たからくんが大人になるまで生きていたい日記

たからくんが大人になるまで生きていたい日記

タイトル「筆箱の底」


「筆箱の底」



 ペンが二.三本入るような革のペンケースを高校の入学祝いに貰った。使わないまま無くしてしまった。いつももっとたくさん入れたい物があったから。大人になったら使おうと思っていたのに。
 私の筆箱は薄いアルミケースだったり、象が踏んでも壊れないプラスチックだったり、布にジッパーがついていたりしていた。ケースが替わっても、いつも鉛筆(シャーペン)、消しゴム、さし、赤ボールペン、黒ボールペンは最低でも入っていたように思う。
 大人は筆箱を持たないらしい、と思っていた。学校というところに通わなくなると筆箱は必要ではなくなるらしい、と。電話の横のペン立て、事務机の引き出しにあるペン皿、それで事足りるようになるらしい。
 私はもうすぐ三十六歳になるが、まだ筆箱が必要だ。今持ち歩いているパンパンの筆箱。一本一本中身を確かめるように出すのではなく、逆さにして掻き出すように底をあける。ああ、カラッポだ。
カラッポだ。
 消しゴムくずや鉛筆の芯や、何かしらで薄汚れてる。見たことがなかったな。
 私はまだカラッポを受け入れない。自分の何かを、何とか埋めようと抵抗している。
 カラッポが吹き付けてくる。立っていられないと思う。
「そうよ、カラッポよ。で、それがどうかしたの」
「カラッポが吹き付けてくるって、ああ、あれね。別にだからといって、吹き飛ばされたり転んだりはしないわよ」。そう言って今夜屠る鶏の首をひねりたい。……。本当に?
 ……。たい、のか、たくないのか。
 割礼の前夜に逃げ出した私は、せっかく大人のペンケースを貰ったのに、それさえ無くして、子供の筆箱をぱんぱんに膨らませて毎日携えている。他の人は底を開けた筆箱をその後どうするのだろう。私はまた出した物を戻してしまった。


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