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■今月のトップニュースは、娘の帰国だろう。2009年9月10日にイギリスで生活しはじめて、2年あまり。去年と今年の9月に一緒にヨーロッパを旅行したが、彼女がイギリスにいる間に、もう一回くらい旅行したかったな・・・。仕事や体調の関係で1年に一回が限度だった。■「血小板」が異常■10月。*10月4日(火)仕事だったが、11時頃まで病院。 骨髄の検査、呼気検査(ピロリ菌)、血液検査。*10月13日(木) 血液検査、 ピロリ菌あり→薬(1週間分)*10月27日(木) 血液検査 9月20日ぶりに血小板の値が上がる。 骨髄検査の結果、異状なし。*次回は11月17日(木) 呼気検査あり■10月に見た映画■*ベニスに死す*薔薇の名前*サクリファイス*ゴーストライター■過去の書き残したネタ■*パリネタ。 *ファーストレディ *浜寺の水練所*電力会社のやらせ*節電・・・自動販売機*「小石川の家」*大型店の開店*あさぶら*小説「アーレンガート」*椅子*ラパン・アジル*チューブとメトロ*メトロのすり*二つの風車*ヨーロッパの家はなぜきれい?*「北極星」*アルミ缶エコ*江戸時代、和歌山の防災意識*子供と春の花と桜*ケチな近鉄・・・吉野の桜*近所で見つけた古いものたち・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月31日*ふるさとの小字/ごみ箱のない生活*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.31
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■ゴーストライター:あらすじ■♪音が出ます!知りすぎた男(ゴースト)・・・。元英国首相アダム・ラング(ピアース・ブロスナン)の自叙伝執筆を依頼されたゴーストライター(ユアン・マクレガー)。彼は執筆するため、ラングが滞在する真冬のアメリカ東海岸にある孤島へ向かう。そしてラングに取材を行うが、次第にラング自身の過去に違和感を覚えるように。そこには国家を揺るがす恐ろしい秘密が隠されていた…。巨匠ロマン・ポランスキーが手掛けた2010年度ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞作品。 元英国首相ってすごいんだなと思った。門番が2人いて、厳しいセキュリティで入った家は、車で移動するくらいの広さ。秘書数人、運転手、SP、庭番、家事をする人・・・。自家用ジェットでの移動などなどただただ、驚くばかり。このお金は、どこから出ているのだろうと、庶民な私は思う。そして、この映画の元英国首相アダム・ラングは、実際の英国首相がモデルになっているらしいということにもっと驚いた。原作者のロバート・ハリスは、政治ジャーナリストとして、元英国首相トニー・ブレアの近くにいたという経歴を持っています。それゆえに、このアダム・ラングのモデルは、トニー・ブレアではないかと推測されている。 調べてみると、トニー・ブレアは、国民の許しをえず、英国を不法に対イラク戦争に参加させたことで、避難されている。映画の終わり方に、こんなのでいいのかという疑問が残った。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月29日*ハレとケ/みのりの秋:つるし柿*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.29
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サクリファイス:動画■♪音が出ます。チェルノブイリ原発事故処理に狩り出された100万人の労働者たち1986年4月に旧ソ連で起きた史上最悪のチェルノブイリ原子力発電所事故。百万人の労働者がその事故処理に狩り出された。放射性物質、放射線の危険性を全く知らされずに作業したため、強い放射線を浴び、放射性物質を体の中に取り込んでしまった作業者達。健康を害し、亡くなってゆく彼らに医療は為すすべを知らない。 地震大国日本で同様、あるいはこれ以上の事故が起きないと誰が言えるだろうか1986年4月に旧ソ連で起きた史上最悪のチェルノブイリ原子力発電所事故。百万人の労働者がその事故処理に狩り出された。放射性物質、放射線の危険性を全く知らされずに作業したため、強い放射線を浴び、放射性物質を体の中に取り込んでしまった作業者達。健康を害し、亡くなってゆく彼らに医療は為すすべを知らない。10月16日(日)■さよなら原発 関西のつどい■で見た15分の短い映画「サクリファイス」。チェルノブイリ原発事故処理にあったった人々が、次々に病気になり、死んでいく。事故の処理の際、それが今後、どんなことになるかということも教えられないまま、献身的に作業したのに、体を壊しても十分は保証もされない。もらったのは、ただ、「献身的に頑張りました」という表彰状一枚。今、福島原発で事故を処理している作業員たち。そのほとんどは、派遣社員として、安く使われている。もし、原発の集会などをする時、15分の短いこの映画は、どんな言葉よりも多くを語る。サクリファイスとは犠牲という意味。 ■ミツバチの羽音と地球の回転■上映会未来のエネルギーをどうするのか?祝島とスウェーデンでエネルギー自立に取り組む人々の物語。■日時:10月29日(土)~11月4日(金)10:30~14:40■1200円■場所:シアターセブン 阪急十三駅西口より徒歩3分 06-4862-7733・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月27日*待つが祭*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.27
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■祭■の翌日は、運動会です。小学校、中学校が同じ場所にあったので、合同。それに、村の青年団や、地区対抗リレーもあるし、そりゃあもう、村を挙げての一大イベント。ムシロが敷かれた運動場には、朝早くから、人が来ます。ダンス、騎馬戦、借り物競争、応援合戦、玉入れ、玉転がし、リレーに仮装行列・・・。見る方も、みんな知ってる人ばかりなので、応援に、熱が入ります。私の運動会デビューは、来年の春から、入学という、5歳の時でした。私は、その日、初めて靴を履きました。それまでは、祖母が作ってくれたワラ草履を履いていたのです。「おもちゃとり」は、来年から小学校に通うという子どもが、向こうにある、風車をとりに行くという簡単なもの。靴は、ブカブカだし、こんなに、大勢の人の前に出たことが無い。用意、ドンの笛の合図と共に、私は、走りました。その間中、歓声、声援・・・。麦わらの筒に風車が刺してある、それを引き抜いて、元の所に帰りました。来年入学という子どもの恒例の行事。この、運動会デビューの「おもちゃとり」は、運動会仲間として、村から認められる、大切な「儀式」だったのです。■2002.10.11に書いたものを再度アップしました。■父の麦わら帽子タグ■ ・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月26日*ハロウィンといのこ /台風のあと・・・椋(むく)の実ひろい/父の麦わら帽子:目次 *・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.26
