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このところデイでの母の様子を見ていないので、今日行ってきた。目が悪いので遠くから挨拶してもわからない。手持ち無沙汰に座っている。何か前と違っている。考えてみたらわかった。母の表情がまた乏しくなっているのだ。長寿医療センター退院後、鬱が直りつつあったので、表情が豊かになっていたのだ。それがまた元のようになっている。まず目に生気がないのだ。死んだ魚の目のよう。確実に病は進行しているのだ。よくなったように見えても健康なお年寄りと比べて、元気がないのだ。家ではわたしに心配かけまいとして元気にしているのだろうか。デイでは話し相手も少ないので、元気も出ないのだろうか。いろんな考えが浮かんでは消えた。「○○さん元気?」母に声をかける。「あれ!来てくれたの。心配になったの?」「うん。うまくやっているか、見にきた」「元気よ。心配ないからお帰り」「そうするわ」「帰り車の運転気をつけてね」「ああ、ありがとう」話している間も母の表情が豊かにならないのが気にかかった。帰り際職員さんが「トイレもしっかり一人でなされるし。元気に話されてますよ」と声をかけてくださった。表情のなさが気にかかるが、良しとしよう。一年前はわたしがトイレに付き添わなければ、できなかった母だから。
2005.10.31
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鍼灸院に通って二ヶ月過ぎました。首を回したり、肩のストレッチをすると痛みが走っていました。特に首を真綿で絞められるようでつらかったです。暇があれば体を動かし散歩するようにしていました。その効果か以前のように首を動かしても痛くなりました。首を真綿で絞められるようなことがなくなり、うれしくなりました。まだ激しく動かすと痛みますが、ゆっくりすれば問題なくなりました。これだけ良くなれば鍼灸院に行くのをやめようと思います。普段気を使って体のストレッチをすれば、問題ないと思います。ガイドヘルパーの仕事をするようになって外を歩くようにもなりました。体を動かし外に出ていれば、以前のように肩が痛くなることはないと思います。適度の運動をして体の血行に気を使えば、自然と体調もよくなります。介護の合間に仕事もすれば、心も軽くなります。ここまでなったのも母の体調がよくなってきたおかげです。母の足のむくみもほとんど取れました。後は手の腫れです。左手がしびれるので、ほとんど右手しか動かしません。左手の血行が悪くなり、赤ちゃんの手のように丸っこくむくんでいます。暇があればわたしがマッサージするようにします。手のむくみが消え、しびれがなくなれば、もっと明るい母になれます。もっと健康に長生きできるようになると思います。後しばらくは、健康で明るく生きたい母子です。
2005.10.30
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昨日の利用者さんは週に三回、障害者スポーツセンターに通っています。温水プールでの歩行と朦朧卓球をされるためです。途中の駅で御なじみの皆さんと一緒になられます。皆さん笑顔が絶えないし、血行もよろしいです。昨日の利用者さんは全盲になられて三年かかって外出できるようになりました。やはり外出することで生き生きとなられるようです。どの利用者さんも口々に「外に出て社会と接触する。皆さんと話をする。これで元気になりますね」と言われる。「うちの母もデイサービスなどで外出するようになって、元気になってきました」わたしも相槌を打つ。帰りに利用者さんが「○○さん、禁煙中ですか?」「解りますか」「ガムのにおいが絶えませんからね。わたしも7年前に禁煙しました」「つらくなかったですか?」「入院してそのまま続けましたから、そう辛くなかったです」「わたしはまだ三ヶ月目ですので、気を引き締めてます」「誰かに一本もらうと、やめられなくなりますよ」「一番怖いパターンですね」「今度会うときも禁煙されてますように」「ありがとうございます。絶対禁煙してますよ」「お元気で」「こちらこそ。また元気でお会いしましょう」
2005.10.28
