なせばなる、かも。

なせばなる、かも。

Shaggy 8


 行ってみると、軍時代のチームメイトの一人、ルドルフだった。

「何をやってたんだ。随分心配したんだぜ」

 ルドは開口一番に俺を責めた。そして、いきなり背負い投げに入ろうとした。俺はとっさに横に飛びのいてかわし、足払いをかけようとしたが、ルドも心得たものでさっとかわし、楽しげに笑っていた。

「大きなお世話だよ」

 俺も久しぶりのチームメイトとの再会に気持ちが弾んだ。しばらくふざけあって息が切れた頃、ルドがまじめな顔で言った。

「アンディから聞いたよ。ジェフの事。ショックだった。俺、実はジェフやアンディとはいとこにあるんだ。ジェフが軍を抜ける前ごろ、ジェフやアンディから軍のことを聞いてはいたんだが、踏ん切りがつかなかったんだ」
「俺だって、随分悩んだんだ」

 ルドが自分を恥じるようにつぶやいたので、俺も本当のところを口にした。

「2年前の活躍。アンディから聞いてるぜ」

 ルドは冷やかすように俺をつついた。

「アレは俺がやったんじゃない。ミュウがやったんだ。俺はただ手伝っただけにすぎない」
「それで、ちょっと小耳に挟んだんだが、グレゴリーが違約金を払って出獄したらしい。あいつの事だ、きっと凝りもせず次の手を打ってくるに違いない。アンディは面が割れているからしばらく田舎に隠れているって言ってた。ミックによろしくだとさ」
「そうか。ニュースで顔が出ていたからな。身を守るのも大事なことだ」
「俺は今、自衛隊の中に所属しているが、何かあったらいつでも呼んでくれ」
「ああ、そうするよ。それより、もしグレゴリーが動きを見せたら、教えてくれないか。情報がほしいんだ」

 ルドはにっと笑うと親指を上に向けた。「じゃあな」ルドはそういうと、帰っていった。


 その夜、仕事から帰ってきたシュージが、めずらしく興奮した様子で駆け寄ってきた。

「ミック! 大ニュースです。ラグーン星の技術書が発見されたんです。その中にあったんですよ、レイナを元にもどす方法が!! もう心配要らないですよ」

 シュージはレイナを軽々と抱き上げると、ダンスでもしているようにくるくると回っておどけた。

「次の休みにうちの研究棟に来てください」

 レイナが喜んだのはいうまでもないが、クッキーとビットは持って喜んでいた。小さくなって、自由に家事ができないレイナに散々こき使われていたのだから。

「それにしても、よくそんなものがみつかったな」

 俺はシュージに耳打ちした。

「どうもあの高原のグレゴリーの別荘が怪しいと思ってアンディに頼んで捜査してもらっていたのです。グレゴリーが出獄したと聞いたときはさすがに焦りましたが、アンディはうまくかわしてくれたようです。今頃、グレゴリーは怒っているでしょうねぇ」

 シュージ、それは家宅侵入になるんじゃないだろうか。俺はしてやったりと得意げに笑うシュージを見ながら思った。


「シュージ。そういえば今日、ジムに軍のときのチームメイトのルドルフがきたんだ」
「もう行きましたか。私も今日アンディから連絡をもらって、ルドルフが彼の代わりを勤めてくれると聞いたばかりなんです。彼はアンディたちの従兄弟なんだそうですね」

 アンディの手回しだったのか。律儀な彼らしいやり方だ。

「そうらしいな。とりあえず、グレゴリーに動きがあったら連絡するように頼んでおいたよ」
「そうですか。やはりあの時、グレゴリーとあの研究員たちは抹殺しておくべきだったのでしょうか」

