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聖歌は生歌
主の晩さんの夕べのミサ
《入祭の歌》
この日の入祭の歌は、決められているわけではありませんが、この、主の晩さんの夕べのミサに一番ふさわしい、
405 ひとつになろう を取り上げます。
【解説】
この曲は、パウロのガラテアの教会への手紙3:28に基づく短い賛歌です。ここで言われる「ひとつ」ということばは、
このガラテア書をはじめ、パウロの書簡にたびたび出てきます。ローマ書12章4-5では、「わたしたちの一つの体
は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリス
トに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです」と書いており、これは、1コリント10章および
12章で敷衍されています。エフェソ書ではキリスト者は一つの霊をいただいたいることや、フィリピ書では心と思いを
一つにすることが言われています。パウロにとって、「一つになる」とは、キリスト者が神とキリスト、あるいは、聖霊と
結ばれるだけではなく、互いに一つに結ばれることでもあり、これらは、切り離せないものなのです。
冒頭の「ひとつになろう」は、ことばと同様にユニゾン(すべての声部が同じ音を歌う)で始まります。最初の旋律の
二つの音、D(レ)-H(シ)は、作曲者が時間と空間を超越する表現としてよく用いる、6度の跳躍です。黙示録で
は、「天地創造の時から、屠られた小羊の命の書にその名が記され」た「あらゆる国民、種族、民族、ことばの違う
民」(13:7-8参照)が、神の小羊=キリストの宴に招かれています。諸聖人も含め、キリスト者は時代と場所を超えて、
「キリストのうちにあって、一つのからだ、一つの心と」(第三奉献文)なるのです。ここには、このような意味が暗示さ
れていると考えられます。
その後は、音階の順次進行で下降して、最初の音D(レ)に戻りますが、「キリストは・・・・・はじめと終わり、アルファ
とオメガ」という復活徹夜祭のろうそくの祝福のことばを思い起こします。さらにこのD(レ)は、ミサの式次第の最低音
と同じですし、1♯のG-Dur(ト長調)は206の平和の賛歌と同じですから、その時その場に集まったキリスト者が、
キリストの食卓を囲むことも意識されているでしょう。
「キリストのうちに」からは、四声に分かれ、6度の跳躍によって表現された、超越された時間と空間が、実際に音と
しても表現されます。二回目の「ひとつ」では、ソプラノとバスが、1括弧のときは「とつ」で、2括弧のときは「と」で、2
オクターヴ+3度開き、旋律も最高音に高まり、繰り返されるこの曲の神学の中心「ひとつ」ということばが意識して
協調されます。
ミサの中心的テーマ、キリストのからだとして一つになることを歌うこの賛歌は、ミサの入祭の歌、会食後の感謝の
歌、とりわけ、その共同体が全員参加する聖木曜日、主の晩さんの夕べのミサの入祭の歌としてふさわしいものと
言えるでしょう。
【祈りの注意】
祈りを歌うで、祈りの声(テンポとハーモニー)が一つになっているかどうかは、その共同体のこころが一つになって
いるかどうかのバロメーターであり、その共同体の存続に関わっていることは、すでに述べたとおりです。この賛歌の
冒頭のユニゾン(すべての声部が同じ音を歌う)の部分が、音もテンポもきちんとそろっているかどうかは、このような
意味からも大変重要です。言わば、この賛歌のいのちとも言えるものです。拍子は、二分の二拍子です。二分音符を
一つの単位にして、冒頭から、「一つになれるように」との願いを込めて、よいテンポで始めましょう。聖堂の響き方に
