海洋冒険小説の家

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第五章 助左衛門、安土城に行く

  第五章 助左衛門、安土城に行く (1)

 助左衛門は起こされる前に目が覚めた。頬に気持ちのよい爽やかな空気を感じた。今日もいい天気だなと思う。隣で寝ていた瀧はもう起きていた。彼は布団の中で昨日の出来事の色々なことを脳裡にめぐらした。
 昨夜の若狭屋は打毬の祝勝会で大いに盛り上がった。前日、酒を控えた面々も、勝利の美酒に酔い、いわゆるいっき飲み(注1)はするは、琉球の蛇皮線で唄を歌うは、全員で何度も勝利の勝鬨、エイエイオーを叫ぶはで、大騒ぎだった。これでもう思い残すこたはないとまで言う連中もいた。しかし、明日のことを考えると、助左衛門は無邪気にはしゃぎまくる気分にはなれなかった。それに、朝が早い。寅の刻(午前四時)には出立しなければならない。それで、すこし早めに切り上げて家に帰ってきた。
 六兵衛にも
 「早めに切り上げや」
 とは、いったが、
酒には底なしの六兵衛のことだ。どのあたりで帰ってくることになるか。戌亥の刻(午後九時)をすこし過ぎた頃には助左衛門は風呂に入っていたのだった。
 明石屋の秀五郎と油屋の仁助には、安土行きのことは言っておいた。二人とも心配そうな顔をしたが、
 「海賊衆よりはまだましや思うてんねん」
 笑いとばしたので、安心した顔つきになった。
 「誰か聞くもんおったら、そうゆうといてんか」
 仁助が真面目な顔で注意した。
 「信長の殿さんに、あまりほんとのことゆうたらあかんでぇ。なに考えてるのか分からんお人やそうやからな」
 秀五郎も、
 「助左衛門がおべんちゃらの言えるやつであれば、心配なんかせんのやけど」
 「わしかって、おべんちゃらの一つくらい、言えるわい」
 ここで助左衛門は反論したが、そんな事一切無視して二人はしゃべる。
 「今井宗久などは殿さんの前ではぺこぺこしてんのやろな」
 「そらそうやろ。いつの時代でも口先のうまい奴は出世しよる」
 「宗久は本願寺門主の血筋を引いてるちゅうのに、本願寺攻めの鉄砲、弾薬をどんどん信長殿に送ってるのやからな」
 「魚屋(注2)も天王寺屋(津田宗及)もうまく取り入っとるけど、気ぃばかりつこうて、疲れるやろな」
 「茶の湯の道も究めないかんし、信長殿には仕えないかんし、苦労は多いのんとちゃうか。それはええとして、ほんまに気ぃつけや」
 二人は交互に助左衛門に言い、そして別れて来たのだった。

 外に出た。まだ、暗かった。井戸の脇にある燈篭に灯が入れられ、うっすらとした明るい空間を作っていた。瀧の心遣いは本当にありがたいと思う。歯を磨き、顔を洗った。六兵衛は遅く帰ってきたはずなのに、もう、きっちり起きてきていた。
 番頭の次郎左衛門に馬の用意を頼んだ。馬は四頭である。瀧はもう、馬に載せる荷物の手配をしていた。三人であたたかいめしと味噌汁、焼き魚、漬物で朝食をとった。六兵衛は酒と料理をたらふく遅くまで腹にほおりこんだはずなのに、ぱくぱく食べて、その胃袋の大きさに改めて瀧は驚いたようだった。
                     (続く)
[注1=十度飲み、十種飲みという、二人による飲み比べ、注2=ととや、千宗易]



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