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■2月7日(月)朝起きると、左手がしびれていた。会社から帰りに医者で診てもらうも、分からない。■2月8日(火)ふらつく。翌日は異常なし。■2月10日(木)ふらつくので会社から帰りに診てもらう。念のために紹介状を書いてもらいS山HPでMRIをとることに。■2月12日(土)診察とMRI。異常なし。血圧を計ったら普段は90程しかないのに153!!数日間ふらついた。28日から妹が入院。いつまで元気でいられることやら。体調がすぐれないと憂鬱だ。■2月に見た映画■9■E.T.■2.910■幸せの始まりは■2.1111■ソウル・キッチン■2.1212■ハーブ&ドロシー■2.1613■君を想って海をゆく■2.1614■洋菓子店コアンドル■2.16■書きのこしたネタ■*ニュージーランドの地震*アカデミー賞*小説「アーレンガート」■過去の書き残したネタ■*椅子*緑被率*ラパン・アジル*チューブとメトロ*メトロのすり*二つの風車*リトルベニス*ヨーロッパの家はなぜきれい?*「北極星」*うつぼ公園*アルミ缶エコ*江戸時代、和歌山の防災意識*子供と春の花と桜*ケチな近鉄・・・吉野の桜*「ゲゲゲの女房」昭和30年代。貸本屋、方言*瀬田の町で見つけた小さな川*インテリアのページ*近所で見つけた古いものたち*冬のオリンピック(フィギアスケートの採点)*京都芸人ネタ*病院食■1月のおしゃれ手紙:寒い。寒いよパトラッシュ。■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月28日*近江八幡の赤い○○ *・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.28
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15年前に大阪から四国の香川県に引っ越した友人がいる。大阪にいる時には、彼女の車の乗せてもらって田んぼの草取りに出かけたりした。その時、車にチョコンと3歳の男の子、R君が乗っていた。彼女を訪ねて、友人たちと四国の家に泊まった時にも、男の子は、チョコンと車に乗って私たちと出かけた。その男の子、R君が今18歳。今年、大阪の大学を受験すると言うので、親子で、24日、うちに泊まってもらった。3時頃にうちに着いて、それから積もる話。夕食をして、また話。7時頃、友人のM子が電車で駆けつけてくれて、3人で話・・・。3人とも、お酒は飲まないけれど、よくしゃべる。翌日、25日は私は仕事で行けなかったけれど、飲み会が開かれた。参加者は、もちろん、女性ばかり。食事と話が楽しい女性ばかりの集まりを女子会というらしい。 ■女子会■女子会とは女性だけで集まって飲食をしたり、話し(情報交換)をする会のこと。仕事を持つ女性の過半数が月一回以上女子会に参加しているという調査結果もある。女子会の意義や目的で多いのが本音トークや秘密トークが出来る点。他に女性同士だから共感してもらえる点やストレス発散が出来るという理由も多い。男性の集まりだと飲み会というイメージが強いが、女子会では食事やお茶、スイーツなど、お酒のない飲食の方が多い。また、ショッピングや映画鑑賞、旅行など多岐にわたっている。また、こういった動向に着目し、女性限定プランを打ち出す飲食店もある。2008年辺りから使われるようになった女子会だが、2010年にはユーキャン新語・流行語大賞のトップテンを受賞している。受賞者はモンテローザ社長の大神輝博。 今年の1月4日に関東の友人が泊まってくれた時にも、女子会をした。仕事の話、子どもの話、孫の話、ブログの話、趣味の話・・・。話題は尽きない。マイケル命の友人また来てね♪・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月27日*「秩父山中花のあとさき」*・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.27
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生まれつきか、生まれてすぐか、父の右半身は不随だった。そのためか、どうかは知らないが、父は結婚をする事は、ないだろうと思っていたという。しかし父は結婚しようと決心した。わずかばかりの田んぼと母親との貧しい暮らしで、妻や子供を養えるのか・・・と父は考えたことだろう。しかし、その不安よりも、家族を持ちたい。自分も妻や子どもとの賑やかな暮らしをしたいというおもいの方が強かったのだろう。その強い思いが父に結婚を決意させた。8人きょうだいの末っ子として、大切に育てられ家事を母親や兄嫁にまかせ、好きな歌や踊りで陽気に暮らしていた母。何不自由のない、のびのびした暮らしから、姑のいる農家、しかも貧乏な農家に嫁ぐのには、そうとうな覚悟がいったことだろう。結婚してすぐ、母は気難しい姑に泣かされる日々が続いた。その姑が病気で長患いし、もともと貧しかった家計は、火の車となった。ふたりは、死ぬまで貧乏だった。しかし、ふたりは、死ぬまで幸福だったと私は確信している。ふたりでよく笑い、子どもを愛した。家の仕事も楽しそうにやっていた。貧乏ではあっても、愛する家族がいて共に生きる人がいた。最近、孤族という言葉をよく聞く。貧しくて結婚も出来ず、たったひとりぼっちで暮らす人の多いこと。男性は、「こんな安月給では、結婚できない」と諦め、女性は、「金銭的に安定した人がいないから結婚できない」と言う。父や母の結婚した戦後すぐと今は違う。それを分かってあえて思う。貧しくとも誰かと共に生きることはできないのだろうか。結婚し、家族が増えることの喜びを知ってほしい。父と母がそうであったように・・・。ひとりで生きるには、人生は長すぎる。■父の麦わら帽子■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月26日*父の麦わら帽子:目次*・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.26