 シュージは残念そうに行った。元々平和主義者のシュージだ。こんな風に戦う事は好んではいないのだろう。だが奴らに改心を求めても無駄だ。

「とにかく、つぎの休みにレイナを元に戻す実験をやってみます。それが成功したら、今度は先手を取りましょう。私だって、ジロやアンの仇はとりたいですからね」

 シュージは決意も新たに顔を上げた。


 休日になって、俺とシュージ、そして礼なはシュージの研究棟へ出向いた。ラグーン星の技術書とやらを拝んでみたくなったのだ。ミュウは体がだるいらしく最近朝寝坊になっていた。今朝も俺たちが出掛けるのをベッドから見送っていた。しょうがない、その内元気になるだろう。医者の話では、母子共に良好な状態だそうだ。
 シュージの腕に抱えられ、目をキラキラ輝かせているレイナはまるで天使のようだった。思わず自分に訪れるだろう近い将来を想像してしまう。俺も、子どもをこんな風に腕に抱いて歩く日が来るのか。
 実験室に入ると、なにやら大きな部屋ほどのケースに水蒸気が充満していた。

「先生、おはようございます」

研究室のクルーが口々にシュージに声をかけた。

「準備は整いましたか?」
「はい、あとは電流を流すだけです」
「では早速やってみましょうか」

 シュージはレイナをイスに座らせると、「ちょっと見ていてください」と言い残して操作室に入り、機械を動かした。大きなケースの中にビリビリっと電流が流れた。そのケースの側面から、なにやら違う光りが当てられると、電流が野球ボールぐらいの球体になった。

「これは私たちが作るパワーサークルだわ」

 レイナが舌足らずな声で驚いていた。

「レイナ、これを自分の中に取り込むことは出来ますか」
「ええ、できるわ」
「じゃあ、やってみてください」

 シュージたちが見守る中、レイナは大きなケースに設けられているドアを開け、両手を翳してまるどボールを持つかのようにしてすっと体に取り込んでいった。

「レイナ、体調はどうですか」

 シュージは瞬きするのも忘れて見つめていたが、今度は心配そうにレイナを見つめた。

「なんでもないわ。大丈夫よ」
「じゃあ、もう一度やってみましょう」

 シュージは、今度はバスケットボールぐらいの大きさに変えて同じ実験を繰り返した。俺の目にもわずかだがレイナが大きくなったような感じがした。それを何度か繰り返しあと、レイナがストップをかけた。ちょうど俺が始めてレイナに出会った頃よりほんの少し若いぐらいだ。それまで計器類の調整に夢中だったクルーたちは、レイナの変化のいっせいにおお~っと歓声をあげた。

「皆さん、ありがとう。実験は成功です」

 深々と頭を下げるシュージの周りをみんなの暖かい拍手が包んだ。そんな時、俺の携帯が鳴った。ルドからだった。

「やぁ、ルド。どうした?」
「ミック。今、どこにいる?」
「今はシュージの実験室だが?」

 ルドのうなる様な声が聞こえてきた。いやな予感が走った。

「そうか。さっきグレゴリーが軍の端末にアクセスして機密文書のデータを開示したという情報が入ったんだ。いまさら機密文書を確認するのは不自然だろう。せいぜい関係者のプロフィールを確認するぐらいだと思うんだ。家とか家族とか…」
「家?!」

 俺は、頭をハンマーで殴られたような大きな衝撃を受けた。家にはビットとクッキー、それと身重のミュウがいるはずだ。今襲われたらひとたまりもないだろう。

「何か心当たりがあるのか?」

 ルドは、焦るなよと声をかけて電話を切ったが、そんなわけには行かなかった。シュージにすぐさま電話の内容を伝えると、俺は夢中で家に向かった。シュージとレイナも後に続いてくれているようだった。
 どうか、間に合ってくれ。俺は走りながらグレゴリーの攻撃の仕方を模索した。闇討ちなら夜来るはずだ、だが俺たちに技術書を奪われ、研究所を爆破されたことをグレゴリーが察知していたなら、そんな生易しい事をするはずがない。とんでもないことになっていなければいいが。

 家の近くまでくると、なんとなく辺りが騒がしかった。家の前には人垣ができ、パトカーまで出動している。消防車も待機しているようだった。俺は目の前が真っ暗になった。門から入る事すら躊躇われた。

