なせばなる、かも。

なせばなる、かも。

Shaggy 1



 俺は、迷路のように続く巨大な地下基地の廊下を走りぬけ、細い階段を駆け上がった。地上への扉に手を伸ばした時、後ろのスピーカーからけたたましい警報が鳴り渡った。

「気づかれたか」

 俺は急いでロックを解除し、外に飛び出した。

 扉が閉まると、さっきまでの張り詰めた空気がウソのような和やかな夏の夕暮れが広がっていた。
ほんの数年前までは、こんな景色の中で仲間とビアガーデンに繰り出していたんだ。そんなノスタルジックな気分を、後方から響いてくる靴音がかき消した。

「ちっ、やっぱり来たか」

 俺はすぐそこにある商店街へ逃げ込んだ。昨日も通った道だ。うんざりするほどの人で溢れかえっている昼間のこの商店街の中を列を組んで歩くのだ。俺たちがこの地球を守ってやっているんだ。頭のひとつも下げてみろって気分でな。

だが冗談じゃない。地球を救うためという大儀をかかげられ、3年もの間厳しいトレーニングにも耐えてきたが、何もかもでっちあげの大嘘だった。

「ふざけやがって」

ひとりでに口をついて出た。

人ごみにまぎれたつもりだったが、どうも軍の制服は目立ってしまう。俺は適当な路地に滑り込むと、どうしたものかとあたりを見回した。商店街を挟んで向かい側は若者向けのブティックになっている。

「ありがたい」

俺は追手がまだ近くまで来ていないのを確認すると、向かいの店ではなくそのすぐ横の通路に進んだ。こういう店は、大体奥に倉庫があって店の勝手口から行き来できるようになっている。案の定、中はジーンズや革製品でいっぱいだった。適当に皮のパンツとTシャツ、それに最近巷で流行っているロングコートを身につけると持ってきた銃や短剣、その他のツールをそれぞれのポケットに収めて倉庫を出た。

先ほどの商店街に戻って歩き出すと、後ろから派手な靴音が近づいてきた。俺は知らん顔でのんびりと歩いた。靴の音は俺のすぐ横を通り抜け、その先の大きな交差点で何人かに分かれて走っていった。ショーウインドウに映る自分の姿に、ふと昨日の仲間の言葉が思い出された。

「最近街じゃロングコートが流行っているらしいぜ。この暑いのに何を考えてるんだか」
「俺たちはあいつらの分までがんばってるって言うのに、のんきな奴らだぜ」

そんなことを言い合っていた俺が、まさかこんなに早くそのロングコートに身を包むことになるとはな。だが、銃や短剣を隠し持つにはちょうどよかった。派手は靴音はもうどこからも響いてこなかった。俺はやっと人心地ついてタバコに火をつけた。

しばらく歩いていると、急に空腹感に見舞われた。そう言えば、今日は朝から山間部の救助訓練でめいっぱいハードに動き回っていたのだ。俺はすぐに手ごろなレストランに向かった。

「いらっしゃいませー。お客さん、悪いんだけど合い席になってもらっていいですか?」

人懐っこそうなマスターが済まなそうに言った。

「ああ、かまわない」

俺の言葉にほっとしたのか奥の方を指差して、そこに座れと指示してきた。あたりは会社帰りのサラリーマンやOLたちでいっぱいだった。狭い通路を進むと、奥の席に30前ぐらいのOLが一人で食事しながら書類に目を通していた。振り向くとマスターがうなづきながら頭を下げている。

「いいですか?」

 俺が声をかけると、女はちょっと肩をあげて席を勧めるように手を差し出した。俺はやっと自分の居場所ができたような気がして、ふーっとため息をついた。
 マスターに注文を言うと、自然と向かい側に座っている女に目が行く。上質のスーツをしっくりと着こなし、真剣な眼差しで書類を読む。すっきりと整った顔立ち、腰までありそうな長い髪を後ろで縛り、わずかに甘味のある瞳を隠すかのようにとがっためがねをかけていた。何処かの重役の秘書だろうか。きれいに整えられた眉に、多忙な日々を賢く切り抜けてきた者のプライドを感じた。

