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第4章 町から森へ
それから数時間後、ハルの姿は林の中にあった。
「何やってるんだ?」
「昼寝ですよ、見れば分るでしょう?」
太い枝に身体を乗せながら風に当たっている、一見穏やか風景にも見えるのだが風になびく金色の髪が少し怖いと感じる。
「ハル?」
「今はあなたの顔を見たくありませんから」
「エルフの里へはむかうな」
「聞こえません」
ハルの隣に腰をかけ羽を閉じながら語りかけるディルフィスのことを無視しながらハルはひたすら眠ろうとする。それでも、それを簡単に許してくれるような相手でないことは十分にわかっていることなのだが、どうしても正面から向き合う気に離れなかった。
「どうして同属を殺める?」
「僕は人間の見方です、天使の宿命云々には興味ありません」
「それでもお前は天使だよ」
「出生は、でしょう?」
ディルフィスは腕をつかみ、無理やりハルと目線を合わせると大声で怒鳴る。
「お前の望みは何だ?何がしたいんだ!!」
「………望み?そんなものありませんよ、あったとしても昔に捨ててきたから。願うことなど忘れてしまいましたよ」
「ハル!!」
「ディル、あなたは何がしたいのです。僕を天界へと連れ帰るといっている割には機会などいくらでもあるはずなのにそれをせず、忠告までするのには訳があるのでしょう?僕にはあなたの心が見えないのです」
ディルフィスはハルの肩をつかむと、うなだれ何度も口を開きはするが言葉が出てこない、ハルはそっとため息をつくとディルフィスの背中を撫でながら少しだけ微笑む。「地上はあなたたち天使の住まうべき世界ではない、気が狂い正気を失った天使の末路は死。出来ることなら彼らを天へと戻したい」
「無理だ」
「どうして?このまま天使が殺され続けるのをあなたは黙ってみて居ろと?それともあなたには人間やエルフ、龍族が滅びれば良いと思っているのですか?」
「違う!!」
感情が高まる一方で、ディルフィスは押さえきれない何かを感じながら木から飛び降り地面に降り立つ。
「俺は、あの人を止められない。お前の母クライシス王妃は正気ではない。ずっとお前を呼び続けてる、名前さえ知らないわが子を探し続けている。俺は………義理でも王妃の望みを叶えてやりたい」
「だから、僕を天界へ?」
「そうだ」
もう隠す必要などない、ディルフィスは知っていることを言うがそれでもハルは天界へ帰ること応じることはしなかった。
「すみません、でも………僕のことを分かっていても家族と読んでくれる人たちを今は失いたくないのです」
「それがお前の返事か?」
「はい」
「分かったよ、無理強いをするつもりははじめからなかったんだ。お前が地上にいるのは天界の身勝手な考えの為に。お前は天使だが天界を知らないから……俺たちの常識を押し付けることは出来ん」
「すみません」
「誤る必要などない、ただ………お前の無事を祈っている」
ディルフィスは姿を消してしまう、ハルは枝にもたれながら空を見つめる。どんな高みに登ってもそこは天ではない、自分は地上に生きるものだと誇示したところで背中に生える羽を偽ることは出来ない、飛ばないだけで飛ぼうとしない鳥のように自分は木に捕まったまま暮らしている。
「ハル!!」
「アルカリアさん?」
地面に降り立つとアルカリアが駆け寄ってくる、普段どおり生活していてもけが人とは思えないほどにまで身体は回復しているようで少しだけ安心した。
「何か御用ですか?」
「ああ。お前前に言っただろう?ウィザードとしてなら力は貸すと」
「天使退治ですか?」
「ああ」
ディルフィスがいっていたのはこのことだったのだろうか、エルフの里に今も天使が駐在しているとは思えないが、現場百回、行かない事には何も始まらない。
「お前の力を借りたい」
「はい」
迷うことなど何もなかった、ディルフィスの忠告を忘れたわけではなかったのだが、此処でアルカリアを突き放した場合もっとも最悪な事態が起こる気がしてならなかったのだ。杞憂ならばそれでいい、そう考えながらも心のどこでそんなことがあるはずないと思ってしまう。
「ハルは、金髪なんだな」
「は?」
いまさら何を言っているというのか、アルカリアはハルの髪を見つめながらつぶやく。
「里を襲った天使も金髪だった。ブロンドは天使の特徴、人間が茶髪、エルフは青銀、龍族はオレンジ、種族を表すのは髪色…お前は天使なのか?」
「さて、僕は上の世界など想像も付きませんからどうとも答えようがありませんよ。一つだけいえることがあるとしたら、僕は天使が嫌いということでしょうかね」
ハルは小さく笑って答えるが、アルカリアはしっくりしないと唇をへの字にまげてハルを睨み付ける。
「行きましょうか、時間がないのでしょう?」
「ああ」
身支度なしで動くと追うのか、アルカリアはハルの行動には驚かされることばかりだったが、時間とともにその驚きが自分の中で普通になっていることが一番お驚きだったかも知れない。
