【駄菓子屋エピソード】




「おまけや」で起こったエピソードや日頃から思っていることなど…。
駄菓子屋を営んでいるからこそ、見えてくるものもあります。


○ボランティア?○

 最近では懐古ブームも手伝って、駄菓子を取り扱うお店も増えてきました。
 大手スーパー・コンビニなどは駄菓子コーナーを常設している所もあります。
 デパートや駅構内での催事・縁日の露店など、何処でも見かけられるものとなりました。
 なんと量販店ではロット単位で販売もしています。フランチャイズ化された駄菓子屋チェーン店まで出現。
 懐かしさをそそるディスプレイや店員さんの衣装も素晴らしく演出されています。

 「おまけや」は昔からの駄菓子屋です。もちろん昔から適正価格での販売です。
 計算されたディスプレイや内装もなく、媚びる店構えでもなく、なんの変哲もない駄菓子屋です。
 最近巷で流行の駄菓子屋さんとは全く異次元の店なのです。

 ハッキリ言って儲けは全くありません。子供達のお相手も大変です。マナーの悪い大人にも閉口しています。
 口や態度こそ出しませんが、子供達を連れてくるお母さん達にも大変気を遣っています。
 そんな事情を知る人は「これじゃ、赤字のボランティアだね」と言います。

 利益も皆無で苦労が多いので、喫茶に改装する話が持ち上がった時には、いっそ駄菓子屋をやめてしまおうか
 という話も出てきました。
 しかし、私が大好きだった祖母が始めた商売です。当時は懐かしがってくれる人も多く、勇気づけられることも多かった…。
 改装を始める前後の期間、店の前に子供達がやって来ては「おまけやさん、なくなっちゃうの?」
 と心配したり、「おばちゃん!お店をやめないで!」と言ってくれたりしました。
 (今では、その子供達も大きく成長して「おまけや」に来ることはありませんが)
 そんな子供達の様子を見て「これはやめられない!」と決意も新たに、駄菓子のコーナーを残すことにしました。
 そして、口うるさくて恐いオバさんの居る「昔ながらの駄菓子屋」のままにしたいと努力しています。

 引っ越していった人、親から離れて独立したり所帯を持った人など、もうすでにご近所さんではなくなった人が
 顔を出してくれることがあります。遠くから、わざわざ車や電車に乗って来てくれる人も居ます。
 実家に遊びに来た帰りに寄ってくれるなんて、嬉しいじゃありませんか。
 「まだあってよかった」「もうなくなっちゃったかと思った」などなど、様々な感想を述べながらも懐かしがってくれるのを見ると、
 やっぱり、祖母から母、そして私が引き継いでいて良かったのだと、心から感慨深く思えるのです。


○年寄りの商売○

 何故、昔の駄菓子屋を営んでいたのは、お爺ちゃんかお婆ちゃんだったかお分かりでしょうか。
 よっぽど悪質なものは別ですが、子供相手に儲かる商売なんてものはありません。
 「その日の『しぜに』が入ればやっていける」年金と継銭があれば、最低限の生活が営めるという感覚だったからできるのです。
 そんな暮らしは年寄りにしかできないことで、一家の大黒柱が家族を養っていくために利益を得るものとは全く異なります。
 「今晩のおかずが買えれば、それでいい」と、よく祖母も言っていました。
 しかもその上、子供好きで、根気強く、忍耐力がなければやっていけない商売です。

 今でこそ、年輩の方々でも晴れやかに第二の人生を優雅に過ごされていますが、明治生まれで昭和の時代に生きた
 年寄りには、こんな時代がやってくるとは、とても想像できなかったと思います。
 大震災や津波、戦争を苦労して生き抜いた人達ですから、本当に謙虚で質素な生活があたりまえだったのです。