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ロッテがもう王手をかけてしまいました。阪神にはウイークポイントの選手が二人居ます。鳥谷・藤本両選手です。ロッテが普通に攻めれば抑えられる選手です。言い換えれば活躍すれば阪神が有利に戦えるということです。どこかでこの両選手がキーポイントになる場面が来ると思っていました。普通にプレーしてくれればいいがと思っていました。鳥谷選手には、一戦目の初回にその場面がめぐってきました。赤星選手がフォアボールで出塁しての、場面です。ここは盗塁して一気に主導権をとりたいところです。二球目に赤星選手が、絶好のスタートを決めました。余裕のない鳥谷選手は、その場面で打って出て、ファールボール。絶好のチャンスを逃しました。彼の力では、ミスを取り返すことはできません。二塁に赤星選手を送ることなく凡退します。これで阪神は苦労するだろうと思い、またその通りになりました。藤本選手の場面は、二戦目に現れました。ノーアウト一、二塁。送りバントで塁を進めたいところです。しかし悪い予想通り彼は失敗します。その後阪神はいいところなく破れます。甲子園に帰ってもいいところなく三連敗。普通に戦っても投手力のいいロッテが有利と見ていました。ウイークポイントの両選手がうまく活躍して、いい勝負かなと思っていました。ロッテもウイークポイントとなる選手が居ます。特にサブロー選手です。戦前から普通に攻めれば抑えられると思っていました。それが抑えきれずに活躍されてしまいました。こうなってくると投手力のいいロッテに阪神は、対抗できません。もう後のない阪神。四連勝を目指して、がんばってくれ!今日で終わってしまったら、当分面白いテレビ番組がなくなるのだ。今のわたしの楽しみはテレビ。阪神がんばってくれ!
2005.10.26
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温泉に通うようになって、半年。禁煙して三ヶ月。鍼灸院に通うことニヶ月。人付き合いによるストレスもない毎日。日々健康になって行きます。禁煙効果で、舌苔の減少と呼吸が軽くなった。鍼灸のおかげで、体のあちこちが軽く動くようになった。ただし首を回すと痛みはなくなったが、真綿で締め付けられる感じは消えない。首のストレッチをやりすぎると、鈍痛が続きます。これさえ消えればと、思います。少し動くと首から来る痛みで、疲れがすぐ出ます。深呼吸をすれば、疲れ物質が取れるのですが、長く運動すると残ります。疲れを感じるようになると、意欲が起きてきません。温泉・鍼灸院を続ければいつか首の痛みも消えると思っています。体が思うようになり、気力が充実し、生き生きと過ごしたい。早く首の痛みよなくなれ。おまじないのようにつぶやく今日この頃です。
2005.10.25
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母は、二日に一回デイサービスに行っている。二、三人ほめ上手な職員さんが居るようです。「とても80才とは思えない肌をしてますね」「少女のようなかわいい声ですね」「どんなときにも笑顔、ありがとうの言葉、あかるくなりますね」母のどの辺りをほめればいいのか心得ておられます。特に肌の色艶のよさをほめられると、うれしいようです。「今日は60歳くらいですかといわれたよ」「そうなるとお前とは姉弟みたいに皆には見えるのだろうね」うれしそうに言っています。ここのデイサービスにお世話になって一年。いろんな人に支えられてここまで回復しました。歩けるようになったのもうれしいですが、母が笑うようになったのがいいです。二人して、今日あったことを笑いながら話す。前のように、その日にあったこと全部忘れるようなことは、母は少なくなりました。母の頭に残った事を、楽しく話して、一日が終わります。人生の終わりに近づいて、こんなのもありかなと思っています。
2005.10.24
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視覚障害者で車椅子で移動の今日の利用者。脊椎が少し損傷されているそうです。全盲に近い上に、歩行が困難。二重苦です。今日は一日おきに通われている、鍼灸接骨院。新しい電気治療を受けられてるそうです。「ここで電気治療をしてもらうと、背中が少し曲がるんですよ」死んだ父親と同じ年の利用者さん。待ち時間の間いろいろ話が弾みました。帰り道は少し散歩をしたいといわれました。自宅近くに公園があったので、案内しました。「人生の終盤で、目・腰が悪くなりましたわ」「よかったら少し歩かれますか?手伝いますよ」「歩いてみようかな」母にしてるように、手を持って支えます。利用者さんが二歩、三歩前に出られました。「いや~。歩けましたね」「どうですか?ご気分は」「怖いけれど、うれしいね」「今日は死んだ親父孝行したみたいです。ありがとうございました」「またお会いしましょう」「こちらこそ、お元気で」