「ハル」
「はい」
「お前は味方だよな?」
「あなたがそう思っている限りは」
誰が敵か味方か、そんなものは実際どうでもよかった。それでもそこにこだわりを持つとするならば自分はきっと適になるだろう。地上の生き物にとって天使が敵であるならば自分は彼らにとっては敵でしかない。
町から街道に沿って進む道もあったのだが、街にあふれる衛兵の相手が面倒だと、森の中を走ることになったのは良いが、獣道ばかりで、まともに人が歩けるような道が存在しない。仕方なく二人が選んだのは木の枝をわたり進む方法だった。
「浮遊術とは、さすがはウィザード様」
「そんなに立派なものではありませんよ、あなたについてゆくのがやっとですから」
苦労など微塵も見せないで二人は木の枝を飛び越えてゆく、きっと地面には散った枯葉で道が出来ているかもしれないがそんなことにはかまわず、先を急ぐ。
「アルカリアさんもうすぐ町です、人に見つかると厄介ですから降りて進みましょう」
町から町までの感覚はそう広くはなく、あっという間に次の町へと到着する。アルカリアは大きく身体を動かすとそのまま枝から飛び降りる。
「あっ、その下に!!」
「へ?」
ハルの言葉に、アルカリアが舌を見たときそこには驚きのあまり固まってしまっている一人の少女が立っていた。
「あああああああああああああ」
風を起こし、離れたところで綺麗に着地しているアルカリアのことをよそに、ハルは軽々と少女の前に降り立つ。
「さすがエルフ様、突発的なことでも力を使えるとは」
「お前にほめられても嬉かねえよ」
アルカリアは服に付いた土や木の葉を払いながら春の姿を見つめるが、あれだけ枝を掻き分けて進んでいたはずなのに、彼は一枚服についていない。不公平とか思いながらアルカリアは少女を見つめる。
「大丈夫でしたか?」
今まで忘れていたわけではないのだが、ハルは驚きを隠せない少女を前に小さく笑って見せる。
「はい」
少女は笑いながら二人を見てそっと手を差し出す。
「私の名前はリシア=ティルサともうしまう。龍族第一皇女です」
「ああ、じゃあお前があのなんだっけ、ア………何とかって言う姫さんの姉君?」
「アリヤは私の妹ですが、ご存知なのですか?」
「名前だけな」
アルカリアは少しだけため息をつくとハルとリシアを見比べる。
「お前、どうして此処に居るんだ?第一皇女は里の塔で幽閉されているって聞いたけど?」
「あっはい。それは」
口ごもるリシアに対しアルカリアは少し馬鹿いらいらしているようにも見えたが、そんなこと気にも留めずハルは首をかしげながら太陽の高さを確かめる。
「一度町に入りましょうか、こんなところで井戸端会議を…なんて面白くもありませんし建設的じゃない」
「ああ、そうだな」
「あなたも」
ハルに促されあとを追うように歩くリシアの姿はどこからどう見ても迷子の子猫のように移ってしまう。アルカリアの機嫌は少しだけ悪いようにも見たがハルはそんなこと一向に気にしている様子がなかった。
町は人でにぎわっていた、今まで居た町と違い衛兵の数も少ない。
「ハル、どこに行く気だ?」
「とりあえず宿を取ります。話はそれからが良いでしょう?」
「そうですね」
リシアはハルと目をあわせることはしないが、ハルからリシアを見ることがなく妙にギクシャクしているように見えるが、アルカリアは二人のことなどまったく気にも留めておらず、町にあふれかえる人を見ていた。
「こいつら、俺たちのことまったく気づかないんだな」
「自分の事に一生懸命だからですよ。考えたことはないのですが?群れの中に居てもしも一人風のように消えてしまっても誰一人として自分のことには気づかないだろう。きっと、自分の存在なんてそれらにとっては小さくて意味のないものだと」
「お前はあるのか?」
アルカリアの言葉にハルは黙って微笑むだけで、自分の話をすることに対してはまでも拒絶しているようにしか思えない。ハルの義父であるレチェは性分だといっていたがそれだけではないような気がしてならないのは、自分勝手な考えなのだろうか。
「すみません、ちょっと訪ねたいのですが」
胸あたりまで伸びる髪を束ねることをせずに、少し他よりも身なりのいい格好をした男が声をかけてくる。目立つアクセサリーなどはなかったが手首につけている金のブレスレットにはわずかだが文字が刻まれている様子だった。
「何か?」
アルカリアはせっかくよくなりかけていた機嫌が再び悪くなるのを感じながら男を見上げる。男はにらまれ少し苦笑いをしていたがかまうことなくハルの手をとる。
「お美しいお嬢さん。よろしければ道を尋ねてもよろしいですか?」
「それくらいなら」
ハルの顔が少しだけ引きつる、よほど嫌いなタイプなのだろうかハルの笑顔が少しだけ怖いと感じる、がアルカリアは無言で張るから目をそらしてしまい。リシアも困ったように二人を見比べている。
「一泊の宿を探しているのですが、この近くにはないでしょうか。出来るならご一緒に………」
バコッ!