 駄菓子屋は子供が群がっているので簡単に儲かる!と考えて商売を始めたはよいけれど、結局は見ているほど儲からないし、
 子供の世話があまりにも大変なので、あっという間に店を閉じた…という悪い例を近くで何遍も見てきました。

 新装開店した時「あらぁ~すごいお金かけたわねぇ~駄菓子屋って儲かるのねぇ~♪」という言葉をよく耳にしました。
 「いえいえ、とんでもありません。母がコツコツとへそくりしたお陰で…」なんて言葉は聞き入れてもらえませんでした。
 我が家の場合は、自宅の一部なので家賃なし・家族でやっているので人件費なし・しかも扶養家族の立場だからこそ
 やっていけるのですが、いつの世も人の畑は青く見える…ものなのです。


○親子で社会勉強○

 お子さんにお金を持たせて、自分で買い物をさせる…というお母さんが、現在3組ほどいらっしゃいます。
 お母さんは、ただ黙って子供の買い物を見ているだけです。
 はじめは怖ず怖ずと、お母さんを振り返りながら駄菓子を選んだりしていますが、そういったことを数回
 重ねて経験すると、お子さん自身もだんだん自信が涌いてくるのです。
 自分で好みのものを選んでお金を払いお釣りをもらう。大人にしてみれば、ただ単にそんな簡単で
 日常的な事柄でも、子供にとっては大きな問題。
 帰り際には、言葉に発せなくとも「ボク、自分でお買物できたよ!」と輝く笑顔を見せてくれたりします。
 まだ小さくて口がきけないお子さんでも、一生懸命な姿を見ていると胸を打たれます。
 また、そうやって一つ一つ子供に教えることを実行しているお母さんにも拍手です。
 母が「エライわね」と声をかけると「私もそうやって育ったものですから」と、おっしゃいます。
 今時は、言葉ひとつ発せないで買い物ができる世の中。子供達にも貴重な経験をさせたいものです。


○今どきの子供は会話が苦手○

 「おまけや」では、子供達との何気ない会話を大切にしています。
 下町育ちの私にとって、ひと言の言葉も交わさずに買い物するのは味気ないものだと思っています。
 特にお子さんにとっては、会話を通したふれあいの場があるということが重要だと思います。
 ひとりで来た子や子供同士で来た場合には、特に気を遣って話しかける様にしています。
 しかし、今時のお子さんは会話が苦手な様です。お子さんの生活環境・性格にもよりますが
 話しかけられると困ってしまい萎縮して買い物も満足にできない子供もいます。
 こういった種類の子供は、会話の少ない家庭環境にある場合が多く、親戚や祖父母との交流もない
 といった淋しい生活をしているタイプです。
 なるべく会話を持てる様努力しますが、こいうった事を嫌がるお子さんは来なくなってしまいます。
 (この子にとっては新しい道を開くチャンス!と私個人的には思うのですが)
 逆に、日頃のうっぷんを晴らす好機を感じ取って、堰を切ったようにしゃべりだす子供もいます。
 そうなると、相手をするこちらは大変です。
 「おばさん!おばさん!聞いて!聞いて!」絶え間ないおしゃべり攻撃開始。
 お金を持っていなくとも入ってきては「おばさん!おばさん!聞いて!聞いて!」が始まります。
 これがしばらく続くと、子供もある程度満足するのか、本人が成長を遂げるのか、家庭環境が変化するのか、大人しくなって
 落ち着きが見られる様になります。

 子供のうちの社会観は、そんなに広いものではありません。
 家族・親戚・祖父母・友達くらいが自分の世界。
 ご近所付き合いがあたりまえだった頃には、隣近所や町内会の催しなどで、他人との接触が
 多かったせいか、今の子供達よりも世界が広かったと思います。
 ウチの子もヒトの子も分け隔てなく、みんなに見守られて育てられた感があります。
 また、行動範囲も広かったので、良い事・悪い事も含めて様々な大人・子供とのふれあいができました。
 「親の言う事を聞かなくても、他人様の言う事はよく聞く」と、よく言われていました。
 確かにそんなものなのです。


