クレドのにっき

クレドのにっき

零~名を継ぐる者~漆

 こ の まど の――
向こうの景色に憧れた。
 だ け ど わたしは縄の巫女。17になったらしななきゃいけないの。
 だ か ら わたしは諦めて、おにいちゃんが酷い目にあわないように、
お願いしたの。
『はるき…』
「?」
春は、自身の首につけられた縄の範囲しか動けなくなっていた。その、上空に聞こえる声。
「だれ?」
『縄の巫女…わたしは霧絵。…あなたを助けに、すべてをおわらせに…くるひとたちがいる。』
春は首を傾げた。「何のことなの?わたしはしぬわ、だってそれしかほうほうがないってばばさまがいってた。」
『いいえ』
声は案外力強く答えた。
『いいえ。あなたは生きるのよ。わたしのようにはならない。…深紅がそれを約束してくれた。だから、きっとあなたは生きられる』
「みく…?だれ?」
声は微笑んだようだった。
『すぐに、わかるわ…』
余韻を残して、声は消えた。またひとり、闇の中に残された彼女は、鳥居に見立てた二本の柱に両手両足、そして首に巻かれた縄の先がある。
窓の外を見ると、もうひとはいなかった。
「…わたしが、しなない…?」

 少し時はさかのぼる。
深紅たちが、裏庭の井戸にいたとき。これからのルートを、深紅は氷室邸の構造を思い出しながら軽く地図をかいた。
「ここは井戸のある裏庭…だから、あの二階に行くには…とりあえず、あっちに見える小路を曲って、いけすのある部屋を通って…確か…出てから少しして二階へあがる階段があるから、それをあがればいい。それから左に曲って突き当たると扉。そこを開ければ、座敷牢よ」
でも、と真冬が横から口を挟んだ。
「ここはあの氷室邸と違って、生きている人間が生活している場所だよ。当然、警備のひととかも…いるんじゃないのか?」
うーん、と深紅も悩む。
「そうねえ…私も兄さんも、喧嘩は得意じゃないわ…」
「…深紅、今のって故意にあたし抜いた?」
「や、やあねぇ紺碧もよね!…どうしよう」
と、後ろから足音。はっとみなが振り返ると、そこにはあの道で別れた冷がいた。
「そいつらは俺に任せてくれればいい。」
「冷!無事だったんだ…よかったっ…」
「ふむふむ。これで一件落着、さあいくわよみんな!」
ちゃっかり仕切る深紅。
意気揚揚と小道へ向かう深紅の背を、冷と紺碧と真冬はなんだかさむーい目で送っていた。
「…俺たち、『深紅様とその他一行』?」
「…かもしれないわね…」
「……」
とりもあえず。戦いはまだ始まったばかりだ。
 小道はすぐに突き当たり、いけすのある部屋への扉だ。ここの扉は中から開けるとき、キーワードの数字四文字を入れないと開かないようになっている。つと、深紅はその扉に触って、カギが開いていることを確かめてから、ふと冷を振り返った。
「…ねぇ冷さん」
「何だい?」
「氷室邸だと、いけすのある部屋って天井から滴る水がいつのまにか血に変わって、いけすの水が真っ赤になるっていう心霊現象があったんだけど…ここには、そういうのないわよね?」
冷は平然と答えた。
「うん。ないよ」
ほっとする深紅。真冬などは胸をなでおろしている。
「でもね、その代わりに生首が落っこちてきてぼちゃんて」
「 もっと酷いわ――! 」
3人のツッコミをくらい、冷はそうかなぁ、などと平然としていた。
かくして、突入への扉は開かれる。