大きな音を立てながら男の高等部に固いものがぶつかり、男は握り損ねたハルの手を名残惜しそうに見つめながら振り返る。
「またナンパか?くだらないことをする前にお前にはやるべきことがあるだろう?」
「カレンさん、酷いじゃないですか」
「ドゥカ、殺されたいのか?」
少し目を据わらせているカレンに対し男は何か訴えている様子だが、カレンは腰に携えて銃を取り出すと男に突きつける。
「はい。もう何も言いません」
両手を挙げ、降参したとハルからドゥカが離れるとカレンは銃をしまう。
「すまなかったな」
「カレン………どうして此処へ?」
「多分、お前を同じ理由なのだろうな。ハル………元気なら私はそれでいい」
「僕は………」
「あの馬鹿のこと頼む」
「はい。ユリアは元気ですか?」
「ああ、私に似て不器用だがな」
「それはよかったです」
「もう行く、元気で」
「あなたも」
カレンはドゥカの背中を押しながら離れてゆく、ハルはその姿をいつまでも追っていたが少ししてから目を離した。
「知り合いか?」
「ええ」
ハルはそれ以上の語らず、宿屋に向かって歩き始める。きまづい雰囲気の中でアルカリアとリシアはハルのあとを黙って追いかけた。
3人は適当な宿を見つけると案内された部屋に入る。アルカリアとリシアは同じ部屋を取り、ハルだけが少しはなれたところにある一人部屋となる。それからアルカリアとリシアの二人がハルの部屋を訪れた。
「で、さっき入っていた話とは?」
「エルフの里は此処から目と鼻の先です。同時に龍族の里も此処からではそう離れては居ません」
「だから?」
「おかしいとは思いませんでしたか?」
「何が?」
「地上の生き物で最も強いといわれている龍族が天使の出現に対して何も対策をなさないこと。目前にあるエルフの里に対して援護することもなければ討伐隊向かわせることもしない、彼らにとってエルフはどういう存在であったのか」
「知るかよ」
確かにエルフであるアルカリアにしてみればそうなのだが、幽閉されていたリシアにその答えを持っているようには思えない。ハルは小さくため息をつくと窓の外を見下ろす。
「エルフの里に近いはずのこの町ではなく少しはなれたあの町に衛兵やウィザードが集まっているのか、本当にエルフの里が天使によって襲撃を受けたのか、それはアルカリアあなたしか知らないことではないですか?」
「そうだな。お前は俺が同属を殺したとでも思っているのか?あの話が嘘だというのか?」
「そうではありません。彼らみな待っているのですよ」
「何を」
「再び天使がどこでも良いから町を襲うのを、出現してから動き現場に着いたときにはもう手遅れでした。そういって自分たちの命はまりたい。あなた見たく直接殴りこみに向かうだけの勇気が彼らには存在していない」
ガタンと大きな音を立てながらアルカリアのこぶしが机をたたく、ハルはそ知らぬそぶりをしたがリシアは驚いて小さくなってしまう。それでもアルカリアの中にある苛立ちが消えたわけではない。
「落ち着きなさい。今は誰のことも恨めません、衛兵にもウィザードにも彼らを思いまた彼らが思う誰かが存在する限り、誰だって自分の命は惜しい。僕が問題にしたいのはそこではありませんし」
「なんだと?」
「誰もエルフの里へ向かっていないということ、それだけまだ里に天子が居る可能性が高いと言う事です。ウィザードや衛兵が大群となって押しかけた場合さすがの天使も身の危険を感じて何処かへ去ってしまうかもしれない。けれど、それがなされていないのであれば、それをされる前にあなたの望みを実行する必要があります。時間がないのは天子でもウィザードや衛兵でもない、我々だけです」
「そうだな」
里が消えてから既に一週間が過ぎているのだ、ハルの言葉どおりだとすればいつまでも天使を野ざらしにはしておかないだろう。そうして今までにもたくさんの天使が亡き者とされてきているのだから。自分たちが生きるための方法がそこにしかない、それだけのことなのだから自分が攻めることなど何もできない。
「リシアは今までどこで幽閉されていました?」
「南に位置する高い塔の最上階です」
森の中でひときわ目立つレンガの巨塔、それがいったい何のために造られたのかなど誰も知らない。知っていたとしても底似た取り付くことは絶対に出来ない。
「龍族の里は結界によって守られていることから外から見ることは出来ても中に入ることは出来ない。リシア、エルフの里がおきてからあなたはあそこで何か見ましたか?」
リシアは首を横に振る、ハルは少し落胆したが、それでも笑顔を絶やさぬように微笑む。
「それがどう関係しているんだ?」
「まあ、順番どおりはなしますから」
「は?」
アルカリアは首を傾げるも、ハルはそれを無視して話を進めた。
「リシアあなたが第一皇女であるならば、あなたの幽閉された理由は解離性同一性障害ですか?」
「ご存知でしたか」
「あなたが里を出た理由はあなたが見てはいけないものを見たから。そうですよね?」
「………此処からは私がお話しましょう。名前はラージェと申します」
声色が低くなる、ハルは少し一例をするだけで何も言わない。アルカリアも多少の驚きはしたがそれだけのことだった。
「では、話を始めましょうか」
ラージェは二人の顔を見比べると、話を始めた。
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