「ミュウ」

 それでも俺は、人垣を掻き分けて門をくぐった。家は見事に爆破されていた。もうどんな家だったかもわからないくらい徹底的にやられていた。

「いやぁー!」

 レイナが悲痛な叫び声をあげていた。

「ミュウ! クッキー! ビット! どこだー!」

 シュージは庭の隅にでも飛ばされていないかとミュウたちの姿をさがしまわっていたが、俺は立っている事もできず、膝を突き、がっくりとうなだれてしまった。

「ミュウ…」

 『あ、動いた!』そう言って俺の手をお腹に当ててくれたミュウ。今でも手のひらにかすかな動きを思い出すことが出来るのに。3人の楽しい生活も、子どもを腕に抱いて歩く夢も、何もかも跡形もなく吹き消されてしまった。

「ちくしょー!!」

 俺はたまらなくなって叫んだ。何度も何度も叫んだが、元に戻るはずもなかった。目の前にはただ瓦礫の山が広がっているだけだった。

「ミック、気持ちは分かりますが少し冷静になりましょう」

 シュージが俺の肩を叩いて静かに行った。そう、ここで取り乱していても、どうしようもないんだ。ミュウはあの地獄絵図のようなラグーン星の大災害の中を潜り抜けてきたんだ。俺がこんなところで参ってしまってどうする。
 俺は気持ちを立て直して人垣にグレゴリーの取り巻き画いるのではないかと探してみた。しかし、もうどこかに消えうせてしまったようだ。姿を見ることはなかった。やつが俺たちを狙ってきたという事は、霊の研究所の爆破は俺たちがやったと理解しているということだ。

「ミック。私たちもここにはとどまれません。どこか落ち着いて考える場所を探しましょう」

 俺は携帯を握り締めた。今、俺たちの手に残っているのは、シュージの作り上げた最新鋭の通信機器ではなく、この携帯電話一本だけだった。

「もしもし、ミックだ。今日、霊のグレゴリーに家を爆破された。悪いがどこかとどまれる場所がほしいんだ。どこか心当たりはないだろうか」
「家を爆破ぁ?! ひでぇなぁ」

 リュウジは噛み付かんばかりの声でどなった。

「分かった。俺の実家に行くといいよ。そこからだと車で1時間で行けるはずだ。俺の兄貴がパソコンオタクなんだ。ある程度のものは揃っていると思う。兄貴には連絡しておくよ。で、家族はみんな無事なのか?」

 俺は、答える事が出来なかった。

「おい、まさか…」

 リュウジも返答に困っていた。

「と、とにかく、ジロのこともあるし、これからは俺たちも協力させてもらうぜ。シオンとケンジを連れて行くよ。向こうで落ち合おう」

 俺はシュージとレイナにリュウジの事を話した。シュージは研究棟の車を借りて、俺とレイナを乗せると、すぐに出発した。
 俺は、今はミュウの事を考えるのは止そうと思った。考えれば考えるほど、落ち込むばかりで前が見えない。それなら今は、まずグレゴリーを倒す事だけを考えていよう。俺は自分に言い聞かせていた。

「シュージ、研究棟の人たちは大丈夫だろうか」

「ええ、あの棟は登録されている人以外は入れないのです。ミックとレイナも前もって登録しておいたので入れたのです。それに、爆発物はそれ以前の段階でシャットアウトされるようになっています。逆に言うと、研究棟の技術書が奪回できないから、私たちの家を襲ったのかもしれないのです。ちょっと別荘にも寄ってみましょう。ちょうど通り道です」

 シュージはそう言うと、懐かしい別荘に向かった。別荘はまだ爆破されてはいなかった。シュージは少し待ってくれというと、すぐに建物の周りをチェックして玄関へ進んでいった。しばらく車の中にいると、ふとミュウと暮らしていたワンルームが懐かしくなった。すぐ隣に立つ集合住宅にその部屋はあった。もう、別の誰かが住んでいるようだった。色とりどりの洗濯物がかかっていた。たったの数日のミュウとの二人暮らし。いろんなことがあったが、忘れられない時間だった。

