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海洋冒険小説の家
(2)拍手が歓声が長く尾をひいた。
(2)
毬子係が控えの騎手をいれた十五個づつ、合わせて三十個の毬子を白と赤の毬門の前に並べた。
太鼓の音が止み、法螺貝が短く吹かれた。すると、それぞれの騎手が馬を走らせ、毬子を相手の毬門に毬杖で打ち込み、毬杖を高くかかげた。そのたびに客席が
「ワァーッ」
と、どよめいた。試合まえの晴れがましいイベントはやがて終わりを告げた。奉行と控えの騎手は退場し、それぞれ十騎の騎馬が残った。そこで、審判長が立ち上がって、黄色の旗を振り下ろした。と、同時に、砂土圭がひっくりかえされ、毬係が一個の毬子をフィールドの真ん中に投げ入れた。こうして闘いが始まった。
毬技場の西側席に三河の国、徳川三河守家康の家臣十人程が来て見物していた。信長の居城、安土城の天主が竣工し、家康の祝賀の使者として船で堺に来ていたのだった。公家の一人が打毬についていろいろ説明していた。
「この馬による打毬は唐国(からくに)では馬毬(ばきゅう)といってな、古くから行われていたものなんや。わが国には隋、唐の時代に伝わったようや。三河ではこんなんやってるかいな」
年配の侍が答えた。
「いえ、見るのは今日がはじめてでござる。幼いころ、石合戦などはよくやりました。あとは犬追物(いぬおうもの)、笠懸(かさがけ)、流鏑馬(やぶさめ)は見たことはござりますが、やった事は一度もござらん。今は合戦で忙しく、このようなみやびなものはござりません」
「そうやなあ、戦国の世でこんなんあまりどこでもやってないわなあ」
「甲比丹とはいかなる意味でござるか」
「ああ、東国ではあまり馴染みのない言葉やろな。これは、ポルトガル(葡萄牙)の戦船(いくさぶね)の船長(ふなおさ)のことや。ポルトガルの言葉でカピタンというのや。南海丸は大砲二十四挺積んどって、戦船のようやろ。その船長が助左衛門殿や。それで堺や京のもんは敬意を表して、甲比丹とゆうてるのや。堺に帰って来るとき、琉球の近くの海で、たった一艘で何ん十艘もの黒旗の海賊と合戦して打ち破ったんやで。たいした男や」
「ほ~お」
三河の侍たちは感心して聞いていた。いろいろしゃべっている間にも、若い侍たちは興奮して叫びまくっていた。
「なにやってんだい。いれちゃえいれちゃえ」
「あーッ、じれってぇなあ、しっかりしろってんだ」
説明していた公家は顔をしかめて、
「まあ、なんと下品な言葉や・・・」
とつぶやいて、しかし、その間も熱戦は続いていた。
助左衛門は第一戦に先手陣で先発して、公家チームの手強さを感じていた。これは昨年の相手とは違う。かなり強くなっている。その代表が姉小路(あねのこうじ)の少将といわれる十八歳の若きエースストライカーである。この少将の積極果敢な攻めに危ない場面が何度もあった。また、後備え陣も鉄壁で北嵯峨の中将を中心に二十代の若者で固めている。我が後備え陣に油屋の仁助と遊女屋の大二郎をおいといて良かったと思った。そうでなかったら今頃は三点は入れられていただろう。それを無得点で抑えているのだから。
馬と馬がぶつかりあい、毬子を入れさじと歯をむき出しにして、おめき叫んで、馬と一体となってぶつかってくる激しい当たり、すごい闘いだった。
助左衛門に対するマークがきつく、自由に動かせてもらえない。そこで、陣形四を発動した。これはフォーメーションを四ー二ー四にするもので、守りに四、中備えに二、先手に四騎を当てる。しかし、本当の狙いは攻撃に六騎を上げて一気に攻め込む作戦だった。右サイドと左サイドの両側からゆさぶりをかけ、隙をみて突っ込む。守りの大二郎から中備えの北野屋の阿智助に毬子がわたり、助左衛門のサインで左サイドから秀五郎以下三騎が白の毬門に殺到した。そこへ阿智助から毬子がスルーパスで秀五郎に、敵守備陣をひきつけておいて、秀五郎から中央の二騎にパスを送り、中央から右サイドへ毬子が回された。この素早いパス回しに相手は付いていけず、そこは広くあいた空間になってしまっていて、助左衛門が一騎待ち構えていた。防御陣は一騎だけになっており、助左衛門はかるくマークを突破して、毬子を思い切り毬杖でたたいた。
毬子は白毬門に真っ直ぐ飛び込んだ。毬旗係の白旗が二本さっと上がった。サッカーであればオフサイドで、旗が上がったシーンだったかも知れないが、この時代にはその、オフサイドはなかったのだ。
毬技場の全員が立ち上がり大歓声が巻き起こった。南海屋の応援団は熱狂した。熊も踊りまくった。次郎丸も踊った、もうみんな踊り狂った。
助左衛門は赤と緑の縞柄に塗り上げた愛用の毬杖を高々と上げてフィールドを一周した。チーム全員が駆け寄ってきて一緒に喜びを分かち合った。そこへ法螺貝が短く吹かれて、第一戦の終了を告げた。両チームは休憩のため、それぞれの毬門脇から退場した。
(続く)
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