○最近思うこと○

 厳しい経済不況が続く中、これによりちょっとだけ良いこともあると感じます。
 大人にとっては大変な時代でも、子供にとっては幸せな時代が少しづつ開けてきたかもしれません。
 それは、大人の考えが外ではなく内に向く様になったこと。仕事(外)ばかりでなく、家庭(内)に目が
 いくという雰囲気になってきました。
 最近、ファミリーでお出かけしている姿が以前より多く見られる様に思われます。 
 以前は「お母さんと子供」での来店がほとんどだったのですが、このところ「お父さんと子供」という
 構図が増えてきました。街中でも、子供連れの父親をよく見かけます。
 ひと昔前は、父親は朝から晩まで仕事づくめ、たまの休みも接待ゴルフで家に居ないといった感じでした。
 「ウチは夫が留守がちだから母子家庭みたいなものなのよ」という言葉もよく耳にした覚えがあります。
 そんな時代に育った私にとっては「父親と子供」でお出かけしたり、買い物したりしている姿は
 とても微笑ましく感じられます。

 しかし、ちょっと待って!お母さんは何処に…?
 土曜日の昼下がりのこと。若い父親が幼い子供を2人連れて「おまけや」にやって来ました。
 子供達に「ちょっとパパにも休憩させてネ」と、気を遣いながら話しかけてアイスコーヒーを一気飲み。
 ヒマを持て余した子供達は私にいろいろなお話をしてくれます。
 「ママは毎週カラオケに行くんだよー」「夜遅くてボク達が寝た後に帰ってくるから、土曜日はママに会えないの」
 「パパは土日が会社お休みなんだ。だからママにもお休みをあげるんだって」
 何のてらいもなく純真な笑顔で一生懸命におしゃべりしてくれるのですが…。





○楽しみな子供達の成長ぶり○

 「おばさん!久しぶり!」「あれ~大きくなったねぇ」こんな会話があります。
 「おまけや」に来る子供達は、2歳くらい~小学校低学年が中心です。小学校高学年になると好みも
 変わってきて、中学生になると学校が忙しくなったり、塾へ行ったりすると来なくなります。
 制服を着て颯爽と歩いている姿を街で見かけると「あの子も、もう中学生かぁ…
 もう、おまけや卒業だなぁ」と感慨深く眺めてしまいます。
 それでも、たまにはお友達を連れて来てくれたりすると、元気な顔が見られて嬉しいです。
 近所に住んでいたり、おばあちゃんの家が近所だったりすると、店の前を通って学校に行ったり
 塾へでかけたり、習い事に出かけたりといった姿を垣間見られるので、その度成長ぶりに驚かされ
 たりします。
 若いカップルが入って来ました。「オレこと覚えてる?」
 すっかり大人になっても、彼女を連れて来てくれたりするんです。
 「オレの子供だよ」と顔を見せてくれる人もいます。母は我が子のことの様に安心し
 喜々として対応しています。年寄りにとって、こんなに嬉しいことはありません。
 手を焼いた子・いたずらばかりで困らせた子ほど、訪れてくれるものなんですね。


