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第3章 風の調べ
だるい身体を引きずりながら起き上がるとそこには長いブロンドの髪に白衣を纏う童顔の性別不明の人間がいる。
「気分はいかがですか?」
声色は少し高いが、声と容姿だけではやはり判断に困るところがある。
「お前は?」
「ハロルドです。起きられますか」
ハルは背中に手を回そうとしたがそれは断ると自分の手で起き上がる。簡素な部屋にあるのはベッドと小さな棚と椅子だけ、他にもこざっぱりとした者が有っても良いと思うが、それは無理だろう。室内に漂うのはアルコールの匂いだけ、たぶん病院だと思うが、故郷とは違う風習だからだろう。そこに居るだけで居心地が悪かった。
「ええっと、お名前は?」
「アルカリア=サルバート。種族はエルフ」
「分かりました。何か欲しいものはありますか?」
「天使を殺す為の力」
「……………」
返事は返ってこない、アルカリアは別に構いやしないと気にはしなかったが、ハルの目線だけは気に障る。
「何か言いたいことでも有るのか」
「無いと言えば嘘になりますね。エルフに天使を殺すだけの力があるとは聞いた事がありません。死ぬ覚悟があろうとも医者としては此処から出すわけには行きません。ただ、………一人のウィザードとしては力をお貸ししますよ。一人よりも二人いれば何か変わる物だってあるかも知れません。どうです、僕とパートナー組みますか?」
「人間は当てにならないお前の手など借りたくも無い」
アルカリアは溜息混じりに言うと、ベッドから降りようするがハルにとめられてしまう。
「まだ、少しは辛抱してください。明日には退院の出来るかもしれませんが今は駄目です」
ハルはアルカリアを宥めながらにっこりと笑う、アルカリアはベッドに戻されると自分をまっすぐ見つめるハルの目を見る。
「そういえば、あんたも金髪だな」
「そうですね、でも私は貴方を殺すことなど絶対にしない。だから、貴方の言う天使は私ではありませんよ」
「信じろと」
「それはお任せします。でも、身の潔白は証明しないとね。もう、お休みなさい、体を癒すには休むのが一番です」
ベッドの脇に腰をかけ顔を寄せるとそっと頭をなでる。
「いい子ですね」
体が重くなりアルカリアはそのまま眠り始める。風が穏やかに流れハルはしばらくアルカリアのそばに居たがアルカリアが再び目覚めたときそこには居なかった。
町には小さいながらも広場があって、その広場には決して多くは無いが若者たちが団欒している。その姿を横目で見ながらも目的の人物を探す。
「…………………………」
自分の持つ情報力が正しければ見つかるはずの相手、その容姿など一度たりとも忘れたことなど無い。肩にかかったこげ茶色の髪、いつも男装しているけれど、内面は女そのもので自分の前ではいつだって暖かくてやさしい存在。
「…………我ながら未練がましいな」
ひとり小さくつぶやく、もう7年も前に別れた相手を今も探しているとは。当時のことを考えればこの結果は正しいだろう、しかし…………。
「久しぶりだな」
今も昔と変わらないのはお互い様で、今もそこにある感情は変わらない。
「カレン、元気そうで何よりだよ」
「お前は本当にあの頃から変わらないのだな」
「それはお互い様だろう?ともにまっとうな生き様をしているわけじゃない」
「それもそうだな」
レチェは小さく笑う、久しぶりに再開したカレンもつられて小さく笑う。もう何年も会ってはいなかった、二人が離婚したあとはまったく連絡すら取り合っては居なかった。それでも今でも大切だと思えるから、ただお互いの幸せを思う。
「お互い干渉しないのではなかったのか?」
「その件は少しお休み、ハルとユリアの事で相談がある。お前がそれを拒否するかしないは俺が決めることじゃないけどな」
レチェは見えるところに誰か見ているものは居ないかとあたりを見渡す、カレンの表情が一瞬にして変わるのが分かると心の中で安堵して移動できる場所は無いかと探しているのだ。何十年も暮らしている町だから知らない人は居ないが、同時に自分を知らない人は居ないわけでどこで聞いているかもわからない。わずかに迷ったが答えなど簡単に出る。