 他の客たちはさまざまで、仲間に上司の愚痴をこぼす者もいれば宴会の相談をして楽しそうにしている連中もいる。俺が志願兵になる前と寸分たがわない世界でみんなが暮らしてるようだった。どうして俺たちは兵士になんかになろうと思ったんだろう。今まであまり振り返っても見なかった事だったが、今ではどうしても腑に落ちないことの1つだ。

 体育大学に入学した俺は、将来なりたい職業もこれといってなく、ただ漠然と入れそうな大学に入っただけの状態だった。元々からだが丈夫で筋力だけは自信があったから、その大学に入ることは造作もないことだった。
だが、大学のカリキュラムの中で、特に筋力に優れているものだけが受講するコースがあった。必須科目とされたそのコースは、筋肉の使い方や怪我をしたときの処置の仕方をより詳しく教えられた。
そしてそれだけにとどまらず、愛国精神や忠誠心をも問うような少し違和感のある講義もあった。そうだ、やっぱりあの講義が怪しい。。。

 俺はそんなことを考えあぐねて、目の前の女がこちらをみて微笑んでいることなど気づきもしなかったらしい。マスターが食事を運んできて、やっとわれに返って目の前で笑っている女に気がついた。女はマスターが行くのを待って、呆れたように言った。

「だめね。そんなことじゃ、すぐにバレて軍に連れ戻されるわよ」

 俺はその言葉にぎょっとした。

「なに?!」

 思わず言葉に力がこもった。

「ほらまた。そんなことじゃ、すぐに逃亡兵だって気づかれちゃうわ。もっとやわらかい顔できないの?」

 女はめがねを少しずらして、からかうようにこちらを見ていた。誰だと詰め寄りたかったが、それでは女にまた小ばかにされてしまいそうだったのでぐっとこらえた。

「君は何者だ」

 できるだけ穏やかに言った。

「私? 私は見たとおりのOLよ。ちょっと歳はいってるけどね。貴方、ミックでしょ?」

 俺は背筋が寒くなるのを覚えた。この女はいったい何者だ、どうして俺の名前を知っているんだ。

「そんなに動揺した顔を見せないの。気持ちは分かるけどね。それより、食事が済んだら一緒にいらっしゃい。今夜はエキサイティングな夜になりそうね」

 女は艶っぽい唇でにやっと笑った。

「ずいぶん強引だな」

 俺は憮然として言った。しかし女は気にする様子もなかった。


 ばかばかしいとは思ったが、他に行く当てもなかったので、俺はこの女についていくことにした。もちろん、盛りのついた年頃でもなし、ちょっと女に誘われたからと喜んでついていくほど経験不足ではないつもりだが。
 女はなにもかもお見通しだとでも言うように、細い指先をくいっと振ってついてこいと合図する。俺は女の後ろに続きながらかすかな違和感を覚えていた。なぜだろう。この女には気配がないのだ。

 にぎやかな商店街の路地に入って少し行くと、密集したアパートの建ち並ぶ地域があり、その向こうにゆったりとした敷地のしゃれた洋館が現れた。

「随分大きな屋敷だなぁ」

 俺が見上げた先に見慣れた顔があった。

「よお! やっと現れたか」

 軍ではチームメイトだったジェフだ。ジェフは1ヶ月近く前に訓練中行方不明になっていたのだ。しかしたかが模擬災害の救助訓練中に行方不明になるような奴ではない。裏になにかあると俺はにらんでいた。そのあたりはゆっくり奴から聞くとしよう。
しかしどうして奴がここにいるのだ。今夜はこの女とゆっくりするつもりだったのに。

