クレドのにっき

クレドのにっき

零~名を継ぐる者~伍

 あいしているから、鬼になる。
 これからさき、どんなことがあっても――
 これからさき、どんなつらい分岐があっても――
 おまえが、自分にとって、最良の選択ができるように。

 夜半の公園に、白い軌跡が舞う。
軽い気合と共に繰り出される太刀は、舞う木の葉を静かに両断する。
それはまるで、舞を見るように、華麗だった。
 こちらに気付いて、目線を向けた。
「真冬さん。俺の剣技、見てて面白いですか?」
…愛想は無いが。別に、僕はこのひとほど強くないし…剣とか、そういうものよりは本を読んだり、そういう静かな方が好きだ。
 それを察したのか、ふ、と寂しげな笑みを浮かべた。
「俺もね。…本も好きですよ。時間あったら、ゆっくり読んでみたい。真昼間の図書館で、延々」
意外な言葉に、真冬はつと聞いてみた。
「…何が好きですか?」
刀を仕舞い、脱いでいたジャケットを羽織り、髪を下ろす。そうすると、黙っていれば妙齢の美女としか思えない。
「推理モノ、恋愛モノ、何でも好きかな。ファンタジーも好き。…つまり、オールジャンルで気に入ったモノは何でも読むってことですよ。節操なし、とも云いますかね」
 …意外、だ。
剣技と秘術に秀で、寧ろそれだけの世界で生きてきたような感を受けるのに。夜半の闇に、陽に当たらない白い肌が透けている。
「俺はね。…キャリアーなんですよ」
「はい?」
突然変わった話題についていけず、?マークを浮かべる真冬に、冷は笑みを浮かべた。口元を緩めるだけの、寒い、冷たい笑み。「俺の父も母も、結核で亡くなってるんです。…俺も、陰性ではあるけれど、確実にそれを持っているんですって。」
ですって。
…ひとごと、みたいに。
雛咲家の方角に足を向かわせながら、二人は歩き始める。
「いつ、発病するかわからない。…病院もね。本当は…そろそろ定期検診の頃なんですけど。…俺のしてることがバレれば、春もただじゃすまない。」
背丈も、年も同じなのに、どこか。
どこか、
「俺はねェ、真冬さん。この20年間幸せだったんですよ。凄くね。…外の世界も知れたし、それで充分なんですよ。だから――いつ、死んでもいいんです」
どこか、この世界を離れた所から、見ている…気がしていたのは。この、寂しげで儚げな、この雰囲気の所為か。
真冬には、…答えるべき言葉が無かった。
「春はねぇ、人形みたいなんですよ。…そう、人形だ。用途の為に作られ、全ての災難をその身に受けて、河に流されてしまう雛人形。…あの子の笑顔はね、本当に素敵なんですよ。無垢な、子どもみたいな笑顔なんだ。…深紅さんと同じ年なのにね、外を知らないから、何も知らない。知らされない。」
吐いた息が、白く闇に流れていった。
「無垢なんてのはね、いいことじゃあないんです。いいことじゃない。…だってそうでしょ?ひとは、知ることで成長していくのに、情報を制限されて、知ることを止められたら、成長の仕様が無い。」
「ぼ――」
言葉をとめて、冷の漆黒の瞳がこちらを見た。その、視線の――冷たさに、彼は少し、怖くなった。
「…僕には…、冷さんの方が、人形に…見える」
「…」
答えは無かった。

 おにいちゃん、ここのところきてくれない。
 どうしたんだろう。
春は思う。
 わたし、巫女だから、もうあと、すこししかおにいちゃんと一緒にいられないのに。
春は願う。
 ねぇ、かみさま、おにいちゃん、何処にいっちゃったのかなあ…。
あなたが見てたのは、鏡写しのわたし。
わたしが見てたのは、鏡写しのあなた。
額をつき合わせて穏やかに語る、その瞬間こそ、わたしの大切なたいせつな、時間なのに。
…ねぇ、おにいちゃん、なかないで。
…わらって。
ね? わらって?

