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ドラッグデリバリーという言葉が話題になった事があります。ドラッグデリバリー・・・日本語に置き換えれば「薬剤送達」というところでしょうか。必要な部位へ薬剤を的確に到達させる技術の事で、当初は服用した薬剤を包む皮膜が溶ける時間や皮膜自体の耐酸性を調節して、消化管内の目的とした部位で薬剤が溶け出し、吸収される技術が紹介されていました。 それから時は流れ、ドラッグデリバリーのシステムは急速な発展を遂げ、体内のさまざまな部位への適切な薬剤送達を可能にしていると言われます。多くの疾患で患者が複数の薬剤を用いて、その相乗効果を得ているとされ、複数の薬剤を用いた相乗効果を的確に得るためには、複数の薬剤の管理が重要となってきます。 現在、2つの薬剤を送達するシステムが存在し、あらかじめ組み込まれた仕組みによって薬剤を運搬して、体内の必要な部位で放出する技術が確立されています。2つの薬剤、もしくは2つの薬剤を含むシステムを複数使用する事で、より的確な薬剤の投与管理ができるという訳です。 最近開発された新たなシステムによると、より多くの薬剤をより正確に送達させる事が可能になるとされています。新しいシステムにはナノ粒子化された金が用いられ、4種類ほどの薬剤を同時に運搬する事が可能で、薬剤を放出するタイミングはあらかじめ組み込むのではなく外部から操作できるとされています。 金ナノ粒子は表面に複数の薬剤を付着させる事ができ、赤外線を浴びる事で溶解して薬剤を放出するという性質を持っています。必要な複数の薬剤を金ナノ粒子に付着させ、体内の深い部分にも届く赤外線を必要な箇所に当てておけば、その部分で薬剤が放出される事になります。 骨のようなナノボーンとカプセルのようなナノカプセルという2種類のナノ粒子が形成され、それぞれ溶解する赤外線の波長が異なっている事から、付着させる薬剤や赤外線を当てる部位、波長などによってさまざまな治療効果を得る事が可能と考えられます。体内で金が溶解すると考えると、少々怖い感じもしてしまいますが、ナノレベルの事なので火傷とは無縁となっています。
2009年01月31日
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前回、炒めると煎るの違いを考えてしまいましたが、煎という文字にはもう一つの調理手法、煎じるがあります。煎じるとは素材を水分に浸して熱を加えて調理などをする事を指し、似たような手法に「煮る」があります。 一般的に煎じるとは、煮詰めるという意味で使われるとされ、素材を浸した水分がかなり少なくなるまで加熱が続けられる事を指します。「煎る」が素材の水分を飛ばしていた事を考えると、同じ漢字である事から納得がいきます。 煮るという調理手法は、素材を水分に浸して熱を加えていきますが、熱によって減少する水分量については言及されていないようにも思えます。しかし、「煮物」を作る際、素材を煮てほとんど水分がなくなるまで加熱して仕上げるので、水分量が煎じる事との違いとは言えない部分が残されます。 煎じる、煮るの使われ方を詳しく見てみると、食事に関連した使われ方では、煎じるは「お茶を煎じる」程度で、煮詰めると同義語であったとしても、「ジャガイモを煎じる」といった使い方をされる事はありません。煮詰めるというより煮出すの方が近いようにも思えます。 結果的な部分から見てみると、煎じた後、必要となるのはほとんどの場合、煎じられた素材よりも煎じる事に使われた液体の方で、煎じられた素材はそのまま捨てられたりもします。煮た場合は煮られた素材が大切で、煮る事に使った水分、煮汁も素材と共に利用されたりしています。 元々煎じるという言葉は漢方薬をはじめとした薬学から来ている言葉で、素材が持つエキス分を取り出して飲み薬を作るための行為と言えます。煮るという言葉は、生のままでは硬い素材を水分を加える事で柔らかくして食べられる状態にする事で、水分が素材に入り込む際、煮含めるという言葉があるように水分に含ませただしなどを吸収させて味付けする事も行われます。 同じ素材を水分に浸して熱を加える行為でも、煎じるでは取り出し、煮るでは含ませるという目的の違いがある事が解りますが、カツオや椎茸、昆布などでだしを取る際、カツオ節を煎じるという言い方をしないあたり、煎じるというのは薬学の範疇にある言葉なのかもしれません。
2009年01月30日
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フライパンなどで素材を加熱調理する・・・食材を炒めるという事ですが、同じ調理手法に「煎る」というものもあります。食材に火を通して食べられる状態に仕上げるという点では同じなのですが、炒めると煎るは同じではありません。 炒めるとは、食材に火を通す行為であり、料理の下拵えや最終的な仕上げにも使われる調理手法で、強火で一気に火を通す事で食材の食感を損ねないように火を通す、「さっと炒める」と表現される炒め方や、弱火でゆっくりと食材に火を通す「じっくり炒める」などのバリエーションがあります。 同じく煎るも食材に火を通す行為で、料理の下拵えにも使われています。炒める同様、「さっと煎る」や「じっくり煎る」という表現も使われ、さらに「煎り付ける」といった表現も使われています。炒めるとの違いとして、素材に酒をふりかけ、水分がなくなるまで煎る事で臭みを消す調理方法「酒煎り」などもあります。 ニュアンス的な違いとして、炒めるには油分を使用し、煎るは油をひかずに加熱する感じもありますが、油をひかずに煎る場合は、「から煎りにする」という表現が存在する事から、油の存在が二つの調理手法を分けている訳ではない事は明白に思えます。 素材の側から見てみると肉や野菜は「炒める」で、ゴマや豆などは「煎る」が使われ、肉を煎ったりゴマを炒めたりといった逆の使い方はされていません。 両調理手法の結果から見ると、炒められた食材は熱が加えられて事で全体が柔らかくなり、煎られた食材は水分量が減少して必ずしも柔らかくなっているとは言えません。そうした点から考えると、炒めるという調理手法は食材に熱を加えて食べられる状態にし、その際、食材が持つ水分や美味しさをできるだけ閉じ込めたまま調理する事に対し、煎るという調理は食材の水分を熱によって飛ばしながら、美味しさを凝縮していく調理手法だと考える事ができます。 両方の良さを活かす「煎るように炒める」という注釈が存在する事から、その違いは明確ではありながらどことなく曖昧な境が存在するようで、美味しさを追及する難しさを感じてしまいます。