よっては、少し遅めでもよいかしれませんが、遅いことと、だらだら歌うことは違います。遅めの場合でも、緊張感と祈
りの深さが必要です。「キリスト」は、リズム=音価が乱れやすいので、「リ」の四分音符と、特に、「ス」の無声音の
八分音符をきちんと取るようにしましょう。1括弧、2括弧ともに、最後は rit. しますが、1括弧の場合は、アルトが最
後の小節で「なろう」と歌うところで、rit. します。他の声部は「なろう」の付点二分音符を、アルトの声を聞きながら、
しっかりのばしましょう。のばす間、本当に、「キリストのうちに一つになる」ことを思い、願うことを忘れてはなりませ
ん。2括弧で、賛歌を終えるときは、二回目の「ひとつ」くらいから徐々に rit. して、ていねいにおさめるようにします。
二回の繰り返しで短い場合は、もう一度、1括弧+2括弧を繰り返し、都合四回繰り返してはいかがでしょうか。l個
の場合、音はもちろん同じままですが、二回目は、テンポを少し落として見るとよいかもしれません。
短い賛歌ですから、はしょって雑になることなく、また、だらだらしないように、ことばを生かして祈りましょう。
《答唱詩編》
【解説】
聖木曜日の答唱詩編は、97 このパンを食べ が歌われます。この、答唱句は、第二朗読で読まれる、使徒パウ
ロのコリントの教会への手紙、1コリント11:16から取られています。詩編唱は、82 神を敬う人の死は でも歌われ
る、詩編116で、過越祭でも唱えられる、「エジプトのハレル」(詩編113~118)の一つです。この、詩編116の前
半(1-9)は、作者が死の危険から神に救われたことを述べ、後半(10-19)は、それを根拠に、神殿で感謝のいけに
えをささげる決意を歌っています。この、答唱詩編 97 このパンを食べ では、答唱句および「主の晩さんの夕べの
ミサ」の主題との関連から、詩編唱では、後半部分だけが歌われています。
パウロの手紙の本文では、「このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるの
です」とあります。答唱句では、この、赤字の部分が省略されていますが、答唱句の前半の、バスとアルトでE(ミ)の
音の持続が、この、部分が表す、世の終わりまで主の死と復活を告げ知らせる、教会の使命を表現しています。「パ
ンを」および「杯を」の後の八分音符は、両方の助詞「を」を生かすものですが、精神を持続して歌うことは、伴奏の継
続、とりわけ、上述したE(ミ)で表されています。
後半は、「主の死」のソプラノとアルトが、いずれも最高音-ソプラノ=D(レ)、アルト=G(ソ)-で歌われ、ことばが
強調されます。さらに、「告げ知らせる」は《雅楽的な響き》が継続して、その決意の強さを意識させています。終止
は、第五音のH(シ)を主音とする、長三和音で終わっており、落ち着いた余韻が主の再臨を待ち望むこころを表して
います。
答唱句、詩編唱とも、調号が表す短音階の主音=E(ミ)で始まり、終止は第五音のH(シ)、その和音はH(シ)を
主音とする、長三和音で終わっています。これは、36~40 神のいつくしみを や100~103 しあわせな人
(2)でも用いられる手法で、いわば、「高田の教会旋法」と言うことができます。
詩編唱は、旋律が徐々に上昇し、もっとも強調される部分が、最後に最高音のH(シ)で歌われます。『典礼聖歌』
の伴奏は、楽譜の高音部記号の部分だけですが、「カワイ版」では修正され、低音部記号の下二声にも伴奏が付け
られています。
【祈りの注意】
この、主の晩餐の夕べのミサは、ミサ=感謝の祭儀、すなわち主キリストによる過越の食事、の制定がテーマで
す。第一朗読では、旧約においてその予型にあたる、出エジプトの過越の食事についての規定が朗読され、答唱詩