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■9月12日(月)■今回のヨーロッパ旅行のテーマは、「川」だ。そして、パリの川といえばセーヌ川。セーヌを楽しもう。シテ島とサンルイ島に行こう。セーヌにかかる橋、ポンヌフを渡ろう。 ポンヌフ、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!パリで一番古く美しい橋“ポンヌフ”で暮らす天涯孤独の青年アレックスと恋の痛手と生涯治る見込みの無い 目の病とで絶望的な放浪の毎日を送っている放浪中の女画学生ミシェル。ふたりがポンヌフでホームレスとして過ごし、恋をするという映画■ポンヌフの恋人■を観ていらい、絶対に行くと決めていたので念願がかなった。Pontは新しい、Neufは橋。 ポンヌフ(Pont Neuf、フランス語で「新しい橋」の意味)はフランス、パリの現存最古の橋。 ■美の巨人・ギマール■の文字、「Cite」は地下鉄シテ駅がここだということを示す。 シテ島には日曜開かれる花市がある。あいにくこの日は月曜だったけので、市はなかったが・・・。a href=http://www.air-travel-corp.co.jp/report/report101.html>この花市は、1808年から存在していたそうです!昔は、“お花を買う”と言うと、ここまで来て買うのが主流で、貴族に仕えるお部屋係りなどは、毎朝、この花市までお花を買いに来たとか・・・?! ■シテ島の花市■LE MARCHE AUX FLEURS8時~19時30分/月曜から日曜オープン地下鉄・CITEの出口を出たら、そこが花市です。シテ島にはかの有名なノートルダム寺院があるが、以前行ったのでパス。 橋を渡って、シテ島からサンルイ島へ。 途中、舟で荷物を運ぶ看板を見た。トラックなどの輸送がない昔、川は重要な輸送を担っていたのだ。シテ島は、パリの始まりというくらいに重要な島だ。そのため、この島はとても狭いので、ここの住民たちは夜も一定の時間を過ぎるとトイレの水は流さない等、互いに気配りしつつ一緒に住んでいくことの不便さを味わってきた。ここから「シテ島に住む者」を表す古仏語 citeain (現代仏語シトワイヤン citoyan 、現代英語シティズン citizen)の意味が転じ、市民という言葉が成立したという(仏語 cit? は英語の city に相当する)。 この写真は、ブキニスト。ブキニストの起源は16世紀頃の行商人にまでさかのぼります。17世紀になり、非合法の商売に歯止めをかけるために規定がもうけられ、セーヌにかかる橋ポン・ヌフで、本を並べたり売ったりすることが禁じられました。1859年になり、パリ市は、出店料を支払った上で、決められた場所でブキニストが本を売ることを許可しました。現在は、出店料の徴収もなければ、商売によって得た収入への課税も免除されています。セーヌ川は世界的な見どころが沢山ある。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月23日*「胴上げ」は、厄落としだった。/あもも団子も*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.25
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夫がコレクトコールを受けたのは、20日、木曜日の夕方だった。それは、娘、レイからで、スペインのバルセロナので盗難にあったという電話だった。無一文になった娘は、受けての支払うコレクトコールで連絡してきたのだ。盗られたものは、現金、カード、カメラ、ケイタイ、そしてパスポートなどなどだった。Ashita kaado to kosekihyou ga todoki shidai passport hatukou sareru nodesono ato kaeri no koukuuken wo kaimasu「明日、(緊急用)カードと戸籍謄本が届き次第、パスポートが発行されるのでその後、帰りの航空券を買います。」翌日、21日金曜日、午後から新しいパスポートを作るために、バスセロナの日本領事館に戸籍塔本のコピーをFAX.で送った。その旨、娘宛てのHotmailに送る。娘は、それを泊まっていたユースホステルのパソコンから読むというのだ。金曜日には、パスポートが出来たという。私と夫がオランダでパスポートの盗難に会った30年ほど前は、2週間かかった。日本でパスポートを再発行し、それをオランダに送ってもらって受け取るという形だったのだ。2週間、夫と私は、小さなオランダから出ることが出来ないので、隅から隅までまわった。それが今は、戸籍謄本のFAX.が届くと同時にパスポートがを受け取ることが出来るのだそうだ。便利な世の中。ガイドブックを盗られたので娘は帰国するという。もともと10月のはじめに帰国する予定だったので、そろそろ帰ろうと思っていたらしいが・・・。ちなみに、盗られた現金は、5ユーロくらい。 10月23日(日)、夕方5時頃、レイの乗ったトルコ航空TK46便が関空着。無事についてなによりだ。これにて、2009年9月10日にはじまった■レイの長い休暇■は終わりだ。バルセロナでは、同じユースホステルに泊まっていた日本人から100ユーロを借りたという。そして、彼は、無一文の娘にパンを買ってきてくれたのだそうだ。 そのパンの名前はBIMBO。BIMBO、ビンボ、びんぼう、貧乏。■万歳!万歳!万歳!■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月23日*「胴上げ」は、厄落としだった。/あもも団子も*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.23
