前述のように弟は生後すぐの赤ちゃんのような状態になって帰ってきた。
そして、前回(本当に生まれてから手術前まで)のようなスピードで弟が発達していくことはなかった。
なかなか首が座らず、言葉も出なかった(当時、我が家はおしゃべり盛りの私と妹と母でかなりカシマシイ状態)。
脳細胞の一部が死んでしまったことで、弟は、色々なことがのんびり進むようになってしまったようだった。
それでも弟はゆっくりゆっくり成長した。
整肢園→養護学校小学部→養護学校中学部→養護学校高等部と進学し、平行して訓練や理学療法等にも通って、少しずつだが<進化>している。
知能は1歳程度、運動機能はせいぜい1歳未満。座ったり、座ったままいざり移動することはできる。歩行器のような補助器具を使えば立ち上がれるが、自力で立つこと・歩くことはできない。ここ3年くらいの間に車椅子を自分で動かすことができるようになった。
箸を使って一人でご飯を食べることはできず、近年ようやく、スプーンを持たせて手助けをすれば一応ご飯を食べられるようになった。お風呂に入るときは、体と髪を洗ってあげないと、のぼせるまで湯船で水遊びをしている。トイレにタイミング良く座らせれば、便器に座って排泄することもできるが、肝心のタイミングを言葉やサインで知らせることができないので、おむつをはかせ続けている。
要するに、体の大きい(最近じゃ身長が私と10センチも違わない)1歳児になってしまったのだ_| ̄|○
弟は1歳児レベルの生活を来年16歳になる現在も続けている。途中で風邪から肺炎になって入院したり、脳に髄液と血塊がたまって開頭手術を受けたりしながら。
その間、父と母が離婚したり、引越をしたりと環境に変化はあったが、弟は変わらず私の最愛の存在だった。車椅子を押して散歩したり、紙おむつを替えたり、食べ物を口に運んであげたり等々。大学進学のために上京して離れてしまうまで、私は弟と毎日遊んでいた。
「弟の面倒をよく見て、いいお姉ちゃんね」
誰もがそう言ったけれど、私は弟の世話をするのが全く苦にならなかった。最愛の弟が、「もうだめ」とまで言われたのに、私たちのところに還って来てくれただけで充分だと思っているから。
弟の人生は、変な言い方になるが、もう「余生」なのだと私は思っている。弟は手術とそれに続く約1週間の期間に、一生分の苦労をしてしまったのだ(もちろんその後にも手術や入院はあったが)。皆に世話をしてもらい、楽しく暮らす権利があるのだと思っている。
弟はニコニコ笑って人懐こく(時々ヨダレ垂らしてたり所かまわず唾吐いたりするけど(# ゚Д゚) )、色々な人に可愛がられて今も毎日を過ごしている。


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