2009年01月29日
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日本の食文化とスパイスというと、あまり縁が深いものとは思えません。素材の持ち味を活かす和食では、あくまでも素材の味を引き立たせる事や短所を補う工夫が行われるので、せいぜい薬味や加薬としての使用に留まっていて、全面的にスパイスが主張するような調理は行われないように思われます。 日本のスパイスというと、まず頭に浮かぶのはショウガ、山椒、ワサビ、唐辛子、柚子、ゴマといったところでしょうか。中でもワサビは日本を代表するスパイスと言え、ワサビ漬けなどは和食の中ではかなりスパイシーな食べ物と言う事ができます。 そんな和のテイストが強いスパイスだけではなく、今日、私たちが接していて、あまり和のイメージを持っていないスパイスにも意外なほど古くから日本に伝えられ、使われていた物があります。 バジルというとイタリア料理のイメージが強く、パスタやピザには欠かせないスパイスと言えます。ギリシア語の王様という意味のバレジウムという言葉が語源となったという説や、花の形が伝説の怪獣、バシリスクに似ている事からその名が付いたと言われる事からも西洋の香りを強く感じてしまいます。 そんなバジルは、江戸時代にはすでに日本へ入ってきていました。少々残念なのは、その美味しさに気付かなかったのか、漢方薬として使われる事が多く、水を含むとゼリー状になる事から、目に入ったごみを取る「めぼうき」の名前で呼ばれていました。 コショウというと大航海時代の原動力となったとも言える世界的なスパイスであり、コショウの原産地、インドを西回り航路から目指した事が新大陸の発見にも繋がっています。 そんなコショウが日本へ入ってきたのは、天平の勝宝6年(754年)の事とされ、鑑真和尚が持参したと言われています。正倉院御物にも収められている事から、由緒正しき感じもしてしまいます。 輸入が開始されたのは室町時代に入ったからの事で、江戸時代には長崎を経由して全国へ運ばれています。肉料理との相性が良いイメージがある事から、あまり用途がない感じがしますが、コショウをすり潰してご飯にまぶし、温かい出し汁をかけた「胡椒飯」の記載を江戸時代の文献に見る事ができ、コショウの香り高い味わいが人気とされています。 さらに意外なところでは、大根の臭みを消すとして珍重されたスパイスがあります。大根はおろしてしばらくすると、酵素の働きで臭みが出てしまいます。そんな大根の臭み消しにはシナモンが良いとして使われています。 日本におけるシナモンの歴史は古く、コショウが伝えられたのとほぼ同じ頃に行われた貴重な渡来薬物を東大寺の正倉院に集めるという国家事業の中で、シナモンは「柱心」として記録されています。 その後も輸入品として扱われてきたシナモンですが、樹木として伝えられたのは江戸時代の享保年間の事とされます。大根おろしというと和食という感じがしてしまうのですが、それに洋菓子で馴染みの深いシナモン。試してみると意外なスパイスの世界が広がるのかもしれません。
2009年01月28日
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冬場の大根というと、温かい風呂吹き大根やおでんが思い浮かびます。鍋物や天ぷらという料理の事を考えると、欠かせない存在として「大根おろし」が浮かんできます。 大根おろしはおろし器で大根をすりおろしただけのシンプルな物ですが、それだけに意外と奥が深い物とも言えます。一般的に大根は葉に近いほど甘く、下へいくほど辛いと言われますが、おろし方しだいでは甘くも辛くもできると言います。 大根の辛さには酵素の働きが関係している事は広く知られています。大根の細胞の中には辛味の元となる物質があり、細胞の外にはミロシナーゼという酵素が含まれています。大根をすりおろすと大根の細胞壁が壊され、ミロシナーゼと辛味の元がぶつかって分解されて辛味成分イソチオシアネートが作られ、大根おろしは辛味を持つようになります。 酵素が働いて辛味成分が作られるには時間がかかるので、大根おろしが辛味を持つには数分の時間が必要になります。おろしたての3分ほどは辛味がなく、3分を過ぎたあたりから辛味が強くなり、6分ほどで辛さのピークを迎えます。その後、徐々に辛さは緩和されていき、15分を過ぎるとかなり軽減されると言いますが、辛味が苦手な身としては、いつまでも辛いように思えてしまいます。 辛い大根おろしが苦手な場合、最初に大根の選び方に注意する必要があります。大根は硬い土で育つと、地中の柔らかい部分を求めてねじれながら成長します。その際、酵素が作られるので、辛味が強い大根に育ってしまいます。大根が柔らかい土の中でまっすぐに育った事を知るには、大根にポツポツと開いている毛穴の並び方を見ます。毛穴の並びが曲がっているほど酵素が多く、まっすぐだと酵素が少なめで辛味が少ない大根とされます。 大根おろしに使う大根の部位にも注意が必要で、大根の辛味の元は皮の部分に多く、形成層と呼ばれる皮の部分には酵素も集中しています。形成層は大根の下に行くほど厚くなっていくので、大根の辛味は下へ行くほど辛くなるという理由はこの形成層の厚さにあります。 大根おろしを辛くしたい場合は、形成層が厚い下の部分のできるだけ外側を使います。逆に辛い大根おろしが苦手な場合、大根の上の方の中心部に近い部位を使います。また、酵素の働きを止める事も有効な辛さ対策となるので、大根をすりおろした直後、加熱する事で辛味のない甘味が増した大根おろしにする事ができます。 大根の細胞をできるだけ壊さないようにする事も辛さを出さないためには必要で、おろし方、おろし器などにもこだわりと工夫が必要となり、単純そうに見える大根おろしも、ずいぶんと奥が深い世界を持つ事に驚かされてしまいます。
2009年01月27日