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江戸時代の日本は世界に冠たる園芸王国だった。現代のガーデニングブームに勝るとも劣らぬ熱の入れようで、花を改良したという。庶民は、小さな長屋だったが、その家の前には、夏には朝顔の鉢がならんだに違いない。 散歩の途中で、そんなことを思わせる、家に出会った。よくみれば、そこここに、植木鉢を並べたベランダを見る。庭のない園芸家のほほえましい「庭」だ。 たとえ窓のそばに一株のテンジクアオイすら、一株の*カイソウ*すら植わっていないでも、 わたしたちはみんな、先祖から農夫の血を若干うけついでいる。 ■「園芸家12ヵ月」カレル・チャペック■・・・・・・・・・・・・・・・・**カイソウ** 南欧、シチリア、熱帯アフリカなどの海岸の砂丘に自生するハマユウににたユリ科の大きな球根植物。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月21日*ハロウィンは*いのこ*に似てる /秋の田で*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.21
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■9月12日(月)■パリのバスティーユから続く廃線跡を利用した高架の■「緑の遊歩道」■は、ここで終わる。この橋の下は、広々とした公園になっている。 公園に入らないで、通りに出た。緑の並木道と芝生が中央にあり人が通る。車は、両がわを通る。人が中心の道だ。 少し行くと、トンネルがあって(ここを鉄道が走っていたのだ)トンネルと抜けると突然、「森」が現れてきた。 ヴァンセンヌの森まで続く遊歩道はここから鉄道保護林跡を活かした『森林』となる。サイクリングロードとともに、散歩道はトンネルの中へと伸び、更には鉄道の保護林が斜面を覆う切り通しの底へと通じる。 ここまで来ると人工的な植生態よりも、むしろ野生化したトネリコやニセアカシア、トンネルの壁に這うツタの生命感が圧倒だ。まるで原生林の底を歩いているかのような錯覚すら覚えさせる。雑木林と化した鉄道保護林はもちろん、半世紀を越えて都市の時空性のひずみに横たわる空間が、自然の自浄力を訴えてくる。朽ちた枕木からキノコが顔を出し、灯が灯ることもない信号棟にはオナガが巣をかける。カズラの触手に覆い尽くされた線路は、ゆっくりと時間をかけながら自然に回帰する。人工的な建造物が、有機物へと還元されてゆく現場が、パリの一画に存在しているのだ。こうした自然環境の存在は、将来の都市像を占う意味でも大変興味深い。■パリ・緑の散歩道■ 緑の道をどこまでも歩いていくと、 近代的な大きな団地に来た。 近くの夫婦ふたりで切り盛りしている食堂でランチをとったが、ここまでは観光客が来ないと見えて、客も観光客ではなさそうだった。高架の廃線を利用した緑の遊歩道からここまで、緑は続いている。緑はここでおしまいではない。ヴァンセンヌの森へと続いている。この緑の遊歩道は、私のお気に入りのパリの道だ。■パリ:「緑の遊歩道」(前篇) ■■欧州2011■■9月7日(水)朝9:50関空発・ルフトハンザ 13:00フランクフルト着■9月8日(木)ライン川と川のほとりの町なみ。ランチ、ワインの試飲。*ライン川*■9月9日(金)ハイデルベルクの古城とフランクフルトの市内観光。 洗濯とネットカフェ、観光バスも。*ネッカー川*■9月10日(土)フランクフルト市内観光 旧市庁舎前広場、ゲーテハウス、りんご酒電車、マイン川遊覧船など。*マイン川*■9月11日(日)移動日 フランクフルト中央駅からパリ東駅。 ファサード、2階建て観光バス。■9月12日(月)パリ観光 サン・マルタン運河を散歩、廃線を歩く、ポンヌフ、シテ島・・・セーヌを歩く。 デジタルカメラを買う。*サン・マルタン運河、セーヌ川* ・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月19日*サルビア歳時記:10月の季語*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.19
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■サン・マルタン運河■の後は、緑のある所に行こう。じゃあ、公園?ここは、公園ではなく、鉄道廃線跡だ。 ■高架への階段■フランス革命200年を記念して、革命発祥の地、バスティーユに新オペラ座 が建てられたのが、1989年。首都を舞台に、大規模な都市計画プロジェクトを推進したミッテラン政権時の、都市計画の目玉として完成したモニュメントだった。鉄道廃線跡を活かした地区開発プロジェクトは、既存の都市インフラ再生の先鞭として、専門家の間からも評価は高い。 オペラ・バスティーユが建てられた場所は、かつての国鉄の貨物ヤード跡。そして現在、『緑の遊歩道』(Promnade Plantee)として整備された敷地は、鉄道高架跡だ。オペラ・バスティーユの右手から東に伸びるリヨン通り(Rue de Lyon)を100m程進み、ルドリュ-ロラン大通り(Ave.Ledru Rollin)と交差するところから、煉瓦づくりの高架が一直線になって伸びている。ここからヴァンセンヌの森まで続く緑の遊歩道が始まる。 1960年代から1970年代にかけて、地区の基幹産業であった小規模な手工業や零細企業が斜陽化し、街が活気を失ってゆくなかで訪れた転機が1980年代に始まるエコロジー思想の萌芽であった。具体的には、鉄道建設に代表された都市インフラ建設中心の町づくりから、環境居住のなかに緑樹帯を計画的に取り入れる、ビオトープと呼ばれる都市計画への転換だ。都市生活環境における緑への回帰が、世界的に注目され始めた同時代の先駆けとして、旧バスティーユ支線沿線は、理想的な実験場だったわけである。『緑の散歩道』上からは、昔ながらの街並と新しい街づくりの対照的な各時代の社会性が読み取れる。 オペラ・バスチーユから東南へのびる「緑の遊歩道」へやってきました。この遊歩道は、近年始まった居住環境に緑を取り入れるビオトープと呼ばれる都市計画の一つとして、1960年代に廃線になった鉄道の高架跡を整備してつくられました。今ではサイクリングや散歩など、パリ市民の憩いの場になっています。緑が多く、ここに植えられている植物の種類は約400種にも及びます。メキシコオレンジやクマザサなど、フランス原産ではない種も多く、自然界ではありえない植物の組み合わせで利用者の目を楽しませてくれます。■パリ:緑の遊歩道■ パリの古い街並みを見下ろしつつ、時代に合わせて姿を変えた高架跡。 膝下までの小さなプールもあって、夏には子どもたちが入るのだろう。 所々に、このような味のある水道も完備。