編は、この、第一朗読を受け、この日は、福音朗読ばかりでなく、第二朗読へも続くものとなっています。
答唱句は、冒頭、強い精神を持った p で始めましょう。特に、「このパン」「この杯」の「K」を、発音すると、「この」が
強調されます。「このパン」は、スーパーで安売りしている食パンではありません。「この杯」は、居酒屋の安いお酒で
もありません。パウロが、1コリント10:16-17で、「わたしたちが神を賛美する賛美の杯は、キリストの血に預かること
ではないか。わたしたちが裂くパンは、キリストの体にあずかることではないか。パンは一つだから、わたしたちは大
勢でも一つの体です。皆が一つのパンを分けて食べるからです。」と書いているとおり、「このパン」はわたしたちがキ
リストと、そしてわたしたちが互いに結ばれる、キリストの体そのものであるパンを、「この杯」はキリストの血そのもの
である賛美の杯=ぶどう酒をさしています。それはまた、感謝の祭儀そのものであるといっても過言ではないでしょ
う。そして、その感謝の祭儀は、そこに集まるわたしたちが、キリストの体に結ばれて互いにも結ばれるばかりではあ
りません。キリストの体に結ばれることは、時間と空間を超えて、主の過越-受難・死・復活・昇天-に結ばれるとと
もに、すべての時代の神の民とも結ばれるものなのです。
さらに、感謝の祭儀は、その時間だけではなく、その感謝の祭儀から次の感謝の祭儀まで、すなわち、わたしたち
の生活すべてを秘跡そのものにするものなのですから、わたしたちも生活すべてが秘跡となるように努めることが大
切です。それは、この日の福音朗読にもあるように、主キりストは、弟子たちの足を洗い、新しいおきてとして「互いに
愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように」(ヨハネ13:34=詠唱)というおきてをあたえられましたが、こ
の、愛のおきて、律法でも、もっとも大切な「隣人を自分のように愛しなさい」という戒めが、わたしたちのことばと行い
をとおしてすべての被造物に宣べ伝えられることを表しているのです。
「このパン」「この杯」には、このような意味が含まれており、このことばを歌うときには、ぜひ、このことを、心に刻ん
で歌いたいものです。
後半の「わたしは主の死を告げ知らせる」は、主の「死」ばかりではなく、主の過越=死と復活を告げ知らせることで
す。旋律も、「主の」が一番高くなっていますから、「わたしは」から、徐々に cresc. して、強くではなく、胸と声を開
いて歌うとよいでしょう。その後は、余韻を残すように dim. してゆきます。
詩編唱は低音部で歌われます。男声の特に、バスの人が歌えれば味わいも深まります。前半の1小節目は、息継
ぎをせず一息で歌います。歌詞が長いですが、がんばってください。後半2小節目は、途中に息継ぎ記号「,」があり
ますが、ここでは必ず息継ぎをしてください。
詩編唱の1節は主の晩餐を、2節は主の死を、3節は主の復活を、それぞれ黙想することができます。この詩編
は、主の晩さんの夕べのミサ、だけではなく、この祭儀から始まる、主の過越全体を、黙想するものと言えるでしょ
う。詩編を先唱するかたは、主の過越の聖なる三日間全体の朗読を、よく味わっていただきたいと思います。
【オルガン】
旧約の主の過越と、新約の主の晩さんを記念する答唱詩編ですから、前奏・伴奏も音色も、深く、詩編を黙想する
ものにしましょう。基本的にはフルート系の8’+4’でよいでしょう。最後の答唱句は8’だけにして、答唱句の緊張感
を助けるものするとよいでしょう。答唱句では、同音が続くので、前奏の時、刻む粒をそろえること、音が動き、 rit.