「ミック、ちょっと手伝ってください」

 シュージに呼ばれて俺は別荘に入った。シュージはバズーカや自動小銃を大きな袋につめると、車のトランクに入れようとしていた。俺が引き継ぐと、シュージは奥の部屋からノートパソコンと小さなアルバムを持ち出し、再び車に乗り込んだ。

「さあ、リュウジ君のご実家に向かいましょう」

 俺はだんだん遠くなっていくワンルームをぼんやり見つめていた。

「ミック、これを預かってください」

 シュージに差し出されたのはアルバムだった。そっと開いてみると幼いミュウの姿が映っていた。わんぱくそうな短パン姿、虫取りをしている姿。鼻を真っ赤にして雪だるまと並ぶ姿。それらはラグーン星のものだろう。いまさらながら、地球と殆ど変わらないラグーン星の環境に驚かされる。入学式に櫻の木の下でシュージとレイナに囲まれてうれしそうに笑う姿、そして、真っ白のドレスを着て俺の横で微笑む姿。ゆらゆらと目の前が揺らめいて、俺にはその後の写真が見えなかった。ちくしょう、冷静沈着な俺はどこへ行ってしまったんだ。自分に対する不甲斐なさで気持ちが乱れた。

「ミックこんなときに無理することはないのです。少し泣いたら楽になります。リュウジ君のご実家に着くまでに気持ちを落ち着かせればいい」

 シュージは運転しながら声をかけた。気がつくと、レイナも泣いているようだった。

「ありがとう、シュージ。レイナ」

 しばらく走ると、後ろで大きな爆音がした。奴らが別荘まで襲ったのだろうか。

「ミック、何色の煙でした?」
「ブルーだが」

 俺が言うと、シュージは不適な笑みを浮かべた。

「やりましたね。さっきアルバムを取ってきた帰りにトラップを仕掛けてきたのです。誰かがこっそり侵入しようとすると、ドカーンと派手に煙が上がるのです。恐ろしい魔女の呪いの言葉のおまけつきでね。殺傷能力はありませんが、心理的ダメージは大きいでしょう。さあ、今のうちに目的地に急ぎましょう」

 俺は、シュージの冷静さに舌を巻いた。

 リュウジの実家は郊外にある農家だった。ゆったりとした敷地に鶏が放されてのんびり草をついばんでいる。俺たちは離れを借りることになった。

「もうすぐリュウジも帰ってくるそうですよ。こんなに遠くまでよく来てくださいましたねぇ」

 日焼けした肌に深い笑い皺を刻みながら、リュウジの母は俺たちを快く迎えてくれた。しばらく縁側でお茶を頂いていると、リュウジの車が庭に入ってきた。

「ああ、おかえり」

 リュウジの母がのんびりと言うと、照れくさそうに「ただいま」っとリュウジも答えていた。そして、そのままリュウジは俺の方に歩み寄ると、ニッと笑っていった。

「ミック。すごいお土産を持ってきたぜ」

 リュウジが得意げにに言ったその後ろで、車から誰かが降りてくるのが見えた。

「ミュウ!!無事だったのか!」

 俺はすぐには信じられないほど驚いていた。

「ごめんねぇ、心配かけて。ビットとクッキーをつれてお買い物に出掛けてたの。家に帰ったら家が無くなっていて、途方にくれているところにリュウジさんたちが車で寄ってくださったの」
「ミュウ、ビット、クッキー。よくぞ無事でいてくれました。良かった」

 シュージは3人をいっぺんに抱き寄せて、その腕にぐっと力を込めた。隣ではレイナも目頭を押さえている。

「リュウジ、ありがとう。感謝するよ」
「へへん。抜け殻になったミックなんか、見たくも無いからな」
「ちくしょう、言いやがったな」

 俺はリュウジに軽口をたたきながら、そっと隣に座ったミュウの暖かさに心底安心した。


 俺たちは離れの一部屋に集まり、次の行動について相談した。

「通信にはうちのパソコンを使ってください」

 リュウジの兄、カズヒコが母親似の人懐っこい笑顔を見せた。

「助かります。ルドルフの話では、グレゴリーは凝りもせず新しい研究所を建て、また何か企てているようです。技術書がなくなっても、連中だってバックアップぐらい取っているでしょう。早く連中の計画を阻止しないといけませんね」