かつての鉄道は、「緑の遊歩道」と名前を変えた今、人々に愛されるスポットになった。 ■高架からみた建物■ ■欧州2011■■9月7日(水)朝9:50関空発・ルフトハンザ 13:00フランクフルト着■9月8日(木)ライン川と川のほとりの町なみ。ランチ、ワインの試飲。*ライン川*■9月9日(金)ハイデルベルクの古城とフランクフルトの市内観光。 洗濯とネットカフェ、観光バスも。*ネッカー川*■9月10日(土)フランクフルト市内観光 旧市庁舎前広場、ゲーテハウス、りんご酒電車、マイン川遊覧船など。*マイン川*■9月11日(日)移動日 フランクフルト中央駅からパリ東駅。 ファサード、2階建て観光バス。■9月12日(月)パリ観光 サン・マルタン運河を散歩、廃線を歩く、ポンヌフ、シテ島・・・セーヌを歩く。 デジタルカメラを買う。*サン・マルタン運河、セーヌ川* ・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月18日*「昭和恋々」:七輪/トリビアの井戸:道普請 *・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.18
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10月16日(日)、■さよなら原発 関西のつどい■に、ネット友の■あずーるさん■と参加してきた。 集会場所のエル・おおさか大ホールは、満員。(^▽^)/二部から参加したけれど、実に見ごたえ、聴きごたえのある集会だった。なかでも特によかったのが、下の3つ。■映画「サクリファイス」(15分)1986年4月に旧ソ連で起きた史上最悪のチェルノブイリ原子力発電所事故。百万人の労働者がその事故処理に狩り出された。放射性物質、放射線の危険性を全く知らされずに作業したため、強い放射線を浴び、放射性物質を体の中に取り込んでしまった作業者達。健康を害し、亡くなってゆく彼らに医療は為すすべを知らない。 地震大国日本で同様、あるいはこれ以上の事故が起きないと誰が言えるだろうか? チェルノブイリ原発事故処理に狩り出された100万人の労働者たちは、死ぬか、病気になっている。まだ若いのに、老人のようになっているのだ。■動画■■映画「児玉龍彦 国会での参考人陳述」(15分)「満身の怒りをおぼえます!!」と声を震わせる児玉氏。この映像を見ただけでも、行ったかいがあったと思うくらいに感動した。■動画■ ■トーク 藤波 心(中3アイドル) 山本太郎(交渉中)★中3アイドル■藤波 心■ちゃん。なんで、こんなに堂々としてるの?なんで、こんなに深く原発や社会のことを思えるの?今回、はじめて知った名前だが、彼女のブログは、炎上したらしい。しかし、彼女の意見に「ソフトバンクの孫正義氏も「同意!」他、坂本龍一、小川和久らもリツイートし、高橋源一郎、池田香代子等は絶賛した。」という。★山本太郎佐賀県庁侵入容疑で告発された■山本太郎。■ただ、デモをしていただけなのに・・・。そのために、俳優業を追われ、収入が十分の一になったという山本太郎。佐賀県や電力会社が隠さず、国民に向けて資料の提供をしていたら、こんなことにはならなかったのに・・・。しかし、彼はくじけない。「今、生きているという気がします」と言う。そんな彼の話に会場は、何度も何度も大拍手!!■山本太郎の逮捕のニュース■ 4時過ぎからデモ。帽子をかぶった男性が山本太郎氏。♪ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか原発なくてもええじゃないか~パトカーの先導のもと、と歌うように叫びながら行進した。原発を止めて欲しい。ほとんどの、国民はそう思っている。けれど止まらないのは、その思いを表明しないからだと私は思っている。選挙で、原発推進派を当選させないこと。原発反対の署名をすること。電力会社に文句を言うこと。ブログで、原発の恐ろしさを伝えること。集会に行って、知識を得ること。そして、デモに参加すること。自分の意見をいう場所は、いっぱいある。「言わん声は、届かん」という言葉があるが、どんな素晴らしい意見も声にしなければ、通らないのだ。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月16日*ケンミンSHOW的運動会/道頓堀ダイブ/昔語り:「フシのくちあけ」*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.17
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■薔薇の名前:あらすじ■この修道院には恐ろしい秘密が隠されている。1327年、ヨーロッパで宗教裁判の嵐が吹きあれている頃、北イタリアのベネディクト修道院に、バスカヴィルのウィリアムと見習修道士のアドソが重要な会議に出席するために向かっていた。キリストの財産をめぐる教皇派とフランチェスコ修道会とその争いをまとめるための会議であった。荘厳な修道院に着くとすぐ、ウィリアムは、若い修道士が不審な死を遂げたことを知る。修道院長によれば、死んだ僧は、文書館でさし絵師として働いていたということだった。殺人のにおいがするこの事件の解明を、ウィリアムは頼まれることになった。ウィリアムが調査を進めてゆく途中、第2の殺人が起きる。『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の名匠ジャン=ジャック・アノー監督による、中世の雰囲気を存分に醸し出す、謎に充ちたゴシック・サスペンスの傑作! ウンベルト・エーコによる同名小説『薔薇の名前』の映画化作品。中世ヨーロッパの修道院で起こった殺人事件を当時の宗教的背景や慣習を交え、荘厳な雰囲気で映像化した。フランス、イタリア、西ドイツの三国共同で製作。 長年、見たいと思っていた「薔薇の名前」。「午前十時の映画祭」で去年は見逃したけれど、今年、やっと見ることができた。暗い、荘厳は中世の修道院の暮らしを見ることが出来た。当時、修道院で暮らす僧たちは、農民のように朝早くから夜遅くの重労働はなかったものの、結婚の禁止や笑ってはいけないなど禁欲的な生活だった。しかし、中には、禁じられた同性愛があった。若く美しい僧は、狙われていた。信仰をダシにして、農民からまき上げた食糧で、貧しい娘に手を出す僧もいた。訪ねてきた僧の一行は、きらびやかな衣装で馬車に乗り、ぬかるみにはまると、その馬車を農民たちに押させる貴族のようなのもいた。当時の僧は、貴族などの次男三男などがなったのだろうか。バスカヴィルのウィリアムと同行した見習修道士のアドソも貴族の出身だ。彼らの醜い生き方をうつすかのように、出てくる僧のほとんどが醜い顔をしている。キリストをめぐる議論では、お互いに譲らず、掴みあいになりそうな場面があって、ビックリ。部屋なども暗いし、小さい。トイレも共同。水道もないから不便だし衛生的でない。変わったことをすると、宗教裁判にかけられる。ヨーロッパに憧れる私も、この時代に生まれなかったことに感謝する。タイトルの「薔薇の名前」の意味が最後に分かってすっきりした。■午前十時の映画祭★赤■■午前十時の映画祭★青■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月13日*豆名月・栗名月・・・片見月/打たれ叩かれ *・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.15
