リオデジャネイロ


兄の娘mona(5歳)、兄嫁の叔母さん


写真は コチラ (ログインID:aya56
ゲストパスワード:koh-rio ) で、見てください。

< 2004年 8月8日 日曜日>
時差ぼけ気味の私たちは、早朝に起きるのもへっちゃらで、朝6時には家を出た。(運転手は夫)
目指すはサンパウロ市内にある国内線の空港。
日曜日の早朝ということもあり、スムーズに空港に到着。
すぐ、チェックイン。
隣には、俳優で監督の人(名前知らないけど太っちょの人)が同じくチェックインしていた。廊下ではブラジルのレゲエミュージシャンで文化省大臣の人
ジルベルト ジルがいた。
AM9:00発のTAM航空で、リオデジャネイロへ出発!
霧雨が降るサンパウロ市を上空から眺めていたが、あっという間に厚い雲で見えなくなった。
1時間弱の飛行で、リオデジャネイロへ到着。
こちらも生憎の雨、そしてリオデジャネイロのくせに寒い!
暑い日用の服をリオ用に持ってきたのに・・・。
昨日までは暑かったらしい・・・。雨女はダレだ??
LAIRAツアーのセルジオさんが母の名前のプレートを持って待っていた。
陽気な彼の運転するバンで予約していた RIO OTHON PALACE HOTEL へ送ってもらった。

ホテルのチェックインも済ませ、部屋(私&koh&ayaママチームと、mona&叔母さんチームの部屋割り)へ入り 荷物を置いて一呼吸。
お部屋の印象・・・。
良く言えば歴史ある老舗宿、悪く言えばオンボロ宿・・・。
コパカバーナ海岸の中心にあり、部屋は22階で眺めも良い。
エアコンも完備し、バスタブもあるし、フィットネスジムや屋上には温水プールもあるので、まぁ、見た目はややボロいけど 贅沢言えないな。

鬱陶しい雨はまだ降り続いていたけれど、日曜日にしかやっていないというヒッピー市へタクシー(黄色に青のラインのタクシーが一番料金面でも安心だそうだ。)をひろい、出かけた。
広場全体に小さなテントのお店が並んでいた。
アクセサリー、先住民族の民芸品、インテリア、絵画、皮製品など色々なお店がでていた。
雨に濡れないようにと言う事ばかりに、気をとられて商品もろくに見ないまま、広場ぐるぐる回ってみた。
お腹が空いたので何かつまむものがないかと見てみたけど、ゆでトウモロコシくらいしかなく、諦めて近くにバーがないか歩いてみた。
雨は止んでいたので、途中サンドイッチなど購入してブラブラ歩いてホテルまで戻った。

約15分ほど歩き、ホテルに到着。
冷えた体を暖めるため、順番にシャワーを浴びる。
私たちの部屋でさっき買ったサンドイッチなどを食べた。
早朝に起きて、移動した疲れで、私、koh、ayaママの3人は夕方5時だというのに、早くもベッドへ・・・。

午後7時過ぎ、ayaママ&叔母さんは、ディナー付きサンバショー(150レアル食事なしなら120レアル<セルジオさんに頼んだので送迎込み>)のあるplataforma 1 というお店に出かけていった。
Monaは、別部屋で寝ているとのことだったので、私はちょくちょく覗きに行くことにした。
うとうとしている私の隣でkohはグ~スカピ~と爆睡状態。そろそろmonaの様子を見に行こうと思ったとき、部屋のチャイムがブーっとなった。
半泣きのmonaが「nobちゃん(叔母さん)おらへん~。」と目を擦り擦り立っていた。目が覚めたら一人ぼっちだったんだから、ビビったよね!
Monaを部屋に入れ、ayaママのベッドに寝かせて私も寝た。
Ayaママたちは、夜中12時頃に戻ってきた。
サンバだけでなく色々なダンスが見れたそうで満足気だったけど、バイキング式のディナーが大した事なく、食後のコーヒーも飲む間もなく移動だったりしたので、ちょっと不満だったそうだ。
送迎も、色々なホテルにまわったりして時間がかかったそうなので、ツアー会社に頼むより、自分でタクシーとか使って行った方が良さそうだ。