 シュージが話していると、携帯がなった。

「ミック。グレゴリーが研究員を募集しているぜ。生物学に詳しい者を集めているんだ。それと、アンディの友人からの情報だが、南半球の国々の首相宛に、紫外線をブロックする人工皮膚の移植を持ちかけている人物がいるらしい。それで調べたんだが、その男は放射線治療の第一人者だったシュミットという医師で、7年前に安楽死を商売にしていた事が発覚し、医師会からは追放されている。グレゴリーの担当もシュミットがやっていたそうだから、つながっている可能性は非常に高いだろう」

 ルドルフはこちらに必要そうな情報を先にチェックしていてくれたので、助かった。

「そうか。南半球と言えば、もうすでにオゾン層の亀裂が生じているから、希望者も多いだろう。しかし、あのグレゴリーが人助けするとは思えない。裏に何かあるのは間違いなさそうだな」
「そういうことだ。ジロの彼女のときのように手術のときに一気に人工知能を埋め込むようなことが成されたら、とんでもないことになる」

 まったくだ。それにしても、ここまで追い込んでもそんな手を使ってくるとは、グレゴリーめ、どうしても地球を支配してしまいたいらしいな。

「分かった。こちらも手を打ってみるよ。また連絡してくれ」

 俺は電話の内容をみんなに話した。

「俺、一応理科系の大学を出ているんで、その募集に応募してみます」

 ケンジが言い出した。

「お前、そんな過去を持っていたのか」

 シオンが意外そうに言った。

「まあ、うちの親父が医者だから、ついでほしかったみたいです」
「じゃあケンジ君、よろしくお願いしますね。でも充分気をつけて。それから、連絡は慎重に」
「分かりました。じゃあ、僕は一旦自宅に戻って、そこから接触してみます」

 ケンジは颯爽と出て行った。

「さて、われわれも動き出しましょう。レイナ、リュウジ君とミックを連れてグレゴリー長官をたずねてください。例の高原の別荘です。ちょっと揺さぶりをかけておきましょう」

 シュージもやっと先手を打つ気になったようだ。

「シュージ。方法は私に任せてね」

 レイナは久しぶりに見るつやっぽい唇で、にやっと笑った。ミュウが俺の袖を引っ張って合図した。

「ねえ、今日のレイナはちょっと危険な感じがしない? 無茶しないでね」
「お気に入りの家をめちゃくちゃにされたのよ。その代償はキチンと払っていただくわ」

 俺が答える前に、レイナが言い放った。

「レイナ。自分の手を汚さないでくださいね」
「分かったわ」

 レイナの気の無い返事にシュージはため息をついていた。シュージにビットたちのことを頼んで、俺たちは早速高原に向かった。


 高原にあるグレゴリーの別荘は観光地から少し外れた山間にあった。藍色に沈む山の景色の中で、グレゴリーの別荘だけが浮き上がってたように光りに包まれていた。

「先に爆薬を仕掛けてしまいましょう」 

 無表情にレイナは言った。レイナの指示で爆薬は建物の足元を重点的にしてばら撒かれた。植え込みの影からはやの様子を伺うと、ちょうど例の研究員が何か報告しているところだった。

「そうか、奴ら焦っていたか。ハハハ…。余計な事をするとひどい目に会うと分かっただろう。ミックめ、あんなに可愛がってやったのに、バカなヤツだ。これで奴らもしばらくは手出しできないだろう。ところで、南半球のプロジェクトはどうなっているんだ。まだ返事をよこさないのか?」
「はい、ただ今検討中だと聞いています」