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■ベニスに死す:あらすじ■美は滅びない。ベニスを静養のため訪れたドイツの高名な作曲家アシェンバッハは、滞在先のホテルで出会ったポーランド人の美少年タジオに心を奪われる。夏の終り、コレラが蔓延するベニスで出会ってしまった“究極の美”。その瞬間、美の囚人となったアシェンバッハの苦悩と恍惚が始まった……。 トーマス・マンの短編小説の映画化。監督は巨匠ルキーノ・ヴィスコンティ。モデルになったのは、作曲家のマーラー。マーラーの音楽が流れ中、ビスコンティの映像が優雅に進行する。「映画史に燦然と輝く総合芸術の頂点」と絶賛されるこの作品、私は今回初めてみた。映画の中で、作曲家アシェンバッハは、砂時計の傍らで言う。「砂時計の砂が少なくなるなんて、誰も気にもしなかった。でも、砂が無くなっていくのに気がつくのは、ほとんどなくなってからだ。」人生の例えだろう。若い頃は、歳をとるなんて思ってもみなかったのだ私も・・・。そして、今、ふと気がつくと、私の人生の砂は残り少なくなっている。ビスコンティ自らヨーロッパを旅してが探したという、「ギリシャ彫刻」のような少年は、スウェーデン人の新人。映画の中では永遠に美しい少年も、今、50歳を過ぎている。そう思うと、切なくも哀しくなってしまう。 写真は、娘のレイが撮ったベニスの写真。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月11日*豆名月・栗名月・・・片見月/打たれ叩かれ *・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.13
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■9月12日(月)■今回の旅行は川にこだわってみた。ライン川、ネッカー川、マイン川に続いて、今日はパリの川、サン・マルタン運河だ。もちろん、人口の川。サン・マルタン運河は全長4.55km。セーヌ川のアルスナル港からラ・ヴィレット運河とその続きのウルク運河を結んでいる。開通したのは1825年である。 映画「アメリ」に出てくる素敵な橋がかかっている。太鼓橋のように真ん中が高くなっているので老人や体の不自由な人は、さぞかし大変だろうと思うと 隣に車の通る道がある橋もある。 25mの高低差があるために9つの閘門がある。幅が狭いため当初はパリに飲料水を導くために使われたが、現在はレジャー用になっている。運河の一部は地下水路になっている。地下化でバスティーユ広場からレピュビュリック大通りまでのリシャール・ルノワール通りが1862年に、ジュール・フェリー通りが1907年にできた。運河が地上に出ているところではジュマペ通りに沿って有名な北ホテルがある(マルセル・カルネ監督の1938年の映画『北ホテル』H?tel du Nord に登場した)。また、シスレーの絵画の題材にもなっている。 10年近く前、観光船に乗ったことがある。これは、観光船よりも小さな船だ。 サン・マルタン運河は1970年代の初め、4車線の都市高速道路を造るためになくなりそうになったが、すぐにこの計画は中止された。現在では河岸が整備されている。 木々の季節は秋になっていた。 川岸には木が沢山あるが、栗の木もあるらしく、沢山落ちていた。誰も拾わないのかと不思議になる。■欧州2011■■9月7日(水)朝9:50関空発・ルフトハンザ 13:00フランクフルト着■9月8日(木)ライン川と川のほとりの町なみ。ランチ、ワインの試飲。*ライン川*■9月9日(金)ハイデルベルクの古城とフランクフルトの市内観光。 洗濯とネットカフェ、観光バスも。*ネッカー川*■9月10日(土)フランクフルト市内観光 旧市庁舎前広場、ゲーテハウス、りんご酒電車、マイン川遊覧船など。*マイン川*■9月11日(日)移動日 フランクフルト中央駅からパリ東駅。 ファサード、2階建て観光バス。■9月12日(月)パリ観光 サン・マルタン運河を散歩、廃線を歩く、ポンヌフ、シテ島・・・セーヌを歩く。 デジタルカメラを買う。*サン・マルタン運河、セーヌ川* ・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月11日*里山の歌:村祭/トリビアの井戸:運動会と綱引き *・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.11
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フランクフルトからパリに向かう列車から雨が降っていた。パリに着いても雨。雨のパリは、パサージュに行こう!パサージュ(passages、パッサージュとも)とは、19世紀以降のパリにみられる、ガラスのアーケードのついた歩行者専用の商店街のことである。地下鉄ルーブル駅下車、パサージュの入口を探して並木道を歩く。 パサージュの入口を見つけた!! 入ってみると、ガラスの天井の通路が広がる。 パサージュは、通路であり、日本のアーケード街のようなもの。この日は、日曜日で休日。 ここにも、入口が・・・。気をつけないと見逃してしまいそうな入口だ。パサージュをあらわす字体が素敵!! またもや、パサージュの入口発見!! パサージュ(passages、パッサージュとも)とは、19世紀以降のパリにみられる、ガラスのアーケードのついた歩行者専用の商店街のことである。1846年と書いてある。19世紀の半ばだ。19世紀というのは本当だ! 日曜でほとんどのお店は休みだったが、開いているカフェは賑わっていた。 パサージュ(passages、パッサージュとも)とは、19世紀以降のパリにみられる、ガラスのアーケードのついた歩行者専用の商店街のことである。もともと、「パサージュ」とはフランス語で、「通過」や「小径」などをあらわす。 パサージュの起源は、ルイ16世の従兄弟にあたるオルレアン公に遡るとされる。