
特攻機”飛燕”上の上原少尉
長野県出身 慶応大学卒 22歳 特操二期 第五六振武隊昭和20年5月11日出撃戦死 上原少尉は自らのことを「自由主義者」と呼んでいた。出撃前に帰省した際、「おれが戦争で死ぬのは国のためでなく、大切な人のため。おれは天国に行くから靖国神社にはいない」と家族に話していたという。

知覧は、太平洋戦争末期、陸軍の特攻基地が置かれた町です。この特攻平和会館は、その当時、人類史上類のない爆 装した飛行機もろとも肉弾となり敵艦に体当たりした陸軍特別攻撃隊員の遺影、遺品、記録等貴重な資料を収集・保存・展示してあります。当時の真情を後世に 正しく伝え、世界恒久の平和に寄与するものです。二度と悲劇が繰り返されぬよう、戦争の悲惨さ、平和・命の尊さを教えてくれます。
生きてるんだか、
死んでるんだか、わからないほど
ダラダラしてテキトーに生きてる人間が
沢山いる世の中・・・。

なぜに生きてる、生かされてるのかも
探せないうちに、自ら
散らなければいけなかった若い彼ら。
敵機に突っ込む勇気がどれほどのものか・・。

各地からやってきた特攻隊員は
ここで最後の時を過ごして、たった数日で沖縄に飛び立った。

今にも息吹が聞こえてくるようなそんな場所だ・・・。
戦争を知らない我々は、
平和の鐘を鳴らし
今日も世界の平和を祈ろう。
この子達が大きくなっても平和な世の中でありますように・・・
まあ、たまにまじめな時もあるよ。何かがワシをそうさせるのだ。
純粋な無数の魂は塊になり、今も動かず眠り続ける。祈りは まだそこには届かない。
これを発動させるほど今の日本人の心は純粋ではない。
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