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サンガンピュールの物語(コーチング)5話
それから1週間後の日曜日。少年サッカーリーグの公式戦だ。ボロ負けを喫した練習試合から1週間経ったにもかかわらず拓也以外のメンバーの意識は相変わらず低かった。彼らの口から出てくる話は、試合が終わったら何をして遊ぶかのことばかりだった。拓也はゆうこと共に毎日夕方に2人で公園に集合しては練習を繰り返した。「少しずつだけど上達しているかも」と2人はそう考えていた。試合会場にジャガーズの面々と共に到着した一人の中に塩崎ゆうこももちろん入っていた。
この日の相手は牛久ラッキーズ。この地区では中堅であるが土浦ジャガーズにとっては、まともに勝ったことがないチームだった。いざ、キックオフ。ラッキーズはセオリー通りのサッカーを展開し、積極的にパス回しを行うことでボールを支配していった。一方、ジャガーズの面々はラッキーズの動きについていけずじまいだった。
前半終了時点で0-2。先週のファイヤーズ戦よりもやばそうな試合展開になりそうだ。彼女や森山監督はそう思っていた。ハーフタイムが終わり、後半戦が始まって数分が経過した時だった。
「なんかやばい奴が来たぞ!!」
「警察に通報して下さい!」
ラッキーズも含めてフィールド上の全選手が逃げたのだ。何が起こったのか彼女はすぐに理解できなかった。フィールドをよく見渡してみると、なんと、フィールド上に不思議な力を持つ不審者が登場したのだ。コーチ席にいた彼女も敵と対峙するためにフィールドに出ようとしたが、彼女はここで、自分はまだ塩崎ゆうこを演じていることに気付いた。コーチ役を買って出ているのは塩崎ゆうこなのだから。そのために出しゃばるのを一旦止めた。そう思った途端、不審者は一言。
「サンガンピュールはどこだ!」
自分の名前が呼ばれた。これは不意打ちだ。すぐに誰もいない場所に隠れ、サンガンピュールの姿に戻り、急ぎ足でフィールドに戻った。そして彼女はすかさず反応した。
「あたしがサンガンピュールよ!あんた、誰なの!?」
質問で返すと、不審者は、
「私か?私は・・・、世界の真の平和を守る、ニュートリノの戦士、イラッチ仮面!お前ら、これから毎日イライラしようぜ!」
と、訳の分からないことを言った。サンガンピュールはしばらく沈黙していた。言っていることが理解できなかったからだ。
「・・・・・・何ばかなこと言ってんの!?あんたが正義の味方なんて信じられない!」
しかし彼女の言い分も聞かずにフィールドに入り、選手たちを襲った。完全に試合どころではなくなった。
「卑怯よ、あんたは!サッカーの試合をメチャクチャにして!」
サンガンピュールはイラッチ仮面に問いただした。
「あんたの要求は何なの?」
「お前は危険人物なのだ!お前がそのまま生きている限り、世界の平和はあり得ないのだ!」
「だからと言って、ここでやることはないでしょ!別の公園でやりなさいよ!」
傍観者たちは
「そっちかよ・・・、もっと大事な問題があるだろうが・・・」
とツッコミを入れたくなったがとりあえずは黙っておく。
「それは時間の無駄だ!」
イラッチ仮面は問答を打ち切り、こう言い放った。
「手始めに人質として少年たちをもらおう!」
「それはやめて!あたしらと関係無いじゃん!」
「食らえ!」
イラッチ仮面から発せられるイライラ光線により、人は冷静でいられなくなり、免疫力低下、短気、判断力低下を引き起こし、最終的に人間関係が悪化したり、仕事や勉強で失敗したりしてしまう。
「みんな、よけて!」
サッカーをやっているだけあって機敏なのか、選手のほぼ全員がかがむか、倒れこむか、あるいは親の元に逃げ帰った。
イラッチ仮面はサンガンピュールに近づき、面と向かって話した。
「ええい、こうなりゃ私とサンガンピュールとの一騎打ちだ!お前もこれを食らえ!」
「ビュイーーーーン!!」
イラッチ仮面の頭についている角みたいなところから緑がかった光線が発射された。これこそイライラ光線だ。どうも不意打ちが大好きな戦士だ。
「イヤアアアアッ!!」
サンガンピュールがやられてしまった。イラッチ仮面は、彼女から遠く離れている拓也にも襲いかかろうとしていた。すると拓也はサッカーボールをイラッチ仮面に向かって蹴り、頭に的中させた。痛そうな表情をしているがまだ本調子のようだ。そこでサッカーボールをまた自分の所へ寄せ、またシュート。ひるんだところへサンガンピュールが後ろから襲いかかった。肩に乗りかかり、左パンチでイラッチ仮面の首を連続で叩いた。これは効果があった。冷静な判断がさらにできなくなったイラッチ仮面。
「ぬわぁあああああっ!!」
続いて
「もうムシャクシャしてきた!これでも食らいな!」
悪あがきとばかりに、自分の背中に乗りかかっていたサンガンピュールを強く振り落とした。そしてフィールド上を走り回り、手の先の鋭そうな爪で子どもたちをひっかき回した。サッカー選手たる子どもたちは必死で逃げるが所詮は小学生だ。すぐイラッチ仮面に追いつかれ、何人かがひっかき傷を負ってしまった。イライラの度合いが頂点に達して何も考えられず、自暴自棄の状態に入ってしまった。その時、
「よけて!」
サンガンピュールは遠くから拳銃を一発放ち、銃弾はイラッチ仮面の左足のくるぶしを直撃した。ひるんだイラッチ仮面に近づいた彼女。
「これで、終わりだよ!」
「ひぃぃっ!」
もう一発銃声が響いた瞬間、イラッチ仮面の体中からまぶしい光が発せられた。10秒もしない内に、辺り一面が光り過ぎて一同は何も見えなくなった。一同が目を覆っていた手を下したところ、信じられない光景が見えた。
そこには、弱っている一人の少女がいたのだった。
「・・・ここは・・・どこ?わっ・・・私、何してたの?」
少女が言葉を発した後、サンガンピュールはこう返した。
「『イラッチ仮面だー』だとか言って暴れてたよ、あんたは」
「・・・イラッチ仮面?何それ?」
「・・・あんた、覚えてないの?」
「何も覚えてないよ。・・・でも・・・」
「でも?」
「・・・怖かった。本当に怖かった。・・・うううう・・・・うううう・・・」
少女は素直な言葉を発した後、シクシクと泣き出してしまった。その中で声を掛けたのは、ジャガーズの森山監督だった。
「どんな怖いことがあったかは知らないけど、君はそこから自由になったんだ。喜んでいいんだよ」
とりあえず、フィールド上に倒れこんでいた少女をベンチに移動させた上で落ち着かせることにした。サンガンピュールが近くにいるとフラッシュバックを起こすかもしれないので、ジャガーズの選手の母親の中で面倒見の良いという評判の女性の隣に座らせた。
イラッチ仮面という得体の知れない戦士の正体は、実は少女だった・・・・・・。そのことはこの場にいたほぼ全員に衝撃を与えた。事件は、終わった。
(第6話に続く)
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