海洋冒険小説の家

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(12)因果居士の独白



 あとは詫び証文を書かせるだけだった。これも死ぬほど恐ろしい脅しをかけて。それで、詮方なく詫び証文を書いたという訳だ。
 「このあと、騒動の元になった安土の法華宗徒二人と京の僧一人が首を刎ねられました。そして、詫び証文を書かせたのです。われわれ判者四人は信長殿によくやったとねぎらいの言葉があり、恩賞があたえられました。また、浄土宗の僧たちにも、ねぎらいの言葉があり、同じように恩賞が与えられました。私は後味の悪い思いでいっぱいで、喜びどころではありませんでした。仙覚坊栄甚殿に相済まぬことをした、と謝りましたが、
 [信長殿相手では致し方ないではないか、もうよい、こんなことは早く忘れよ]
 と、反対に慰められました。私は昨日まで安土に引き止められ、今日帰って来たところです。こんな思いを一日でも早く忘れたく思い、明朝、京を引き払う決心をしました。それで、日頃より私を温かく御援助下されておられる風日庵様に一言挨拶に参ったのです」

 しかし、と助左衛門は思う。因果居士殿には一生涯、この後味の悪さはつきまとうだろうな、と。人が三人も斬られ、法華宗に大打撃を与えたのだ。それも、汚い謀りごとで。われわれも戦で多くの人の命を奪ってきた。それは、自分と仲間や積荷、交易船を守る為であり、戦いは正々堂々とやってきた。汚い謀りごとを使ったことはない。汚いやり方をもしすれば、南海丸乗り組みの水夫や足軽兵士の信頼をすぐになくすだろう。人と人との関係というものは、そういうものなのだ。そして、一番具合の悪い事は、自分自身は騙せないことだ。
                   (続く)



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