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■浜辺 遥さま■バレンタインだ、ハートだと騒いでいるうちに、もう「春でぴよ。」あれ、うつっちゃった。先日、植生調査をしようとK井さんと待ち合わせ。待ち合わせ場所が、なんと「浜辺 遥さま御用達」のあの「スーパー」。その日がちょうど閉店日で、お店は、押すな押すなの大にぎわい。遥さんは、いつもステキな服を安く買っていらっしゃいますが、その原点はここにあったのかとしばし見てしまいました。遥さんも「チープシック」がお好きなんですね。私もチープシック大好き人間です。高いお金を出せば、いいものが買えるのは当たり前。チープ(安くて、あわよくばタダ)でシックなものをゲットする、これこそ、本当の「おしゃれびと」ですよね。私が「チープシック」という言葉を知ったのは、今から30年前。暇で、近くの本屋さんに入り浸っていた頃、出会った雑誌が『私の部屋』。今、巷に何種類ものインテリア雑誌が出ていますが『私の部屋』は、その草分け、はしりとも言うべき本です。そして30年たった今見てもインテリアはもちろんのこと、暮らしのアイデアや考え方など、ちっとも古くないのです。今でこそ、すっかりお馴染みになった 「パッチワーク」、「ポプリ」、「DO IT YOUR SELF」そして「チープシック」・・・。これらをはじめて知ったのはこの本でした。以来、私は「チープシック教」の熱心な信者に。教典は、もちろん『私の部屋』。でも、チープシックって難しい。ヘタをすると単なる安物買いになってしまいますもの。パッチワークだって暇つぶしか、単なる手芸好きと思われるし・・・。 I田さんが、四国から来阪されたとき近所のKさん、S田さんと、わが家でお茶会をした時・・・。清水の舞台から飛び降りたつもりでお茶碗用にと買った高価な器より実家からもらってきた、大きな「片口」の方が「茶粥にあいそう・・・」「ポトフにも似合いそう・・・」と人気がありました。だから今は値段が高いか安いかで買うのではなく、心に響いたものだけを買おうと決めました。ブランドものだって値段が許せばOK!実は、昨年の秋、パリジェンヌ御用達ブランド「アアニエスb.」のセーターを買ってしまいました。それも同じ物を2枚も・・・。ものすごく気に入って、この秋冬は親のカタキのように、そればかり着ていたので1枚は、だいぶクタビレてきました。やっぱり、2枚買っといてよかった。少しくらい高くても、気に入って何回も着れば気に入らなくて1度も着ない服よりずーっと、チープ。遥さん御用達の「Sスーパー」はなくなったけど、遥さんのおしゃれセンスがなくならない限り、チープシックな生活はできます。これからもステキなものを見つけて「おしゃれ手紙」に書いてくださいね。 天地 はるな◆◇◆「おしゃれ手紙」:目次◆◇◆◆おしゃれ手紙◆●四国のI田さん、受験生のR君と来阪。うちに泊まってもらって、M子も加わって、受験生R君のこと、すっかり忘れて久々の楽しい会話。また、来てね♪・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月25日*サルビア歳時記:2月の季語/サルビア歳時記:2月の三箇条*・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.25
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熱源が手軽に手に入るお湯なので、古くから簡便な暖身法として人気がありました。元禄年間(1688~1704)には、すでに使われていたのだとか。かつては陶製のものが主流でしたが、昭和初期頃から金属製のものが出回りました。金属製は軽くて丈夫で熱に強い反面、錆や冷めやすい・火傷をしやすいなどの欠点もあります。表面のあの波形の凹凸は熱の吸収・放射をよくするとともに、熱による膨張・収縮に備えるためのもの。陶器製は熱に強い点では金属製と同じで、冷めにくい・錆びないなどの利点もありますが、割れ易いことと重いことが難点。他にゴム製やプラスチック製のものもあります。湯たんぽは、湯が冷めるまで緩やかに熱を放射するという長所がある反面、温度の調節ができないのが不便です。 この写真と上の写真は、和歌山県のどこかで見たもの。陶器で、明治時代のもの。これらは今や、花器として使われているのを見ることがある。なかなか、いい感じだ。友人にエコな生活をしている人がいる。彼女は、ストーブで暖をとり、その時にわいた湯を湯たんぽに入れていた。そして、翌朝、ぬるま湯となった湯たんぽの湯で顔を洗っていた。見習いたいと思いながら、思うだけで終わりになりそうだ。 家電製品で暖めるのとは違い、空気が乾燥しにくく・保湿性にも優れていますので、乾燥肌の方にもおススメです。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月23日*北野天満宮の梅と牛/おばたでこ*・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.23
