クレドのにっき

クレドのにっき

零~名を継ぐる者~参

 冷たい死のにおいのする――天然の鍾乳洞。
 注連縄の張られた鳥居――門。
 篝火の揺れる――目隠しの儀式の間。

 それらから、程遠い所に彼はいた。
(まさか、そんなに年月たたないうちに、ここに来ることになろうとはね。)
胸中で毒づいて、彼はその建物を見上げた。
門の前にはこうあった。
「池袋二番高校」

 チャイムが鳴った。
「ねぇ深紅、ヒマ?」
ショートカットの黒髪は、右の前髪だけが長く、そこだけ少し金のメッシュが入っている。瞳の色は、薄い青だった。母親がアメリカ人らしい。実は、髪も染めているのだというのは、こっそり聞いた話だ。クラスメイトで一番仲良くしている、紺碧(みどり)が、云ってくる。深紅はカバンに教科書を詰めながら、それに返事を返す。
「うん。ヒマだよ。何?また何かいいお店みつけた?」
紺碧はからからと明るく笑う。ずっと一人ぼっちでいた深紅に、初めて出来た友達だ。
「うん!あのねーっ美味しいアイス!ど?しかもさ、今キャンペーン中でね、割引ィ!しかも、二人で買えば更に割引ッッ!」
びっ!とそのチケットを差し出して、Vサインを出す。アイスは嫌いじゃない。寧ろ、好きな方だ。
「いいよ!いこっ!」
ちょっと前までは考えられなかった――普通にわかりあえる、友達。平凡な筈の日常が、こんなに楽しかったなんて!
カバンを抱えて、彼女たちが校門まで来た時だった。
「だからよぅ、にいちゃん。ちょーっとカネ貸してくれりゃあいいんだってば。」
「それともーその綺麗なお顔で稼いでんのか?」
 紺碧がげっ、と声を低くしていってきた。「やだぁ。サイアク。ね、深紅。裏門から行こう!」
深紅も、見るからに悪そうな高校生達に関わるつもりは無かった。…でも、「ねぇ、紺碧、先生よんでこようよ!」
「無理よぅ。うちのセンコーどもはとうに白旗あげちゃってるのよ、あいつらには!だから、うちらも逃げないと、何されるかわかったもんじゃないわっ」
「え…でも、」
囲まれているひとは…。
が、時既に遅し。不良のひとりが、深紅たちに目を飛ばした。
「女が二人連れか~?俺タチとあそばねぇ?」
怯える深紅の代わりに、紺碧が彼女の前に立ちふさがった。「お断りよ、下衆野郎!あたしたちはこれから用があんの!」
「紺碧!」
不良の一人――ガタイがかなりいい。ボクシングでも何か、否、喧嘩慣れしているのだろう――が近付いてきて、不意に紺碧を跳ね飛ばした。
「きゃ…」
「紺碧ぃいっ!」
そのまま、紺碧は軽く3メートル程跳ね飛ばされて校庭に転がった。空手部、という肩書きのお陰で、一応受身は取れたようだったが…、恐怖に足がすくんで、
「深紅!逃げるのよっ!はやく!」
「な…」
関わりたくない、と思ったのは紺碧だってそうだ。なのに、私をかばい、そして、そんなになっても、私のことを心配してくれるの?
不良のもう一人が、紺碧の髪を掴んで、その制服の前を千切った。セーラー服は簡単に敗れる。何をされるのかは、すぐにわかった。
「紺碧!」
どうしようもないのに、駆け出そうとした深紅を、最初の男が掴んだ。「深紅!」
 頭上に影が落ちた。
「きみの云うとおりだ、紺碧=セレスティーナ。下衆野郎どもばかりだな」
一瞬。
綺麗な回し蹴りが、深紅を掴んでいた男を振り飛ばす。容赦の無い、急所を狙った蹴り。
「大丈夫か?雛咲深紅さん」
それから、紺碧の方を見やる。男は後ろの仲間――つまり今し方まで囲んでいた筈の男が、ここにいると気付き――を見やるが、全てが流血し、倒れていた。
「て…てめぇ、な、なにもんだ!」
「紺碧さんを寄越せ。そうすれば、こいつらと同じく蹴り一発、気絶で病院送りくらいで済ましてやる。」
「…あ、あんた…」
どうやら、紺碧は顔見知りだったようだ。深紅は、この男を見上げた。ちょうど兄さんと同じくらいの身長だけど、髪が長くて、とても綺麗なひと…。服装こそ、普通のシャツにハーフの革ジャケットにジーパンという格好だったが、それでも充分綺麗だと思えた。そして、細身でありながら、鍛えられている事はすぐにわかった。
しかして――男は一瞬にして絶体絶命に陥ってしまった。紺碧を引き寄せ、その首にナイフを突きつけた。
「うるせえっ!こっちこそカネよこしゃ、こんなブス、くれてやる!」
「なっっあたしの何処がブス?!」
「うるせえっ!」
…紺碧をブス呼ばわりって、無理だと思うけど…と深紅は胸中で突っ込んだ。が。