 建物の中に入っていくと、女は小さな喫茶店ぐらいの広さの部屋に案内した。

「ここはみんなが普段食事したり会議をしたりするところよ」

 俺が立ちつくしていることなどお構いなしで女は階段を上がり始めた。

「ミック、こっちに来て。貴方の部屋はこちらよ」
「俺の部屋?」

 俺が急いで女の後に続くと、女はいくつか並ぶドアのうちのひとつを開けていた。

「ここよ」

 室内はまるでホテルを思わせるような作りになっていた。

「貴方専用の部屋として使ってちょうだい。必要なものはたいてい揃っているわ。荷物を片付けたらさっきの広間に来てね」

 俺は、そういって出て行こうとする女のか細い腕をつかんだ。

「べつに広間に行かなくてもいいさ。ここでゆっくりしようぜ」

 俺が女の腰に腕を回したとたん、女はするりとすり抜けてウインクを投げてきた。

「せっかちね。女はムードを大切にするものよ。いろいろ説明しないといけないわね。早く下に降りて来て。じゃあ」

 女は後ろに束ねていた長い黒髪をひらっと宙に舞わせて、さっさと降りていった。

 どういうことだ。俺は慎重にあたりを確かめたが、クローゼットにもカーテンレールにも隠しカメラやトラップなどは仕込まれていなかった。

「ふふ、何を焦ってるんだ。お前は」

 後ろからジェフの声がした。

「そりゃあ、軍の中じゃ思うように女遊びもできねぇし、がっつく気持ちも分かるが、あの女はやめとけよ。俺たちの手に負える相手じゃねぇ」

 ジェフはあきらめ顔で肩をちょっとあげた。

「あの女は何者なんだ。どうしてお前はここにいるんだよ! ここはいったいどういうところなんだよ!」
「まあまあ、落ち着けよ。俺だってはじめてここに連れてこられた時は、今のおまえと同じ状態だったんだ。だけど、ここは決して俺たちの敵じゃない。詳しいことは、レイナに聞いてくれ」
「レイナ? レイナって誰だよ?!」

 俺はとっさにジェフの胸倉をつかんでいた。何も分からないままにされて、切れかかっていたのだ。

「ああ、もう! そう興奮すんなって。さっきのいい女、あれがレイナだ。さあ、広間に行こうぜ。みんながお待ちかねだ」

 ジェフがさっさと会談を降りたので、俺もしょうがなく後に続いた。

 広間に入ると、俺は一瞬自分の目を疑った。さっき通されたときは、ただの広間だと思っていたのに、いつの間にか大きなテーブルが置かれ、その上にはホームパーティでも始まりそうな料理の数々、磨き上げられたグラスや銀のカトラリーであふれていた。

「やあ、いらっしゃい」

 テーブルの奥に一人の男が座っていた。この男、何処かで見たことがあるような気がするが、どうみても軍にいたとは思えないひょろっとした色の白い温和な印象の男だった。俺が思い巡らせていると、男は俺に答えるように言った。

「覚えていませんか? 南半球の護衛に派遣されたとき、軍医を兼ねて通信指揮を執っていたシュージです」
「あ。。。」

 俺は不覚にも声を上げてしまった。もう3年にもなろうか、俺たちのチームが南半球のある島に異星人の軍が降り立ったとの情報が入って護衛のために派遣されたのだ。その時の戦いで腕を負傷した俺は、このシュージという男に助けられたのだ。

―こんなところで命を粗末にしてはいけません。相手が攻撃していない内は、早まってはいけないんです!-

 戦場のさなかでそんなことをいう軍医はそうはいまい。

「もう腕はすっかり治りましたか?」
「ああ、お陰で助かった。もう普通に動かせるようになったよ」

 しかし、どうしてあんたまでがここにいるんだと言いかけた俺の声をレイナが掻き消した。

「さあ、始めましょう! 一人足りないんだけど、待っていたらいつになるか分からないわ」

 レイナはそれぞれのグラスにワインを注ぐと、「チア!」っと小さく言った。その横でシュージが「かんぱーい!」と景気よくグラスをあげ、うまそうに飲み干した。ジェフはそんな不釣合いな二人を面白そうに眺めながらそばにあったチーズを口に運んでいる。

