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クレドのにっき
血まみれの紫ー拾肆ー
「――馬鹿なやつじゃ、スミス、お前がいてくれて本当に助かったのう。こりゃ普通、しんどるぞい」
聞き慣れた声。
「…隊長は、いつ、この怪我?」
「……さぁ、なあ。」
ああ、スミス、訊かないでくれ。なにも、なにも訊かないで、……オレはいいんだよ。
だからさ。
カミサマ、あの子だけは、幸せに、してくれよな。
銀の祈りはいつものように聖堂で。
肺を貫いた剣が抜かれると、息が漏れた。
血塗れの地面に倒れると、顔を、あげる。
見上げた視界の中、太陽が霞んで――
「…たい、ちょう…」
青い瞳は見えなかった。逆光だし、そして、剣を掲げた。
ゆっくりと、刃先を下にして、持ち上げる。
「お前が悪いんだお前が悪いんだお前が悪いんだお前が悪いんだ。俺を裏切るから俺を裏切るから俺を裏切るから俺を裏切るから…」
見えない瞳から。透明な雫が流れ出して、地面とカルアの頬に当たった。
手を、伸ばした筈だった。
背中に、もう一度。今度は致命的な衝撃を受けた。
心臓を、突かれたのだな、と…どこか遠くでさめて、見ていた。
血の混じった息を吐いて。
そしておわり。
あっけないほど簡単に、カルア=リードは死んだ。
「……ははっ、はははっ、ははははははははははははははっ、あーっはっはっはっはっ」
ルーファスは馬鹿みたいに天を仰いで笑いながら、その温もりの失われつつある身体の横に座りこんで、抱き上げた。
仰向けに、抱きかかえる。グリーンの瞳は、まだ濁っていない。
もう俺しか、うつさないうつせない。はははこれでカルアは俺のもの。誰にもとられることなんかないんだ。
そのとき、軍服の襟から――ころん、と何かが零れた。
それを見て、ルーファスの笑い声は止まった。
「…え…?」
『あなたからもらったものはみんな捨てました。あなたに未練なんて』
それは、青い、ペンダント。俺が、カルアに…贈った。
「…未練…なんて、ないって。捨てたって、云って……?」
あの笑顔がよぎる。
あなたなんか要らない、と云ったあの笑顔は、…嘘だったのではないだろうか。
カルアは、カルアは、カルアは、自分を、裏切ってなんか
「あ…あああああ、あああああああ!!!!答えてくれ、カルア!!お前は、俺を、裏切ったんじゃないのか?!
裏切ったんじゃないのかッ?!
答えてくれ…こたえて…」
「
なにしてんだ、てめぇ!!
」
後ろから大音声が聞こえた。
左頬に痛み。拳で殴られた、のだな、なんて呑気に…ああ、カルアを離してしまった。
そこには、肩で息をしているリンがいた。横には、一人ずつ隊員――ジョンとスミス――がいる。
「隊長ッ、」
止めようとしたジョンが振り払われて無様に尻餅をついた。スミスが、そっとカルアを抱いて、首に手を当てて――リンを向いて、首を横に、振った。
「~――!!」
リンの顔が歪む。紫の瞳から、大粒の涙が滴った。だけれど、拳を振り上げた。
「馬鹿野郎!!!馬鹿野郎、馬鹿野郎、馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎!!てめぇ、カルアが好きじゃなかったのかよ!愛してたんじゃなかったのかよ?!それなのに、気持ちひとつわかってやれねぇで、何が好きだ、ただてめぇの欲望ぶつけただけじゃねぇかッ、」
頬に、鳩尾に、繰り出される拳は本気だった。ルーファスが倒れると、その上に馬乗りになって、リンは彼を殴り続ける。罵倒する言葉がもうわからない。血を吐きながら、涙を零しながら、ただ、殴る。
「なんでだ、なんでだ、なんで殺した!なんで殺したんだよぅ!カルアはあんなにお前のこと、愛してたのに、なんでなんでなんでなんで、なんでだよ、カミサマ、なんでだよ、どうしてあの子幸せにしてくれないんだよ、なんで死んじゃうんだよ、なんで守れなかったんだよ、なんで護ってやんなかったんだよ、なんで、なんで…」
しゃくりあげて、ようやっと拳が止まった。ジョンがそっと、リンをルーファスから引き剥がした。
「…いきましょう、隊長」
リンは子供のように、ひどくしゃくり上げながら、首を横に激しく振った。
「やだよ、やだやだ!カルアをこんなとこに置いてくなんて、やだよ!やだあ!」
ジョンは手の甲で目をこする彼のことを、一瞬躊躇してから、優しく抱き締めた。
「…置いていきません。カルアも連れていきましょう。だから、ね。隊長も帰りましょうね?」
未だ、涙を溢れさせる紫の瞳は揺れて滲んで、ジョンを見上げた。
「ほんと…?ほんとに、おいてかない?ねえ、カルア助かる?また、わらってくれる?また、いっしょにあそべる?」
先刻、…否、リン程になれば既に死んでいるとわかるのに。それさえも…今のリンには、受け入れられない、事実なのか。
だから、ジョンは嘘をついた。
「ええ、助かりますよ。笑ってくれます。一緒に、…」
鼻の奥がツンとして、涙が出そうになったけれど、ジョンは堪えた。ここで自分が泣いてはいけない。
「…いっしょに、…あそんで、くれますよ」
カルアの遺体を抱き上げて、担架に乗せるスミスはリンから見えないように後ろを向いていた。もう、涙が堪えきれなかったからだ。
無邪気な子供のような笑い声が、戦場にこだました。
「あははっ、そうかぁ、そうだよねぇ、こんなわけないものねぇ、あははっ、あはははっ」
カルア=リード
所属 第三連隊 階級 少尉
享年 24歳
十字架を削って、棺に納めて。
カルアの遺体は綺麗に生前のよう。眠っているだけにしか見えなかった。
蓋をしめて、…土をかぶせて。
十字架を削ったのはリンだった。
それに花輪を飾ったのもリンだった。
死を、認識している、筈なのに。
戦場にはでられる。いつものように指揮をとる。
だけれど、彼はおかしくなってしまった。
発狂したのだ。
第二連隊の誰もが、悟った。
リンにかける言葉も、リンを治せる薬も、もう、ないのだと。
寮の部屋は永遠の空室になった。
リンは精神科の病室へ移った。
そこへ訪れていいのは、陛下ひとり。
ルーファスは何故か罪を赦されて、今は必死にただ、忘れるように戦場へと戦場へと。
病室の淡い青のカーテンが外からの風に揺れていた。
窓には鉄格子がはめられていた。
四角く区切られた青い空には、雲も四角くうつる。
「へいかぁ」
狂った笑いで。
いとしいひとを呼ぶ。
「へいかぁ、ねぇ、みんなどこいったのー?どうして、オレをおいてっちゃうの?」
答えず、ただ抱き締めた。
「あはっ、そうかぁ。みんなでどっかあそびにいっちゃったんだぁ?オレだけ、のけものにしてー」
陛下は持ってきた袋の中から、白い寝間着をとりだした。
「着替えようね、リン」
「うん。」
リンはされるがままに、深い青の寝間着を陛下の手で脱がされ、身体を濡らしたタオルで拭かれる。それから、白い寝間着を着せてもらった。
「あのねー、あお、すきー」
「…うん」
「あのねー、しろもすきー。あとねー、みどりもすきー」
「……うん。」
「へいかは、いちばんすきー」
「………うん。」
四角い空に、四角い太陽がうつっていた。
TO BE CONTINUED→拾伍…
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