 インターホンが鳴った。
「はい、雛咲…」
「あたしー。」
「なんだ、紺碧。今あけるねー」
短い会話の後、彼女が珍しく着物など着ていることに気がついた。
「どうしたの紺碧?その振袖…」
「まぁね。…冷『様』いる?」
「…高そう」
紺碧はコケた。

 「先日の非礼、平にご容赦願います。緋室家当主」
胡座をかいて、紅茶なぞ飲んでいた冷は、それを目線で一瞥しただけだった。
「もう見つかったか?で。紺碧。お前は俺の居場所をババアにいうのかよ?」
ただ、声だけは低く、目は何かしようものならば斬り捨てようとするほどの殺気を放っている。
「そんなわけないでしょ。あんたはあたしの従兄よ?春は同い年だし…アンタの話を聞いて、とりあえず来ただけじゃないの」
あっさりと態度を翻した彼女に、内心安心しつつ、
「だがそれなら、そんな派手な格好で動くなよ。式にでも見つけられたら、事だ。いつもの格好でいいじゃないか。どうせお前、俺に敬意なんぞ払ってないだろ。ていうか、年上って事も最近忘れてねぇか?」
紅茶(多分3杯目)のポットをかっさらい、「深紅ーお茶もらうねー」云ってから、冷のカップもかっさらい、好きなだけ砂糖とミルクを入れて、さっさと飲んでしまう。
「お前なぁあ…それで最後だぞ?!何勝手に全部飲んでんだこの莫迦!」
「うるさいわねー。ごちゃごちゃ云わないの。当主でしょー」
「それと東京の紅茶になんぞ関係あるか!それはなー、俺がこっそり引き出してきたゆうちょのお金で買った、貴重なファーストクラスの…」
「美味しいけどね」
「当たり前だ!だから、勝手に飲むなー!」
深紅が戸を開けて入ってきた(お茶菓子を持ってきたのだ)時には、二人は阿呆な取っ組み合いの喧嘩をしていた。
「俺の!紅茶だっ!」
「いいじゃないのよいつも贅沢三昧なんだからー!あたしにも分けろー!」
「……お茶菓子…持ってきた…んですけど…」
深紅の言葉なぞ冬の風、全く聞いていない。
「お茶…」
「紅茶ぁあああ!」
「分けろぉおお!」
深紅は――
お盆を振り上げた。
ひとのはなしをきけぇえええ!

 何故か一部ボロボロなカンジの二人組を前に。深紅は悠然と紅茶を用意していた。
「…深紅さんて凄いなー…」
「深紅って意外と逆境に強いというか、なんというか…」
「で。紺碧。喧嘩しにきたの?それとも用件があってきたの?」
紺碧は注がれた紅茶を、一口飲んでから、話を始めた。
「冷。あたしもあんたに協力する」
「!」
意外な言葉に、彼は瞠目した。紺碧は照れくさそうに、髪を掻き揚げる。
「深紅と真冬さんだけじゃ、道中不安でしょう。あたしは少しだけど防御法なら扱えるし。氷室邸にいっても大丈夫だと思うんだ」
いいかけて。
口を閉じて。
彼は代わりに笑みを浮かべた。
華の開くような、大輪の笑みを。
「――ありがとう」

 …わかってるの?冷。
わかってるさ。
 引き返せなくなるのよ。
わかってる。…俺は、いいんだ。この日の為に…春の為に、全てを捧げる覚悟と用意がある。
 …女も知らないで、死ぬの。
…好きになったひとなど、いないさ。死に逝く者に、愛を囁いて愛そうとするものなどいるか。
 …あんたは鈍感ね。本当に鈍感だわ。
振り向いた彼の顔が、少し、歪んだ。
…ごめん。
 わかってる。あんたにはいつも、春がいた。あんたは、春以外、…きっと恋は出来ないわ。
…ごめん。
 謝らないでよ。後ろを振り向かないで、走って。…走ってるあんたが、あたしは一番好きだわ。
…うん。
紺碧は息を継いで、
 町外れに、系列的に合う神社があるわ。話はつけておいた。
……。
 村正と『契約』しなければ、氷室の門を閉じられない。鬼と化したままの村正では、あんた無しでは暴走する。
わかってる。

契約

――――――――――ケイヤク

ケ イ ヤ ク


 『古からケイヤク、とは『契り』を意味することが多い。…覚悟はいいのか?冷』
「…黙れ」
白い死に装束のような、小袖は、彼によくあった。
『…誤解するな。…俺はお前の魂の光にすがる、哀れな鬼だ。…お前はそれを慰めてくれれば良い。』
「…」
古ぼけた天井を眺めて、彼は意識を落とした。
ここから後は、女性向18禁(一部ですが)になりますので、読みたい方は このページ をクリックしてください。

 ――契約は完了した。
全ての力と、最小限の犠牲で、この縄を断ち切れる。

 あなたが見てたのは人形のように綺麗な俺。
 俺は、そんな綺麗な人形のようにはいかない。
 世界中全て死んでもいいから、俺の妹を助けたい。
 なんて、醜い、なんて、非道い、なんて、
ただ、夜半に涙だけが後から後から零れては零れては、止まらなかった。

 さぁ、遠き地に眠る門を閉じに、行こう。

TO BE COUNTINUED→陸


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