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上野動物園にパンダが来るとテレビが大騒ぎしている。レンタル料が、1頭につき、年、8300万円という高額なのを聞いてびっくりした。お金がかかるのは、それだけではない。1日あたりの食費が1万850円で、堂々の1位。餌の品目数が15種類と多く、なかでもパンダの大好物である孟宗竹が高価なのだという。飼育コストから考えても、やはりパンダは特別な存在なんですね。もちろん、飼育係の人件費もかかるし、1か月に、いったいいくらかかるのだろう?パンダが来れば、動物園がもうかるという人もいるが、パンダ2頭を飼育する、神戸市立王子動物園によると、神戸市が中国側に支払っているレンタル料は年間計100万ドル(約1億円)。 「パンダの効果で来園者は増えても赤字経営」との現実があるという。 パンダ1頭分あれば、里山の整備などで、多様な動物や植物が暮らせる環境を作ることができる。動物園でパンダを見るよりも、身近な所に、メダカを見ることの方がどれだけ大事なことか・・・。パンダなんていらない!!!■こんなものいらない!■■ベビーバス■■リモコン■■電気ポット■■温水洗浄トイレ■■パソコンのキーボード■■しゃもじと洗剤のスプーン■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月21日*郡上八幡・昭和な風景/梅と雛と冬鳥の旅*・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.21
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■洋菓子店コアンドル:あらすじ■♪音が出ます!甘くない人生に、ときどきスイーツ。きっと幸せになれる。伝説のパティシエと呼ばれながら、8年前にケーキ作りを突如としてやめてしまった十村遼太郎(江口洋介)と恋人を追って鹿児島から東京に出てきた臼場なつめ(蒼井優)。2人は都内で評判の洋菓子店「パティスリー・コアンドル」で出会う。なつめは見習いとして「コアンドル」で働き始め、スタッフ、常連客に支えられながら、一生懸命に自分の居場所を見つけようとする。そんな彼女の姿に、次第に十村の心は動かされいくが…。 よくある話だが、大好きな蒼井優が出ているのでみた。彼女の可愛らしさが充分出ていた。黒く長い髪をきりりと結んで、ケーキを作ることに熱中する姿は、ほれぼれするほど、同性ながら可愛らしい。あと、話とはまったく関係ないが、沢山の坂が出てくる。臼場なつめ(蒼井優)が恋人を追って東京の「コアンドル」という洋菓子店を探すという冒頭のシーンが坂。「コアンドル」は坂の下にあるらしく、階段があった。他にも、「コアンドル」の常連客(加賀まりこ)の家もゆるい坂。階段に座るシーンもあった。最後にNYに向かうなつめの前に坂道・・・。ああ、東京って坂道が多いって本当だ(「ブラタモリ」情報)とへんな所に感心してしまった。この映画では、お菓子を作るシーンも多いが食べるシーンも多い。映画の中で、人々は、ゆっくりとお菓子を食べる。私も、今度、ケーキを食べる時は、作っている人のことを思って、ゆっくり食べよう。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月19日*石州瓦(せきしゅうがわら)/ポンジュースのポン *・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.19
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■君を想って海をゆく:あらすじ■少年はドーバー海峡を泳いで渡る・・・。対岸のイギリスに暮らす恋人に会うために。17歳のクルド人難民・ビラルは、イギリスへ移住した恋人に会うため、イラクからフランス最北端にある街“カレ”に辿り着く。ビラルは英仏海峡を越えるべく密航を試みるも失敗。彼には海峡を泳いで渡る手段しか残されていなかった。そこでビラルは、水泳選手として名声を得たものの、いまではコーチの職に甘んじている、フランス人・シモンにコーチをしてもらえないか懇願する。難民を支援する団体に属している別居中の妻の心を取り戻すことができるのではとの思いからビラルにクロールを指導することになる。 この映画を見るまで知らなかったことが多い。そのひとつが、「クルド人」。もちろん、クルド人という言葉は知っていたが、イラクにいる民族のひとつだと思っていた。〈クルド人〉とは。トルコ、イラク、イラン、シリア、アルメニアの国境地帯に跨がる山岳地域(クルディスタン)に暮らす。人口は約3,000万人と言われ、現在、独立した祖国を持たない世界最大の民族と呼ばれている。様々な政治組織が存在し、自治や独立を求めて闘争を続けている一方で、クルディスタンを離れ、欧米へ移り住む人々も増加している。