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米国政府の死亡診断書を基にした統計によると、米国ではアルツハイマー病が65歳以上の死因の第5位となっていました。日頃からアルツハイマー病や認知症は直接死に結び付く印象がない事から、死因の第5位というだけでも驚きなのですが、実際にはそれよりもはるかに多くの死亡数にのぼるという研究結果も発表されています。 医療現場においても重度の認知症患者が死亡した際、認知症が死因として記録されないケースが多いとされ、認知症が致死的な疾患であるという認識が不足していると考えられると言います。 かつては老衰として知られていた認知症は、単なる脳疾患だけでなく、精神面へ与える影響も大きく、やがては身体へも徐々に影響が及んで最終的には死に至ると考えられます。 ガンなどの疾患でも見られる事ですが、病状が進行し、体力の低下によって最終的な死因は肺炎となる事があります。認知症においても同様の事が言え、認知症が致死的な疾患であるという理解が欠けていると、不必要な治療が行われる可能性も出てきます。 実際の認知症による死亡者数は統計によって報告されている数の2倍、もしくは3、4倍になると考えられ、高齢化に伴い医療に関する正確な統計の重要性が理解できます。認知症によって他の疾患の治療薬の適切な服用ができない事や、症状を理解して説明できない事などを考えると、認知症が及ぼす影響の範囲はかなり大きい事も予想され、今後、この分野と接していく事の難しさを思ってしまいます。
2009年01月26日
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蔓牛(つるぎゅう)という言葉があります。植物の蔓からきた言葉で、蔓はたぐり寄せると枝葉末節まで明らかになる事から、血筋が明らかで同じ血統に属する牛を「蔓牛」と呼んでいます。 牛肉のブランドと言うと、最初に思い浮かぶのは「松坂牛」ではないかと思うのですが、それ以外にも神戸牛、近江牛、但馬牛、飛騨牛、前沢牛、宮崎牛、佐賀牛、鹿児島牛など、多くの牛肉のブランドがあります。それらの85%以上は、ルーツをたどると但馬牛の系統の属するとされます。 日本で牛肉を食べる習慣が一般化した時期と言うと、明治維新による肉食解禁の頃を思ってしまいますが、牛は水田の耕作や荷物の運搬に使用される事から食用に消費される事はそれほど多くはなく、実際はこの100年程度の間、特に戦後の高度成長期以降の事と考えられます。 西洋の食文化が浸透し、農業の機械化が進められる中、それまで農耕用に飼われてきた牛達の食肉用の改良が進められ、海外品種や他の系統の牛との交配が積極的に行われます。そんな中、但馬牛は独自の血統を守ったまま改良を続けていました。 和牛には一頭ごとに名前が付けられ、本牛を確認する手段として指紋と同じような鼻紋、血統(系統)を記した登録書の記載が行われています。優秀な系統の牛からは肉質の良い子牛が輩出される事から、格別に優れた牛の系統を蔓牛として扱っています。 多くの優れた国産黒毛和牛のルーツとなった但馬牛でも、蔓牛は5つの系統になると言います。中でも代表的なのは「アツタ蔓」、別名「周助蔓」と呼ばれる牛を祖先に持つ系統とされます。そうした優れた系統の牛による交配で、肉質の良い子牛を産出する事が美味しい和牛作りの基本となるのですが、美味しい和牛そのものをコピーできれば、美味しい牛肉が無尽蔵に作り出せるとも言えます。それがクローン技術によって可能と考えられています。 先日、内閣府食品安全委員会の作業部会の専門家によるグループから、クローン牛、クローン豚の安全性に関して、従来の牛、豚と比べ差異のない健全性を有するという結論が出されていました。今後の流れとしては作業部会は結論をまとめ、専門調査会に報告。最終的には国が判断する事となりますが、それほど遠くない将来、一般的な食材として店頭に並ぶ事になると思われます。 やがて松坂牛、但馬牛といったブランドが、松坂牛○○のステーキ肉、但馬牛○×のロースといった固有名詞によるブランドへと細分化されるのでしょうか。遺伝子組み換え作物に続く体細胞クローン技術による食材の登場。消費者としては、どのように接していくべきなのか、大切に守られてきた蔓牛の伝統と共に一つの転換点を迎えているようにも思えてしまいます。
2009年01月22日
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骨粗鬆症の治療薬にアレンドロン酸ナトリウム水和物(フォサマック)と呼ばれる物があります。継続的に再形成と修復が行われている骨という組織の中で、破骨細胞が骨を溶かして骨芽細胞が新しい骨細胞を置き換えていくというサイクルに対し、破骨細胞の働きに影響を与える事で骨粗鬆症を治療するというものです。 これまでアレンドロン酸ナトリウム水和物は、破骨細胞の数を減らす事によって破骨細胞と骨芽細胞の働きのバランスの崩れを防止すると考えられてきました。しかし、継続してアレンドロン酸ナトリウム水和物を使用した患者の体内では、逆に破骨細胞の数が増大しているという傾向が見られる事が判ってきています。 3年間にわたる試験を行い、それぞれ異なる用量のアレンドロン酸ナトリウム水和物もしくはプラセボ(偽薬)を服用してもらい、生検標本を調査した結果、1日10mgという最も高い用量のグループで破骨細胞の数がプラセボグループと比べて2.6倍にもなっている事が判明しています。破骨細胞の数は、薬剤の用量に比例して増大が見られていました。 破骨細胞には他の細胞と異なる特徴があります。それは破骨細胞の1個の細胞の中に核がたくさんあるというものです。ほとんどの体細胞には、核は一つしかありません。破骨細胞にたくさんの核がある理由は、破骨細胞が多くの細胞が融合して出来上がっているところにあり、核の数は決まってはいませんが、通常の破骨細胞1つに見られる核の数は8個程度にとどまるとされます。 今回の研究によって破骨細胞は死滅するのではなく、融合するのではないかという事が考えられてきています。アレンドロン酸ナトリウム水和物は破骨細胞の死滅を遅らせ、融合する事を妨げる働きがあり、同時に破骨細胞の機能も低下させているのではないかと仮定されています。 別な研究では、破骨細胞は7、8個の細胞が融合したものが最も有効に作用するというものがあり、アレンドロン酸ナトリウム水和物はそうした融合を妨げる事でも破骨細胞が働きやすい状態になるのを邪魔しているとも考えられ、融合させない事が破骨細胞の増大に繋がっていたという事ができます。今回の研究が元となって、骨細胞の不思議な世界が少しでも明らかになればと期待してしまいます。