オルレアン公は、1786年にパレ・ロワイヤルの庭園を分譲して店から賃貸料を得た。歩道の整備が進んでいなかった時代に、パサージュは歩行者にとって快適な場所として成功をおさめ、19世紀を中心に建設が流行した。 フランス革命により王侯貴族が所有していた土地が資本家の手に渡り、彼らは再開発の一環として、近道として敷地を通り抜けられる商店街兼通路を作って儲けようと考えた。これが19世紀のパサージュ乱立の契機である。 舗装されていない泥道の他の通りに対してタイル等で舗装され雨にぬれる心配も無いパサージュは人々があふれ返り、「散歩する」「ぶらぶら歩く」という楽しみの概念も、パサージュから市民に広まったと言われている。地下から温風が噴き出す暖房設備を付けたり、蝋人形館を作るなど、パサージュ間の客引きもあった。多い時には100を数えたパサージュだが現在は十数箇所を残すのみとなっている。■欧州2011■■9月7日(水)朝9:50関空発・ルフトハンザ 13:00フランクフルト着■9月8日(木)ライン川と川のほとりの町なみ。ランチ、ワインの試飲。*ライン川*■9月9日(金)ハイデルベルクの古城とフランクフルトの市内観光。 洗濯とネットカフェ、観光バスも。*ネッカー川*■9月10日(土)フランクフルト市内観光 旧市庁舎前広場、ゲーテハウス、りんご酒電車、マイン川遊覧船など。*マイン川*■9月11日(日)移動日 フランクフルト中央駅からパリ東駅。 パッサージュ、2階建て観光バス。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月9日*月遅れの重陽の節供の宴 *・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.10
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天地 はるな様こんにちわ。アヤシゲな天気が続きますねえ。畑もどきをしだしてから、天気予報が気になる気になる。梅雨で麦刈りがなかなか出来ず、カビさせたと思えば、今年は今年は米が豊作だーなんて喜んでいたのもつかの間、台風と長雨で、またまたカビカビ。おまけに穂が重く垂れているもんだから、倒れて水に浸かって発芽するわ、イノシシに入られるわとふんだりけったり。そして一番驚いたのが、まだ稲刈りをしていない田んぼが青々としている・・・。なんで?そう。暖かい日が続くもんだから、ひこばえが出てきている田んぼがあるのです。生まれて初めて見た、へんな、というか不思議な光景。いつまでこんなお天気が続くのでしょうか?さてさて、はるなさんに負けず劣らず、ガーデニング熱にうなされる私。先日、とある公共放送の「ガーデニング特集」をチェック。内容は・・・。「ガーデニング」の本場、イギリスに留学してきた、『イングリッシュガーデンなら私におまかせ!』というようなお姉ちゃんが出てきて、ガーデニングのウンチク(習ってきたそのまんまって感じで)を誇らしげにのたもうてくれるのですが、しかし、しかし・・・。『お庭にテラスを作りましょう。植物と人のスペースをキチンと分けましょう。例えば田んぼ(土手であろうと思われる)に座って食事するなんて不潔でしょう。』てなことを堂々という、この頭のワルさ(私よりはいいけど)。思わず、テレビに「田んぼが汚いゆうんやったら、ほな、あんたは米食ってへんのやな」とテレビに喧嘩を売ってしまいました。9月の終わる頃に、ミゾソバだらけの、もと畑と、アカマンマの葉っぱが紅葉している、プラス、アザミが群生している、もと田んぼを見かけたのですが、それはそれは美しくて、思わずしばしの間、そこにたたずんでしまいました。イングリッシュガーデンはステキです。オールドローズの咲く、お庭もなかなかのものです。でも、日本の手入れされた里山だって、イングリッシュガーデンにひけをとらないくらい素晴らしい文化だと思うのです。生意気に言わせてもらうならば、このお姉ちゃんは『緑』に対する知識・文化なぞ、ぜーんぜんおかまいなしに「イングリッシュガーデン」のノウハウだけを学んできたのではないんかえーと思うのです。かくいう私も、こんなにエラソウなことを言えるようになったのも、里山のお・か・げなのですが・・・。私のガーデニングは「ビンボーガーデニング」。あるものを使う。無ければ作るといった具合。だからテラスを作るにしても、木切れやレンガの余ったの、木っ端などを寄せ集めて作っているのです。でも、お金をかけない分、頭を使わなくてはならないので、かなりの時間を要してしまうのですが、けっこう楽しくて、すでにヤミツキになっているのです。そして、ドングリだの草苺だのフキだの苔だのを移植して、里山もどきにするのが夢なのです。来年の今ごろは、どうなっているやら。見に来てね。 浜辺 遥◆追伸◆庭の横を流れる水路に魚を入れたら、いつの間にか稚魚がスイスイ。「ビオトープ」もどきを堪能しています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・●「おしゃれ手紙」は、以前、ある所に、私と友人が書いていた手紙様式のエッセイです。◆◇◆「おしゃれ手紙」:目次◆◇◆・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月9日*月遅れの重陽の節供の宴 *・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.09
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■9月11日(日)■フランクフルトからパリに着いた。パリのホテルの私たちの部屋404は、ブルーに統一された部屋。 ホテルの窓。 ベランダもついている。 ベランダから見える風景は、「ザ・パリ」という建物と緑の通り。 エレベーターも古風。パリでの3泊も、小さいけれど、可愛らしい部屋に満足していた。やっぱり去年よりホテル代を2000円高く設定したおかげだ。しかし娘のベッドのランプが消えている。バスタブがない。私はともかく、娘はいつも数千円の安宿かYHに泊まっているのでこの時くらいは、ゆっくりバスタブをと思うのが親心。翌日、フロントに「ベッドのランプが壊れているので直してください」と言ったら 2日目からは、この501号の黄色い部屋になった。青の部屋よりも、ほんの少し広くなって、もちろん、バスタブつきだ。 このホテルでは、エレベーターはいつも1回で扉を開けたままという状態。下に降りるときは、この古風なホテルの階段を使っていた。■欧州2011■■9月7日(水)朝9:50関空発・ルフトハンザ■9月8日(木)ライン川と川のほとりの町なみ。ランチ、ワインの試飲。*ライン川*■9月9日(金)ハイデルベルクの古城とフランクフルトの市内観光。 洗濯とネットカフェ、観光バスも。*ネッカー川*■9月10日(土)フランクフルト市内観光 旧市庁舎前広場、ゲーテハウス、りんご酒電車、マイン川遊覧船など。*マイン川*■9月11日(日)移動日 フランクフルト中央駅からパリ東駅。 ファサード、2階建て観光バス。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月8日*祭:♪祝ぉ~て三度*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.08
