ファンとかファンじゃないとかってよりボクらの十代二十代の頃は清志郎なしには死んでも語れないのさ。ありきたりな言いまわしを使うなら NO KIYOSHIRO,NO LIFEってことかな。『トランジスタラジオ』や『夜の散歩をしないかね』を聴いてはカノジョに愛を語りまくり『雨上がりの夜空に』や『気持ちE』から夜通し遊び続けるエネルギーをもらったんだもの。
ま、迷惑な話っちゃあ迷惑な話だ。清志郎の歌や曲に出逢わなければ波風立たぬ穏便な人生を過ごせたのかも知れないのだから。そう。例えばうちの親戚がちょっとお偉方の椅子に座っていた役所にでも引っ張ってもらって、選挙になれば自民党候補へ no thinking で投票し、三十路も半ばあたりで職場結婚、一男一女をもうけるものの四十を回ってから水商売のオンナに入れあげた挙句にあえなく離縁。で、ありがちな展開よろしくそのオンナにも捨てられるし、少々自暴自棄になるもあと15年ばかり養育費を支払わねばならないので簡単に公務員をやめるわけにもいかないって始末。