出産記録


生まれたてゆきな


陣痛間隔

おしるしがあったその夜、多分今夜が『出産』の日だとわかったので、早めにお風呂に入れてもらった。腹が減っては戦はできぬとばかりに大量におでんをたべ、旦那さんと一緒に陣痛の間隔をはかっていた。にぶい生理痛のような痛みが均一の間隔で来るようになり、そのたびに「陣痛だ」「陣痛だ」と大騒ぎ。待ちに待った陣痛だけに、終わってしまわないように祈りながら夜中まで計り続けた。そのうち、何となく痛みの感覚が10分を切り、これはまずいとばかりに産院へ電話。AM2:00、早速入院と言うことになった。
内診室へ行き、先生に見てもらったら子宮口は5cm開いていた。いよいよお産なんだ!と緊張が走る。そのあと、陣痛の様子を見るため入院する個室へ案内された。
四畳半のたたみの部屋に布団が敷いてあった。遠くから赤ちゃんの泣き声も聞こえてくる。とても家庭的な部屋だなあ、なんだか貧乏長屋(すごく失礼)みたいだと思った。その時はまだ余裕があったので、そんな話をして陣痛を測っていた。浣腸した後、すごくだるくなって、陣痛の合間に眠くなってしまってうとうとしてしまった。

消えた陣痛

朝、7時ころ看護婦さんに起こされ、「陣痛のほうはどうですか?」と聞かれた。陣痛がどっかへ行ってしまったので返事に困る。あんなに痛かったのに、今はじわーっとしか痛くない。
しばらく様子を見るように言われ、陣痛待ちをしていた。
8時ちょっとすぎ、先生が内診するというので内診室に入った。子宮口は5~6cmのまま、破水もなし。「陣痛はどう?」と聞かれ、「いまいちです」と答えた。
先生が後ろにいた看護婦さんに「点滴の用意」と言い、内診中に指で何かした。
そのとたん、なま暖かい液体がドドドっと流れだし、すごくびっくり。そんなに痛みはない。どうも破水させたみたいだ。
二階の陣痛室に行くように指示され、お産パット(特大)を当てたままがに股で二階に。陣痛室に入ったら病室には産むまで帰ってこれないと言うのでとりあえず病室に戻り、旦那さんと母に報告。陣痛室に行くとき、旦那さんが付き添ってくれることになった。
ベッドに寝かされ、点滴の用意。二つ分の点滴なので針も極太。うまく入らないらしくぐりぐりと刺される。後で聞いたら、すごく血が噴き出したらしい。
NSTの装置をお腹につけ、陣痛の波と赤ちゃんの心音を測定。それでもうまく陣痛の波とやらは来てくれない。すこし薬を増やすといわれ、どんどん多くなっていった。
そのうち、今までにない痛みが来るようになった。いままではにぶい生理痛の痛み、今度のはちょっと上からなまり玉を落とされるような痛み。ちゃんと均一感覚で来るようになった。それにしても痛い。いままで陣痛だと騒いでいたのは甘かった。陣痛をなめてはいけない。
それでも看護婦さんから「いい波がこないね~」なんてサーファーのようなことを言われて、あの『陣痛いす』を使うように指示された。それに乗ってゆらゆらしながら陣痛を待つみたい。
陣痛の真っ最中でも11時になれば御飯が出るらしい。看護婦さんが陣痛室に持ってきてくれた。でも食べられるわけもなくて目の前に座って旦那さんが食べてくれた。もやしのナムルのにおいが充満し、なんだか気が散る。でも、部屋に行かずに陣痛室で食べてくれと頼んだのは私だし旦那さんも苦しんでる私の前で御飯食べるのはイヤだっただろうな~と思う。
そのうち、2分間隔の陣痛の合間にフッと意識を失いかけるようになった。旦那さんから「寝ちゃだめだ」と励まされたけど、なんだかすごく遠くから聞こえるような気がした。見かねた看護婦さんが「ちょっと休ませてあげよう、15分くらい寝ればいい波が来るかも」と言ってくれ、いすからベッドへ移してくれた。いすに座ってるのがすごくつらかったので、横になれるのがすごくうれしかった。ごろんと横向きに寝かされ、そのとたんに痛みが変わった。
さっきまでの「鉛を落とすような痛み」から「ドリルで穴をあけるような痛み」に変わってびっくりした。それまで、出産の時に「痛い」と大騒ぎするのは絶対にやめようと心に決めていたのだけど、耐えきれず「痛いです」と訴えてしまった。それほどの痛み。陣痛をなめてはいけない。
急に私の様子が変わったので看護婦さんが来て、子宮口を見てくれた。そして、「子宮口全開してる!」と言った。あまりに急だったらしく、びっくりされる。看護婦さんが先生を呼びにいった。