隣に立つ男はイライラしたのか、その長い前髪(多分、切っていないだけだろう)をがしがしと乱暴にかきみだし。それから、どこに持っていたのか細長い包みを出した。
「…んだよ」
小さな声だったが、深紅は思わずあとずさった。それほどの殺気を含んだ声だったからだ。
「 ごちゃごちゃうるせえんだよサンピン!とっとと寄越せっつーてんだろがこの下衆! 」
一喝だった。同時に、彼が軽く地をけった。布がその勢いについていけず、さらりとその場に彼の名残のように残った。
「う、うわ…!」
柄尻でナイフを跳ね上げ、紺碧の腕を掴んで自分の後ろに庇うと、弧を描いてその鞘は男の顎を直撃し、男は地面からその体を浮かせる。そこへ、刀を振った反動を利用しての容赦ない腹部への回し蹴り。男は吹っ飛び、校庭のフェンスにぶつかって崩れ落ちた。
圧倒的強さ、というのはこういうのをいうのだろう。まるで、漫画か何かをみているようだった。
ふ、と息を吐いてから、彼はくるりと振り返って紺碧に上着をかけた。
「冷、あんた来るんだったら、校内に入れてもらいなさいよね!」
「いやすまん。忘れてた。紺碧、怪我は大丈夫か?」
「大丈夫よ。それほどヤワじゃないわ」
「それはよかった。…まぁ、俺がここにいた頃はあんなのはひとりもいなかったがね」
「…みんなアンタみたいな番長と一緒にしないでよ」
「ふん?下衆は嫌いだ。だからのしている。何か問題があるのか?紺碧。」
「…ねぇ、ていうか、アンタもしかして…ナンパされてた?」
男は少し考えて。
「…かも知れない。」
べしいっ!とこれは、紺碧が男の刀で彼を殴った音。
「っ…だぁあああ!いてぇ!何すんだ!」
「かもしれないじゃないわこのど阿呆!全てお前の所為じゃないかー!無防備に校門になぞ立っているからだ莫迦!」
「てめっ…後で覚えてろよな…」
 ああああ。私。今ここからダッシュで走った方がいいのかしら。と深紅は本気で思った。何か、マシなことになりそうにならなかったからだ。
しかして、二人は歩いてきて、男は自己紹介をした。
「俺は冷。紺碧の従兄にあたる。…初めまして、雛咲深紅さん。」
などと、営業スマイルで手を出してきた。ペースにのせられ、つい握手してしまう。
それから、男は握った手を見、微笑んだ。
「…いい力だ。これはこれからも伸びる。」
「えっ?」
何のこと?…もしかして、消えた私の…霊感のことを云ってるのかしら??…まさかね。
深紅は思い直した。
紺碧にもいってないのに。
男はその様子を面白そうに、(どこかいとしそうに、)眺めてから、かしこまった動作で自分の胸に手を当てた。
「失礼した。俺のフルネームは緋室 冷。…きみが封印した「氷室」の血に連なる者だ」
「…ひ、むろ…?」
「いやいや、そんなに怯えないでくれ。…俺んとこのヒムロは、氷の室ではなく、緋色の緋に室で緋室、だ。…俺はそこのまぁ当主をやっている。」
「か――帰ってください!私はもう、霧絵さんとはかかわりありません!それに、兄さんも!」
「ちょっとまってくれって。話を聞いてくれよ」
歩き始める深紅とそれを追う冷の前に、紺碧が割り込んだ。
「そうよ冷!深紅はあたしの友達だよ!…それに手ェ出そうってなら、アタシ何があっても黙ってないからね!」
「あのな…俺だって、公式ならこんな所にこねぇよ。だから、これは個人的な話なんだ。紺碧、お前にも知らさなかったのは――つまり、アレだ、」
「は…?アンタ、まさか。ばばさまにも言わないで出てきたの?!」
「でけぇ声出すなよ!そーなんだよ!だからっ…雛咲さん!聞いてくれよ話!」
後ろのやりとりを聞いて、風向きが変わったような気がした深紅は、振り向こうかと思った…が。
ぐきゅるるるるる…
「は?」
思わず、振り返ってしまった。
そこには、緋室 冷と名乗った青年が、座り込んでいた。
冷はこちらの視線に気付いて、へら、と情け無さそうな笑みを見せた。
「有り金旅費しかなくって、気付いたら一文無しで、三日間、食ってないんだ…あは、あはははは」
強いひとなのに、…
「うふふふっ。面白いひとね!いいわ。話――そうね、最初の予定だったアイスくらいなら奢ってあげるわ!」
「ま。マジかい?いや、もうマジ嬉しいな…て、俺情けないなぁ…あはは。」
「いいの深紅?!こいつのことだから、ロクなこと考えてないよ!絶対!」
「いいのよ、紺碧。…何か、あるのよこのひとには。ま、アイス一個くらい、恵んであげましょv」