 俺は2つ目のチーズに手を伸ばしているジェフを突いた。

「おい、どうなっているんだ。ちゃんと説明してくれ」

 ジェフは、なんだとでも言うように一瞬眉をひそめたが、俺が今日ここに連れてこられたがかりだったことをやっと思い出した。

「ああ、そうだったな。レイナ、ミックに説明してやってくれ」
「そうね。ごめんなさい、ミック。説明が後になったわね。貴方はどうして軍を抜け出す気になったの?」

 説明より先に質問か、俺はむっとした。その表情でレイナはすぐに聞き方を変えてきた。

「軍上層部の本当の目的が異星人からの防衛ではなく、軍を他国にレンタルすることで莫大な資金を得ることだった。だから軍に失望して抜け出したのね。違う?」
「ああ、そうだ」
「ほらな。こいつと俺はそういう部分では同じ感性をしているんだ。だから、もうすぐ俺の仲間が出てくるって言ったんだ」

 横にいたジェフが得意げに言った。

「お前、俺が出てくることを予測していたのか」

 俺は、ジェフをほんの少しだけ見直した。

「ああ。同じチームにいたんだ。大体どんな思考回路をしているかぐらいはわかったさ」
「じゃあ、それを知っていてここに連れてくるってことは・・・」

 俺が3人を見回すと、シュージが割って入った。

「そうです。ここにいるものは、みんな同じ考えでいるのです。私は軍上層部の本当の目的が分かっても、軍医として、また通信システムを預かるものとしての立場を保つことにしたのです。その方が軍の内情を詳しく監視できるでしょう。そして、そこにいるレイナは、たぶん君は逢ったこともないでしょうが、最高司令官サイモン氏の秘書をしているのです」
「…!」

 俺は言葉も出なかった。目の前にいるこの女が、軍在籍期間6年の俺さえも顔を拝んだことがない最高司令官の秘書だったとは。どおりで一味違う女だと思ったぜ。

「そういえば、さっきもう一人足りないと言っていたが、残りの一人はどんな奴なんだ?」

 俺が言うと、3人はさっと顔を見合わせてどうしたものかと戸惑うしぐさをみせた。

「そんなに気難しい奴なのか?」

 なかなか教えてくれないので、俺の方から聞いてみた。

「いや、そんな事はないですよ。ごく普通の…、いや、このメンバーとはちょっとかけ離れているかもしれませんが」

 シュージが言いよどんでいると、玄関から元気な声が聞こえてきた。

「ただいまー! あー、お腹減ったぁー!ママ、今日のご飯は何?」

 その声の主は慣れた様子で2階に駆け上がるとすぐに戻ってきた。どうやら自室に荷物を置きに行ったらしい。

「今日は補習授業があったから、いつもより遅くなっちゃった。あれ?お客さん…?」

 声の主はどやどやと広間にやってきて矢継ぎ早にしゃべった後、尻すぼみに静かになった。

「もう手は洗ったの?」

 レイナがそっと声をかけると慌てて答えた。

「いいえ、まだよ。お客様がいらしているなんて、私知らなかったわ。どうしましょう」

 さっきまでと随分違うじゃないか。これだから女は信用できないんだ。

「気にしなくてもいいのよ。早く手を洗って席につきなさい。貴方にも紹介するわ」
「はーい」

 意外に素直な返事が返ってきた。
 再びやってきた声の主は、丈の短いプリーツスカートを指でつまんで、軽くお辞儀をした。

「さきほどは失礼いたしました。私、ミュウと申します。よろしくお願いします」

 さっき醜態をさらしたことなどどこ吹く風で、美人というよりキュートな笑顔を見せた。

「俺はミハエル・ガードナー。ジェフとは軍のチームメイトだった。ミックと呼んでくれ」

 どうも俺は、ミュウのような中途半端な子供が苦手だった。生意気なことを言うかと思うと、急にとっぴなことをしでかす。その行動は予測不可能で見ているだけで疲れてしまうのだ。俺は敬遠されるようになるだけつき放したように言った。