2009年01月21日
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骨というと硬いカルシウムの塊として体の中心部にあり、固定的で一度作られると後は一生ものとして、そのまま存在しているように思われがちですが、実は骨も生き続ける細胞の塊として毎日、しっかり新陳代謝しています。 骨を形作っているのは、文字通り骨細胞と呼ばれる細胞とその回りに蓄えられたコラーゲン、アパタイトという物質で、骨細胞はその働きによって骨芽細胞と破骨細胞と呼ばれる二つの細胞によって形成、管理されています。 コラーゲンは皮膚や軟骨などの柔らかく、弾力性に富んだ部分に多く含まれる事で知られたタンパク質で、骨にも弾力を与えて折れにくくする働きを担っています。アパタイトは、歯の成分として知られているカルシウムを含んだ堅い物質で、体の中では堅い組織の原料として使われています。 骨細胞は、骨芽細胞がアパタイトを貯め込んだ事によって作られる細胞で、破骨細胞はその骨細胞を溶かす酵素を出したり、骨と接する部分を酸性にしたりして古くなった骨質を溶かしています。骨芽細胞と破骨細胞という二つの細胞の働きのバランスによって骨は一定の状態が保たれています。 成長期の骨の成長や骨折した時の自然治癒といった骨細胞の成長が必要な時は、二つの細胞の働きのバランスが骨芽細胞の働きの方へ傾き、高齢になって老化したり、骨に外的な負荷がかからない事で骨密度が減少するといった現象は、破骨細胞側へバランスが傾く事が原因となっています。 健康な成人の場合、二つの細胞の働きによって1年間に5~10%の骨細胞が新しい骨組織に置き換わるとされ、破骨細胞によってとかされた古い骨質は血液に溶け込んで、新たな骨の材料として再利用されたり、ホルモンの働きを助けるカルシウム源として利用されています。 ホルモンのバランスが崩れたり、カルシウムの摂取が不足していると必然的に骨を溶かす量が多くなり、問題視される骨粗鬆症になったりしてしまいます。そのため骨粗鬆症の治療として骨を溶かす破骨細胞の働きに影響を与える薬剤が使用されますが、そうした薬剤の使用で破骨細胞に異変が見られる事が最近の研究によって判ってきています。
2009年01月20日
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CO2というと最近のエコブームで広く話題となっている二酸化炭素の事だと思ってしまいますが、COといわれるとなかなか一酸化炭素に結び付かない事には不思議なものを感じてしまいます。 一つの炭素の分子に二つの酸素分子が結び付いたCO2、二酸化炭素と、一つの酸素の分子が炭素の分子と結び付いているCO、一酸化炭素は日常的に存在するものですが、呼吸という血液のガス運搬の点では大きく異なる働きをしてしまいます。 二酸化炭素は血液中のヘモグロビンと結合し、運搬されます。ガス濃度が二酸化炭素が高く、酸素濃度が低い状態ではヘモグロビンは二酸化炭素と結合しますが、逆に酸素濃度が高く、二酸化炭素濃度が低い状態では酸素と結合するので、呼吸というガス交換が成立します。一酸化炭素はヘモグロビンと結合すると離れなくなる事から、毒性のあるガスとして扱われます。 そんな毒物として扱われてきた一酸化炭素が、身体を守る物となる可能性が出てきています。少量の一酸化炭素が脳卒中による脳損傷の防止に役立つ事が最近の研究によって確認されています。 脳卒中が起こった際、低容量の一酸化炭素を吸入させる事で、脳の損傷が最大で62%近くも減少する事が明らかにされています。一酸化炭素は体内で自然に作られていますが、さまざまな条件下で保護的機能を果たし、体外から吸入した一酸化炭素にも同様の働きを示す事が確認された事にもなります。 一旦、脳卒中が引き起こされると、後遺症を含め非常に大きな影響が生じる事となります。脳卒中による影響を軽減できる手法の開発は、あらゆる意味で歓迎できるものと日頃から考えています。今回の研究は、それが猛毒の一酸化炭素という事で非常に興味深いものであると思えてしまいます。
2009年01月19日
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免疫は身体をウィルスや細菌、ガンなどから守る大切な働きです。しかし、免疫力は体脂肪や筋力などのように数値化して強度を測ったり、体温や血圧などのように体感的に上下動を見る事もできない事から、免疫の働きに関してはほとんど実感がないというのが現実的なところではないでしょうか。 それでも免疫は日々体を守るために働き続け、免疫力は細かく変動を続けています。以前からさまざまな活動を行い、代謝的なエネルギー消費が多い日中よりもエネルギー損失が少ない夜間の方が免疫力が高まるという仮説が出されていました。 最近行われた研究でその仮説が正しい事が立証され、免疫力は一日を通して変動し、夜間に高まる事が確認されています。免疫力は体内時計と連動し、夜間に上方調整される事が明らかになってきています。 細菌に感染すると体内時計のリズムが狂い、感染症に対する感受性が高まりますが、その反面、体内時計が狂ってしまう事で免疫力が低下する傾向も確認されています。 昼間と夜間に感染した場合についても研究が行われていますが、やはり夜間に感染した場合の方が良好な結果を示す事が確認されています。代謝によるエネルギー消費という観点からは非常に納得のいく研究結果ですが、感染するなら夜にしろと言われてもなかなか実践できるものではないのではと思ってしまいます。
2009年01月17日