国を持たない人だったのだ。だからこそ、死に物狂いで(中には死んだ人も多くいた)ヨーロッパやアメリカに亡命する。17歳のクルド人難民・ビラルもそのひとり。3か月もかけて、フランスのカレまで来て、イギリスに渡ろうとする、ビラルたち。しかし、国境の検査は、厳しく、息をしていると、二酸化炭素が出るのでいると分かる。そのため、ビニール袋をかぶって、決死の脱出。それもばれてしまい泳いで渡るしかないと少年は思う。もうひとつ分かったのだけれど、フランスでは、難民を泊めると密航を助けたと見なされ、罰せられるのだ。どうすればいいのか私には分からない。いろんな人に見てもらって難民問題を分かってもらいたい。アムネスティ「人権パスポート」提示で鑑賞料200円割引に!〈難民〉「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた人々」と一般的に定義されるが、広義には天災、貧困、飢餓による者も含む。現在、認定を受けた難民は約1,500万人いるとされ、国内避難民と合わせるとその人数はおよそ4,300万人と言われている。●写真は、伊勢湾。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月17日*父の麦わら帽子:今日は死ぬのにもってこいの日 /遊び唄誘い唄*・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.18
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■ハーブ&ドロシー:あらすじ■アートの森の小さな巨人郵便局員のハーブと、図書館司書のドロシー、夫婦共通の楽しみは現代アートのコレクションだ。選ぶ基準はふたつ。1.自分たちのお給料で買える値段であること。2.1LDKのアパートに収まるサイズであること。慎ましい生活の中で約30年の歳月をかけコツコツと買い集めた作品は、いつしか20世紀のアート史残す作家の名作ばかりに!そんなふたりに、アメリカ国立美術館から寄贈の依頼がやってきて……。アートコレクターといえば、誰もが大きなプール付きの家に住む、庶民とは関係のないお金持ちを想像するだろう。しかし、国立美術館にコレクションを寄贈したこの稀代のアートコレクターが、小さなアパートに暮らすごく普通の老夫婦だといったら驚くはず。『ハーブ&ドロシー』は、実在する現代アートコレクター、ヴォーゲル夫妻を追った感動のドキュメンタリー作品。公務員のふたりがいかにして膨大なコレクションを築いたのか?― その秘密を明らかにしながら、次第に“ほんとうに豊かな人生”のあり方を浮き彫りにしていく。お金儲けのためではなく、ただひたすら二人三脚で好きなモノを集めてきたふたりの姿は、発見する喜びと夫婦愛に満ちている。アートの知識なんてなくても、彼らの人生に触れれば、ほんの少し世界が変わって見えるはずだ。 アートっていいなと思うけど、現代アートは、ちょっと遠慮したい私だ。私は、生活の中にアートを見つけるようにしようと思う。 例えば、写真立てであっても、100年の時を経たアール・ヌーボーのものが好き。 残り物の端切れや思い出の布でパッチワーク・キルトを作る。写真立てもキルトも実際に使うものだ。その使うものが美しいものであって欲しい、アートであってほしいと私は思う。時を経たものや思い出のあるものが好きな私にはハーブ&ドロシーの世界は理解不能。彼らは、2000点以上の現代アートを持っているという。そのため、彼らの小さなアパートは、ぎゅうぎゅう詰め。作品をベッドの下に置く。そのため、ベッドの高さがどんどん高くなっているというのだ。彼らは、その足の踏み場のないような小さなアパートで満足そうに暮らしている。彼らの持っている作品を数点売れば、大きなアパートに引っ越せるのに、彼らは売らない。アメリカ国立美術館に寄贈するという。美術館も、これではあまりに気の毒だと、病気などの緊急の時にとお金を渡す。すると、なんと、二人は、そのお金で、またもや、作品を買いに行くのだ!!彼らは決して投機の対象として、アートをみていない。欲しくてたまらないという衝動が彼らを突き動かす。私は彼らの持っている作品が好きではないが、このお金に対する潔さにまいりましたと言おう。アートの森の小さな巨人、ハーブ&ドロシーは、愛すべき可愛らし夫婦だ。あと、夫妻の猫、これは、美しい!・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月15日* 新歳時記:バレンタインデー / 昭和恋々:下駄 *・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.17