「まずはここから離れよう、話は後で」
「あぁ、そうだな」
二人が待ちの広場から姿を消しても誰も気に留めることは無い、ただはなれた後はわずかにそこの風が凪いだ。
「……………嵐の前の静けさか、とりあえずあの人には黙っておりましょうか」
黒い服をいつでもまとい、影に近い存在かも知れない。ヴィスタは広場から消えた二人のあとをただ見送るだけで終わる。野次馬根性で深追いでもすれば倍で仕返しが来るだろうから、今回はこれでいい。
「ヴィスタ何かあったのか」
少し間を空けて声をかけられる、昔と変わらない声、出会ったのはずっと前のことだけど覚えている。あの日のことだけは忘れない。
「遅かったですね、またナンパでもしていらしたのですか?」
「いやだなぁ、そんなことをするように見えるかい?」
「見えますね」
ヴィスタはきっぱりと言い切った後、一度だけ広場を振り返る、何事もなく時間が流れている。無関係を装い続ける傍観者たち、個々の役目を全うしているだけだからこれが正しい道。
「ヴィスタ、お前は俺のなに?」
「執事です、貴方を立派な王にするためにこうして意味がないようにしか思えない旅も同行しているのです」
それが自分の役目だから、それだけが正しい答えかのように語るヴィスタ。ドゥカは返ってきた答えを無言でうなずく、そうだ自分の役目は旅をするただのウィザードではないのだ。
「じゃぁ、ちょっと迷惑かけることになるかもしれないがいいか?」
「貴方様がそれを最良の方法だと考えたのならば」
ただ自分は貴方様に使えるだけです。と付け足しながら小声で返答する。たまに思うのはヴィスタ個人の意思というものはそこに存在しないのかという疑問だった。ドゥカは何も知らないのだ、相手の種族も生き様も基本的概念も、何も知らないのだ。
「何かありましたか?」
「いや、後で詳しいこと話す、俺自身迷っているから気持ちの整理もしたい」
「はい」
ヴィスタは短く返事をすると、先に歩いているドゥカの後を追いかける。きっと未来は変わらないいつだって誰かが決めたレールの上を気づかないうちに歩いているのだろう。
「あの人なら、あの人なら未来を変えられるのだろうか………」
人にならざるものたちが人に気配を悟られることなく生活してゆく、完全に溶け込んだその中で自分たちも気づかぬ内に回り始めた運命の輪に翻弄されている。未来など変えられるはずがない、全ては我侭な神様の描いた黙示録に描かれた言葉をなぞるだけだから。
庭園一面に広がる芝桜、ところどこに植えられた木々よりも桃色のじゅうたんが輝いて見える。季節関係なく永遠に咲き誇る散ることのない花たち、ディルフィスはその庭園のわき道をひたすら進んでゆく、足元で咲き乱れる花はきれいだったがそれだけの存在で一瞬の華やかさが感じられない。地上をまねて作られたその場所は許されたものだけが入る場所、ディルフィスにとっては嫌いな場所でしかなかった。
「天王様、クライシス様がお待ちしておりますお早く」
小走りで選考する使えの者たち、自分の時間を割いてまで会うほどの相手なのかと考えてもしまうのだが、クライシスの命令は逆らえない、自分の父親であるクレイヴ国王陛下の正室妃、自分は側室妃の息子だから王位継承権の順位は2番、1番は正室妃の今はこの城に住んでいない地上の年はなれた弟。だからといって嫉妬狂いをしたことはないのだが、正室妃だけは好きになれなき存在だった。民から徴収した税金を華に注ぎ、民のために利用しようとは考えない、もっと役に立つ使い方はたくさんあるはずなのに、それをしないのが腹立たしい。
コンコンッ
「ディルフィスです、失礼します」
「どうぞ」
返ってきた返事はクライシスではなく、召使の声でディルフィスは小さく深呼吸をすると大きな扉を開ける。
「お呼びでしょうか?」
部屋に入ると静かに扉を閉め、その場で立ち止まる。ほかの者達は静かに一礼をしている。肝心なクライシスの姿は見えなかったが見たいとも思わず、ディルフィスは心の中で必死に自制をするだけ。
「……………ディル、あの子はどこに居るのですか?」
「ハロルドは地上で生活しています、ここには降りません」
ベッドの上で横たわりうつろな瞳で天井を見つめる。もう何十年もの時間をそうやって過ごしてなにが楽しいというのだろうか。いつだってこの者は変わらず叶わない夢ばかり見続けている。
