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クレドのにっき
あなたの軌跡―最愛のねこへ―
あの子は最期まで私をみていた。
うちのねことしてあの子が誕生したのは、私がまだ高校生の頃。
小さい頃、背中のトラ模様の斑点が桜の花びらのように見えたから、名は、桜をもじり、「シャラ」とつけた。
三匹の兄弟のうち、なんと三回も車に撥ねられた。
しかして奇跡、彼は三回とも助かったのである。ただ、両の後ろ足に重傷を負い、歩けなくなっていた。
私はつきっきりで世話をした。餌、水、下の世話まで。
――母猫と兄弟猫が車に撥ねられて逝く中、あの子は生き残り、成人した。
しかし、ここでこまったちゃんなことになってしまったのである。
クレド、おれの嫁になってくれ!!
発情期を迎えた彼は、一生懸命、昼も夜も問わず私にアプローチしてきたのである…。
オレ、人間なんだぞ?お前はねこだぞ???
云ってみた所で彼にはわからない。
すきだー、すきだー、結婚してくれー、おれの子をうんでくれー、
…。どおすればいいというのだ?そりゃ、お前のことは好きだが、種族からして無理があり過ぎる…。
最愛のねこだった。
確実に彼は、もし彼が人間だったならば、私は彼と結婚していただろう。
それくらい、愛していた。
家に帰ればあの子がいる、そうすれば、家に帰るのも我慢できた。
ないている私に、そっと擦り寄って、黙ってそばにいてくれる。
寒い時は、膝の上に乗ってくるし、勿論遊びもする。
好きなものは缶詰、まぐろのはいったやつ。
長いストレートの尻尾は綺麗な赤トラ模様、背中の斑点も赤トラ、そして、頭にも真ん中わけのように赤トラ模様。
ほっそりした身体つき、颯爽と歩いていく姿。
しっぽをピンとたてて、にゃあ、と挨拶。
お気に入りの親父の布団でごろん。寝てる親父の上に載って、王様気分。
私を見る綺麗な金の瞳。
彼は操を立てるかのように、ずっと子供を作らなかった。
四年間、ずっと。
五年目の2005年、あの子は初めて子を作った。春だった。
「シャラ、ようやっと子供作ったのか。お前の子だな、かわいいよ」
複雑な表情。金色の瞳は細められていたように思う。
どうして、この時、子を作ったのか。…今にして思えば、考えるべきだった。
夏が来た。暑い夏、あの子は体調を崩した。餌を食べる量が少なくなり、食べても吐いてしまう。
「どうしたんだろう?お前、夏バテしたのか?」
にゃあ。
なんでもない。すぐ治るよ。
そんな風に彼はそっぽを向いた。
仕事のために彼氏の家に行くことが多くなった。家をあける。
帰ると、シャラが寄ってくる。何度も何度も頬をこすりつけ、膝の上に載ってなでてくれとせがむ。
「どうしたんだよ、甘えん坊になっちゃって、まったく…」
座椅子に座った私の横から離れない。
眠るまでみてて。
夏が終わろうとしていた。
「なんだか、フラフラしているね、お前。大丈夫か?…餌も食べてないじゃないか、ミルク飲むか?」
いいよ、それよりもう少しなでて。
電話が鳴った。
「あ、じゃあなシャラ、もういかなきゃ」
ぽんと親父の上に飛び乗って、にゃあ。
金色の瞳がこっちを見ていた。
「――ああ、仕事ね。まぁ順調じゃないかな。…それより、シャラは大丈夫?」
「大丈夫みたいよ。夏バテでしょう。今外へいっちゃったし。治るでしょうよ」
電話を切ると、ふと気になった。
金色の瞳。ぴんとたった尻尾。すらりとして、男らしくない身体つき。
いつまでたっても、ふとりゃしない。
「…大丈夫だよな」
仕事が終わって、もう寝ようと思ってベッドに転がった瞬間、電話が鳴った。
「ん?なに。」
「――シャラが…」
夜の8時だった。危篤の知らせ。まさかそんな。だけど、ここは遠い。今からゆくべきかーー
「…シャラ、ほら、…もう立てないみたい、さっきまで立つことはできてたんだけど…」
「!」
迷う。迷う。迷う、…呼ばれている気がした。
「悪い、車…出してくれる?」
恋人に車をだしてもらい、彼の計らいで高速道路をかっとばす。
1時間――長い時間。
見慣れた玄関を蹴るようにして開け、駆け込む。
台所の前で、大好きな箱の中で、彼は倒れていた。
「シャラ!」
名前を呼ぶと、少し遅れて尻尾の先が動く。
「…もうしんじゃった…かな?」
母がシャラ、と呼ぶ。私はシャラの顔を自分の方へと向けた。重い身体。
力の抜けた、もうほとんど温もりの無い身体。
それが、彼の命の残り時間を示していた。
「シャラ…」
開きかけた瞳孔、大きな金色の目がゆっくりと私をみた。
…。
何かいいかけて、ただ見つめる瞳。
「シャラ…こっち見てるんだね、まだ見えるんだね、あたしだよ、きたよ、」
ただ、見つめるだけの瞳は逸らされない。
最期に、
最期に、
灼き付けるように。
「…昨日までは、普通だったのに。今日いきなり。」 逸らさない瞳。逸らさない瞳。「…カメラ、持って来たよ。撮るからね。」
カシャリ。
触った身体から、温もりが抜けようとしている。
「ケイタイ…にも、撮る、から」
既に河の水は彼の足元を濡らし、そして、どんどんと浸していく。
ケイタイで撮った。ゆっくりと頭を撫でる。
「…シャラ?」
もう、返事は何処からもかえらなかった。
三途の河は彼を連れて行ってしまった。
「~~!!!」
瞳は、逸らされていなかった。開いた瞳孔のまま、金色の瞳は私を見ていた。
あんなにないたのは、声を上げてないたのは、生まれて初めてだったように思う。
シャラの亡骸に、自分のつけていた小さな数珠を付けてやり、ゆっくりと包む。隠れてしまう。
でも、もう一緒にいられない。
彼は、死んだのだから。
包んだ亡骸を抱いて、私はスコップを持った。止まらない嗚咽が夜に響いた。
サンダルが砂利を踏む。恋人が慰めるように頭を撫でてくれた。
あの子の子供たちは今、元気に暮らしている。
だけど、いつか誰か、あのとおりの向こうにいこうとして命を落とすのだろう。
そのとき、誰が残るのだろう。誰もいなくなってしまったら、どうすればいい?
あの子の想い。
実らない恋。
あの子が私に残したのは、自分の血筋。
今は、二代目のシャラが、すくすくと育っている。
あの子はたった五年間の生の間で、何を見たのだろうか。
もっと傍にいてやればよかった。
二年間の空白。
三年間だけしか、一緒に暮らせなかった。
それでも私はあの子を愛し、あの子もまた私を最期まで愛してくれた。
この想いは消えない。
あの子の想い出は消えない。
だから語れなかった。
あの子が死んで二ヶ月、ようやっと書けた。
泣きながら書いた。
死者への想いは消えない…。
2005/10/18 沖田しのぎ
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