○「おばさん」と呼ばれて○

 母の話によると、私は「口が利けない頃から商売してた」らしいです。
 まだヨチヨチ歩きで言葉すらままならないくせに、子供(お客さん)が来ると早々に寄っていっては
 指をさし「これ?」「あれ?」というジェスチャーをしたそうです。
 そんな頃から店に立っていたものですから、いつでもヒマさえあれば祖母とお店番。
 私個人は、ただ単に大好きな祖母と一緒に居たいというだけだったのですが…。
 小学生の時は、同じ年頃の子供が来ると「この子におこづかいをとられる」と思うのでしょう。
 「○○円です」と言っても、ギュッと小銭を握ったまま離しません。
 祖母が奥の座敷から「この子はウチの子だから大丈夫だよ」と助け船を出してくれまると
 やっとのこと渋々と払ってくれます。
 中学生になると、子供達から「おばさん」と呼ばれるようになりました。
 一般的に若者が店番をしている駄菓子屋なんてなかったものですから、そう呼ばれても
 別段なんとも思いませんでした。
 しかし最近は、自分自身が衰えを感じ始めているせいでしょうか。
 子供に言われるのはともかく、どう見てもかなり年上の女性に「ホラ、『おばさん』にお金払ってきな」と
 言われるとガックリきます。
 やけに『おばさん』の所のイントネーションが違って聞こえたりして…。
 私も歳なんだなぁ~と思う今日この頃。


○計算できない小学生たち○

 おまけやで扱っている駄菓子は10~30円のものが中心になっています。
 お子さんにもよりますが、だいたい今時は100円くらいを使うのが主流です。
 10円の駄菓子が10個で100円、30円のものなら3個買えてお釣りが10円と、単純な足し算・かけ算だと思うのですが…。
 100円しか持っていないのに、籠いっぱいに商品を入れて堂々と「コレください」と言います。
 「いくらになったか計算してみた?」と聞いてみると、真顔で「いいえ」。 「100円じゃこんなに沢山買えないよ」と諭すと
 「え~?なんでぇ~?」と不服そうな顔をするのです。
 思わず学年を聞いてみれば、自信たっぷりに「4年生です」との答え。
 ここ数年痛感しているのが、小学3~6年生になっても100円までの計算ができない子供が非常に多いこと。
 きっと学校の勉強はできるのでしょう。しかし、実践・応用となると、まるっきりダメです。
 「計算してみたら?」との問いかけに、何分かかっても分からずじまいで泣きそうになってしまう男の子も居ます。
 口達者な女の子になると「お店の人が計算するのがあたりまえでしょ」「ここにはレジがないのですか?」
 「そこに計算機があるじゃない」などと、かえって諫められたりしてしまいます。
 母は「計算の練習をすると学校の成績が良くなるよ。やってごらん。」と促したり
 頑張って計算できた子には「エライ!エライ!よくできたね。」と声をかけています。
 これが嫌と感じるお子さんは来なくなり、気分良いと感じたお子さんは誉められたくて通ってきます。
 消費税が5%になってしまって、やむなく税別にしてしまった実状もあり、子供達には可哀想だと思いますが
 せめて自分が買う品物の値段くらいは把握させたいと思っています。


○ダメ出しの不思議○

 祖母が営んでいた頃から現在まで相通ずるもの、それは親御さんの発する「ダメ出し」です。
 「ひとつだけ」とか「そんなに買ってはいけない」と言われている子供ほど、やみくもに何でも欲しがるものなのです。
 わざと籠いっぱいにしてみたり、欲しくもないもの・普段見向きもしないものにまで手をのばして
 親御さんを困らせています。
 不思議なことに、「何でも買っていい」「好きなだけ買いなさい」と言われている子供は
 「これだけでいい」と、本当に自分が欲しいものだけをひとつ選びます。
 親の方が、かえって「これは?あれは?これも好きじゃない。買えば?」と勧めても関係ありません。
 子供達には無意識のうちに親の考えていることが解るのかもしれません。本当に不思議です。


○淋し過ぎる…○

 少し前のお話です。まだバブルのはじける前のこと。
 好景気に沸いていて、贅沢は当たり前。地に足がつかない様な超多忙な時代でした。
 夫婦共働きがあたりまえになってきて「鍵っ子」(死語?)が溢れていました。
 大人も忙しかったけれど、子供も本当に忙しい生活を強いられていた様に思います。
 学校はもちろん、平日は学習塾・英語のクラス・ピアノなどのお稽古事で深夜まで出歩いていました。
 休日は休日で野球やサッカーなどのスポーツ教室へ通い、身も心も休めるヒマがない程でした。
 TVのCMではありませんが「今度の夏休み何処いく?」「オレんちハワイ」「ウチはオーストラリアだよ」
 なんていう会話までしていました。
 ある小学3年の男の子は、首から携帯電話を2つ提げていて、同時に2つ鳴り出すと
 てんてこ舞いしていました。
 「どうして2つも持ってるの?」と聞いてみたら、「こっちはパパので、こっちはママの」という事でした。