2005.10.22
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9時から15時まで、視覚障害者の方の付き添いをしました。退院したばかりの方で、退院後の初受診。余裕を持って出かけたので、受診まで1時間ばかり開きました。利用者の方が、喫茶店でコーヒーを飲みましょうといってくれた。「自販機のこひーではだめですか?」「そうですね。経費節約ですね」にっこりと承諾してくださった。昔から喫茶店で金を使うのがもったいないと思ってます。利用者の方も気を使ってのことで、余裕があるわけではないと思ったので、自販機にしませんといったのです。退院後の初受診と言うことで、CT・尿、血液検査もしました。先生の診断が終わると「また入院だ」と悲しい声。今日の利用者は全盲なので入院承諾書などは、わたしが代筆しました。退院したてでの再入院。さぞかし気がめいると思います。前回の入院は半年。退院してリハビリに励もうとしていただけに、ショックのようでした。「あなたがわたしの初仕事です。永久に忘れられないでしょう」「ありがとうございます。お元気で」「こちらこそ。また元気で会いましょう」
2005.10.20
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禁煙トライして80日過ぎました。体の主だった変化。呼吸が軽くなった。白い舌苔が消えた。もうこれで主だった変化は、ないでしょう。後は10年禁煙して、肺ガンにならないことです。そうすれば、タバコを吸わなかった人と同じくらいの健康体になれるということです。無事10年過ぎろ!禁煙期間中タバコを吸った夢を見ました。夢の中でも迷っていました。悪魔のささやきが聞こえてきました。「一本いっとく」悩んだ末自動販売機に行きました。買って一本思いっきり吸いました。すごくうまかった。やはり長年の恋人。二ヶ月ぐらいの別れでは引き裂かれないのだと思った。そこで目が覚めました。仏壇に父の好きだったタバコが供えてあります。悩んだ末一本吸ってしまいました。でもまずかった。ここが運命の分かれ目です。またタバコがうまくなる前に、途中でタバコを消しました。まだ何度となく悪魔のささやきが聞こえると思います。そのたび何とか乗り越え、禁煙したいと思います。
2005.10.17
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母は父の死のストレスから糖尿病を発症した。そのころの母の楽しみは読書と寝る前に食べる甘栗。糖尿病がわかって、母がこんな日記をつけていた。先生がこれから長生きしたかったら、体重を10キロ落とすこと。運動をすること。間食をしないことを守るようにとのこと。まだ子供が小さいし、長生きして育てなければ。定年退職するまで、甘栗はヤメにしよう。日記をつけてからはや30年。母は間食をやめ、夕食を7時にはとるようにし、早寝を心がけた。運動は苦手なのであまりしなかったが、間食はよく辞めたと思う。血糖値も落ち着いてきたし、体重も10キロ落ちた。主治医も間食してもいいでしょうという。「母さん好きな甘栗買って来たよ」「わたしこれ好きだった?」「ずーっと、食べなかったから忘れたかな」「先生が間食していいと言ってたよ」「そう、うれしい。今度焼き芋買ってきてね」本当にうれしそうに笑う母。それを見て心がなごむわたし。幸せって何だっけ?少し答えが見えてきた最近です。
2005.10.15
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昨日夢を見た。確実に起こることだが、できることなら起きて欲しくない夢。病院のベットに横たわる母。わたしの中学時代の同級生が見舞ってくれ、ご機嫌がいい。「お前の同級生で会いたい子に会った。後はお前と二人きりで過ごしたい」「・・・」「わたしの手を握って!」「どうしたの」「いよいよお別れね」「・・・」「夢を見たの。お父さんとお前の弟が迎えに来たの」「・・・」「お前ともう少し話したいから待っててねと言ったわ」「それで?」「二人笑っていたわ」二人で取り留めない話をした。ゆっくりした、貴重なときが過ぎていく。わたしは、幸せな気持ちに包まれるのを感じた。「母さん、父さんに俺がよくしてくれたといってよ」「父さんに東大卒業しなかったこと話したら、がっくりするね」「もう弟が話してるよ」「そうね。皆で待ってるからゆっくり来てね」「母さん!」頭の上から母の優しいまなざしを感じた。弟のときも感じた。魂はやはり不滅なのだ。母が見守っていてくれる。幸せな気持ちに包まれた。そこで目が覚めた。気配を感じたのか、母がとなりで目を覚ました。「どうしたの」「幸せな夢を見た」「そうよかったね。明日ゆっくり聞かせてね。今聞いても忘れるから」母といっぱい話をしよう。父と弟が居た日々の話を。