 グレゴリーはじれったそうにため息をついた。研究員が別室に下がると、グレゴリーはゴルフのクラブを磨き始めた。

「明日はゴルフに行くようだな。のんきなもんだ」

 リュウジが言った。

「留守の間にちょっと細工をしておきましょう」

 レイナは冷たい微笑を浮かべながら独り言のように言った。


 俺たちは一旦高原のホテルに戻ると、シュージに連絡してみた。

「ちょうど良かった。今、ケンジ君から連絡がありました。連中は南半球の国の首相たちをターゲットに、人工皮膚の売り出しにかかっているそうです。今、オーストラリアがターゲットになっているようで、ケンジ君が今夜にもオーストラリアに飛んで直訴すると言っていました。どこまで通じるかわかりませんが、時間稼ぎにはなるでしょう。
 それから、シオン君が3Dカメラを持ってそちらに向かっています。何に使うのか知りませんが、気をつけてやってください」

 シュージの言葉にレイナはペロッと舌を出した。どうやらシュージに言うと止められそうなことを考えているらしい。

 翌日、予定通りグレゴリーがゴルフ場に向かったのを確認すると、俺たちは別荘の内部に忍び込んだ。そして、シオンから受け取った3Dの映写機を家具の隙間に設置した。

「コレでいいわ。ちょっとそのテーブルの上を見ててね」

 レイナはそう言うと隣の部屋に行ってリュウジにカメラを持たせ、自分を映した。すると、テーブルの上に小さなレイナの姿が浮かび上がった。

「まるで妖精のようだなぁ」
「そうでしょ」

 レイナは得意げに笑った。

「後はグレゴリーが帰ってくるのを待つだけね。今夜は楽しませてもらいましょう」

 リュウジが俺の所によって来てつぶやいた。

「レイナさんって、怖い人なのかもなぁ」
「お気に入りの家を壊されたから、怒りが頂点に達しているんだろ。しかし、シュージには見せたくないな。あいつの事だ、こんなレイナを見たらぶっ倒れて寝込んでしまいかねない」
「まったくだ」

 夜になって、グレゴリーは別荘に帰ってきた。南半球のプロジェクトが進まず、今日もグレゴリーは苛立ちをため息に変えていた。進むはずが無い。そちらにはケンジが行ってプロジェクトの内情をばらしているのだから。

「まったく、決断力が鈍い奴らだ」

 グレゴリーは吐き捨てるように言った。

「フフフ。誰の決断力が鈍いのかしら?」

 どこからか声がした。

「グレゴリーさん、こんばんわ。グレゴリーさんは大切な事をお忘れですわ。どんなに決断力があっても判断力が無ければ破滅の道を歩むだけですわよ」
「誰だ!どこにいる!」

 グレゴリーは目を血走らせて探した。そして目の前のテーブルの上に佇む小さな妖精を見つけた。

「お前か!お前が言ったのか! ふん、どういう仕掛けだ」

 妖精はちょっと肩を上げると、「他にいるかしら」っと答えた。

「お前は何者だ」

 グレゴリーはその大きな手のひらで妖精を握りつぶそうとした。しかし妖精はどうしてもつかむ事ができない。それどころか、触れる事も出来ないのだ。

「どういうことだ」

 グレゴリーはうろたえて言った。

「余計な事をすると、痛い目に会うのよね。グレゴリーさんが昨日おっしゃった言葉よ。じゃあ、そういうことですからくれぐれも余計な事をなさらないでね」

 妖精は楽しそうに笑ってすっと消えた。

「バ、バカな!」

 グレゴリーは急いで何処かに電話を書け追うとしていたが、電話線は俺がさっき切断したのでかからなかった。レイナがやった3Dの映写機の影響で携帯電話も通じない。
 気がつくと、レイナがすぐ横に来ていた。

「どう?面白かったでしょ」

 そう言って微笑むと、リュウジを呼び寄せて中の様子を見に行った。

「どうなっているんだ!」

 グレゴリーが癇癪を起こしている横で、研究員が震えながら言った。

「あいつの言っていた通りだ。やっぱり魔女に狙われているんだ」
「何が魔女だ!早く他の連中に連絡を取らないか」

 だが研究員は怯えているだけで、もうグレゴリーに従おうとはしなかった。

「冗談じゃない!奴らの別荘を爆破しに行ったやつから聞いたんだ。魔女を敵に回すと恐ろしい事が起きるぞっと、脅されたと言っていた。何のトラップにもひっかかっていないはずなのに、突然目の前が真っ青になって体が動かなくなったって…」