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京都市では、市民一人ひとりのごみ減量に対する関心を高め、使い捨てが当たり前の生活から「ものを大切にする」ライフスタイルへの転換を図るため、「ごみを減らす行動」をしていただくと、地域通貨として「エコマネー」を提供する仕組み「KYOTOエコマネー」を創設しました。今年度は、身近な「ごみを減らす行動」であるマイボトルの持参を「エコマネー」の対象とします。京都市内にあるコーヒーチェーン店等14社87店舗のご協力のもと、環境にやさしいまちづくりに取り組みます。マイボトル持参行動に地域通貨を活用する仕組みは、全国でも初めてとなります。 日本では、ペットボトルは1人当たり、年間で約180本消費されています。 これは2日で1本のペットボトルを使っている計算になります。 この数を見ると、やっぱり「もったいない」と感じてしまいます。 おうちから、飲み物を入れて、職場へマイボトル。学校へマイボトル。 そして、どこかのカフェでマイボトルにお気に入りの飲み物を補給。 マイボトルを持ち歩く暮らしは、エコであるとともに、 いつでも適温で好きな飲み物を楽しめる、おトクで豊かなライフスタイルです。 マイボトルで「ごみのダイエット」を! ■KYOTOエコマネー■ 8月に京都に行った時に寄ったカフェが「エコマネー」に参加しているカフェだった。京都はこれから本格的な観光シーズン。寒くなるこれからの季節、暖かいコーヒーを入れたマイボトルを持って、好きな場所に座って飲むなんて、いいな。コーヒーの かくまで香る食卓に 愛だけがある人生なんて 俵 万智・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月7日*ごめんね、母さん・・・祭のごちそう *・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.07
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■9月11日(日)■ヨーロッパの駅って大好き。電車に乗っていれば、どこの国にでも行けるから・・・。フランクフルト中央駅から列車でパリへ。フランクフルト中央駅は、パリだけでなく、ヨーロッパの大きな街に繋がっている。娘のレイは、イギリスからベルギー→フランクフルトと列車で来た。この駅から、一回乗り換えればロンドンにだって行ける。 つながっているから、ちょっと自転車を持って外国にだって行けるのだ。 切符を買う尼僧2人。朝9:00、パリ東駅行きは、1番ホームから出発する。 列車はこれ。 各車両の入口についている荷物置き場に荷物を置く。重い荷物を持ち上げる力のない私たちは、下の場所をとらないとと、早く乗る。列車内は、ドイツ語、フランス語、英語の案内。ドイツ、フランス間は、言葉、お金の単位、時差がない。国境がないのと同じだ。ヨーロッパはひとつだと、つくづく思う。■おまけ■ *駅のごみ箱は4分別なり。*フランクフルトでは2回、地震と原発について聞かれたが、深く語れる語学力がない。_| ̄|○*美味しかったホテルの朝食よさようなら。■欧州2011■■9月7日(水)朝9:50関空発・ルフトハンザ■9月8日(木)ライン川と川のほとりの町なみ。ランチ、ワインの試飲。*ライン川*■9月9日(金)ハイデルベルクの古城とフランクフルトの市内観光。 洗濯とネットカフェ、観光バスも。*ネッカー川*■9月10日(土)フランクフルト市内観光 旧市庁舎前広場、ゲーテハウス、りんご酒電車、マイン川遊覧船など。*マイン川*■9月11日(日)移動日 フランクフルト中央駅からパリ東駅。 ファサード、2階建て観光バス。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月6日*父の麦わら帽子:ドンゴロスいっぱいの松茸 *・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.06
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この国の主役は国民だ!日本に与えられた最後のチャンス。世界中が見ている。みんなで変えていこう。電力も日本も!■山本太郎■ ■日時 10月16日(日)11:00~■エル・おおさか大ホール■料金 1500円(前売り1200円) ■主催 とめよう「もんじゅ」関西連絡会 脱原発政策実現全国ネットワーク・関西福井ブロック■その他チャリティーバザー(企業提供品あり。格安)喫茶・軽食あり。デモには、各自 鳴り物やプラカードをご持参下さい。 ■第一部・10:30開場 11時開演●映画「もんじゅ・・・明かされた真実」(20分)上映。詩の朗読・・・吉永小百合音楽・・・坂本龍一●講演「廃炉に向けて」小林圭二 ■第二部・脱原発へ 13:00~●映画「サクリファイス」(15分)チェルノブイリ原発事故処理に狩り出された100万人の労働者たちは・・・。●映画「児玉龍彦 国会での参考人陳述」(15分)●講演「若狭の原発の危機」中蔦哲演●講演 「放射能から子どもを守るために」崎山比早子(医学博士)●トーク 藤波 心(中3アイドル) 山本太郎(交渉中)●アピール 服部良一(衆議院議員)■デモ 16:00~ 関電コース他にも、■「ミツバチの羽音と地球の回転■が■10月23(日)10:00~と14:00~の2回あります。■会場 境総合福祉会館■参加費 大人800円 大学生・高校生500円 中学生以下無料・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月5日*火鉢のある暮し *・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.05