 その当時は駄菓子屋のみの営業で、学校が終わる夕方から母が店を開けていたのですが、
 一番盛況な時間帯は、午後8~9時頃です。
 塾帰りのお子さん達は皆そろって空腹で、おまけやで寄り道をして帰るのです。
 ある時、「もう9時だから、そろそろ店を閉めようか」といった頃、大急ぎで走ってくる子供が見えたので、しばらくそのまま様子を見ていました。
 ハァハァ息を切らせて飛び込んできた男の子の手にはコンビニの袋。中にはお弁当が入っています。
 話を聞くと、お母さんは仕事で夜遅いので、自分で好きなものをたべなさいと毎日テーブルに千円札が1枚置いてあるそうです。
 学校から急いで戻り塾に行き、帰りにコンビニで弁当を買い、ひとりで食べるというのが日課なのだそうです。

 こんなこともありました。いつも買いに来てくれる小学2年生の子がいます。
 冬のある寒い日、木枯らしの吹く寒い夜だったので、身体が暖まるように少し会話をして時間をかせいでみました。
 ひと通り買い物した後「おばさん。ボクここで宿題やっていい?」と聞きます。
 聞けば、家には誰も居なくて淋しいので、おばさんのいる所に居たいと言うのです。
 ひとりでなくて、暖かく明るい場所に居たい…ということだと、私は理解しました。

 子供というのは、寂しがり屋さんです。大人が見落としてはいけないものだと思います。






○花火は悲し○

 毎年、東京湾大華火祭の当日は店頭で駄菓子詰合せの販売をしています。
 十数回を数え、大江戸線も開通し、人出も増え続け、祭りは大盛況です。が、駄菓子を買ってくれるお客さんは逆に
 年々減少しつづけています。
 最近では縁日や催事でも見かける様になったし、大手スーパーやコンビニなどは駄菓子コーナーを常設している所も多くなりました。
 そうなってくると、別に珍しくも何ともない商品に、見向きもしなくなってくるのが世の常です。
 当初は懐かしがって手にとってくれる人も多かったのですが、ここ1~2年の間には「あぁ駄菓子ね、だから何?」といった冷たい反応の方が多くなりました。
 お客さんからすれば「別に今ココで買わなくても」という感覚なのです。確かに私もそう思います。
 お金さえ出せば多少高くても、何処でも買える、ありふれたものなんですもの。

 悲しいのは「すごく儲かってるでしょ」と、安易によく言われることです。酔った勢いで「これで300円?高い!」という人さえ居ます。
 思わず「中身をよく見てから言ってよ」と言い返したくなります。
 「おまけや」では適正価格で駄菓子を販売していますので、利益はせいぜい1割がいいところ。その上、買上げ袋やら光熱費やらで「儲け」と呼べるものは皆無に等しいのが実状。
 花火見物に来た人々に、下町情緒を味わってもらえればいいなぁ…と思って店頭販売していますが
 あまりの酷さに、来年からはいっそ止めてしまおうか…と相談しています。

 屈指の大きな花火大会。一度くらいは、浴衣でも着てゆっくり眺めてみたいなぁ…。


○フランチャイズ!駄菓子屋チェーン○

 駄菓子人気も高まってきた頃、チェーン店化した駄菓子屋が登場してきました。

 昔から営んでいる駄菓子屋は空前の灯火状態。絶滅に危機に瀕した業種となってしまいました。







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