「返して、私のかわいいあの子を返して…………奪わないで」
声に涙が混ざる。ディルフィスは小さくしたうちをするだけでそれ以上は何も言わない。それでも静かにベッドに歩み寄ると涙を流す義母の背中に手を回し慰める。
「大丈夫です、あの者は必ず戻ってまいりますから。心配せずとも誰も奪いなどしません」
それで涙が止まるのならばどれほど楽なことか、クライシスは何度も息子の名前をつぶやく、同じ父親と双子の姉妹から生まれた二人の子供、当人達はそれほど似ているとは思ってない。だが、回りは違うのだろうかクライシスは何度も自分の息子の名前を言うだけ。
「天皇様、陛下が参られました」
召使が小声で告げると、ディルフィスはクライシスから離れると何食わぬ顔でやってきたクレイヴに一礼する。
「すまないね、クライシスの面倒を頼んでしまって」
「私にとっても母ですから。それにここに居ない息子の代わりだから」
「まぁ、お前が納得しているのならばそれでもいい。だがなディルお前にだって個人の意思はあるのだから無理せずともいいのだぞ」
「ご心配なく、私にも私のやり方があります」
ディルフィスはクレイヴの隣を通り過ぎるとそのまま部屋を退出してしまう。クレイヴは何もいわずにディルフィスを見送るだけだった。
「さて、あの二人が織り成す未来はどんなものなのか。クライシスお前もそろそろ自分の役目を果たさねばな」
クレイヴはベッドに横たわるクライシスの頭を何度もなでる、今は眠っているから何の返事もない。それでもいいのだ。この穏やかな時間が守られるのならばそれだけで十分だから。
「これは私我侭、贖罪の刻を待っているのは私なのだよ」
クレイヴが指を鳴らすと部屋は真っ暗になる。そして暗闇に静かに風が流れた。
アルカリアが入院してから一週間。人間であれば一ヶ月以上もかかるほどの怪我をしていたにもかかわらず、既に完治して普通に生活できるまでに達しているエルフの姿があった。
「さすがにその自然治癒能力だけは人間には真似できないな」
「したかったのか?」
自分専用のいすに座りながらレチェはまじまじとつぶやく、アルカリアは半ばあきれながらも返答し、窓の外に見える林を見つめる。
「何か面白いものでも?」
カルテに何か書き込みながらレチェがたずねる。アルカリアは視線を元に戻すことなくその先に見える者の名をつぶやく。
「ハルはどうして………どうしてあんなにも他人の心の中には土足で踏み込むのに、自分がそれをされることを拒むんだ?」
「性分でしょうね、ここは病院だから」
「はぁ?」
不可解な返答をされてアルカリアは戸惑いを見せたが、レチェは内心冷や汗をかきながらもにっこりと笑顔を取り繕う。
「病気をした人、事故に見舞われた人、そんな人だけが来る場所じゃない。第3者の介入無しで事故にあう、というよりも自殺志願者などはいくら傷がいえても同じことを何度でも繰り返してしまう。だからこそ心のケアが必要になる。天使と戦う力が欲しいなどと言われれば普通正気じゃないと考えるしかないだろう?」
「そんなにおかしいことか?」
「この世界でもっとも力強い一族は天使だからね、エルフ単体で相手をすることなど考えられない」
自分には考えられないと両手でジェスチャーしながらレチェは答える。アルカリアはその返事に少し顔をしかめるがそれ以上は何も言えずにただ黙った森を見つめる。森の中の場景など普通は見えないエルフだからこそ人には見えない物も見えるし、聞こえない音も聞こえる。レチェはそんなアルカリアの様子を見て小さく笑った。
「何かおかしいことでも?」
「いや、可愛いなと思っただけさ。おじさんにはそんな青春時代もう過ぎてしまったから」
「言ってろ、俺からしてみれば人間なんて短い時間の中で生きる可哀想な一族だぞ」
「ああ、エルフは元々長寿だったな。確か、龍族や天使もそうだったかな?」
昔を懐かしむかのように語るレチェにアルカリアはわずかにため息がこぼれる。この医者はどうしても信用できない。というよりもモグリの医者にしか見えない。技術はあっても胡散臭すぎるのだ。
「そうだ、アルカリア君は退院後行くあては?」