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■マイン川■の豊かな緑。しかし、マイン川岸辺だけでなく、フランクフルトには、あちこちに緑がある。豊かな緑はマイン川の岸辺だけではない。写真は、フランクフルト中央駅の近くの緑の広場。今は、椅子とテーブルがあるだけだが、夏の間は、ここにカフェがあったのかもしれない。こんな緑の中でゆっくりしたいと思いながら、あたふたと観光したのだった。 レーマー広場では、べロタクシーを見た。■ベロタクシー■(VELOTAXI、ヴェロタクシーとも。 VELO TAXIは誤り)は1997年にドイツで開発された高性能な自転車タクシーとその運営システムである。なお、Veloは自転車の意である(ドイツ語Veloziped、フランス語velocipedeなど:ラテン語Velocipediが由来)。しかし、このべロタクシー、屋根に小さなソーラーシステムがついている。 peter-solarto、solarの文字が・・・。 街の中を走り回る便利な乗り物、トラム。 その線路は、木々と芝生の緑の中だ。 トラムのホームは20センチの高さ。その20センチをゆるやかなスロープで登るようになっていて、バリア・フリー。トラムのホームと入口はフラットで入りやすい。これからの高齢者の乗り物として、車や地下鉄に頼らずトラムにして欲しいものだ。 フランクフルト中央駅の前にはレンタサイクル。これもエコ。■欧州2011■■9月7日(水)朝9:50関空発・ルフトハンザ■9月8日(木)ライン川と川のほとりの町なみ。ランチ、ワインの試飲。*ライン川*■9月9日(金)ハイデルベルクの古城とフランクフルトの市内観光。 洗濯とネットカフェ、観光バスも。*ネッカー川*■9月10日(土)フランクフルト市内観光 旧市庁舎前広場、ゲーテハウス、りんご酒電車、マイン川遊覧船など。*マイン川*・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月4日*秋刀魚の歌*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.04
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10月2日、秋を感じさせる■和歌山県植物公園■に行ってきた。この公園にはいろんなものが植えられている。 温室に植えられていたのは、 アンリ・ルソーの絵を思わせるような葉っぱ。 植物には、いろんな力がある。そして、植物にはいろんな工夫をして、自分を守っている。サボテンのトゲはその代表的なもの。 葉っぱのまわりがギザギザで小さな針のようなこの葉っぱも、自分の身を守るためだろう。 ▲では、この葉っぱの点々は、なぜあるのだろう。 ▲葉っぱのないこの植物は、なにをたくらんでいるのだろう?▲色とりどりの植物の中で私が庭を作る時には、こういう和な植物を植えよう。▲もちろん、苔むしたこういう石も絶対に必要。と妄想がふくらむ。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月3日*雨の名前:通草腐らし(あけびくさらし)*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.03
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フランクフルトを流れるマイン川。9月10日(土)は、マイン川を楽しんだ。 ボートを漕ぐ、若い人たち。 この日は28度と暑い日だった。岸辺では、水着姿の人たちが去りゆく太陽を惜しむかのように日光浴。 白い帆を張って走るヨット。思い思いに遊んでいる。 船から見るマイン川の岸辺は、緑がいっぱい。 川から見えるビルの高さも同じというのは偶然か。水と緑に溢れたマイン川は市民の憩いの場所だと思った。 船上レストランがあったので、夕食はここにした。娘のレイの頼んだ緑色の飲み物は、ベルリーナヴァイセ。ヴァイスビールを赤や緑のシロップで割ったビールのカクテルでストローで飲むドイツのご当地ビールだ。籠に入っているのはブレーツェル。ドイツの代表的なパン。粒塩がまぶしてあってビールのおつまみに最適なのだそうだ。私はトマトとモツァレラ・チーズ、それに水。■欧州2011■■9月7日(水)朝9:50関空発・ルフトハンザ■9月8日(木)ライン川と川のほとりの町なみ。ランチ、ワインの試飲。*ライン川*■9月9日(金)ハイデルベルクの古城とフランクフルトの市内観光。 洗濯とネットカフェ、観光バスも。*ネッカー川*■9月10日(土)フランクフルト市内観光 旧市庁舎前広場、ゲーテハウス、りんご酒電車、マイン川遊覧船など。*マイン川*・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月2日*イチョウのまな板*・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.02
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おばあちゃんの味:ぎょうせん<材料>サツマイモ 1キロ砂糖 800g<作り方>蒸したサツマイモの皮をむき、鍋に入れる。砂糖を入れて、焦げんように混ぜながら、弱火でコトコト煮る。水あめみたいな「ぎょうせん」の出来上がり。箸ですくって食べてみんさい。ぎょうせん・・・。忘れていた言葉を広島県の庄原という所に行った時、「道の駅」で偶然見つけた、伝統の食事や諺の数々を紹介した、「しょうばら里山の旬だより」という小冊子で思い出した。そうそう、みずあめのことをぎょうせんといっていたわ、子どもの頃・・・。 「ぎょうせん」とは、関西地方では水あめのことを指すそうだ。もともとは漢方の地黄煎(じ・おう・せん)がなまったとも言われる。原料は小麦ともち米だけ。大鍋でもち米を蒸した後小麦から作った麦芽を混ぜて糖化させ、一晩寝かせた搾り汁を約10時間煮詰める。香川短大の北川博敏・名誉学長(園芸利用学)によると、もち米のでんぷんが麦芽から出る酵素で糖化し、まろやかな甘さが生み出されるという。サトウキビから砂糖を作る以前から日本で利用されてきた製法で、平安時代の文献にも登場するという。薄切りにした大根の上にかけてしみ出した汁を飲めば、せきやぜんそくにも効くという。とにかく上品で懐かしい甘みを味わえる。(佐藤常敬) ◇メモ◇ 三原飴店(香川県三木町池戸3746の2)は、高松琴平電気鉄道(ことでん)長尾線の農学部前駅から南西約400メートル。ビン入り300グラムが1100円、600グラムが2千円のほか、少量の量り売りも。■里山の旬だより■■昔語:芋穴■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2011年10月1日**・・・・・・・・・・・・・・
2011.10.01
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