<8月9日 月曜日>
AM7:00に起きて準備をし、3階にあるレストランへ朝食を取りに出かけた。
バイキング形式で、色々なパン類、フレッシュジュースやホットドリンク、ミルクなど、ハムやチーズ、スクランブルエッグ、数種類の果物などがあった。
美味しそうなミカンを子供たちのおやつにと、コッソリ鞄に忍ばせた。
バイキングってダメだよね~。ついつい食べ過ぎ・・・。

AM8:30 ロビーに集合。LAIRAツアーのハファエル君22歳のイケ面くん(写真参照、でも本物の方がいけてたよ)がお迎えにやってきた。
他のホテルの人たちも乗せて、市内観光とポン・ジ・アスーカルとコルコバードの丘の観光ツアーにでかけた。
メンバーは、色々な国の人がいて、ブラジル人、ロシア人、スペイン人、日本人と、賑やかだった。
ハファエル君は、ポルトガル語、英語、スペイン語と忙しく使い、観光案内をしていた。頭の中、どうなってるんだろう?
バスの窓越しに、カテドラル・メトロポリターナや、市立劇場、国立美術館、国立歴史博物館、マラカナン・スタジアムなどを眺め、全部は聞き取れない説明をわかったことだけ、日本語に訳しayaママ達に伝えたりした。
世界的に有名なリオのカーニバルが行われるサンボドローモでバスを降り、カーニバルの衣装などが展示してある小さな展示館を見学した。実際に着た衣装を着て、写真をとることもできたよ。(私たちはしなかったけど)

午前中のメインは、ポン・ジ・アスーカル観光。
この山、というか岩だね、すんごい大きいの。396mもあるんだって。
リオデジャネイロには、こういう大きな岩が結構たくさんあったよ。
「ポン・ジ・アスーカル」は、直訳すると砂糖パン。この名前は、先住民族の言葉「ポウンドアスカ」尖った小島と言う意味の言葉に由来しているそうだ。(地球の歩き方参照)
2機のロープウェイで結ばれていて、山頂までぐぉんと上っちゃうのだ。(往復30レアル)このロープウェイ、結構スピードでてるんだ。
山頂、いい眺めだったよ~!私たちが泊まっているコパカバーナ海岸も見れるし、遠くのほうにはコルコバードの丘のキリスト像もみえるし、たくさんのヨットがとまっている港町もかわいかったよ。

さて、その後は午後のツアーのはじまり。
コパカバーナ、イパネマ海岸、レブロン海岸を通りすぎ、サン・コンハード海岸のほうまでバスは走り、お食事ポイントへ。
一人19レアルで食べ放題のレストランへ連れて行かれたが、私たちはポン・ジ・アスーカルの山頂で、つまみ食いをしたためお腹がいっぱいだった。
ハファエル君に、飲み物は欲しいけど食べ物はいいと言うと、「ここは高いから。」と言って、近くのバーを教えてくれた。

1時間の休憩の後、またバスに乗り、コルコバードの丘へ。
コルコバードの丘の下は、国立公園になっており、自然がいっぱいだった。その中を赤い登山電車(往復30レアル)に乗って、木々の間をゴトゴトとまだか?まだか?と登ること約20分、山頂の駅に到着した。
その後は、最近取り付けられたエレベーター&エスカレーターでキリスト像の足元まで登る。途中、エスカレーターでkohが足を踏み外し転がり落ちた!もちろん、号泣。下で見ていた私は、心臓が止まりそうだった。
キリスト像、でっかかったよ!台座を含めると38mもあるそうな!重さは1145tだって!立派だったよ。
今から73年も前に作られたんだから、作った人は大変だっただろうなぁ~。とか思いながら見た。でも、苦労して作った甲斐があったねぇ~。世界中から見に来てもらえるんだからさ!
キリスト像もすごかったけど、そこからの眺めはまた素晴らしかったよ。
海抜710mだそうだ。リオデジャネイロが見渡せて、とっても気分が良かった。
海岸沿いのホテルたちや、白い砂浜、遠くに見えるポン・ジ・アスーカル、きれいなブルーの海。これでもし、お天気が良かったら、もう最高だろうな~。できれば夕方や、夜景をここからみてみたいな。

