!陛下の為だけに生きてるアンタが、俺が死んでと云って、死んでくれんの?」
そこで言葉を切って、カルアは見たことも無い表情で怒鳴った。
「 出来もしねえこと云うなッッ!! 」
そーだよ。俺が殺そうとしたら、こいつは本気で反撃できる。結局、俺の剣技なんてその程度。敵いはしないんだ。いつでも俺を殺せるくせに、よゆーぶって見せて、勿体ぶってサ。なんだよ、えらそーに。
虫たちが、鳴いていた。
紅い月が傾き始めていた。
「…ら、満足…?」
俯いて、何か呟いていた。カルアは苛ついて、
「はぁ?なに、きっこえない!」
顔を上げた。
一緒に、ナイフが持ち上げられた。
「オレが、死んだら、満足して、…元の…優しいカルアに…戻って、くれ、る?」
それは――子供の表情だった。
あの日、知っていた筈。彼が腕の中で、ごめんなさいと繰り返した日に。泣いた日に。
自分を――どんなに、どんなに…想ってくれて、いた、のか。
ナイフの切っ先を、喉へ当てる。血が滲み出して、淡い青を紫に一筋、染みを作る。
「約束して。オレが死んだら、絶対にあんなことはしない、って。
 剣を捨てて、この国を出て、平和に暮らすって。」
その間にも、ナイフはリン自身の喉を裂いていく、一筋の細い染みは、見る見るうちに太くなり。シャツは紫に染まる。彼の瞳とおんなじ色に。
「約束して。…もう、誰も殺さない…って。」
わらった。
華の咲くような、笑顔。
本気、なのだ。本気で、し、
「 やめて――っ!!
やめて、やめてえ!死んじゃう、死んじゃうよリンちゃん!!嘘だよ、嘘だよ、だから、もうやめて、そんなことしたら、ほんとに死んじゃうよ…!!」
必死で飛びついて、ナイフから両手を引き剥がした。ナイフを一瞬で引き抜き、シャツをちぎって止血する。
「…お前の…笑顔が…、戻るなら…なんでも、する、から」
血を吐きながら、否、文字通り血を吐くような訴えだった。
ああ、自分はなんて馬鹿なのだろう!こんなに、想ってくれる友人を、試すような真似をして!忘れていた!リンだって、辛いはずなのだ。自分なぞより、余程地獄を見ているだろうに違いないのだ!それなのに、それなのに。
「…っ、ごめんなさい…ごめんなさい、リンちゃん、俺、俺、」
そっと、右手で頬を撫でられた。
「…わるくない。カルア、お前はなんにも、わるくないよ…わるいのは、…オレだよ。だから…何も気に病むことなんてない。…すべて…わすれなさい。すべてわすれて…しあわせに。」
 明らかに蒼白になった顔の中で、紫の瞳だけが、優しかった。
カルアはリンを抱き上げて、医務室へ急ぐ。リンはこんなに軽かったっけ?自分は、こんなに大きくなったのに、リンは余り変わらない。昔から…あの時、入団式の時、笑いかけてくれた、あの時から。
 リンのシャツもズボンも、深い紫に染まっていた。

 医務室に駆け込むと、年取った軍医しかいなかった。
「なんじゃ、またリンか。今度は何やらかしおった」
「俺がっ」
カルアが喋りだすより先に、リンが掠れたけれど、確りした声で云った。
「自殺未遂。死に損なったんだよ、ジジイ」
「な…」
軍医は白衣をのろのろと着ると、診察台に寝かせるよう指示し、それから喉を診た。
「おうおう。結構深いの。お前さんの符と合わせでも、二、三日はかかるのい」
カルアは呆然としていた。
…また、って云った?如何云うこと…?
軍医の嘆き、というかぼやきが聞こえてくる。
「まったく。いつも死に損なうくせに、やらかしおって。治療させられる老人の身にもなってほしいもんだわい」
それに答えるリンの呟きは、笑みさえ含んでいた。「うっせー。てめぇそれで金もらってんだろが。いーじゃねーか、患者、ふえ、」
…いつ、も…?
リンがむせた。血を吐く。
「無理に喋るからじゃ。まったくこの親不孝者が」
「親、なんて、いね…げほっ、げほっ」
血を吐くリンを、軍医は意外に力強く横向きにさせてやる。リンは血まみれの符を自分の喉へと貼り付けた。それは肌にとけるように沈む。その上から、軍医は慣れた手つきで消毒、そして糸と針を取り出した。
「縫った方が早いかの?」
「いや…、いい。抜糸にくる時間なんてねぇから」
軍医はやっぱりという顔つきで、糸と針をしまう。「まったく。それじゃから傷が膿んで熱が出たりするんじゃ。そんなんで戦は大丈夫なのかの~」
 寮へ戻る。
足取りはいつものように確りしていた。とても重傷人とは思えない。
「…リンちゃん」
先を行くリンは振り返らず、足も止めなかった。
「オレはいつものように発作的な自殺未遂。お前はその場に居合わせ、命を救った恩人。」
幾ら、なんでもそんなの…!と発しようとして、振り返られた。
冷たく、強い紫の瞳。
「いいな?」

 愈々、大戦が近づいている。
 喉の痛みを堪え、眠れない熱に浮かされてリンは笑う。
コロシテヤル。
北の民なぞ、ミナゴロシだ。

TO BE CONTINUED→拾参



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