⑦日本の正月


私は、幸い31日、1日と休みだったので、彼女達を家に招待した。
年越し蕎麦…を作って食べた。
テレビは、紅白歌合戦。ちょっと昔風かもしれないが、日本の年越しはこんな風という感じを伝えた。
秋は、とても芸能人に詳しく、レコード大賞や紅白歌合戦を見て、キャーキャー言っていた。
私たち夫婦にとっても、紅白を見るのは、久しぶりだった。
なぜか・・・?
共に交代勤務をしていると、正月・大晦日…あまり関係ない。しかも、正月・大晦日…だから、どうなるという仕事でもなく、いつもと同じように仕事をしている状況だからだ。

蕎麦は、2人にとって初めてだった。そして、私にとっても初めてだった。
結婚して、作ったことがなかった。結婚前は、母親が作るし、結婚した後も、だんなクンの実家に呼ばれたりして、年越し蕎麦を作る必要がなかった。
そんなはじめて作成した、年越し蕎麦だが、家族4人、だんなクン・秋・メグ・私…で、食べた。みんな美味しいと言ってくれたので、ホッとした。

紅白が終わったら、近くの神社に初詣…といっていたが、だんなクンが寝てしまい…女三人おしゃべりで、夜はふけていきました。

2002年元旦。
今回、日本の正月を教えるために、購入したお屠蘇セットを準備。お雑煮・御節も頑張って作った。みんなゆっくり休んで、起きたのでそれらを食べるのは、お昼近かった。
わかる範囲の御節の意味も伝えた。お屠蘇は、苦手なようだ…ちなみに、中国の女性はあまりお酒を口にしないとの事だった。

御節も食べて、のんびりテレビを見て、昼過ぎ。
2人にとって待望の、着物だ。私の着物を、着付けることにした。
足袋の変わりに、白い靴下を持参するように伝えていた。
秋には、二部式の着物を。メグには、普通の着物を着付けた。草履は…これも、私のでは、ムリなので、また、足も痛くなるだろうからツッカケを履くことにした。
着物の上に、道行きを着て、ショールをつけて…
2人とも、大喜び!私は、どうにか着付ける事が出来て、ホッとした。

着物を着た二人とともに、4人で、近くの神社へお参りに行った。小さな神社なので、賑わいはなく…だけれど、お賽銭を投げたりお願い事をしたり、楽しかった。

その後は、私の実家に挨拶…というか遊びに行った。
2人にも、こういうのがお年始まわりと説明して…
私たちの到着に、母はびっくりしていた。なぜかというと、秋の着ている2部式の着物は、私の物だが、メグのきている着物は、母から私に…と母が若い頃着ていたものを持たせてくれたものだったからだ。

「よく、着せきったね」

母は言った。それもそのはず、別に免許ももっていないし、浴衣ぐらいしか自分で着たこともない。とにかく、良かった。

2人は私の両親にとそれぞれ、年賀状を書いてもってきていた。それは、とても、両親は喜んでいた。そして、日本語が上手にかけているので、驚いていた。

またまた、御節を頂いた。楽しく私たち4人と私の両親とで、話をした。

そんな時母が2人に、

「はいこれ…少しだけれど…お年玉」

二人はとても、喜んだ。そして、私とだんなクンもうれしかった。
なぜかというと、お年玉について、大分議論したからだ。
ただ、お金を渡すのはどうだろうか?日本の風習として、どうなのか?二人は学生だけれど、20歳は超えているし…?里親としてのするべきことは、出来るだけやっているから、そこまですると色々負担になるのではないか?・・・などなど。

で、私たち夫婦の結論は、現金を渡すのでなく、お年玉として、物を渡そう…とした。そんな風になっていたところで、思いがけなく母が、お年玉をしてくれたので、うれしかった。

後日…少しだけれど(1000円)、日本の子どもはお正月にお年玉をもらうから…と話していた。

そんな風に、2人にとって初めての日本の正月、そして私たちにとってもある意味、初めての正月ができた。


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