「うわー東京のアイス!すっごい久しぶりだ…」
懐かしそうにそれを平らげ、ついでに水を3杯ほどおかわりして、一応の満腹は得たらしい。ふう、と溜息をついて。彼は布に巻いた愛剣を膝にのせ、向かいの二人に話し始めた。
「俺が家を出たのは、目的が二つある。ひとつは、妹を助けること。」
「妹って?」
深紅――今度はパフェを食べている――が問うた。
「…きみたちと同い年の妹だ。…何も使わず、炎を生み出せるほどの能力者。…故に、今年の縄の巫女に選ばれた」
「!」
深紅の中に、あの氷室邸での霧絵のことが蘇った。
――縄の巫女は、コロサレルタメニ ソダテラレル――
――わたしをトメテ!――
――この屋敷からダシテクレ…――
――ツタエテ…伝えて…のろいの…ときかた…――
――わたしは、本来の役目を果たさなきゃならない。…ありがとう。――
冷は、テーブルの上に肘をつき、顎をのせた。
「俺は妹を殺したくない。…連綿と続く、御縛りの儀式。縄の巫女。全てから、解き放ちたい。…だがそれにはふたつ問題がある」
紺碧は、自分の分のチョコミントを食べ終わった所だった。
「ひとつ。…氷室邸の奥深くに今も在る黄泉の門。霧絵は歴代何人も出ない能力者だったと聞く。しかして、彼女も既に霊体であり、尚且つ呪いによってその力を消耗している。…もう、あと数ヶ月しか持たない。」
深紅は――最後のはかなげな彼女の、横顔を思い出していた。
「ふたつ。…緋室(うち)の奥深くにある黄泉の門。これもまた、開きかけている。」
「で?あんたは深紅たちに何をさせたいわけ」
紺碧は、こちらを見てきている――
「…俺の目的か?俺の目的は…」
言いかけて、冷はやめた。
「どこか、人目の無い所は無いかな。…証拠を見せたい」