 俺の様子に気づいたのか、ミュウはその名のとおりの猫のような大きな目でチラッと俺を見ただけでその晩はおとなしく食事をし、自分の部屋へ入っていった。子供が席をはずしたので、俺はさっきの続きを聞くことにした。

「で、わけありが4人集まったわけだが、これからどうするつもりなんだ?」

 シュージがちょっと言葉を選びながら言った。

「貴方には、もうひとつ伝えておかなければいけないことがあります。
 それは、当初あの軍隊を作るに当たって政府が唱えていたお題目、異星人の襲来についてなのですが。あれはあながちウソだったと言うわけではありません。異星人たちはもうすでに随分の数がこの地球上に浸透し、地球人とたがわぬ姿で生活しているのです。

 彼らは元々、地球を襲うためにやってきたわけではなかったのです。彼らの星は、地球よりほんの少し年輪を重ねた星でした。生物が多く存在し、空気も水もある。地球に良く似た環境を持った星だったそうです。それが、今の地球でも騒がれ始めていますが、環境汚染が進み、温暖化がひどくなって住みにくくなってしまったのです。そこで、あちこち調べた結果、地球という星を見つけ、環境を線をやめさせ、自分たちの星と同じ道を歩まないように食い止める代わり自分たちもそこに住まわせてもらおうと、交渉にやってきたのです。その星の住人は、その多くがオゾン層の破壊が原因で皮膚がんに冒され、命をおとしてしまいましたから、移住するといってもその人口は10万にも満たないのです。それに、ひどい環境にも慣れていましたのでどんな場所でもかまわないという話でもありました。
 先進国の面々は、自分たちの国にさえ来なければあまり深刻に考えたりはしませんでした。彼らには混乱を避けるために地球人に成りすまして暮らすことを条件にして、赤道直下の地球人の居住していない地域を与えたのです。

 ところが先進国の政治家たちは、この機会を悪用して資金を集めることを考えたのです。マスコミには好戦的な異星人が襲来したという情報を流し、戦いに適した若者を大学のカリキュラムの中で洗脳して、まんまと軍隊を組織することに成功したのです。そして、それを中近東や旧ソビエト連邦の諸国の紛争、それに発展途上の国々の内乱の度に高額なレンタル料と引き換えに派遣させていたのです」
「なるほどな。異星人という割りには地球人とそっくりだったし、それに文化も身につけていたはずだ。しかし、異星人たちはその後、うまく適応できているのだろうか。その分じゃ、各国の首脳たちも積極的に彼らを手助けしたりはしていないだろう」

 俺がつぶやくと、ジェフが深刻な顔で言った。

「ひでえもんだったぜ。俺は軍を抜け出してすぐ、アフリカ大陸に行ってみたが、それまで都会暮らししかしたことがない連中だ。初めは自分たちで持参していた浄水器で水を確保したり保存食でまかなっていたが、いつまでも続くわけもない。
じきに生活に困り始めた。そこで何人かの特殊な能力を持つものが、先進国に飛んで生活物資を手に入れようと動き始めていたんだ。俺が奴らを見つけたのはそんな頃だった。
残っている連中は、これといった能力もなく文明の恩恵を受けて生活していた奴らだったから、アウトドアライフを一から教えるのは大変だったぜ。だが、有能なコーチがしっかり鍛えてやったから、今じゃ一大レジャー施設と化しているぜ」

 話し終わる頃には、ニヤニヤと思い出し笑いを浮かべている。まったく趣味の悪い奴だ。どうせ賭博場や夜遊びの店を作ってきたのだろう。異星人たちが下劣な文化にどっぷり染められていないことを祈ろう。しかしジェフの話では、その異星人たちのいわばエリートたちが、先進国に潜入していると言うことになる。そうすると、今のこの先進国首脳たちの対異星人向けの軍隊を彼らはどんな風に見ているのだろうか。