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■ソウル・キッチン:あらすじ■しあわせはすべて、このレストランにある。ハンブルクでレストラン“ソウル・キッチン”を経営するジノス。ヘルニアで調理ができなくなったジノスの変わりに、頑固者の天才シェフを新しく雇うと彼が作る料理が評判に。そんなある日、兄のイリアスが刑務所から仮出所してくる。イリアスが店のウェイトレス・ルチアに惚れて、音楽好きな彼女のために盗んできたDJセットでジノスの大好きな音楽をかけながら、店はさらに繁盛しはじめる。すべては上手く回り始めたかに思われたが…。 テンポよく始まるストーリー、美味しそうな料理、ストーリーの面白さ、ノリのいい音楽、出てくる人物の面白さ。こんなお店があったらいいなと思っていたら、モデルがあるそうだ。しかも、その店のマスターは、物語と一緒にギリシャ系のドイツ人。ギリシャって中近東なのかなと思わせるほど、濃い顔。マスターのおばあさん(お母さん?)はインド人かと思うような顔だった。ドイツは人口の9%が外国人だそうだ。これは、アメリカ、ロシアに次ぐ数字。戦後、外国から労働者の流入を促進し、その後、2世3世が生まれることで益々増加した。特にハンブルグは外国人が多い州。トルコ、ギリシャ系の人をはじめ、ドイツぽくない人とすれ違うのは日常的なのだそうだ。店のマスターとその兄は、映画の中でもギリシャ風のダンスを踊っていた。変わり者の天才シェフが作る料理を見ていると、なんだか私も手のこんだ料理がしたくなった。最近、手抜きが多いからな・・・。ああ、美味しいものが食べたい!!!・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月15日* 新歳時記:バレンタインデー / 昭和恋々:下駄 *・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.15
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■天地 はるな様■やってきました、バレンタイン!何を隠そう、このウンチクたれのワタシも学生時代には、1ヶ月前から、ひたすらウンウン悩んで授業なんかそっちのけ。「今年のマイブームはこれよ!」などと趣向を凝らしたものです。父から叔父から憧れのドクターから・・・。えーっと、えっーと15個はくだらない時もありました。それにひきかえ、今の私はバレンタインデーのチョコ紛争に紛れ込んだ美味しそうなチョコを、自分で買って食べる日々。はたから見れば「お気の毒」かもしれないけど、何のポリシーもなくチャラチャラしていた頃よりずっとヨイ(これぞ、自己満足の世界!)。しかし、日本という国は、ホント「造られたイベント」が好きですよね。バレンタインからホワイトデーにクリスマス、その他諸々。まあ、そんなイベントに私も乗っかってきたし、日本経済のはしくれでも支えてはいるんだろうからそれはそれでいいんだけど「なんかポリシーあれへんなー」と思うのは私だけでしょうか。 「ハート」。こんな私でも結構好きです!ハートのフォトスタンド、ロウソク、クッション、ロケットペンダント。 そして、去年の暮れに自分で買った、「KOOKAI」のリング。アクセサリーの中でこれが、今一番お気に入り。デカイ手の私には、小さな宝石が、ちまちまついている華奢なリングはあまりにも似つかわしくなくて、シルバーのごっついリングになってしまうのです。カワイイ女のコが「このリング、カワイイ」とチマチマリングをカレにおねだりしているのを横目で見ながら「えーの、えーの、私は自分で買うから」と、ごっついリングを買う私。ひょっとしなくても、こんな私ってやっぱり、お気の毒?ひがむのは、これくらいにしてー。ラブラブバレンタインな2月!!でも私にとっては、ちょっと残念な2月。というのは、私がガキ時代から御用達の「某スーパー」が今月で閉店するからです。私が5歳の時にオープンした「S」。開店当初はスゴイもんで、押すな押すなの大繁盛。しかし時代の流れには逆らえず、最近、日本各地げ「郊外型スーパー」が大ブレイクする中「S」の閉店は、スーパー版「平家物語」の栄枯盛衰を見ているようで、もの悲しく思えたり、私の「チープ」な品は、「S」で仕入れたものが大半を占めているだけに、これからの入手先を案じたりと、何かと複雑な心境なのですー。しかし、転んでもタダでは起きない私は「頭」を変えることにしました。企業のお世話になるのは、もうやめよう。これからは、自分で作ったらええやん。もともとは、みんな自分で作ってたんやしーと、ここ最近の私のマイブームは「お手製」。転んで拾ったマイブーム。「お手製」で思い出したけど、先日「ベーコンもどき」を作りました。ダンボール箱を使ってスモークしたのですが、これがメチャウマ。去年の12月に仕込んだ「味噌」もぼちぼちだし、布をどんぐりで染めたり、保存食を作ったり・・・。うーん「お手製」は楽しい。よくよく、考えてみると、自分で作るものって、全てが「自己の表現」で「アート」なんですよね。今ごろ気づくなんて遅すぎるんだけど、最近の私「生きてる!」って気がしてます。金銭的には、ビンボーなんだけど心は豊かです。こういう奴にかぎって「にわか成金」だったりして。ははは。もうすぐ、■春でぴよ。■種蒔きの季節、忙しくなりそうです。 浜辺 遥HOME◆おしゃれ手紙TOP◆「殴られるのは生活の一部。ココアの袋を担がされて、落としてしまっても、誰も助けてくれない。もう一度担ぎ直すまで殴られ続ける。」元奴隷だった少年の言葉。チョコレートを知らない子供の奴隷達によって、あの甘くほろ苦いチョコレートは作られていると知りました。甘くかつ苦き孤独を噛みしめてゐる 聖バレンタインの夜も 星川 孝●70万ヒット、御礼。m(_ _)m・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月13日*雛は2月の風に・・・。*・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.13