や accel. するところでは、それをしっかりと歌い祈るようにしましょう。
《洗足式の聖歌》
《奉納の歌》
【解説】
この、主の晩さんの夕べのミサで奉納の歌として歌われるのが、ラテン語=グレゴリオ聖歌では、"Ubi Caritas"と
して有名な、321 いつくしみと愛 です。この詩は、800年頃、ベネディクト会の修道士によって作られ、10世紀頃
から、このミサの中で行われる、洗足式に用いられてきました。現在は、"Missale Romanum ( editio typica tertia )
(『ローマ・ミサ典礼書』規範版、第三版)で、ミサの奉納の歌とされています。また、交唱(Antiphona)の歌詞も、以
前は、Ubi Caritas et Amor、てしたが、現在は Ubi Caritas et Vera となっていることも書き添えておきます。
さて、321 いつくしみと愛 ですが、冒頭、旋律は、先にも書いた、6度の跳躍、C(ド)-A(ラ)から始まります。
神の愛は、時間や場所に制限されることなく、いつ、どこにでも表されるものなのです。バスは、冒頭から「どこにで
も」まで、F(ファ)が持続されます。これは、作曲者のことばによれば「神の愛を受けた人から出る、無私の、変わらな
い『愛』を表すように」(『典礼聖歌を作曲して』83ページ)続くものですが、それはまた、「いつまでも絶えることがな
い」(1コリント13:8)神の愛を示しているとも言えるでしょう。「かみは」の旋律は最高音のC(ド)となって、神の愛に
ならい、心を整えます(同書83-84ページ参照)。この曲については、作曲者がかなり詳しく解説していますので、ぜ
ひとも、著書の 『典礼聖歌を作曲して』をお読みください。
【祈りの注意】
規範版では、Antiphona に当たる部分、「いつくしみと愛があればどこにでも、神はそこにともにいる」=交唱の部
分は、四分音符=58くらいとなっていますが、これが、一番早いテンポの部分と考えてください。この交唱の歌詞を、
ゆっくりかみしめて、こころにきざむように歌いましょう。「いつくしみと愛があればどこにでも」ということは、裏を返せ
ば、いつくしみも愛もなければ、どんなところでも、神は遠く離れているのです。それは、「主の手が短くて救えないの
でも、主の耳が鈍くて聞こえないのでもない」(イザヤ58:1)のです。このことを、決して忘れてはならないでしょう。
この曲の、アルシスの歌い方や、その音符の後に八分休符がある「いつくしみと」の歌い方については、作曲者の
著書をご覧ください。この部分のあと、「愛があれば」は、同じ音で、同じ母音「A」が続きます。このような場合は、他
の箇所でもたびたび指摘していますが、「愛がーれば」とならないように、母音を、きちんと言い直しましょう。ただし、
やりすぎてしゃっくりしたようにもならないように。祈りが神のもとへ自然に流れ、深まってゆくようにすることを忘れな
いようにしてください。
1「キリストの愛に結ばれ」からも、作曲者は「これは答唱詩編ではありませんから、・・・・・会衆全員で歌ってくださ
い」と書いていますが、人数が多くなると(その共同体によって違いますが、おおむね40~50人以上)、やはり、合
わないと思いますから、聖歌隊や先唱者グループが歌ったほうがよいと思います。もちろん全員できちんと合うように
祈れればそれにこしたことはありません。「いつくしみと愛~」は交唱、「キリストの愛に~」は、唱和(Versus)となって
いますので、いけないことはありません。祈りの歌である聖歌は、この人が決めたからこのように歌わなければなら
ないのではなく、どうすれば、品位ある深い祈りとなり、神のことばを豊かに味わえるか、ということを第一に考えなけ
ればなりません。
交唱の部分はゆっくり目に歌いますが、唱和の部分は、四小節を一つの小節のように早めに歌います。交唱の部
分は、できれば一回ごとに、音の量を弱くし、テンポもゆっくりにしてゆくと味わいが深まります。特に最後は、ひそか
なpp とし、テンポも四分音符=50をきるくらいにできれば、祈りが豊かに深まるでしょう。ただし、これも、必ずこうす
るものではなく、あくまでも祈りを深める方法であることを忘れないでください。
この聖歌は、聖木曜日の主の晩さんの夕べのミサ以外にも、普段のミサや、結婚式のミサにもふさわしいと思いま
す。たびたび歌って祈りを深めてゆきたい聖歌のひとつです。
【参考文献】
『新カトリック大事典』第二巻(研究社 1996 )
高田三郎『典礼聖歌を作曲して』(オリエンス宗教研究所 1992 )
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