第7章 Capriccio






 アルカリアは一人になった場所で動けずに立ち止まっていた。本当は五感もしっかりとしているから動いても問題はなかったのだが、困ったことに自分の現在地が分からず、どこに向かおう考えた結果仁王立ちしたままのだった。
「さて、ここはどこだあ?」
 森は自分のお庭。
 そう考えていたためか、まったく分からない場所になりさすがに混乱している。まっすぐ走って自分の見知っている場所にたどり着くか不安でもあったし。戻って、もし町に戻ったとき一人逃げ出したような気がしてプライドがそれを許さない。
「どうしたものか」
 考えても答えなど簡単には出てきてくれない。だからこそ独り言が自然と増してしまう。
「どうもしなくていいですよ」
 女の声が聞こえる。似合っているのかは知らないがこげ茶色の髪に仮面をつけて。漆黒の服をまとう姿は死神にも似ているかもしれないが、手にしているのは大鎌じゃないから死神にはなれないだろう。
「お前だれ?」
「ユリア=クロイス」
「ユリア?どっかで聞いた名だな」
 それをどこで聞いたかなどまったく覚えていない。記憶力は悪くないのだが根本的に聞くことをしない。
「それで、俺に何のよう?」
「死んでください」
「はい分かりましたとでも言うと思ってるのか?」
 言っている言葉は死神だな。そう考えながらもつい口元が笑ってしまう。
「では、参ります」
 ご丁寧に戦闘開始の言葉までついて、ユリアは手にした剣を振るう。
「武器とは卑怯だぞ!!」
 高く飛んではなれたところに着地するが、攻撃をする隙を与えてはくれず、次々と攻撃が繰り返される。
シュンッ!シュンッ!!
風を切る音ともに、わずかに肌が切れるがそんなことにかまっているだけの余裕がない。すばやい攻撃をよけるのがやっとで攻撃を仕掛ける隙がない。
「くだけろ!!」
 言霊が発動した瞬間、アルカリアの足元は簡単に崩れ大きな穴が出来る。
「マヂかよ!?」
 必死で風を起こすと何とか落下を防ぎ地面に降り立つが、剣だけでも厄介なのにそこに術が加わるとなれば最悪なことこの上ない。
「どうしたものか」
「焼き払え」
 せっかくの味方でもある風を利用されて、熱風が巻き起こる。どんなに風を防ぐことが出来ても熱は防げない。
逃げ回りながら、地面をけると手のひらを地面にたたきつけありったけの力をぶち込む。
「いけええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 言霊なしで力を発動できるがどうしても言葉を使ってしまうのは言葉を持つものとしての特性かも知れにない。そんなことを頭の片隅で考えながら。地面にぶつけられた風がユリアに襲い掛かり、ユリアからの攻撃はほんのわずかだが止まる。
「さすがに、そう簡単にやられるわけにはいかんのよ」
「うるさい!!何も知らないくせに」
 どうせ俺は何も知らん。
 心の中で大きく叫んだところで相手には通じていない。アルカリアは体制を整えると、大きく深呼吸をする。
「形勢逆転、今度こそ負けるわけにはいかんのでね」
「それは、こっちも同じなの」
 ユリアは手で印を組むと言霊なしで出を発動させる。
「え?」
 人間は媒体無しでは術の行使は出来ない。昔、そんなことを教わった気がするが今目の前でそれはなされている。あるのは手で印を組んだことだろうか。それでも、それを簡単に人間が出来るとは思えないし、そんな術の使い方があるなど聞いたためしがない。
「おいおい、お前も本当に人間か?」
 ここ数日のうちに実は大変貴重な経験をしているのではないかとさえ思ってしまう。人間にしてはキャパシティの高いウィザード、実年齢は定かではないが、絶対に歳相応の姿をしていない怪しすぎる町医者。理由は知らないが里から逃げ出した龍族の姫。そして、目の前にいるユリアもその類の人間としか思えない。
「ったく、俺の周りは奇人ばかりだな」
 自分もその中にはいらないことを祈りながら頭をかく。防御策を考えても見るが、猪突猛進タイプの自分にそんな降って沸いたような素晴らしい力が存在しないことは自分が一番よく知っている。
「さて、どうしたものか」
 残ってるのは仲間の形見でもある髪飾りに見立てた実は宝玉だったりする代物だろうか。だが、如何せん事に使い方を知らない。