急遽立ち会い出産へ

髪の毛が見えている状態だったみたいで、急いで分娩室へ移されることに。陣痛室の隣の扉を開けると、そこは分娩室だった。旦那さんに支えられ、歩いて分娩台に乗ることに。その間にも間隔のない陣痛がやってきて半泣きで呼吸法をする。でも、もうすぐ赤ちゃんに会えるんだ。
その時、看護婦さんが「旦那さんはどうします?立ち会われます?」と聞いてきた。事前に「立ち会わない」と決めていたのだけど、私が「ついてきて~」と言ってしまい、腹を決めたようで「立ち会い出産」になってしまった。
先生が来て、早速さまざまな処置が行われる。痛みがピークになってきたとき、「頭が見えたよ」と言われた。頭がそこまで出てると思ったら、へんに力が入ってしまった。
力を抜くように言われ、麻酔をされてちょっとはさみで切られた。じょきっと音がしたのでびくっとした。麻酔が痛かったけど、切られた時はそんなに痛くなかった。それよりも陣痛のほうが痛い!!!
短息呼吸に切り替わってしばらくしたら、頭が出た。
「力一杯上に向かって産みあげるようにいきんで!!」と難しいことを言われ、頑張っていきんだ。つい目をつぶってしまうけど目を開けるように言われた。すごく固い何かを押し出すように何回かいきんだとき、ふっと軽くなった。はっとして見たら、先生の手には紫色の赤ちゃんがいた。
「ほんぎゃー」と泣いていた。すごく力強くてハスキーな声。ついに産まれた!!
旦那さんが感動して泣いていた。私も目頭が熱くなってきて涙が出た。その時、ちょっとお腹が痛くなってきて、また何かあついものが流れ出してきたのを感じた。どうも胎盤がでたらしい。
旦那さん曰く、でかいレバーのような物だったらしい。これでお腹の赤ちゃんと私をつないでいたんだと思ったら、なんかちょっとだけ寂しくなった。
赤ちゃんが横でいろんな検査を受けている最中、私の切った場所を縫った。
「痛い!」つい叫んでしまった。もう麻酔が切れかけてるので、めちゃくちゃいたい。旦那さんが気をそらしてくれようとして「ほら、赤ちゃん見て。元気だね~」と言ってくれた。痛みを必死で我慢しながらさまざまな検査を受けてる娘を見ていた。
赤ちゃんが拭かれ、私のところに来た。真っ赤で、くしゃくしゃの顔。おなかのなかで蹴破らんばかりに暴れていたのは君だったんだね~。助産婦さんが「この子は蹴る力がものすごく強いね」と言ったので思わず笑ってしまった。
「なんだか、生まれたてには思えないほどしっかりした赤ちゃんだね、すぐにでもおっぱいのみそうだね」といい、ちょっとだけ飲ませてみることに。
おっぱいをしぼったら、出てきた。泣き叫ぶ赤ちゃんに含ませてみたら、すごく強い力で吸い上げてきた。なんだかすごくうれしくて、号泣してしまった。
30分ほどの処置の後、赤ちゃんと一緒に歩いて病室に戻った。この病院は出産後すぐに母子同室になる。部屋では旦那さんと母が待っていた。
赤ちゃんを囲み、しばらくは放心状態。すごく疲れていたので本当ならすぐ眠って回復しなきゃいけなかったのだけど、興奮してしまって
寝付けなかった。


育児スタート

この病院は母乳育児を推奨していて、一日に16回位授乳しなければならないので、その日からほぼ眠らない日々が続いている。泣かないと「息をしてるのかな」と不安になったり、おっぱいを片っぽしか飲まなかったりすると「元気がないんじゃ」と心配したり、げっぷが出ないと「死んじゃうかも」と泣きそうになったり、毎日が心配の日々。服の着せ方がわからないといってナースコールをしてしまい、あきれられた。
ようやく産まれた、我が娘。産まれた瞬間から顔は旦那さんに似てるなあと思っていた。旦那さんは「そうかな?」と言っていたけど、口と鼻はそっくり。目はどちらかというと私のような気がする。
旦那さんは「元宮沢首相に似てる」といい、私は「千と千尋に出てきた不思議のトンネルの前にあった車止めのお地蔵」にそっくりだと思った。まだおさるさんだからね。
娘が産まれたその夜、珍しく大雪が降った。次の日も雪が舞っていたらしい。
この子がまだ私の中でちいさな卵だった頃から、旦那さんが「ゆき」のつく名前を付けたがっていた。二人で相談して、娘の名前は「結希菜」に決めた。名前は旦那さんが、漢字は私が考えた。ちょっと当て字っぽいけど、結ぶ希望…なんていい名前?と自画自賛してる。
今は退院して実家で結希菜と生活している。ユキちゃんと呼ばれ、おじいとおばあも目尻が下がりっぱなし。
出産まで大げさなほど騒いでしまったけど、終わってしまうと妊娠中はとても幸せだったと思う。今は寝不足で大変だけど、全くイヤじゃない。痛かったしけっこうつらかったけど、本当に良いお産ができたと思う。成り行き上の立ち会い出産だったけど、旦那さんにも娘の誕生を見てもらえて本当に良かったと思う。一緒に産んだ、という感じがした。事実、苦しむ私をずっと励まし続けてくれたので
育児はわからないことだらけだけど、結希菜と一緒にゆっくりとお母さんになっていきたいと思う。




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