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■幸せの始まりは:あらすじ■♪音が出ます!!もしも、人生最悪の日が「幸せの始まりは」だったとしたら・・・?20代の情熱をプロソフトボール選手としてチームに賭けてきたリサ・ジョーゲソン(リース・ウィザースプーン)。31歳になった彼女に非情にもクビが宣告される。ボーイフレンドのメジャーリーグピッチャー、マティは能天気なプレイボーイ。本当に愛しているかどうか分からないけど、成り行きで彼のセレブマンションに住んでいる。いつもファンに囲まれているマティや、自分なしでも活躍しているチームを見て、世界から置いてきぼりされた気分。気分転換に思いきってチームメートの紹介でデートするものの、相手のジョージは青年実業家という触れ込みとは全然違う何やらピントのずれたダメ男。人生のサイアクな時に出会ったサイアクな男だったあが体育会系の男としか付き合っていなかったリサは、ジョージの繊細な優しさに、なぜか心の休まる自分を感じていいた。 アラサー(30歳前後)ならではのものがたり。30歳を過ぎれば、どんな優秀なアスリートも体の衰えを感じる。30歳という年齢は、結婚を真剣に考える時。結婚をしていると出産ということが現実味をおびてくる。リサも30歳。クビなって結婚も考えている。31歳という年齢ならではの物語だった。ビックリしたのは、リサのボーイフレンドの生活。何十本という、ゲスト用予備の歯ブラシ。SMLというサイズの衣類、これもゲスト用、つまりガールフレンド用。ホテルのようなマンション。豪華な時計のプレゼント試合や練習後の豪華なお風呂。さすが、大リーガー!!とビックリした。こういうセレブは、一握りだけれど、その一握りの彼をふってしまうリサ。リアルには、あり得ないのだろうな・・・。 もうすぐ、70万ヒット。ありがとうございます。m(_ _)m・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月12日*恵方巻き*・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.12
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*ダッフルコート*フード付きの防寒コートで、ベルギーのアントウェルペン近郊の都市デュフェル(英語名ダッフル)で作られた起毛仕上げの厚手のメルトン生地(紡毛織物、ウール生地)を用いたことから命名された。裏地は付けない。トグル(toggle)と言う留め木とトグルと対になるループが数個付いており、フロントを留める。トグルは浮き型で素材は木や角である。ボタンとは違い、手袋をしたままトグルを留めたり外したり出来るのが特長である。イギリスのグローバーオール社、フランスのオールドイングランド社の製品が有名。最近はポリエステルやフリースなどの生地を用い、形状のみを活かしたものもダッフルコートと呼ばれている。 寒波、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!ーまたもや、寒波襲来!朝起きると、雪。その後も降る過ぎまで降るという近年珍しい大雪(ただし、大阪基準)。先日、20%引きでダッフルコートを買っていてよかった。ボタンの代わりのものは、トグルというのか。手袋をしたままとめられるように、ゆったりとしたループがついているのか。なるほど・・・。私のは、裏地が付いているから、本当の意味ではダッフルコートではないのか・・・。ダッフルコートは、買うのははじめて。キャメル色の膝丈、もっともスタンダードなデザイン。流行がないから、私が着なくなっても、娘にゆずることができるのでエコ。まあ、もらってくれればの話だが・・・。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月11日*「おみい」の語源 /言葉の謎!「さぶい」と「さむい」 *・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.11
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■E.T.:あらすじ■ 杉が生い茂る森のなかに、円形の宇宙船が着陸した。探索のため宇宙人たちは船外へと出るが、物音を聞きつけて向かってくる人間たちに驚き、宇宙人は船へと戻り、飛び立ってしまう。ところが、ひとりだけ逃げ遅れた宇宙人がいた。彼は森の近くに住む少年エリオット(H.トーマス)に見つかるが、エリオットは宇宙人をかくまった。かくして宇宙人と少年たちとの無垢な交流がスタートする。醜いが憎めない姿をした宇宙人と地球の子供たちの交流を描く、ハートフルなSFファンタジー。 あまりにも有名なこの映画、私は、映画はおろか、ビデオでも見ていなかった。で、さっそく、■午前十時の映画祭2★青の50本■でこの映画があるときいて、さっそく行ってきた。宇宙人との友情、涙あり笑いあり、ドキドキありで2時間があっという間。E.T.が大人に見つからないかとドキドキ。少年エリオットのE.T.に対する思いやりに、涙が止まらない。( ̄- ̄;)「E.T.」といえば、E.T.を自転車の前籠に入れて、自転車で飛ぶシーンが有名。山道をすいすいと行くこの自転車は、マウンテン・バイクを知らなかった1982年の日本人は、ビックリしたことだろう。30年という時を経ても色あせぬ面白さ、まさに「何度見てもすごい」映画だ。もっとも、20周年記念バージョンで、2002年に、少し手直ししたらしい。スティーヴン・スピルバーグ監督作品。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月9日*針供養:繕う/初午(はつうま):狐にだまされる。*・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.09