 ――あいしているから 鬼になる。
 お前が最良の選択をできるように。
 なにかあったときに 何もためらわずに、
 最良の道を選択できるように。
「妖刀を霊刀にしてしまいおったか…流石は冷よの」
「ばばさま!春様を、冷様に渡すわけには参りませぬぞ」
ひとり、神官の格好をした男が云った。
「我が祖先も、縄の巫女を輩出した家系です。…今更、それを嫌がり、春様を世俗に出して逃げようなどと。…仮にも、現当主が!」
もうひとり、神官の格好をした男が云った。
「ばばさま。お怪我は大丈夫ですか?」
これはまだ若い、しかし神官の格好をした男が問うた。
「ほっほっ。…右手は使い物にならぬな。術を跳ね返すとは」
「…冷様ももっと聡明な方だと思っておったが…所詮は子どもか」
もうひとり、神官の格好をした男が云った。
「そう云うな。あの方は素晴らしい方だ。…何かお考えがあるのだろう」
「丹(に)。既にあの方のしていることは反逆だ。それを庇うのか?」
「そう云うがな、壱。あの方はしっかりしている方だ。それがそんなことをするのは、きっと意味がありなさる」
「お前はどう思う?燦(さん)」
壱から意見を求められて、燦と呼ばれた一番若い神官は、ばばの傷を手当てしながら、顔をくもらせた。
「…僕などには、わかりかねます…」
「お前は優しいのお。…だが、これ以上の侵入を許すわけにはいかぬ。怨霊がダメならば、生者に手伝ってもらおうぞ」
「ではばばさま、家人に伝えます」
燦より少し年上の神官が、ばばに礼をする。
「おう、司(し)よ、頼む。…わしらは鬼の口にいる。家紋扉の先に入れるな」
「御意」
司が走り去っていってから、ばばは残った三人の神官に指示を下した。
「春を座敷牢から出し、鬼の口へ向かうぞ」
「御意。」

いけすのある部屋を出ると、そこには、二人の――いや、その後ろには一体何人いるのか――緋室の家人と思われるものたちが、手に手に棍棒などを持ち待ち構えていた。
「げっ、いきなり戦闘態勢?!」
紺碧の声を遮って。一番前にいる二人――何処にでもいる中年のおじさんだが、今は違う。険しさに顔を歪め、こちらを睨んでくる。
「紺碧=セレスティーナ、並びに雛咲真冬、深紅。そして冷様。あなたたちはご自分のしていることがわかっているのか?」
右の男が云ってくると、今度は左の男が云って来た。
「立派な先達の歴史を汚すことは、仮令(たとえ)当主様と云えども、許されませぬぞ」
「うるせぇんだよ」
口上を遮ったのは、冷そのひとの―― ドロップキック だった。大の男二人は軽々と吹っ飛ばされ、後ろにいた家人たちもかなりがなぎ倒される。
放った本人は対して苦労もないように、右足をゆっくりと自分へ戻した。
それから、深紅たちの前へ出、彼女らを庇うように残りの家人たちへ目を向ける。
その、当主の名に恥じない眼光の鋭さ。
「何が立派な先達だ。連綿と繰り返す悲劇の上にたつ幸せなんぞ、俺はいらねぇ。ごちゃごちゃ抜かすなら――斬る」
目前に掲げた村正の鯉口を切る、その音に、殆どの者が恐怖で腰を抜かす。
「一度だけ聞くぞ」
鞘を投げ捨て、彼は村正を右手にぶら下げて、ゆっくりと近付いていく。
ぎし…ぎし、と軋む床の音が、確実に存在する恐怖を物語った。
「春は『何処』だ?」
「えっ…春さんは、座敷牢にいるんじゃ」
後ろからの深紅の問いに、振り返らぬまま彼は答えた。
「あのばばが俺達の突入を知らないわけがねぇ。現に、こうして家人どもを配置しているということは、もう座敷牢にはいないだろう。」
きし。
腰を抜かした、ひとりの家人の前で、彼は止まった。
「…何処だ?」
「あ…お、俺はしらんっ」
ひゅっ、と空を切る音だけが彼の耳には聞こえたことだろう。
その男は、肋骨を狙った冷の鋭い蹴りに飛ばされ、無様に後転した。
「行くよ、みんな」
追いついてきた紺碧と、真冬。後からやってきた深紅が、彼の頬を平手で打った。
ぱぁん…と小気味よい音が響いた。
「あのひとはあなたの身内でしょ。妹さんを助けたい気持ちはわかるわ。でも、あれはやりすぎよ」
打たれた頬を抑えて、冷は呆然とした。
「深紅!でもっ…」
抗弁しようとした紺碧を抑えて、冷はふと笑った。
「深紅さんて、…何かお母さんみたいだ。」
気の抜けた彼女に、背を向けて彼は進んでいく。3人のジャマをする者は誰もいなかった。
「俺は、結構短気で喧嘩っ早い。…特に今回は、あせってる。だから、ああやってやりすぎてしまうことも、ある。…その時は、深紅さんが、遠慮なく俺を叱ってくれよ」

