海洋冒険小説の家

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(4)信長の書状



 ~このたび浄土宗と法花宗宗論の儀申しつけ、即時に相果て候、様体定かに聞き及びべく候、それについては、法花宗誓紙ならびに一行案文の写しを遣わし候、本文をば、一つは本寺にて候間、知恩院へこれを遣わし候、ひとつは我々方に置き候、此の旨洛中洛外に相触れるべく候。なお矢部善七郎、針阿弥に申すべく候也。
 五月廿八日
                        信長 朱印 
 村井長門守殿    ~

 以上や。洛中洛外に相触れるべく候とあるので、この「次第」「起請文」それに長門守宛の書状を御触書としてあちこちに配ったんやな。風日庵様の書状には、他に、この宗論のそれぞれの代表の者と、判者の名前が書かれてある。それは、
 法華側は頂妙寺前住持の日光、常光院の日諦、久遠院の日淵、法音院某。浄土宗側は安土・田中の西光寺の聖譽貞安、上野のさいびん寺の霊譽玉念、信譽洞庫、京都知恩院の一心院の助念、それに織田七兵衛(注1)殿が浄土宗側に座ってるでぇ。
 判者には南禅寺秀長老こと鉄痩景秀、同伴僧・稜西堂こと華渓正稜、因果居士、大和の法隆寺の仙覚坊栄甚の四人がなったらしい」

 長い間じっと聞いていた仁助と仲間たちは、聞き終わって、なんだかほっとした表情をうかべていた。とにかく、「法花一分の義立ち置かれるの旨」とあるので、法華宗は潰されなくてすむことになる。当分は日光の命は大丈夫のようだ。しかし、浄土宗側に織田七兵衛が座っているとは、あからさまな圧力をかけた事だけは分かる。信長の身内(甥)を助っ人に置いたのだから。
                    (続く)
[注1=おだしちびょうえ、信澄、明智光秀の娘婿、信長の甥]



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