海洋冒険小説の家

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(10)海龍丸轟沈す



 風は左後方から受けており、考えた通りにすすんでいる。海龍丸もこちらに気付いたとみえて、方向を南海丸に向けた。しかし、風を真正面から受け、心持ち岸寄りに進路を変えた。南海丸もそれに合わせ、風は真後ろから受ける有利な展開となった。どのように戦を始めるか、主導権は南海丸が握った。
 美しい海に二艘の帆船が、いま、まさに死闘を繰り広げようとしていた。
 「東風斎殿、最初の斉射が鍵を握るので、良く狙わすようにな」
 「心得てござる」
 自信ありげに答えた。
 「相手との間合いが詰まってきた。南海丸のほうが、追い風もあって2倍船足は速い。一気に大砲の射程距離に入った。
 「撃て!」
 東風斎の声が響いた。轟音と炎と煙が一斉に吐き出された。一瞬、遅れて敵船の大砲の響きが伝わってきた。船が大砲を撃った反動で左に傾いた。そして、すぐ、どすん、どすん、と被弾の音と身震いするような振動が続いた。
 「全弾命中!」
 六兵衛が叫んだ。
 「こっちの被害は?」
 「船腹のあちこちに穴が開いてますな」
 吉兵衛が報告した。
 「海水は入っておるか?」
 「いえ、喫水の上ですので心配はないようです」
 「まあ、今回は荷を積んでないからいいが、積んでいたら、心配でやきもきした所やな」

 煙が晴れて、相手側の被害が見えた。向こうも同じように、船腹に穴がぼこぼこ開いている。
 次は、回頭して、左舷の大砲の出番である。その間も右舷の大砲は火薬と弾が装填されて、いつでも撃てるようにされていた。
 ゆっくり船が回り、相手を捉えて、戦いを挑んでいった。水夫が忙しく立ち働いて帆を引き、向かい風でも走れるようにした。
 それで、風下の不利な位置からでも遜色ない戦いが挑める。ゆっくり近づいて、六角坊がおおきな口をあけて、まさに「撃て!」と叫んだと同時に、海龍丸が大爆発を起こし、甲板を吹き飛ばし、三本柱がみな倒れた。外板もかなり吹き飛んで、海水がどどっと船底に流れ込んでいた。あまりの出来事に、南海丸の乗り組み全員がびっくり顔をしていたが、舵取りの十蔵が、
 「やったあ!」
 と叫んで、やっと皆は我にかえり、大声を上げて喜びにわいた。
 海龍丸はゆっくり波間に消えていった。あとには、船の残骸と死体が浮いていた。生存者は誰もいなかった。従軍していた時宗の僧が経をあげて死者を弔った。
 南海丸も最初の攻撃で、死傷者が十数人出ており、船医師が治療に当たった。使者は意味に沈め、乗り組み全員で弔った。
 やはり、熱した大砲の弾が火薬に引火したのだ。あまりの威力に、助左衛門と六兵衛は声がなかった。
 「凄い威力だったな」
 「そやな、たんなる思いつきだったのやが、あれほどのことになるなんて、思いもしなかった。帰りに室の浦に寄って、海賊退治が終わったことを、羽柴筑前守殿に報告しておかんといかんな。もう、兵糧船に手を出すもんはおらんことを。これで、やっと、当面の仕事が終わった。もう、堺に手を出す海賊はおらんやろ」

 南海丸が堺に帰ると、町衆の大歓迎を受けた。乗り組みのすべての者が英雄として称えられた。助左衛門は、堺奉行・松井友閑に勝利の報告をしたあと、歓迎式典は六兵衛や船頭の吉兵衛ほかにまかせて、家に帰った。瀧が心からうれしそうに出迎えてくれた。
 「あ~あ、疲れた!」
 「無事でほんによかった。それだけや」
 二人は、顔を見合わせて笑った。
                    (終わり)

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