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イギリスに着いたのが2010年9月8日。私と娘のレイは、ロンドン名物のダブルデッカーという愛称の2階建てバスに乗って、ヴィクトリア&アルバート館(以下V&A)に。(地下鉄よりも、バスの方が安いとレイが言うので)レイは、V&Aには行ったことがあると言うが私は、はじめて。「この建物には、ウィリアム・モリスの像があるんよ」と初めての私。「あっ!!本当や!!写真、写しとこう」とレイ。それが下の写真。ウィリアム・モリス(William Morris, 1834年3月24日 - 1896年10月3日)は、19世紀イギリスの詩人、デザイナー、マルクス主義者。多方面で精力的に活動し、それぞれの分野で大きな業績を挙げた。「モダンデザインの父」と呼ばれる。 V&Aの愛称で知られるヴィクトリア&アルパート美術館。ヴィクトリア女王と夫君アルパート公の名を冠するこの美術館は近代デザインの思想を促進、浸透させるという意図のもとに1852年に創立され、世界一の規模を誇っている。ロンドンのサウス・ケンジントンに位置しているヴィクトリア朝のこのミュージアムは、あらゆる時代のあらゆる国のあらゆる物がコレクションされ、ショーケースの中だけでなく、壁や天井、床にまで展示されている。1866年、モリスは新進の装飾家としてメキメキ頭角をあらわしていた。モリス・マーシャル・フォークナー商会は、このサウス・ケンジントン美術館(現V&A)からグリーン・ダイニング・ルームの装飾を委嘱された。美術館の初代館長サー・ヘンリー・コールは、1862年のロンドンの万国博覧会でモリス・マーシャル・フォークナー商会の出品作を見て、若き無名の装飾芸術家ウィリアム・モリスとその制作集団の非凡な才能をいち早く認め、折から建築中の美術館の中に作る世界最初の食堂のうち、一等食堂の装飾に抜擢したのだった。思いがけず大きな仕事を手にしたモリスは、全身全霊をかけてこの仕事に取り組んだ。モリスとウエッブ合作の幾何学的な植物模様をあしらった天井。バーン=ジョーンズによるステンドグラスの窓や彩色パネルのニンフなど、綺羅星のごとく輝くモリス・マーシャル・フォークナー商会のアーティストたちのコラボレーションによるデザインは斬新で素晴らしく、新しいもの好きのロンドンっ子を魅了した。そして、サウス・ケンジントン美術館の一等食堂は、ただちにロンドンの芸術家やセレブリティの間で人気の場となったのである。V&Aの「グリーン・ダイニング」は、モリスの才能を世に知らしめた仕事だった。(私がブログのデザインに使っている、これもウィリアム・モリスがデザインしたもの。)アール・ヌーボーの旗手、ウィリアム・モリスの素敵な「グリーン・ダイニング」でお茶。レイも満足顔。翌日、ウィリアム・モリスが世界で一番美しい村と言った、■コッツウォルズへ。■■ロンドン:パリ■■9月7日 夜、関空発■9月8日 ロンドン着■9月9日 (ここから現地時間) ロンドン市内観光バスとヴィクトリア&アルバート館→リトル・ベニス■2010年9月10日(金)ウィンザー城 → コッツウォルズ・ブロードウェイ →コッツウォルズ・バイブリー■2010年9月11日(土)ユーロスターで、ロンドンからパリへ。→モンマルトルの丘■2010年9月12(日) ヴァンヴの蚤の市 → バスで市内観光■2010年9月13(月) ギマールの建築のある16区へ。(アール・ヌーボー、アール・デコの建築を見た) → 「メルシー」でランチ。→ リュクサンブール公園。 → 凱旋門。■2010年9月14日(火) 妹とオルセー美術館へ。(娘と姪は各自自由行動) →午後から、姪も一緒にサン・ジェルマン・デ・プレ界隈を歩く。 →夜、「ムーラン・ルージュ」にて、ディナー・ショー。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月7日*父の麦わら帽子:「自慢の娘です。」/ 貧乏人は餅を、金持ちは芋を・・・ *・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.07