「適当に探す、龍族にもアーマインにも知り合いはいる」
「そうか、もしもね行く当てがないなら此処にいるか?人手には困っていないけど此処なら他よりも情報は入ると思うんだ。もちろんそれは君が決めることだから無理にとは言わない。ただ………君にとって都合がいいように思えたんだ」
故意があって言っている訳ではない、それは十分に理解できる。ただ人間のおせっかいだということも分かっている。アルカリアは真剣に見つめてくるレチェに対して適当な返事は出来ないと心の中で感じた。
「………………分からない、あんたが言いたいことが」
「ただのおせっかいだよ、君を見ているとね思い出すのだよ。昔傍で寄り添ってくれていた者の事を」
「俺はそいつの変わりか?」
「まさか、あいつの代わりなんて考えたこともない。しいて言うなら君には子供の世話をしてほしいんだよ」
「はぁ?あんた隠し子でもいるのか?」
「違う違う、帝都の条例で町に一つは養護施設を設ける話が出来たんだ。今までは港町など栄えた町にあったんだけど。子供が年々増えてゆく中でそれだけでは補いきれないものがある。だからこそ町一つに施設を設けることになったんだ。よそから来た子供を見るよりも隣近所にいる子供を面倒見るのに人は苦痛には感じない。そんな理由がもろもろ混ざっての決断。分かった?」
「それがどうして俺になる?」
「理由その1、その養護施設がこの病院の敷地内に出来るから。その2、君は面倒見がよさそうだから。その3、金銭感覚のないエルフから治療費もらうのには実際に働いてもらわないと困るから」
指を一本ずつ出してゆき質問に答えるレチェにアルカリアは大きくため息をつく。
「お前だけは信用しない」
「あれ?俺は結構本気で行っているつもりだけど?」
あっけらかんとしているが実際になにを考えているか分かったものではない。
「まぁ、どちらにしろ。君はもう少しここにいなさい。少し厄介なことに町には衛兵がうじゃうじゃしている。問題でも起こそうものならすぐに処刑されてしまう」
「衛兵が?何かあったのか?」
「何か?もう忘れたのかい、君は里を天使に襲撃されたのだろう?エルフの里からこの町は遠いわけではない、とどのつまり、この町で天使の目撃情報があった。そして、力なき市民を守るためにウィザードや衛兵たちがこぞってきているわけだ」
レチェは大きくため息をつきながら離れたところに見える町を見つめる。
「王都の衛兵はそこらの賞金稼ぎや盗賊他よりも訓練されていることもあって病み上がりのエルフ一人で相手できるほど弱くない。此処は町から離れているから目がつけられるようなことはないけど、用心するに越したことはないから。で、君はこれからどうする?このまま人間に殺されに行くかい?」
レチェの顔が笑顔だからこそ信用にかけるのだが、話が事実であった場合自分ではどうすることもできない。アルカリアは黙々と考え込むが、答えがなかなか出てこない。
「そうそう、言い忘れていたけど。ハルはね昔といっても5年くらい前に国家認定魔導師の免許を取っているよ、もちろん俺も持っているけど俺はすでに引退しているからね。その辺の軍人相手なら間違いなく有利だね」
「それを俺に言ってどうなる」
「どうにも、ただ………君の選択によってはいくらでも未来なんて変わる。少年よ大志を抱け、だまされたと思って信じるのも一つの手だと俺は思うけどね」
「関係ない」
アルカリアが出て行った後を見つめながらレチェは小さくため息をつく。
「本当にくだらない遊戯だと俺は思うよ、姉さん………あの子達を救えたのかな?」
もう昔のことだ、大勢の家族と一つ屋根の下で暮らしていたことなど自分以外の誰も知らないことだ。自分にとってその家は確かに楽園と呼べただろう。大切な人たちが大切に思ってくれる人がいた。居心地のいい場所を飛び出してまでしたかったことがこれだというのか、自分には人の上に立つ資格などない。
「レチェ、アルカリアに何を言ったのです?」
「あれ?ハル俺は何も言ってないが?」
「嘘つきなさい、ウィザードのこと言ったのはあなたでしょうが」
ハルは怒っていたが、レチェはのんきに笑っていた。
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