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“おいない” @ Re[1]:"おいない"の京都最新情報(07/02) ご無沙汰しております 拙ブログにご訪問…
coron2003 @ Re:"おいない"の京都最新情報(07/02) 日本に京都があって本当に良かったです。 …
2019.05.12
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2019年 5月 10日(金)

[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
安井金毘羅宮:「春季大祭」

★「縁切り」で知られる東山区・安井金毘羅宮で春季大祭。
境内祭場に願い事が書かれたお札が無数に貼られた「縁切り縁結び碑」の前に、護摩壇を設けて、切実な願いの込められた「けがや病気と縁が切れますように」「夫の浮気相手ときれますように」などと書かれた護摩木を焚き上げます。

お火焚きと言えば十一月ですが、この時期にも行なわれる春の火焚き祭。
交通安全・家内安全・無病息災などを祈願します。
神職が点火すると、強い風にあおられ活き勢いよく煙が上がった。三千本以上の護摩木が投げ入れられた。当日はお茶席やおでんの模擬店、盆石の展示もあります。
 2019年 5月 11日 (土)   

[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
菅大臣天満宮

★下京区仏光寺通新町西入るの菅大臣神社・(通称 管大臣天満宮)で五月十一日・十二日、平安初期の学問の神様・菅原道真を祭る例祭が営まれる。
山吹姿の行者がほら貝を吹き鳴らしながらゆっくりと地域を練り歩き、道真公を偲んだ。

この神社は、道真公の誕生の地で、もと道真の邸や菅原廊下といわれた学問所跡に建てられたとされ、天満宮誕浴の井が保存されている。
毎年五月上旬に二日間、例祭を行っている。
七日は山伏のお練りの後、境内で護摩木が焚かれ、八日には拝殿にて茂山千五郎社中による狂言が奉納される。
 2019年 5 月 12 日(日)

[葵 祭 シ リ ー ズ]   
葵祭・下鴨神社・葵祭の先儀:御蔭祭「東遊の舞」

★葵祭の前儀となる「御蔭祭」は五月十二日、葵祭に先立ち、御蔭神社から御神霊を下鴨神社に移す重要な祭礼が行われる。新緑の森を進む神馬、その背中で揺れ動く錦蓋(きんがい)・・・。
葵祭りに先駆けて神霊を下鴨神社に迎える重要な神事だけに、神々しい風景です。

早朝、祭官、供奉者約百五十人が下鴨神社を出て、比叡山の八瀬御蔭神社に向かいます。
左京区八瀬の御蔭神社は下鴨神社の摂社で、江戸後期の天保六(一八三五)年に現在の御蔭山中腹に移された。
境内に東西二つの本殿が並び建ち、玉依姫命(たまよりひめのみこと)と賀茂建角身命(かものたてつぬみのみこと)を祀る。
八瀬御蔭神社では、入り口を従者が固めつつ、社殿内で神移しが行われます。その様子は見学も拝むこともできない、神聖な儀。
御蔭神社での神事の後、狩衣や烏帽子姿の約百五十名の行列が、荒御魂(あらみたま)を、白馬に迎えられてから氏子町内をめぐり、糺の森の新緑のトンネルを練り歩く。この巡行は国内で最古の神幸列と伝えられる。下鴨神社の境内に到着後、雅楽の演奏に合わせて行列し、「切芝」と呼ばれる場所で、白馬を前に舞人六人が雅やかな舞「東遊の舞」を奉納して優雅な神事を行う。
  [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]
新日吉神宮:「神幸祭」001

★東山七条・新日吉(いまひえ)神宮で五月十二日、新日吉祭が行われる。
祭官が祝詞を述べ、門跡が読経する神仏混淆(こんこう)の珍しい行事です。

八五〇年もの歴史があり、妙法院の門跡による法楽の儀が行われます。
宮中にあった「小五月会」と呼ばれる行事を平安時代に後白川上皇が同神宮で復活させたことに由来するといわれている。
鳳輦(ほうれん)を中心に稚児武者などからなる約百五十人の隊列が氏子域を巡行します。鳳輦は、神輿に似ていますが、勇ましく担ぐと言うよりは、しずしずと引かれるのが特徴です。途中四カ所で神事を行い、地域住民の家内安全や健康を祈願した。
★還幸祭(おかえり)は五月十二日に松尾大社に還幸する。 
昔は三月中卯日に出御、四月上酉日に祭礼となっていましたが、明治以後四月下卯日に出御、五月上酉日に還御となり、さらに昭和三十六年からは、四月二十日以後の第一日曜日に出御、それから二十一目の日曜日に還御となっています。

出御祭には松尾七社(大宮社、月読社、櫟谷社、宗像社、三宮社、衣手社、四之社)の神輿(月読社は唐櫃)が、ご本殿のご分霊を受けて、拝殿を三回まわった(拝殿廻し)後、順次社頭を出発し、松尾・桂の里を通って桂離宮の東北方から桂川を船で渡り、左岸堤防下で七社勢揃いし、古例の団子神饌を献じた後、四基の神輿と唐櫃とは西七条御旅所に、二基の神輿は川勝寺と郡の末社に至り、そこに駐輦されます。


還幸祭には、三ヶ所の御旅所に駐輦されていた神輿と月読社の唐櫃とが、西寺跡の「旭の杜」に集合し、ここで古例による西ノ庄の粽の御供、赤飯座(あかいざ)の特殊神饌をお供えして祭典をした後、列を整えて 途中朱雀御旅所に立ち寄り、ここでも祭典、次いで七条通りを西に進み、西京極、川勝寺、郡、梅津の旧街道を経て、松尾橋を渡り、本社に還御されます。この還幸祭は神輿渡御祭の中心で、今でも氏子中で「おまつり」と言えば、この祭を意味します。本社でも本殿、楼門、社殿、各御旅所の本殿、神輿から供奉神職の冠・烏帽子に至るまで、葵と桂で飾るので、古くから「葵祭」とも言われてきました。賀茂両社の「葵祭」は観光名物としてあまりにも有名ですが、秦氏との関係の深い当社や伏見稲荷大社にも実は同様の伝統が存在しています。この神幸祭・還幸祭には、いずれも吉祥院地区から二組の稚児が「榊御面(さかきごめん)」の役を奉仕する例で、翁・嫗の面をつけた榊の大枝を奉持して先導役を務めます。また還幸祭には下津林地区から選ばれた稚児が「松尾使」として奉仕します
  2018年 5月 13日(日)

[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]

★下京区・市比売神社で五月十三日、いちひめ祭(斎矢神事)が商売繁盛や厄よけを願って十二本の矢を放つ神事「試し弓」が営まれた。
試し弓は、氏子・崇敬者の招福を願い、平安時代に、藤原経清・源為家が神社境内で行った弓矢の勝負「競弓(くらべゆみ)」の故実に倣い「斎矢・試弓神事」が奉納されます。

毎年この日に行う春季大祭と併せて実施している。
直垂烏帽子姿で、商売繁盛や招福を願う人々の名を裏面 に記した約五㍍離れた的を目がけて六本ずつ矢を放ち、大きな音と共に矢が次々と的に突き刺さる。 矢の当たった人には一年間その矢が預けられ、願いが叶うという「斎矢神事」が行われます。いちひめ神社三種の御神物の一つ「霊爾の幸の御札」が授与されます。   この後、「いちひめ雅楽会」が雅楽演奏と舞を披露した。
✸画像が表示されない場合は下記のURLをUPしてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html






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Last updated  2019.05.12 17:29:38
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