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祖父母の話
「おまけや」のルーツ。祖父母あっての私です。日々感謝しつつ、思い出を書き綴ります。
○おまけ○
子供達を分け隔てなく、こよなく愛した祖母は、よく「おまけ」をしていました。
おつかいをした、家の手伝いをした、学校の成績が上がった、運動会で一等になった等々、子供達の顔が輝く度に何かおまけをしていたので、子供達からは「おまけや」と呼ばれる様になりました。
母は「10円のものを買って10円のものをおまけにしていたら商売にならない!」と常日頃から祖母に注意していましたが、祖母は笑って「自分で食べたと思えばいいじゃないか」とサラリとかわしていました。
私はそんな祖母が大好きで大好きでたまりません。今でも思い出す度に元気をもらっています。
そんな母も歳のせいなのか、気に入ったお子さんにはおまけをする様になりました。
別に要求されるわけではないのに、何故か自然にこちらからあげてしまいたくなる良い子が居る。謎です。
現在店を営んでいる私達もそうですが、「【おまけや】ってくらいなんだから、何かおまけしてくれるんでしょ?」という人には、絶対にあげません。
子供はいたずらにそういった事を言うのかもしれませんが、大人の場合には、それがあたりまえの様な言い方をされます。欲深いというか、なんというか…。図々しい人に限って必ず言われるものです。
○祖父母の善行に感謝○
大工の棟梁だった祖父と人情深い祖母。子供の頃の私には、厳格な祖父は怖いだけの存在でしたが、大人になってからよく考えてみると、非常に立派な生き方をした誠実な人であったと感じます。
祖母は愛情にあふれ、誰かれ構わず人を大事にする人間でした。もちろん孫にあたる私を、母親以上に可愛がって育ててくれました。
私は、祖父母の悪口や嫌な噂を一度も耳にしたことがありません。それどころか、亡くなって20数年経過しても「おたくのお爺ちゃんにはお世話になったんですよ」とか「お婆ちゃんに助けてもらったことを忘れないわ」などと感謝の言葉が絶えません。
ここでこうして長年同じ場所で暮らし、細々ながら商売ができるのも、祖父母の存在があってこそ、強く感じます。
私の理想の女性は祖母です。怒った顔や嫌な顔は一度も見たことがありません。いつでもニコニコ優しい顔をして大きく包んでくれる…そんな人でした。
○祖父の愛情・夫婦愛○
明治生まれのお爺ちゃんとくれば、どんな感じかおわかりいただけるでしょうか。
家長制度まっただ中に生まれ育ち、厳しく生きてきた人間です。とにかく威厳があり、絶対に逆らえないという雰囲気が漂っていました。子供にとっては、ただもう怖くて近寄れないといった存在です。
男は黙って…という頑固一徹。頭領である以上、生半可な仕事はしないプライドの高い祖父でしたので家計はいつも大赤字。祖母は子供達を抱えて大変だったことでしょう。家計を支えるために、得意の家庭料理をつくり大衆食堂を始めたのが「おまけや」の前身です。
いつも怒ってばかりいて、祖母を叱咤する姿ばかり見ていたので、子供の頃は「おばあちゃんが可哀想」と思っていたのですが、大人になってから気づいた事があります。
「銭函」をご存じですか?レジスタなんて無かった頃、商店の店先には小銭を分けて入れられる箱や吊り下げられた籠がぶら下がっていたものです。
我が家の銭函は、それは立派なものでした。大工の棟梁だった祖父が創ったものです。寸分狂わず正確な形、小銭がとりやすい様緻密に計算された傾斜、しかも総漆塗り。素晴らしい手仕事なのです。
毎日使っているので、だんだん漆が剥げてきて、何年も経つとそのうち木の部分まで減ってきます。それでも、もう無理!というまで大事に使っていました。
そろそろ、もうダメか…という頃に、黙っていても祖父が新しいのをコツコツと丁寧に創ってくれていました。これを夫婦愛と言わずして何と表せばいいのでしょう。
↓ これは現在残っている3代目の銭函。長年使い古したので漆が剥げて木肌が出てしまっています。
○祖母の人間性を再認識○
まだ店を改装する前、昭和の頃の話です。その当時は、祖母が亡くなって以来、細々と母が駄菓子屋を営んでいました。昼間の学校に行っている時間帯は子供が居ないので、夕方から塾帰り子供が居るほんの数時間だけの営業でした。
夕方、母が用を足している間、私が店番をしていたところ、中年の男性がふらりと入って来ました。当時、見知らぬ大人がやって来ることがなかったので、私は少しビックリしました。
唐突に「オレはここの家のお母さんに生かしてもらったんだ」と言います。少し身構えていた私は「おばあちゃんのことだ!」と、ピンときて緊張が一気に解けました。。
その方のお話によると…。第二次世界大戦中のこと、深川大空襲(※)に遭遇。一家は自分ひとりを残して全滅し、家も消失して帰る場所もない。途方に暮れふらふらと歩き回っていたそうです。何処をどう歩いたのさえ分からないまま空腹に耐えきれず、自分も家族の後を追い、川へ飛び込んでしまおうかとも思ったそうです。そんな時、店先に白いご飯だけのおにぎりが置いてあるのを発見!しかも、店の外にあって誰も居ない。いくつかあった中から1個だけ食べたそうです。それから1週間、毎日だれも居ない店先に頭を下げてから1個のおにぎりをいただいて、生き延びたお陰で今の自分がある、というのです。