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正月には欠かせない縁起物の百合根は、ユリ科ユリ属、いわゆるユリの花の球根です。多くの種類が存在するユリの中でもヤマユリ、コオニユリ、オニユリの球根で、球根を食べる事ができるのはこの3種類だけとなっています。 日本へは江戸時代(17世紀)に中国から持ち込まれたとされ、それ以降、畑で栽培して一般的に食べられるようになっています。ユリの花は、その優しい佇まいから和のイメージがありますが、ヨーロッパでも非常に人気の高い花となっています。そんなヨーロッパ人でも球根を食べるという発想はないらしく、ユリの球根を食べると聞くと大変驚かれると言います。 百合根を食材としているのは日本と中国だけで、古くは薬用として使われてきました。薬用とされた頃は自生の物が使われ、その後畑で栽培するようになっている事から、苦味の少ない物へと品種改良が行われ、食材化していった事が想像できます。 百合の語源は、鱗片が幾重にも重なり合っている事が元になっており、綺麗に重なり合う鱗片の様子から「和合」の象徴として正月には欠かせない縁起物となっています。 百合根は中国から入ってきましたが、ユリ自体は日本にも原生していて、古名を佐韋(さい)、三枝(さいぐさ)と呼んでいました。この場合の「さい」は、三途の川の河原として知られた「賽(さい)の河原」の賽と同じ意味とされ、ユリが持つ霊力が天上の扉を開くと信じられていた事が伺えます。おせち料理でしっかり百合根を食べておけば、初夢に天国の夢を見る事ができるのかもしれません。 百合根の消費は関西が多く、特に京都でよく食べられていると言います。そんな関西からは遠い北海道が主要な産地となっており、全国に出荷される百合根の98%は北海道で生産されています。 一つの百合根を作るのには3年がかかるとされ、地中の球根に充分に栄養を行き渡らせるために、花の蕾は切り落とされてしまいます。ふっくらと太って甘味の増した百合根とは、何とも贅沢な存在なのかもしれません。 栄養的には、タンパク質が非常に多く、ジャガイモの2倍とも言われ、良質のでんぷんを含んでいます。食物繊維のグルコマンナンも多く、カリウム、鉄分、リン、カルシウムなどのミネラル類も多い事から、滋養強壮に優れた食材であると言う事ができ、かつて薬用とされていた事が納得できます。
2009年01月16日
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お新香(おしんこ)と言えば漬物の事。ちょっと不思議な響きと思ってしまうのですが、漬物の事を「香の物」と呼ぶ事があるので、そこから派生した言葉という予想はできてしまいます。 漬物は塩や酢、味噌、糠などに野菜などを文字通り漬け込んだ物で、日本の食卓には古くから登場していました。各地に地域性豊かな独自の漬物があり、素材、漬け方にも多くのバリエーションがあります。 漬物は日本の食卓には欠かせない食べ物で、イモ類を除くほとんどの野菜類が漬物の素材として使われています。イモ類が使われなかった理由としては、漬物が生の野菜を素材とする事から、イモ類が含むでんぷんが加熱されないと消化に適した状態にならない事に関係しているのではと考えてしまいます。 野菜は漬物にする事で、野菜が持っていたアクや苦味が抜けて美味しさが増すという一面を持っています。また、野菜の栄養は皮やヘタに偏在している事が多いので、皮やヘタを含めた野菜全体を食べられる状態にする漬物は優れた野菜の食べ方とも言えます。 日本で漬物が作られるようになったのは、野菜の栽培が伝えられてからと言います。そうなると縄文時代まで遡る事となるのですが、当初は野菜の保存方法として伝えられたと考えられます。多量の塩に漬け込んでおけば腐敗菌などの雑菌の発生を抑え、野菜類を長期にわたって保存する事が可能となります。 平安時代に貴族の遊びとして香を焚いてその種類を当てたり、同じ香りがするものを探すという遊びが流行します。長時間、さまざまなにおいを嗅ぐために嗅覚が麻痺してきて、においの違いが判りにくくなってくるので、休憩を兼ねて嗅覚をリセットするために漬物が食べられるようになり、それまでは塩漬けが主流だったものがより香り高い味噌漬けが好まれ、「香の物」と呼べれています。 その後、鎌倉時代から室町時代にかけて茄子や瓜が素材として主流だったものが、さまざまな野菜類が使われるようになり、江戸時代に入ると調味した糠に漬け込む「糠漬け」が登場します。そうした新しい製法の漬物を従来の「香の物」に対し、新しい香の物という事で「お新香」と呼ぶようになり、今日では漬物全体を指す言葉ともなっています。
2009年01月15日
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中学の頃の英語の教材に「ステーキ用の肉があります。切ると2枚になります。さらに切ると4枚になります。さらにもっともっと、もっと切るとどうなるでしょう?」「もっともっと切って、よくこねて焼き上げるとハンバーグになります」という二人の会話が使われていました。 ハンバーグというと、すぐにその時の事を思い出してしまうのですが、ハンバーグといえばもっとも普及している洋食メニューの一つであると言う事ができます。言葉の響きからいかにも欧米から伝えられたメニューという感じがするのですが、多くの洋食メニューがそうであるように明治以降に伝えられ、西欧の香りがする料理として独自の進化を遂げ..ではなく、日本におけるハンバーグの歴史はそんなに浅いものではなく、はるかに古いものであるとしたら少々意外な感じがするでしょうか? いまさら説明の必要もないほどよく知られていますが、ハンバーグは牛肉や豚肉、鶏肉などの畜肉の挽肉や豆腐などにタマネギなどの野菜類のみじん切り、香辛料、卵、パン粉などを混ぜ合わせ、適度にこねた物を小判型や円形に成型して焼いた物です。 英語ではハンバーガー、もしくはサウズベリーステーキと呼ばれ、ハンバーグという言葉自体は日本固有の和製英語となっています。日本で最初のハンバーグが作られたのは今から6000年以上前の事で、縄文時代に遡ります。 1999年、長野県の大崎遺跡で後に「縄文クッキー」と呼ばれる炭化物が出土しています。大崎遺跡は今から約6000年前の縄文時代前期初頭の居住地跡とされ、そこから出土した直径3cm程の小さな炭化物は、当時の食生活を知る重要な資料と考えられています。 