「困った、困った。此処でタイミングよくハルは来てくれると結構うれしかったりするんだけどな」
 それはさすがに頼りすぎだろうとか、考えながらユリアを見つめる。
「一人でがんばってみるか」
 そう、自分に勇気付けてみたところで結果は替わりそうになかった。
「滅びろ おろかなる存在よ」
 ユリアはブラックホールにも似たその球体を掲げながら短い言霊をつむぐ。
 視界が一瞬にして暗く目が見えなくなる。
「…………」
 目がなれないからまったく回りが見えない。気配を消されているから相手の位置など分かるはずもない。
 暗闇は人を深く傷つける。暗いと見たくないものまで見えてしまうから昔から嫌いだった。夢の中でもそれは静か迫ってくる。そして、いつも覚めない悪夢を繰り返してゆくんだ。
「カルバス」
 もうこの世界から消されてしまった元恋人の名前をつぶやいて気を紛らわそうと思っても、簡単にまぎれるようなことではない。
「以外と、絶体絶命のピンチだったりする?」
 そう考えたところで返事がないことくらい自覚している。だから、無性に腹だ立つのだけど。
 落ち着き深呼吸をして、目を閉じ精神集中したところで目を開くとそこは暗闇ではなく真っ白で明るい空間となる。いきなり明るい場所に出ることで目が痛くなり思わず目を塞ぐがそれが間違いだと気づくのは一瞬あとのことだ。
「っ!!」
「あなたの負け」
 首筋には剣が添えられる。綺麗に磨がれて刃には自分の顔が写る。
「降参」
 両手を挙げたところで、視界は元の森へと戻る。
「殺さないのか?」
「殺せないから、あなたはハルを知っている」
「だから?」
「だから殺さない。私はあの人の苦しむことは絶対にしない」
 どうして、ハルの名前が此処に出てくるのだろう。そんなことを考えながら空を見上げてようやく思い出す。
「ああ、お前ハルの妹?」
「…………」
「ビンゴ!!」
 思い出したことにちょっとだけうれしくなる。そういえば昨日ハルはナンパされたとき誰かとそんな話しをしていた。
 「で、その妹さんがなんで攻撃しかけてくるかなぁ」
「あなたには関係のないことよ」
「そりゃそうだ」
 普段自分が相手に心の中を踏み込まれると腹を立てるというのに、今の自分はそれをした。不思議なものだと考えつつも、ユリアとハルを見比べて思うのはまったく似ていないことだろうか。
「じゃあ聞くけど、お前ハルの敵になりたかったのか?」
「違う」
「じゃあどうして?」
「それは」
 口をつむぐ、はっきりしない態度にさすがに苛立ちが沸くが、それを愚だ愚だ言うのはさすがに人としていかがなものかと考え、アルカリアは大きく叫ぶ。こんな時ハルならばもっと別の聞き方があるのかもしれないが、自分にはそんな器用な真似事は出来ない。
「まあ良いや。 お前、ハルの居場所知ってるのか?」
「追いかけるつもり?」
「お前たちの関係ないし正直どうだって良いが借りは必ず返す。恩をあだで売るようなまねは絶対にしない。それがエルフの教えだ、嫌いな人間でも恩があるなら決して剣を向けるようなことはしない」
 力を持つ種族だからこそ、強く自分を律することで力におぼれることなくお互いを尊重し続ける。
「無理よ、あなたは絶対にハルの敵になる。ハルは………」
「ハルは?」
 ユリアは剣をしまうと森の先をすっと指差す。
「ハルはあなたが敵と呼ぶ存在、白い翼をまといて天空をかける大いなる力の持ち主」
 アルカリアの動きが一瞬で停止する。馬鹿じゃないからユリアのいっている言葉の意味くらい知っている。だからこそわが耳を疑う。
「いまなんて?」
「はっきり言わなければ分からない?ハルは天界を総べる国王の息子。天上界第一皇子」
 さらに動きがストップ、あのぽやんとした性格に皇子という言葉が一致しないのだから仕方がないのかもしれないが、それでもアルカリアは動けなくなる。
「行かないの?」
 冷ややかに見つめられ、アルカリアは困ったように頭をかく、正直な所なのかも知れない。
「お前、俺に何をさせたい?」
「何も」
「そうか」
 アルカリアは道をまっすぐに歩き始める。本当ならば走っていくべきところなのかもしれないが。足が思うように動かない。信じたいけれど信じられない、自分が知りたいと願ったはずの真実を前にして言葉が何も浮かんではこない。