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会社に、えらい剣幕で文句の電話があった。 「白けりゃ、砂糖、思って、いつまでも、なめとったら、あかんで!」 *(注)なめると砂糖をなめるをかけている。あまりの、名文句?に、苦情を聞きながらメモをとった私。( ̄- ̄;)50代のその女性は、搗いた餅より「心もち」 とまけてと言ってた。*(注)心もち(気持ちだけでも)の意味の言い回し。その、あまりの、名文句?に、苦情を聞きながら、またもやメモをとった私。この女性、うちの会社のお得意さんなので困ったなと、思ってました。次の日、また来て「 『こけりゃ、糞の上』 言(ゆ)うけど、このところ、損ばっかりや。*(注)こけるという不運、それも糞の上にという二重の・・・。でも、 『打たん博打に負けた』 と思て、がまんするわ。しゃないやろ。」と言って、笑ってくれた。*(注)自分は博打などしないが、博打で負けてと思うことにする。嗚呼、恐るべし、ネイティブ関西人!! *注意*私の会社は、お笑いの会社でも、極道の妻が働いてるところでもありません。 お笑いの大好きな私。笑い芸人もしっかりチェックしている。中にはひどいコンビがいたりしてがっかりする。これでよく、芸人を目指そうと思ったもんだと怒りすら覚える。そんな時、大阪の豊かな言い回しを思う。●これは以前アップし、削除していたもの。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月5日*ほんに今夜は節分か。/雨の名前:寒明(かんあけ)の雨*・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.05
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■浜辺 遥様■もういくつ寝るとバレンタインバレンタインのおかざりは 赤いハートのピンクッションハートの籠に赤りんご こんもり盛っておきましょかやぶれちまった哀しみの ぎざぎざハートはどこに置く白くて細いリボンかけ、ぶるーな海に流しましょうそしたら、ぶるーな思い出は 海で静かにくらすでしょう by はるな もうすぐバレンタインデーですね♪こんなことをいうからK氏に「元祖アンノン族といわれるのでしょうか。あれは、お菓子屋さんの陰謀。私には関係ないと思いつつ、玄関のコーナーにハートグッズを飾ります。捜せばあるんですね、ハートのものって・・・。ピンクッションに籠、クッキーが入っていた缶。麦わら細工のクリスマスのオーナメントもみーんなハート形。鍵穴のふた(というのでしょうか)がハートの形をした古いタンスは、友人3人(香港珍道中トリオ)で京都に行ったとき買ったもの。大好きだけど、これは、玄関にはちょっと無理。 そうそう、それに大好きな台所用はかりも飾ります。金と黒のクラシックなデザインで、アンティーク風ですが、20年前、新品で買ったもの。当時、雑誌で、このはかりいを見て、これだ!これしかない!と一目惚れ!!ちょうど運よく?それまで使っていたはかりが壊れました。そこで、とっておいた、雑誌の切り抜きをみてメーカーに直接電話。商品が届くまでの待遠しかったこと。この頃は、このはかり、よく見かけます。雑誌「サライ」の表紙に登場したこともある人気者になりました。「このはかりのどこがハートやねん」と思ったら今度、家にいらっしゃった時、とくと、ごろうじろ。はかりの針の下の部分がハートになっているのです。 私にとって、忘れられないバレンタインデーといえば2年前。I川さんと遥さんと私の3人で過ごしたあの日の夜。どうしたら、みんなに読んでもらえる紙面が作れるんだろうという話をしていて「手紙形式もいいですよねぇ」と遥さんがおっしゃいましたよね。私も前から温めていたことなので「それ、それ!イラストも入れてね」と即決定!あのバレンタインデーの夜が「おしゃれ手紙記念日」。この件にしろ、「アンアン」を同時に買うにしろ、私たちって年の離れた『ふたりっこ』??*2月は、いつも離れ離れになっているハートの大集合の月なのです。 天地 はるなHOME◆おしゃれ手紙TOP◆・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月3日*イワシの頭も信心から/年越しのお化け *・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.03
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春から始まる農作業に備えて冬の間、わらを使って、いろんなものを作っとった。伝統の技が今も息づいとるんじゃが、しめなわ飾りや干支の人形。その昔、学校などでは、早さと美しさを競う「ぞうりづくり大会」が開かれとったんじゃと。こうした農村文化は、次の世代にも伝えていきたい文化よね。■「しょうばら里山の旬だより」■ 私が子どもの頃は、身近にあった藁。私たちは藁を1本とって、それに落ちた椿の花をさして冠にした。一握りの藁を束ねて、たわしの代わりに使った。藁を小さく切って土とまぜ、壁土とした。縄をなった。藁を編んで筵を作った。運動会には、その筵の上でお弁当を食べた。寒い冬には、藁をたいて暖をとった。 藁があればなんでも作れる。「わらしべ長者」は、そんな考えから生まれたのかもしれない。米栽培の付録のようなありがたい藁。日本の風土に根差した藁が今は使われていないのが残念だ。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年2月1日*トリビアの井戸:如月(きさらぎ)の語源*・・・・・・・・・・・・・・
2011.02.01
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