科学的に分析された炭化物は、卵や木の実を練り合わせて作られた物である事から「縄文クッキー」と名付けられ、その後も大崎遺跡以外の遺跡でも発見されています。そうした縄文クッキーを詳しく調べてみると、木の実以外の物が含まれている事があり、鹿や鳥の肉を磨り潰した物が含まれている事も珍しくない事が判ってきます。 畜肉の挽肉に卵のつなぎ、練り合わせて焼き上げるというのは、ハンバーグ以外の何物でもありません。古代の日本では、ハンバーグは広く普及したメニューだったと言えます。そんなハンバーグが忘れ去られてしまう背景には、仏教の伝来が考えられます。仏教によって肉食が禁止されてから、鳥獣の狩猟や料理に関する記載が極端に減り、肉食が解禁される明治維新までは表向きは肉食が行われていません。その間に日本のハンバーグは忘れられてしまったと考えられます。 ハンバーグという名前の由来はドイツの港湾都市ハンブルグを英語読みしたところにあります。それではハンブルグが発祥の地かというと、実はそうではありません。ヨーロッパにハンバーグが伝えられたのは13世紀頃とされ、モンゴル系のタタール人のヨーロッパ侵攻がきっかけとなっています。 タタール人は数頭の馬を連れて移動し、乗りつぶした馬を食料としていました。長い移動で酷使された馬は筋肉質になり、食用の肉としては硬過ぎて美味しくない物であったために、それをより美味しく食べる手段として柔らかい挽肉にして食べるという工夫を生み出しています。 今日でもタタール人風のステーキという事で、タルタルステーキというメニューが残されていますが、このタルタルステーキを焼いて食べやすくした物がハンバーグとなっています。 それでは何故ハンブルグ?と思ってしまうのですが、それにはハンブルグで港湾労働者向けに安くてスタミナが付く料理として、安い肉の切れ端などを挽肉にしてタルタルステーキを作り、それを焼き固めた料理が流行し、港に停泊する船によって各地に広められたとする説と、大航海時代に硬い干し肉を美味しく食べるための工夫としてハンブルグで考案されたとする二説が有力視されています。 日本での普及は戦後の高度成長期以降で、レトルト食品の登場と発展が大きな原動力となっていると考える事ができます。古代の食を懐かしむDNAがと言いたいところですが、レトルト食品という事であれば、少々縄文文化からはかけ離れた印象を持ってしまう事は避けられないかもしれません。
2009年01月14日
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食堂や小料理店、居酒屋など「おふくろの味」を標榜する店を見掛けます。おふくろの味は幼少期に経験した家庭料理の味の事、もしくはそれらによって形成された味覚の事で、個人によって固有のものと思えてしまい、店で不特定多数の個人に対して提供するものではないように思えてしまいます。 一応、家庭で出されている事を連想させる料理の事をおふくろの味と、広義に解釈する場合もあるのでその事かと思いはするのですが、どのようなものがそれに該当するのかといろいろと考えてしまいます。 おふくろの味の定義には、家庭料理の中でも素朴で毎日食べても飽きのこない料理とされます。また、食べた人が郷愁を感じるような料理や味付けとされ、少しでも安い食材を使って、美味しく、たくさん食べられるように工夫された料理とも言われます。少しでも安い食材となると旬や地域の産品が絡み、伝統的な調理法に創意工夫が行われ、手軽に調理できるという要素も関係してくる事が考えられます。 メニューとして見た場合、肉じゃがや味噌汁が上げられる事が多いようで、世代間のばらつきの中でも代表格としての地位を確立しているように思えます。高度成長期以降の世代ではカレーライスやコロッケといった洋食も高い確率で上げられるとされますが、コロッケは早い時期から惣菜として売られていた事から、定義としての曖昧さを感じずにはいられません。 食の歴史という観点からは、バブル期以降に登場した素朴な料理に回帰する需要に合わせた、「おふくろの味のように思える料理」がおふくろの味と呼ばれるものとなり、都市部を中心としたおふくろの味の提供店となっているように思えます。 また、コンビニエンスストアの普及によって食の世界にもマーケティングの動きが大きくなり、核家族化の進行や少子高齢化、独居老人の増加といった要素を踏まえ、出来合いの料理の中でも郷土色を感じさせるものや、伝統食に類するもの、素朴さを感じさせるものがおふくろの味となっているようです。母親という唯一無二の存在と大多数の感性といった相反する要素が、おふくろの味という確たる分野と曖昧な定義も元となっているのかもしれないと思いつつ、子供にはしっかりとした家庭の味を覚えてほしいと思ってしまいます。
2009年01月13日
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ビタミンM、ビタミンB9、プテロイルグルタミン酸とも呼ばれるというと、何の事だか判らなくなるというか混乱してしまいそうです。水溶性ビタミンに分類され、生理活性物質とも呼ばれています。プテリジンにパラアミノ安息香酸とグルタミン酸が結合した構造を持つ物という言い方をされると、さらに訳が判らなくなってきます。その物質の名は「葉酸」。ホウレンソウの葉から発見されたビタミンの一種です。 葉酸は不足しがちな栄養素で、妊娠時には先天性欠損を防ぐものとして摂取する事が推奨されています。日本ではあまり見掛けませんが、葉酸強化小麦粉などが利用されている国も珍しくはありません。 妊婦の方には葉酸はお薦めのサプリメントとされてきたのですが、必ずしもそれは全面的に正しい事ではない可能性が示唆されてきています。妊娠初期に葉酸を摂取する事で、出生した乳児の呼吸器疾患のリスクが増大する事が新たな研究の結果として判ってきています。 今回の研究は2000年から2005年の間に出生した小児約3万2千人のデータを検討し、母親の出産前、出産後のいくつかの時点での食習慣やサプリメントの利用状況について調査を行っています。その結果として判ってきた事として、他の因子について調整してもなお母親が妊娠初期の3ヶ月間に葉酸のサプリメントを使用していた場合、乳児に生後18ヶ月までに呼吸器感染症や喘鳴(ぜんめい)にかかる比率が他の乳児に比べて明らかに高く、呼吸器感染症の治療のために入院する比率が約24%も高い事が判ってきました。 葉酸をはじめとするビタミン類にはメチル化と呼ばれる生化学的プロセスに影響を及ぼす働きがあり、遺伝的活性を変化させる事が考えられるとされます。メチル化が免疫系や呼吸器疾患へ影響を及ぼす事についての総合的な研究は行われていないとされていますが、最近、メチル化が特定の免疫細胞の発達に重要な役割を担っており、幼年期の気道炎症に影響をもたらすとする研究レポートは増えてきていると言います。別な実験でも妊娠初期に高濃度の葉酸や類似する物質を多量に投与する事で、子供のアレルギー性喘息リスクが増大する事を示すものも存在します。必要と弊害の見極めが非常に難しいものとなりそうな気がしてしまい、一様にサプリメントを摂取する事ですべてをまかなう事の難しさが示されているように思えてしまいます。