 ハルは、大きく息を吸い込むと腕を突き出し言霊を連発してゆく。
「砂のごとく 砕けろ」
 地面が吹き飛び、ドゥカは必死に逃げ惑うが、逃げるにも限界がある。
「ちょっとはハンデとかなし?」
「入れましょうか?」
 かなり相手を見下すようなハルの目つきに困り果て、どうとも返事が出来ない。ハンデは入れてほしいのだが、それを簡単に口にすればその時点で負けが決まるようなものだ。
「炎よ薙げ」

 ゴオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!

 熱風とともにドゥカの身体は簡単に吹き飛んでしまう。体中に無数の傷を作りながらもドゥカは無意味な虚勢を張って立ち上がろうとする。
「攻撃を受けるだけがウィザードじゃないんでね」
 もっていた札を媒体にして術を行使するドゥカにハルは小さく笑うとそっとあたりに気を配る。
「まだ、大丈夫」
 誰にいった言葉でもない、ハルは軽々と攻撃を防ぐとすぐさま次の動きに入る。
「すいません。でも本当に時間がないので」
 ドゥカの真後ろへと移動するとハルは一瞬で術を練り上げる。
「吹き飛べ」
 ブワアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!
 吹き飛ばされて、ドゥカの身体は中を軽々と舞い、地面へと落下する。吹き飛ばされた衝撃と落下の衝撃が重なりドゥカはぢ面に倒れたあとは身を起こすのでやっとといったところだった。
「くだらないでしょう?」
「何が?」
 ハルは髪紐を解くと金色の長い髪を風になびかせる。
「こんなことをしても絶対的な力の前に弱い存在は何もできないということです」
「それでも、俺たちはこの世界に生きているんでね。天使や龍族、エルフたちのように強い力はなくても生きたいと思う心は同じだろうが!!」
「傲慢ですね」
「何だと!!」
 ハルは首を横に振ると、ドゥカの目の前にしゃがみこむ。
「弱さを認めず、強さばかりを言葉にするけれど、本当に強いのはあなたたちではないでしょう?その根性は立派ですけどそれで天使狩りなど出来るはずがない」
「何が言いたい?」
「あなた一人ではただの人間。どんなにカレンや、竜族の力添えが会ってもあなた個人は人間でしかない。自分の領分忘れてますか?」
 そんなことは言わなくても分かっているだろう。力などなく弱く群れとなって生活することでしかお互いを守ることなど出来ない。ひどくもろい存在。
「…………Game Overかな?」
 ハルが立ち上がり目線をドゥカからはずすとそこには金色の髪を持ち、ボロボロの羽を広げる天使の姿があった。
「ちっ、こんなときに」
「やめなさい、人間に彼は殺せない」
 無理にでも立ち上がろうとするドゥカにハルは小さく牽制する。鬼のように睨まれたがハルは気にせずそのまま天使と向かい合う。
「こんにちは」
「こんにちは」
 同じ言葉を返してくる、ハルは髪留めに力を吹き込み一本の剣に変えてしまう。
「間に合わなかったか」
 ハルは天使と向かい合うと、ドゥカと一瞥したあと天使を見つめる。
「戦い以外の方法なんてないのでしょうね」
「はじめようか」
「…………夢なんてこの世には存在しないか」



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