私はこうやってナースになった5



3時間の通学はやはり きつかった・・
いくらなんでも このままでは 通学だけで一日が終わってしまう・・
私はおそるおそる 父へ電話した・・
「お父さん 車が必要なのですが・・」
実はこの電話の数ヶ月前に父の友達の息子さんが 私と同じように
留学をしていて 車を買ってもらったその日に
人をひいて殺害してしまったので 父が私には車を運転するなと
いうだろう・・とおもいながら電話した・・
そしたら 父は 「そろそろ 車が必要な時期だろうと思っていたんだ いままで車なしでよく頑張ったな・・」と一言・・
信じられなかったが その電話の数ヶ月後 私の最初の車である
マツダの323(日本でいうファミリア)を 父から買ってもらった。


父親のようになる為には・・

Community Collegeに入ったあと
自分の専科を決めなければならなかった
いったい何を勉強しよう・・・ 私はビジネスマンの
息子だから やはり ビジネス関係に役立つものに・・・
などと 自分のなりたいものなどを考えずに
経済科を選び クラスを取り始めた・・
自分が好きな科目でないので 成績もイマイチだったが
どうにかこうにか PASSした。 
恐ろしいことに 私はこの経済のクラスを2年半ちかくかけて
取り Community Collegeから卒業をする寸前まできた・・が しかし


David、日本語の通訳が必要・・

卒業を寸前にしていた時 結構仲良くなった ルームメイトが
仕事場から真夜中何度か電話がかかってきた・・
「David, I need you to talk with this lady, she is Japanese.」
ルームメイトは緊急病院で働いていたので たまに日本人観光客の
患者を相手にしないといけないことがあった。
普通は電話で通訳していただけだったが
この日の日本人の女性の患者さんは レイプされ
普通の精神状態ではなかった・・  私はルームメイトに
「いまからその病院にいくので その患者さんにその場にいるように」
と言って ERへ走った。

に、 日本人の方なんですね・・・

真夜中だったからだろう 車がぜんぜんなくて 15分ほどでERについた。 私は深呼吸をしたあと その日本人の患者さんの診察室へ入った。 「○○さんですね」と私が日本語で話しかけたら その日本人女性は 「に 日本人の方なんですね・・」と言ったあとすぐに 声をだして涙を流しだしました。 私は別になにをしたわけではなかったが 彼女が泣いた後 1時間ほどずっと 彼女の話を聞いてあげたり ナースとの通訳をしてあげた。 それだけで 彼女はほっとしたらしく 随分元気になった。  彼女が笑顔を見せた時、 私は 「人間とCommunicationする しごと、 健康にたずさわる仕事 そう ナースという仕事にものすごく興味を持ち始めたんです。」 

が しかし・・・・


が しかし 私は自分がもうすぐビジネス科を卒業できるという考えも横切った・・ それから 数ヶ月 大学の授業があまり身に入らなかった。 いつも頭の中では 「私は本当にビジネスが好きでもないのに 仕事が楽しめるだろうか? したくもないことをして 自分の人生を駄目にしてしまうのでは?」と思った。 結局 そういう風に考えをしている時に 4年大学からの斡旋が うちのCommunity Collegeで行われた。 いまだに忘れない・・最初に話した 4年代はUSC (University of Southern California) テレビ番組でもよく使われるこの大学だが そのUSCの人が私にこう言った 「うちの大学は素晴らしい大学ですが 学費もすごく高いです・・」 
「そ、 そうだ 私は親のすねをかじりながら 大学に行っているのに 卒業を目の前にして 大学を変えようなんて・・・なんということをしているんだ!!!」 と自分に怒った。

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