2009年01月10日
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以前、知り合いの漢方医と話していたときの事ですが、初老の漢方医より、昔と比べて、甘さに対する評価が変わってしまった旨の話しがありました。漢方医曰く、かつては甘い事が高価な砂糖をケチらず使っているという事で、良い評価を得ていたのですが、最近では、甘くない事が良い様に語られるとの事です。 確かにお菓子屋の紹介を頼まれた際、「あそこは美味しいですよ、そんなに甘くなくて...」という発言をした記憶はあります。私に限った事ではない話しですが、そう思って見回してみると、低糖や無糖という製品が出回っている事に気が付きます。 先日、そんな中から低糖タイプのジャムを購入してみました。製品のラベルに記載されている通り、糖分が少ない為、素材の味が判りやすく、少々多めに塗っても飽きがこないという利点はあったのですが、しばらく冷蔵庫に置いたままになっていると、カビが発生してしまいました。 ジャムといえば、果物等を煮詰めた甘い食べ物ですが、その中にあって砂糖は、幾通りもの大切な役割を担っています。多くのジャムの素材となる果物は、自ら甘味を備えてはいますが、酸味も持っており、長時間の加熱によってそれを和らげています。それでも充分に甘味を確保する為には、砂糖を加えて味を調える事となります。第一の役割、甘味の追加です。 ジャムとなるには、適度なゼリー状になる必要がありますが、その為に加えられるのがペクチンです。ペクチンの独特の食感に果物の酸味と甘味がバランス良く発揮される事、それがジャムの美味しさだと思うのですが、この独特の食感を出す為にも砂糖は必要となります。 砂糖が加えられる事で、ペクチンを網目の様に繋ぎ合せ、その網目の中に水分を取り込む事で、あのジャム特有の食感が形成されるのです。第二の役割、食感の形成です。 また、砂糖はジャムの保存性にも大きく関わっています。砂糖は、水分を抱え込んで、なかなか放さないという性質を持っています。ジャムの中に砂糖がある事で、様々な微生物がジャムに入り込んでも、細胞内の水分を砂糖に奪われて死滅してしまい、繁殖できなくなってしまいます。ジャムには、収穫時にたくさん取れた果物を、年間通じて食べれる様にするという、保存食としての意味もあったそうですが、その助けをしていたのが、実は砂糖だったのです。第三の働き、保存性の向上です。 他にも砂糖には、食品の表面をきめ細かく仕上げる働きや、美味しそうなキツネ色を出す等の働きもあるそうです。 最近では、身の回りに甘いものが溢れ、食事の中でもカロリーを摂り過ぎている事から、悪者視されがちな砂糖ですが、毎日の食の中、大事な役割を発揮しています。大切なのは付き合い方なのだと、多くの食に関する結論と同じ事を、ここでも思ってしまいました。ちなみに、砂糖の甘さは砂糖の量よりも、そこに加わるカルシウムの量によって影響されるそうです。やはり味覚はバランスですね。
2009年01月09日
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大根・・・年中見かける食材ではあります。常備しておくと、大根おろしから煮物まで結構重宝する食材ではありますが、意外と重量が嵩み、買い置きには困った存在でもあります。 大根というと有名な話に「真っ直ぐな大根」を作るというものがあります。それまでの曲がっていたり、根元から先端にかけて太さが大きく違う物に対し、真っ直ぐで太さも出来るだけ均一な大根を作る。 そうする事で大根を作るコストは膨らみますが、運びやすくなり、店頭に並べる際もたくさん積み重ねられる事から大根を流通させるコストは抑えられるので、トータルではコストを低く出来るというものです。 食が流通とは切り離せない事を象徴する話であり、それ以来大根は真っ直ぐで均一な太さの物が主流となっています。 地中海沿岸や中東が原産と考えられる大根は、古代エジプトでも食用として栽培されていた記録があり、長い歴史の中で数々の品種改良が行われてきた事が考えられます。 真っ直ぐになるというのも、その一つと言えるのではないでしょうか。 そうした品種改良の中で病気に強い品種として登場したのが青首系の品種で、登場以来、一気に普及して今日の大根の主流となっています。 かつては生産量が最も多い野菜とされた大根ですが、最近ではキュウリにその座を譲ってしまっています。煮物や刺身のツマなど、魚料理と縁が深い大根に対し、サラダなどの洋食に使われる事が多いキュウリという、魚食から洋食といった食の変化が影響しての事と言えます。 これからの季節、大根は鍋物で美味しくいただけますがキュウリは鍋物には合いません。ちょっと応援したくなってしまいます。 栄養的には、ビタミンCが多くビタミンAも含んでいる事から、風邪の予防に向いていると言えます。消化酵素のジアスターゼが有名で、消化を促進してくれ、胃もたれや胃酸過多、胸焼け、二日酔いなどを防いでくれるとされます。 演技が下手な役者を「大根役者」と呼びますが、生食から煮物まで、どのような食べ方をしても「当らない」という事が元になっていると言われます。ジアスターゼのお陰という部分が大きいのかもしれません。
2009年01月08日