 研究員が言い終わる前に、レイナが何かのスイッチを押した。建物の土台が鈍い音と共に崩れ、建物は大きく傾いた。

「すごい威力だなぁ。俺が取り付けた爆薬だぜ」

 リュウジはいまさらながら驚いていた。

「ひゃぁ~~! やっぱり魔女だ。俺はもう降りる。もう関わるのはごめんだ!」

 研究員は青ざめた顔を引きつらせて飛び出してきた。そして深い森の中に逃げ込んだ。入ったら最後、出る事のできない樹海の中へ。

「畜生。あの腰抜けめ」

 グレゴリーはふらつきながらも毒づいていた。

「魔女の呪いは解けないよ。獣にされた人間の恨みで、お前は呪い殺されるのだ。覚悟するがいい!」

 レイナは俺のすぐ横で小さな低い声でマイクに向かって囁いていた。グレゴリーはすっかり怯えきって、獣のように叫びながら手当たり次第に部屋のものを壁や窓に投げつけた。ソファのクッションを投げたとき、暖炉の火が燃え移った。火はクッションを伝ってカーペットに移り、一気に燃え広がった。

「さあ、いきましょう。あの日が爆薬に移ると別荘は跡形も無く吹き飛ばされるわ」

 俺たちは急いで山を下り、車に戻った。そのまま幹線道路に入る頃、山々に轟音が響き渡った。



季節は春になっていた。多くの植物がいっせいに新しい芽を出すように、俺たちにも新しい命が生まれていた。

「ミック、オムツを運んで頂戴。それからルイの着替えもね」

 ミュウは母になって強くなったような気がする。

「もう!ミックったら、ルイと遊んでばかりじゃ準備できないわ。早くしないとシュージたちがお待ちかねよ」
「ああ、分かったよ。ルイ、抱っこして行こうな」

 俺は小さな手足をバタバタさせているルイを片腕に抱いて、ミュウから荷物を受け取ると、車に乗り込んだ。ルイをミュウに任せてハンドルを握ると、シュージがクラクションを鳴らしてきた。

「おはよう。準備はできていますか」
「ああ、今出来たところだ」
「おお~、ルイ君。また大きくなりまちたねぇ。いい子でちゅねぇ」

 シュージはルイの前では人格が崩壊してしまうようだ。

「さあ、高原のホテルに向かいましょうか」

 俺たちは高原へと向かった。あの事件以来、地球人とラグーン人の間に友好条約ができ、平和運動も盛んになった。例の高原でも、アンとジロの話を聞いた人々が記念の像を建てようと申し出てくれたのだ。俺たちがホテルに到着すると、待ちかねたように人々が集まってきた。

「本日はようこそお越しくださいました」

 町長が丁重に頭を下げると、俺たちは記念式典に誘導された。町長が式典の挨拶を終えると、除幕式が執り行われた。美しい湖と山々の緑に囲まれて、翼を広げたアンとそれを包むように見守っているジロの像がそこにあった。

 グレゴリーも瓦礫の中から遺体で発見された。逃げ出した研究員は偶然通りがかった観光客に助けられ、魔女ののろいの話やグレゴリーの恐ろしい企みをすべてマスコミにぶちまけた。おかげで世間が急に地球人とラグーン人のこれからのかかわりについて考えるきっかけになったようだ。

 もちろん人工皮膚に関してはシュージが研究を続け、近々学会で発表するらしい。いずれは地球もオゾン層を失うかもしれないのだ、使い方を間違えなければ地球上の生物にとって、大切な研究である事に違いは無い。しかしそうならないように暮らしていく事が、これからの俺たちに課せられた使命なのかもしれない。
 俺の片腕に抱かれ、ゆったりとまどろんでいるルイを見て、俺は決意を新たにした。


終り

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