大満足でホテルに戻った。
観光って疲れるね。食事の後は、もうお風呂につかって、バタンQ~。
爆睡3人トリオだよ。


< 8月10日 火曜日>
チェックポイントであったポン・ジ・アスーカルも、コルコバードの丘も昨日堪能したので、今日は海で遊ぼうということになった。
が、しかし・・・。寒いのだ!
お天気は回復してきていたのだけど、やっぱり風はまだ冷たい・・・。
結局、足をひたしたり砂遊びしたり、海岸を散歩しただけだった。
でも、せっかく水着を持ってきたので屋上の温水プールで遊んだ。
ギリギリまで遊んで、シャワーを浴び、PM1:00にチェックアウト。荷物を預けて、カテドラル・メトロポリターナまでタクシーで行こうとホテルを出ると、男の人が寄ってきた。120レアルで市内観光してくれると言う。
行きたかったカテドラル・メトロポリターナも含まれていて、その他2個所も回ってくれるということだったので、面倒くさかったので頼んだ。
マックを買い込んで、車内で食べた。

右手にポン・ジ・アソーカル、ボタフォゴ海岸、フラメンゴ海岸を眺めながら、町の中心地へ向かう。
目的地のカテドラル・メトロポリターナへ到着。茶碗を逆さにしたような形の建物で、今丁度、修復工事中だった。
外見は灰色の地味な印象だったけど、中に入ると四方に巨大なステンドグラスがあり、とってもきれいだった。(入場無料)
地下に、宗教美術館があったのだけど、有料だったので見学しなかった。(ケチである。)
また、タクシーに乗り込み、サン・ベント修道院へ。ちょこっと丘を登ったところにあるその修道院の、少し東洋の雰囲気がある金箔の祭壇を眺め、再びタクシーに乗り込んだ。
次はカンデラリア教会。リオデジャネイロの最初の教会として1630年に建設がはじまったこの教会は、なんと完成が1811年だったとか!
内部は、天井にまで凝っていて、きれいに装飾してあった。天井絵の写真を撮ったんだけど、ピンボケしたのでご勘弁を・・・。

待ち合わせのPM5:00より早く、セルジオさんはホテルで待っていた。
荷物をつんでもらって、空港まで送ってもらった。
道中は、「ナショナルキッド」の話やら、スラム街の話やら、病院の医療体制が悪い話やら、色々した。
年の話になって、私のことを22.3才だろうと思っていたセルジオさんは、実は30歳だと聞き、かなり驚いていた。ここでもジャパニーズマジックの威力を発揮していた。
日本語ができるガイドさんが不足しているから、リオに来て一緒に仕事しようよ!と誘われ、「旦那の仕事がうまくいかなかったら、二人でお世話になるよ。」と言うと、「本気だからね。」と電話番号をくれた。
「そんな道もあるなぁ。」などと夢を見たりした。

PM7:55発TAM航空でリオデジャネイロを後にした。眼下に広がる夜景は、それはもうキレイで、(月並みですが、まさに「宝石をちりばめたような」美しさだった)かなり感動した。サンパウロの国際空港で乗り換え、イグアスの空港へは夜中の12時頃に到着した。
眠ってしまったkohとmonaは、移動中グズるし、抱っこは重いしで結構参った。
イグアスの滝旅行記に続く・・・。

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