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長年疑われてきた事であり、私自身も体感していた事なのですが、糖には依存性がある事が正式に立証されていました。依存性薬物への依存症は、脳内での反応によって確認する事ができますが、糖分の大量摂取でも同様の反応が起こる事が最近の研究によって確認されています。 一日のうち12時間は食餌を与えず、残りの12時間に食餌を与えるようにし、その際ブドウ糖25%およびショ糖10%を加えた糖水を与えるような生活を3~4週間続けて脳内の変化を見ます。糖水の糖分量は、日頃私たちが接している清涼飲料水と等しいもので、極端に糖分量を多くしたものではありません。 その結果として、糖分の摂取によって脳内の報酬系に関与しているとさえる側坐核と呼ばれる部分で、神経伝達物質のドーパミンが急増する事が確認され、薬物依存と同じ反応を示す事が観察されています。 単純に糖分を与え続けるだけではこの作用は起こりにくく、糖分の摂取をしばらく絶った後、大量に与える事を交互に繰り返す事で糖依存と呼べる状態が作り出される事が判っています。また、糖依存に陥った後、糖分の摂取を制限すると薬物依存に見られる離脱症状(禁断症状)が見られる事も確認されています。 脳内に幸福感をもたらし脳内麻薬と呼ばれる神経伝達物質のエンドルフィンを遮断すると、離脱症状、不安、行動減退、ドーパミン値の低下などが生じる事も判り、糖依存によって起こる行動と神経化学物質との関連性も裏付けられました。 糖依存の作用は長期間持続するとされ、糖分の摂取を絶つ時間を長くする事で、さらに多量の糖分を摂取するようになり、糖分を摂取させない事でアルコールの摂取量が増える傾向もある事が言われています。 糖分は直接的なエネルギー源となる事から、身体は摂取した際に幸福感を感じる事はごく自然な事です。進化の過程や人類の歴史を見てきても現代ほど糖分に恵まれ、豊富に摂取している時代はありません。日常的に身の回りに溢れているだけに接し方を間違えると大変な事になるのは、最近の糖尿病をめぐる問題でも明らかです。依存性が明らかになった事からも、摂り過ぎには気を付けて上手な付き合いを心掛けたいものです。
2009年01月07日
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おせち料理と並んで正月に食される物として「餅」の存在があります。餅は日本に古くから伝えられた食べ物で、もち米を水に漬け、蒸したものを臼で粘り気が出るまで搗いて仕上げます。焼いたり煮たりと加熱する事で食べやすい柔らかさになる事から、直接焼いたり雑煮などの汁物に入れたりして食べられています。 今ではどちらかと言えば冬場を中心に一般的な食材として食べられますが、正月や節句、季節ごとの行事や祝い事などのめでたい日に食べられる食べ物としても伝えられてきています。もともとは正月や祝い事などのための特別な食べ物として扱われてきており、節分や節句、七夕やお盆、お彼岸などの季節の区切りの大切な日の供物とされてきていました。 餅は縄文時代の後期、稲作の伝来と共に東南アジアから伝えられた考えられ、当時の米は赤米で比較的餅に加工しやすかった事が餅の定着に一役買ったと言えます。平安時代には「鏡餅」が誕生し、餅は祭事、仏事などの慶事には欠かせない供物となっています。 室町時代に入ると武家を中心に茶道が急速な発展を遂げ、それに合わせてお茶に添えられる茶道菓子として餅が使われるようになり、お菓子の素材として独自の発達をするという新たな分岐点を迎える事となっています。 武家の年中行事が出入りの商人へ伝わり、商家から農家へと餅を食べる習慣は伝わります。江戸時代には餅を食べる習慣は農家でも一般化し、神仏や農具に餅を供えて豊作と家内安全を祈る事が行われるようになり、餅と農作業が密接な関わりを持つようになってきます。 田植えを終えた後や刈り上げを終えた後の刈上げ餅、秋を迎え収穫を終えた後の庭仕舞などでも餅が振舞われ、餅によって農作業の目途や家族の融和、村の協調などが図られてきたとされています。重要な行事と密接に結び付きながら伝えられてきた餅ですが、今日では普通に食べられる事にちょっと幸せを感じてしまいます。
2009年01月06日
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年が明けて最初に食べる料理といえば「おせち料理」でしょうか。おせち料理のおせちとは、「御節(おせち)」・・・季節の変わり目を指す言葉で、変わり目となる日は「節日」としてお祝いが行われていました。 節日のお祝いのために作られる料理は「節供(せちく)」と呼ばれ、今日もその名残りとなっているものに元日の膳である「おせち料理」、春と秋に食べられる「七草粥」、端午の節句の「粽」などがあります。 その中にあっておせち料理は、節日の供物である節供から始まり、年の初めにその年の豊作を祈る習慣や武家の祝い膳、新年を祝う庶民の料理など多くの要素が混ざり合って今日のスタイルが確立されています。 おせち料理を構成する料理の傾向として、保存の効く食材を使い、保存性を高める調理法が採り入れられているというものがあります。保存の効く料理を元旦の前に準備しておく事で、神様をお迎えした新年に台所を騒がせないという考え方が元になっているとされ、元日が山に帰った田の神様を呼び戻すための祝いを行う重要な節日とされた事に由来するとも言われます。 また、火の神である荒神を怒らせないため、元日には台所を使わないという言い伝えもあり、大晦日までにおせち料理を準備する事で元日は炊事を行わない事がおせち料理の保存性に繋がっていると考える事ができます。その背景には、普段忙しい女性を正月くらいは炊事から開放し、休んでもらうという意味合いも含まれているとされ、おせち料理は家族全員でゆっくりと正月を迎える備えとも言えます。 最近ではおせち料理を作るよりも出来合いの物をデパートやスーパーで購入したり、インターネットの通信販売で取り寄せるという家庭も増えていると言います。日頃忙しい主婦に休みを取ってもらうという意味からは、本来の目的に適ったものと言えるのかもしれません。
2009年01月05日
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