 「ばばさま、どこにいくの?」
春の無邪気な問い。
「…少しな。」
「ふうん。」
それ以上、彼女は何も聞いてこなかった。
扉をあけると、鬼の口と呼ばれる、巫女を決める儀式の場が見えた。
ここを抜けていくと、縄殿…
「春よ。おまえは縄の巫女じゃ。全てを覚悟せねばならぬ」
「うん」
「俗世への未練も棄てなければならぬ」
「うん」
「…もしかしたら、お前が御縛りの儀式を受けるのは、ちと早まるかも知れん」
「うん」
「…」
決められた行に達していなくとも、彼女の霊力ならば何とかなるだろう。
少なくとも、…
「冷とも、もうあえまい」
「…うん」
暗い空間に燃える篝火。
ばばは門を開けた。
縄殿への、道を。

 ――中庭にて。
「櫻が…」
月読堂の側。櫻のある中庭には、誰もいなかった。
だが、櫻に見惚れる3人を別に、冷だけが険しい顔をしている。
「綺麗な櫻でしょう?」
不意に、声が聞こえた。
「えっ?!」
深紅もとりあえず――声の方向を探ってみた。声は、逢魔ヶ淵へ続く扉の方から聞こえてきた。
冷はベルトに佩いた村正の柄に左手をかけた。
「出て来い。どうせお前らの筋書きなぞ解りきっている」
扉が開いた。そこには、神官の格好をした少し、幼さを残した少年が立っていた。
「ここの櫻はいつでも咲いているんです。…緋室の縄の巫女の身体の一部を、埋める場所ですからね」
と、少年神官は櫻を見上げた。その左手は後ろ手にされている。――何かを隠しているように。
「この櫻、真っ白でしょう?巫女たちの心が澄んでいるからだと云われています。全てを犠牲にしても、誰かを、何かを護りたい。その心が死んでも猶、彼女たちの身体に宿っているんです」
「燦」
言葉を破ったのは、冷の冴え渡る言葉の刃だった。
少年は後ろ手にしていたその左手を出した。
「…あなたを兄のように思っていました。私が仰せつかったのは――あなたがたを『隠す』こと」
「隠す…?!」
紺碧の声に、深紅は震えた声で答えた。「この…ひむろの世界では、『隠す=殺す』ことよ…」
燦は、ぱちぱちとぞんざいな拍手をして、幼い笑顔を見せた。
「そうですよ。あなたは本当に氷室邸に行って、黄泉の門を閉じてきたんですね。よく知ってらっしゃる」
燦の左手。そこには、一目で業物と判る日本刀があった。
冷が、村正の鯉口を切った。
「抜け。それなら、まずは俺を隠せばいい。」
燦も鯉口を切る。
「ご冗談。あなたに敵うなんて思っていません。…でもせめて、動けないくらいにすればいいでしょう」
ちらりとこちらに寄越すその視線は、狂信者の視線。
「あなたがたもね…」
す、と影がよぎった。「余所見してるとは余裕だな燦」
「!」
咄嗟に抜いた刀身で、真上から振り下ろされた村正を受け止め、前方へと払った。
「流石」
同時に、燦も前へ飛ぶ。一回転して、冷との間合いを取った。
「い、今の何?!」
きょろきょろしている紺碧に、真冬が説明する。
「櫻の枝を足がかりに、冷さんは燦、とかいうひとの真上まで跳んだ。それから、刀を振り下ろしたんだ」
振り返るその姿、将に鬼。
ゆらりと立ち、冷はに、と笑って見せた。氷のように冷たく。
「俺を動けないほどにする?お前が?俺を?随分大きく出たなァ燦。お前に剣を教えたのが誰か忘れたわけでもあるまいに」
燦は日本刀を正眼に構えた。
「忘れてなんていませんよ。…でも、命令は命令ですから」
冷はといえば、余裕だ。村正を肩に担ぎ、構えさえ取らない。否、燦の表情が強張ったことを考えると、これが彼の構えなのかも知れない。
「俺以上にばばの命令が優先ねぇ…ふん。そりゃぁご愁傷様。」
たん、と靴音がひとつした。その一瞬で、冷は燦の目の前にいた。
横薙ぎに軽く軽く振られた刀が、峰だったことは幸いだろう。そうでなければ、多分燦はその右胸から左わき腹にかけて両断されていただろうから。
結果、燦は一太刀すら入れられずに、鳥居を二、三本へし折りながら、母屋の壁にぶつかって止まった。土煙がもうもうと上がる。