「今でも、あのおにぎりの味を忘れない」と言い残し、その方は名乗りもせずに帰っていきました。
我が家においても、戦争時の悲惨な体験や苦労話は聞いていましたが、おにぎりの話は一度も聞いたことがありませんでした。
深川の大空襲は、それはもう地獄のごとく酷たらしい状況だったと聞きます。死人が川面を埋め尽くすほどの数で川を流れてきたそうです。命からがらに逃れた人々は勝鬨橋を渡って、新橋から鉄道に乗るしかありませんでしたので、大勢の被災者達が勝どき界隈まで歩いてきたそうです。
あの優しい祖母のことです。その当時は大衆食堂を営んでいたものですから、何か自分にできることを…と考えたのでしょう。
相手の気持ちになったら「タダめし」をやるという訳にもいかず、黙って店先におにぎりを置いたのだろうと思います。
しかも、そういったことをひけらかさない人なんです。私の祖父母は。
それから何十年も経っているのに、お礼を言いにきてくれた事が嬉しくて、また、祖母のした事がいじらしくなって、胸が熱くなるのを感じました。
※昭和20(1945)年、3月10日未明の大空襲により東京では一夜にして多くの尊い命が失われ、いたるところ焼け野原と化しました。
身体に火がついた人々が大勢川へ飛び込んだので、川自体が火の海になってしまい、たくさんの人が亡くなり、その遺骸が川という川を流れてきたそうです。
川下にあたる勝どき界隈では、それ以降は東京湾へ出てしまうので、地元の有志が集まり遺体を引き揚げ、橋のたもとで弔いました。ですから、この辺の橋のたもとには「戦没者慰霊碑」が建てられています。
おまけやのすぐ近く、新島橋のたもとでは毎年東京のお盆(7月)の時期に、地元の人々と一緒に慰霊を行います。
○イケイケ?お婆ちゃん○
祖母は、よくお出かけや旅行をしていました。毎月のご縁日は必ず「浅草寺」「深川お不動様」「巣鴨のお地蔵様」へお参りしました。町内会旅行は勿論のこと、善光寺講・加波山講、グループ旅行やお友達との旅行、1ヶ月など長期間にわたる湯治にも行っていたそうです。
今の時代、女性達が趣味をたしなんだり、習い事をしたり、旅行やお食事に出かけたりして気分転換・ストレス解消して生き生きとしています。
そういったことを、50年も前にやっていた祖母はイケイケ?だったのでしょうか…。
祖母が留守の時には、母や祖父が交代で店番をしていたそうです。自営業で自由が利くのと、家族の協力があってこそのお楽しみだったのですね。
○祖母とのお出かけ○
おばあちゃん子だった私は、年中お出かけに連れて行ってもらいました。
一番楽しみだったのは、浅草寺へのお参り。観音様にお参りしてから浅草温泉に入り、花やしきで2~3回乗り物に乗って、園内の小さな観音様もお参りして、外の食堂でオムライスを食べるのが定番コースでした。
母曰く「お行儀も聞き分けも良い子だった」という事で、滅多に玩具のおねだりはしなかったのですが、ある日仲店通りを歩いていたら、何故か目に入った「ミニ扇風機」が欲しくて欲しくて、祖母に買ってもらって帰ってきた所、大変な事態が勃発。
くだらない玩具の扇風機を見た母が大激怒して「おもちゃは買っちゃダメでしょ!」と、私でなく祖母を怒鳴りました。(ちなみに母は嫁でなく娘です)
買ってもらってから「お母さんに怒られる」と恐怖してたのですが、案の定です。でも、私ではなく祖母が頭ごなしに叱られた様子が悲しくて、結局扇風機は箱から出すこともなくしまったまま何処へ…。
○捨てられない病○
私は「捨てられない病」です。自分のものは結構何気なく処分できるのですが、祖父の残した大工道具や兄達が子供の頃につくったプラモデルなどは、思い入れが強くて捨てられません。狭くて小さな家ですが、不思議なくらい何とか納めてあります。
祖父の大工道具は、今となっては手に入らない職人の手による貴重な品々です。祖父が自分で使いやすいようにつくった道具もあります。
母には「あんたはお爺さんの釘1本だって捨てられないのよねー」と言われてしまいますが、釘1本でも懐かしい光景が思い出されて仕方ありません。
春先うららかな午後のこと。家の裏の、今はなくなってしまった長屋の路地で、太い柱のカンナがけをしていました。路肩には南天の実やサルビアの赤い花が咲き乱れ、おしろい花の蕾もあったと思います。
キチッとして隙のない大工衣装と長半纏に身を包み、年寄りとは思えない程颯爽とした姿の祖父が、今でもハッキリと目に浮かびます。長さ2mはあろうかという大きな木材の端から端まで一気に引くと、木のよい香りが漂い、紙のように薄くて長い鉋屑が宙を舞います。傍らにしゃがんでいた私が目で追うと、太陽のまぶしさで一瞬視界が真っ白になりました。お互いに一言も言葉を交わす訳でもなく、ただじっと見ていただけでした。今思えば、その眩しさは祖父の立派な後ろ姿に目がくらんだのもしれません。
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