「そうです。だからこんな筋違いな軍隊は必要ないんです。今、一番地球を危険にさらしているのは、異星人ではなくて先進国の首脳たちなのです」

 シュージがジェフの言葉を引き継いで言った。

「それで、今後どうやっていくつもりなんだ?」
「今はいろいろと調査中なの。ある程度のことが分かってきてからでないと計画も立てられないわ。貴方やジェフの出番はそれからになるわね。それまではここでゆっくりと休養をとって。そこを出て廊下を突き当たったところにトレーニングルームもあるわ。一日に一度はそこでしっかりトレーニングしておいてね。ミック、期待しているわよ」

 俺の質問に答えながら、レイナは例の艶っぽい微笑を見せた。俺はぞぞっと寒気を覚えた。

 夜も更けて、それぞれが自分の部屋へ帰っていった。俺は自分の部屋の南側にあるベランダに出て夜風に当たりながらタバコをふかした。基地からそう遠くない場所で今、こうして自分がのんびりとくつろいでいるのは不思議な気分だった。隣はジェフの部屋だと聞いていたが、カーテンも閉まり明かりもついていなかった。あいつのことだ、また夜遊びにでもでかけたんだろう。
かすかな海の匂いがする。ここからは見えないが海はすぐそばにあるはずだ。休日には、チームの仲間と海に遊びに行ったこともあった。残った連中はどうしているだろう。俺はふと切ない気持ちに襲われた。

「どうしたの? なんだか悲しそうな瞳ね」

 いつの間に入ったのか、後ろからレイナの声がした。

「残してきた仲間が心配?」
「ああ、何も言わずに飛び出してきたからな」

 俺は振り向きもせずに言った。すると、レイナの腕が俺の背中から巻きついてきた。

「きっと大丈夫よ。私たちが力を合わせればいずれは正しい未来に軌道修正されるはず。気を落とさないで」

 レイナの柔らかな胸が俺の背中に押し付けられた。

「レイナ、離れてくれないか。そうでないと、俺だって…」

 そう言ってレイナの腕をつかんで振り返ると、そこにはいたずらっこのような瞳のミュウがニヤニヤ笑って立っていた。

「ミュウ? どうしてお前が・・・?」

 俺は言葉が出ないほど驚いた。

「俺だって、なんなの?」

 フフーンっと得意げに笑ってミュウは言った。

「なんでもない。それより、今の声はミュウが出していたのか?」

 俺はできるだけ動揺していることに気づかれないように話題を移した。

「私よ。似てたでしょ?」

 似ていたなんてものじゃない。そっくりだった。それに、背後に感じた気配は確かにレイナのものだった。俺はふと、ジェフが言っていた異星人のエリートたちの特殊能力のことを思い出した。だが、ミュウと異星人ではあまりにもイメージが違いすぎる。考えすぎだろう。

「よく似てたよ。うまいもんだな。だが、もう夜も遅い。早く自分の部屋に戻って寝た方がいい」

 俺はミュウを部屋に帰るように促した。

「ちぇっ。ミックも私を子ども扱いするのね。もういいわ。お休み」

 ミュウはちょっと膨れっ面してそっぽを向くと、ひょいっとベランダの手すりに飛び乗り、水溜りでも飛び越えるかのようにリズミカルに手すりの上を渡っていった。

「お、おい!待て! 危ないぞ!」

 俺は焦って叫んだ。当たり前だろ、ここは2階のベランダだぞ。落ちれば大怪我は免れない。

「大丈夫よ~」

 ミュウが答えたときには、もう彼女は自分の部屋のベランダにたどり着いていた。ひょいと振り返って手を振っていた。

「おやすみ~、ミック」
「おやすみ」

 俺もつられて手を振った。それをみて満足したのかミュウは嬉しそうな笑顔を見せて部屋に入っていった。なんて身軽な奴なんだ。それに俺がもっとも苦手とする跳ねっ返りの小娘だ。

「はぁー」

 俺はこれから訪れるであろう雑多なわずらわしい出来事を思ってため息をついた。

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