海洋冒険小説の家

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(8)権大納言より書状「日蓮党負ける・・

     (8) 

 「しかし、そのいちゃもんをつけたのはいつの話やねん。かなり前のことやないか。なんや、へんな話やなあ」
 明石屋の秀五郎が言う。
 「それに、宗論に負けたら寺ぶっこわすぞ、ゆうて迫ったのはどうも法華宗側だけらしい。なんやおかしいで」
 そら、おかしいと助左衛門も思う。あの二十二日の時にこの企ては着々準備されとったんやから。いや、早馬が飛んだのは、その前、十九日ごろや。ということは、その何日も前から企まれていたんや。これは法華宗つぶしの計画や。しかし、なんで今なんやろか。天文元年(1532年)に起こった京の法華一揆は、町衆と結びついて大きく広がり、町衆が京を支配するまでになった。しかし、天文五年(1536年)七月、比叡山山門の衆徒と六角氏らの攻撃を受け、法華宗二十一本山総てが焼け落ち、没落した。この天文の法難と言われる出来事以来、法華宗はかつての力を失った。今の法華宗はおとなしいもんや。そら、他宗の悪口は言う、喧嘩っぱやいなど、助左衛門も好きとは言えないが、つぶさなあかん程のことでもない。
 それに、未だ本願寺との戦も続いているというのに、ここであらたな火種を作る程、信長殿は阿呆ではないと思うが。色々考えているときに、みんなが助左衛門の顔を見た。誰かが、助左衛門になにか聞いたらしい。 

 「なんかゆうた?」
 「このなかで、安土のことに詳しいのは助左衛門一人やさかい、なにがどうなっているのんか、説明してくれ、ゆうてんねん」
 助左衛門は、いままで、見聞きしたことの全てを皆に話した。自分の推測は話さなかった。いらぬ心配をかけたくなかったからだ。しかし、それでも、それだけの事実だけでも皆には、法華宗の運命が手にとるように分かった。罠が巧妙に仕掛けられたことを。この中には、熱心な法華宗徒はいない。仁助でさえ、兄が法華宗の僧侶であるにもかかわらず、熱心な法華宗徒ではない。それでも、大変な不安を抱いた。堺には、法華宗の寺も多いし、商人の宗徒も多い。彼らには多かれ少なかれ、情報が色々入ってきて、不安な気分になっていることだろう。

 二十七日の夜、安土よりの二報が入った。それとともに、京から権大納言からの書状が助左衛門に届いた。それによれば、
 「前右府の命に依る安土浄厳院に於ける浄土宗、日蓮党の宗論、日蓮党相負け候、僧と宗徒ら数人斬首の由に候、安土と京の僧、宗徒ら数千人押し込められ候の由に候、堺の商人衆に取りあえずお知らせ申し候、恐々謹言、五月二十七日、道房、荒木助左衛門殿」

 道房(みちふさ)、というのが権大納言の名前である。仁助のところに入った書状もだいたい同じようなものだった。この大混乱のなか、明日安土に行かねばならない。なんだか血の匂いが感じられて、うんざりしてきたが、仕方がない。
                   (続く)






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