海洋冒険小説の家

海洋冒険小説の家

(7)助左衛門も息を呑んだ。

     (7)

 そこは別世界だった。八角形の部屋は朱色に、赤・赤・赤に染まっていた。朱漆の床に柱、外陣の縁もすべて朱の漆で塗り上げられている。西の正面に襖絵が九面、金地に色鮮やかに「釈迦説法図」が描かれてあった。山肌の青に金色の対比は山のみずみずしさを見るものに感じさせ、お釈迦様の神々しさを中心に、回りの人物の衣装の美しさは本当に見事だった。内側の壁、柱は総て金だった。
 「釈迦説法図」の前の朱漆の床に二枚の青畳が敷かれていた。そこに座るものの権威はいやがうえにも増すことになるだろう。そして、そこに座るのは、信長殿なのだ。信長の殿は助左衛門たちの顔を見て、満ち足りた笑顔を見せていた。恐らく、誰がこの部屋に入っても同じ表情を、感嘆の表情を浮かべるであろう。そして、信長はいい気分に浸れるのだ。
 「まだ、上があるぞ」
 その声でみんなは我にかえった。
 「ここが一番上じゃ」
 朱漆の階段を上ると、そこは、黒と金の色の世界だった。回りの壁は、「竹林の七賢人図」、「三皇五帝図」、「孔門十哲図」、「商山四皓図」がそれぞれ描かれている。勿論、これは皆、信長の解説で分かったことであるが。床、柱、戸板、格天井(ごうてんじょう)の格子の角材に黒漆が塗られ、黒の小宇宙が作られていた。金具、壁、天井板の金の、黒と金の調和のとれた色、豪華で、しかも落ち着いた、静謐の世界。助左衛門は心の中で呟いた。
 「信長殿はここに一人で篭って、何を考えるのだろう」
 下の朱の狂気の世界と比べれば、ここは知の世界だ。
 それにしても、六重めの朱と金、七重めの黒と金、そして金碧の絵。狩野永徳(かのうえいとく)とその一門の人々のセンスと技術の凄さ、時代を先駆ける新鮮さの、なんと素晴らしいことか。これはもう、堺の町衆とぴったり気持ちが合っていた。
 瀧も六兵衛もあまりの感動にボーとなっていた。助左衛門は思う。安土での仕事が終われば、狩野永徳はんと一門の方々には堺に来てもらおう。そして、我が家の襖にも絵を描いてもらおうやないか。そうや、堺の町こそ永徳はんの絵は似合うのや。この、日本で一番新しいものがあふれている堺の町のあちこちに、狩野一門の絵が見られたら、どんなに愉しいことか。それを想像しただけで、心がうきうきしてくるのだった。
                   (続く)



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