 静かな神社の裏手。夕刻を過ぎればそこはありえないものの飛び交う魔界と化す。
冷は刀に巻いた布を解きながら云う。
「先ほどいったな。俺の目的には、ふたつ障害があると。…深紅さん。紺碧。」
「…ええ」
正直、深紅は――
こんなことに関わるのはもうまっぴらごめんだった。あのときだって死ぬほど怖い思いをしたのだ。兄さんが関わっていなければ、あんな屋敷に行ったりはしなかっただろう。向こう側の住人に干渉する、その代償の高さはよく知っているつもりだから。
冷は、一番上のボタンをゆっくりと緩め、それから刀に手をかける。刀身がよく見えるようにと、ふたりに配慮したか、自分の目線の高さまであげる。
「ひとつめはこれで補われる。――村正!」
かぢ、と鯉口を切り、白刃がゆっくと引き抜かれる瞬間、彼の緩めたボタンからぬるりと鬼の手が出てくる。
<冷よ。こんな夕刻に呼び出すとは、侵してくれと云うも同じぞ?>
「…お・る・ぞ!」
<いやあああああ折らないでェエ!>
「そ、それっ…」
「マジ、かよ…?緋室の当主は…バケモンを飼ってると聞いたことがあるけど――」
「紺碧、にも、見えるのね?!」
「う。うん。…アタシ、少しだけど…みえる…んだ。深紅、はそういうの…笑うかも知れないけど…」
「ううん!笑ったりしないよ!…あたしも、だから…みんなにとけこめなくて。」
苦しげな息を吐いた、冷は二番目のボタンを緩めた。鬼の手は彼の首筋をわけ、長い髪を分けて、首筋の傷をすっと撫でる。長い爪で撫でられたその傷あとは、血を流し始める。「こら…!やりすぎだ莫迦者!」
<夕刻に出したお前が悪い。忘れるな、お前は俺の『食い物』だということ!>
シャツの背中が破られ、鬼が上半身を現した。
「きゃああああっ!」
耐え切れず、深紅が悲鳴をあげる。
鬼はその背から流れる赤い血を、美味そうに舐めとる。その度に、尋常でない痛みが冷のからだを苛む。
「っっ…この…畜生が…!紺碧ッ!護身法は知ってるな?!」
意図を察した紺碧が、頷く。
「ちょっと…深紅さんにはキツい場面になる。目をつぶっていてくれ…っ」
冷は己の人差し指を噛み切ると、血を流すそれを鬼へ掲げた。
「ほら、これも欲しくないか?村正」
<おおう…いい心がけだ、ここでそのままひとつになったとて、不自由はあるまいなぁあ>
それに気をとられ、鬼が手を伸ばす時には、血でメモ帳に書かれた呪符が鬼に投げつけられた。
<冷!まだ拒むか!>
「うるせぇ!刀の分際で、つけあがんなッ!」
その刀が振られ、冷は自分の背から生えるその鬼をこそげおとした。
「深紅…見ちゃだめ、よ…」
そういう紺碧の声も震えていた。
落とした鬼のアタマを、冷はかかと下ろしで思い切りかち割った。喉を空気が通る、グルグルという音もすぐに納まる。ふう、と彼は息をついて、刀を納めた。
「…ちっと危ないが、これがまず、霧絵の護る門を封じる力もつモノ。」
深紅が目から手を離すと、血まみれの冷がそこにいた。
そして、と彼は続けた。
「…緋室の黄泉の門を封じるのは、 俺自身。 きみらには、氷室邸までこの村正を運んでもらうこと、そして俺の妹を緋室から逃すことを頼みたいんだ」
 平凡な日常というのも、幸せというのも、案外長続きしないもんなんだな、と深紅は血まみれの青年を見ながら思った…。

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