深紅たちは何も出来ずに、ただそれを呆然と見ていた。
ざり、と靴音は進む。燦のつっこんだ壁へと向かって。平然と村正を肩に担ぎ。
「立ァてよ。燦。まァだ稽古は終わっちゃいね―ぜ?」
「くうう…」
近付いてくる鬼の姿――立ち上がろうとすると、胸が痛んで、燦は咳き込んだ。それに、血を吐く。…肋骨が何本かやられたか…!
見上げると、黒髪を流した冷の――師の姿。
その、口元は笑っていた。愉悦の笑みだ――と彼は気付いた。
「…立ァてよ。なァ。お前、それでも俺の弟子かァ?」
胸倉を掴んで、引きずり起こされる。足が地面から離れた。
折れた肋骨が、痛い。
ちゃき、と音が――
「 ダメよ! 」
「…」
苦しい。見下ろすと、少女が。
「やめなさい冷さん!…こんなの、ただのイジメだわ!」
「…深紅さん。こいつ、あなたたちも殺すって云ったんですよ?弟子の躾の悪さは師である俺の責任。」
「だからって殺すの?!もうこのひと、戦えないわ!離してあげて!」
「…深紅さん」
ぱっ、とごみを投げ出すように、冷は手を離した。落とされて、受身も取れずに燦は咳き込む。
深紅と呼ばれた少女が、彼を壁に寄りかからせた。
「大丈夫?…このまま動いちゃだめよ」
冷は既に刀をしまっていた。
「ったく…深紅さんにゃ逆らえん。…燦。感謝しろ」
丁寧に、自分に包帯を巻いてくれる少女。が、春にダブった。
「…有難うございます」
ふう、と溜息。みなが一息ついたその瞬間――
どすっ。
「――え?」
飛んできた銀色の光が、燦の左胸を貫いた。
赤い血潮が、深紅の白いシャツを染めた。
「あ…」
「燦ッ!!」
冷はその傷を見――致命傷だと悟った。どうしようもない。燦は、彼の袖を掴んできた。
「ばばさまは…今日にでも、春様を…巫女に…」
がはッ、と大量に血を吐いた。器官に入った血が、彼の喉を蝕む。
「もういいっ!喋るな!」
ぎゅ、と縋るように、冷の上着を掴む。
「春様を…助けてください…冷様…」
「もういい!もう、いいから…!」
死に逝く者の言葉を止める事は出来ない。誰にも。
「春様を…」
ごふっ。
言葉半ばで、彼は血を吐いた。見開かれた瞳孔――何故、何故、あと少し…――そして、少しの痙攣の後、冷の胸に頭をうずめるような形で、彼は絶命した。
「燦…!」
彼の左胸に刺さっていたのは、緋室家の家紋の入った小刀だった。
「やはり、師弟ではダメか」
振り返ると、中庭に面した廊下に神官の格好した男がひとり。
「壱。これを投げたのはお前か」
小刀を抜くと、既に止まった心臓から残りの血が溢れ出、それはすぐに止まった。
「不甲斐ないな。だから反対だったんだ。燦は甘い」
「壱。… 『投げたのはお前か』と聞いている。 」
表情は見えなかった。背を向けたままの当主。
「そうだ。だから、なんだ?我々の使命を忘れ――」
一瞬だった。
喋っている壱の首に、赤い筋が走った。それはゆっくりと首全てを侵食し、ずるり、と首が落ちた。「ば…か…な…なにも、みえなかっ…」
その首を、冷は靴の踵を当て、力を込めた。びしゃあっ、と血と脳漿が飛び散った。
返り血にまみれた冷が振り返った。
呆然としている深紅。震えている紺碧を、真冬が抱きかかえている。
「深紅さん。これが現実だ。…こいつらは俺たちを殺そうとしている。そして、そのことを何とも思わない。」
村正では無かった。壱の首を落としたのは、彼自身が使った小刀ひとつ。
それをゴミのように投げ捨て、胴体を蹴り飛ばす。
「縄殿だ。そこに春はいる。…深紅さん。」
まだ呆然としている彼女に、彼は村正を差し出した。
「…氷室邸に行ってくれるか。」

ここからは、あなたの選択でエンディングが変わります。
「村正を持って氷室邸に行く」YES→玖

「ここに残って春さんを一緒に救出する」NO→拾

どちらを選ぶかは…あなた自身。さて、どちらを選ぶ?


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