2005.10.12
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この前の受診日主治医から「これからは一日30分くらいの運動を目安にしましょう」前から病院の作業療法士さんからいろいろ知恵はもらっていました。ポイントは、運動だけのメニューを作らず、日常生活に取り入れること。興味を示さなくなったら、無理にやらせないこと。長続きは信頼関係によるので、母子いい関係でいること。前からしていたことなどを中心として、考えて見ました。トイレから帰ったときに、立ち上がり運動をする。五回立ち上がりするとして、約30秒の運動。一日10回トイレに行くとして、5分の運動。あさNHKの「テレビ体操」をする。10分間の運動。母は正味五分。ルームランナー(自転車こぎするもの)を使って、15分運動。歩行器を使って、5分ぐらい外を散歩する。考えてこんなところを毎日するようにしています。母も大変ですが、全部見守らなければならないのでわたしも大変です。心を切らさないようにしなければと思います。今年の始めころ母は大変でした。トイレにも自力でいけず、失禁もするようになってました。このまま寝たりきりになると思いました。国立長寿医療センターに入院して、いろいろ指導していただきました。先生・看護士の皆さんに支えられここまで回復しました。入院したてのころは、ベットで腰掛けてもいられなかったのですから。座位の保持の訓練から始まったリハビリ。鬱から来る気力低下も手伝い、リハビリの取り組みにも消極的だった母。いろんな方に支えられここまで回復しました。今ではトイレも自分でいけます。朝の体操もベットに腰掛、ニコニコしながらしています。歩行器を使った散歩も、かなり早く歩けるようになりました。母が補助具を使ってでも歩けるようになるとは思っていませんでした。本当にここまで支えてくれた方に、感謝したいものです。余裕ができたらわたしも誰かのお役にたちたい。感謝の気持ちで過ごす今日この頃です。
2005.10.10
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介護に困るひとつに口腔ケアがあります。母も去年体調を悪くして、歯磨きが手抜きになり、歯を悪くしました。口腔ケアをヘルパーさんに任せていたのも、拙かったようです。年寄りが痴呆を患うと、なんでも面倒になります。「歯磨きできました?」ヘルパーさんが尋ねれば、していなくても面倒なので「しました」と答えます。ヘルパーさんが騙されたまま、歯は確実に悪くなっていきました。歯を悪くすると、確実に体が悪くなります。口腔に雑菌がたまり、肺炎の原因にもなります。誤飲の心配も増えてきます。年寄りの体調の良し悪しは、口腔ケアにかかっていると言えます。長寿医療センターの、角 保徳先生が提唱される口腔ケアシステムがあります。このシステムのよさは、手抜きができることです。歯磨きを日に一回で済まそうというものです。やり方は簡単です。歯磨き剤は使わず、イソジン(うがい薬)で、磨きます。それと電動歯ブラシを使います。最期にうがい薬の残りで、必ずうがいさせます。簡単で風邪の予防にもなります。このやり方で一日に一回すれば良いので、寝たきりの人には、楽に介護できます。母は寝たきりでないので、食後三回歯磨きします。歯磨き剤も使います。口をゆすぐときは、イソジンを使います。残ったうがい薬で、うがいを必ずさせます。このやり方をして半年。熱も出さず、風邪も引かず元気に過ごしてます。良く熱を出した母がうそのようです。いつも思うことです。介護の便利なやり方。まとめて発表してくれるところはないかしら。そうすればどれほど介護が楽になるかしれません。長く介護してれば、人それぞれに、便利なやり方を開発されていると思うのですが。
2005.10.08
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