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ラインの黄金仮面 Weekly
フロッシュ:『こうもり』J・シュトラウス
そう、この『こうもり』の上演を過去4回体験しました。次回のガレリア座公演での『こうもり』を合わせると実に5回目。それでもまだまだ味わい尽くせていないし、やってみたい役柄もいっぱいある。それだけ、このオペレッタは魅力ある曲です。
で、私が、初めてこのオペラにかかわりを持ったのはガレリア座の旗揚げ公演での『こうもり』でした。
このガレリア座という劇団の前進に“ガレリアプレーヤーズ”というのがあったのですが、私はその草創期からのメンバーで、そのプレーヤーズ公演で『こうもり』のナンバーを歌っていたことはありました。
この劇団の主宰であるYagiさんから「オケつきのオペラ団を立ち上げる!ついては『こうもり』をやるからよろしくな!」と、言われたときにはまさに小躍りするほど喜びました!まさか素人がオーケストラをバックに歌えるなんてことが本当にできるなんて!!
このプレーヤーズでもちょっとしたオケ伴奏で歌ったりしたこともありましたが、本格的に1本ものをやるなんていうのは初めてです。Yagiさんはクラシック、特にオペラは大好きですが殊、オペレッタの造詣の深さについては右に出るものはいないと思わせるほど・・。で、この『こうもり』にはかなり思い入れが深いらしい。Yagiさんは当然、主役のアイゼンシュタインを、で、私はそれにも絡むコメディロール、看守長フランクを演じる予定でした・・。ところが、仕事の都合で稽古に参加できる目処が立たなくなってしまい、その要請を断らざるを得ませんでした・・。
せっかくの夢舞台・・。それにかかわることができないのかと思うと、無性に腹立たしくなった事を覚えています。
で、気落ちしていた頃Yagiさんから再度連絡が・・。「じゃぁさ、フロッシュやってくれよ。歌はないけどさ、お前演劇部出身だし。」
フロッシュ!?思っても見ない要請でしたが、ああいう三枚目の役は大好き。フロッシュならば、稽古にいつも拘束されなくても何とかなる!即OKしてしまいました。
フロッシュとはこのオペレッタの第三幕に出てくるアル中の看守です。舞台が看守長フランクの指揮する監獄なんです。詳しいあらすじなどは後ほど「まい・ふぇいばりっと・OPERA」に記しますが、三幕が開幕すると、しばらくはこのフロッシュ殿の一人芝居。そこで観客の笑いを取り、残りの幕を勢いよく見せてしまおう!という感じなのです。
この『こうもり』というオペレッタ、おしゃれでありながら爆笑を誘い、実に心を浮き浮きワクワクさせてくれるオペレッタ。聴くもの、見るものの心をシャンパンの泡のようにふつふつとさせる、決しておセンチな方向に流れない、真のウィンナオペレッタです。ですから、ギャグも満載で、1幕、2幕とも笑いの耐えない時がありません。そして、そのギャグの集大成がいわばフロッシュとなるわけです。私なんかもそうですが、フロッシュが如何に笑わせてくれるか!それをチェックする人もいる位です。
稽古はほかの出演者が大分作り上げ終わった3回目の合宿、つまり、総仕上げの合宿から参加することになりました。Yagiさんが、この公演の台本を作ったのですが、フロッシュの一人芝居のところは・・“ここはすべて役者が考えること・・”となっており一切台詞も何も書いていない。途中で絡む役者が出てくるところまではすべて自分で考えて演じなくてはならない。まぁ、大変ですが、面白そうで挑戦し甲斐もあります。演じる内容はすべてその日に1時間ほど時間をもらい考え、人の名詞の裏に台詞を書き込み、オケやほかの歌い手の見守る中、お披露目しました。反応は上場。このままこれをつめてゆけば、形にはなるだろう。そして、その後の練習でそれを醸成させ作り上げてゆきました。
この時の『ガレリア座』の舞台。なかなか芸達者な歌い手が集まったので、のっけから客のつかみはOK!びっくりするほどウケがよかったです。特に2幕ではYagiさん演じるアイゼンシュタインが見事で、完璧に“ツカミはOK!”という感じでした。もう、こうなってくると、私もやりやすい。客の笑いの栓はもはや抜かれたようなものでしたから、何を言っても笑ってくれる。自然と気持ちにも余裕が生まれる・・。
が・・・・、ここで予想だにもしない出来事が・・・。
この『こうもり』というオペレッタは通例として、2幕の真ん中で、ゲスト歌手やダンサーなどを迎えて歌ってもらったり、踊ってもらったりといった短いショーが挿入されます。それをまた楽しみにしている人も多かったりします。ガレリア座のこの公演では、Yagiさんやガレリア座のメンバーとゆかりの深い人でその時代ではプロの卵として世に出ようとしていた若手歌手の皆さんにゲストとしてご登場いただき歌を披露してもらうというショーを挿入しました。(その歌手の中には現在ドイツ、日本で活躍中のバリトン歌手、小森輝彦さんもいました。)さすがに歌手の卵とはいっても、すばらしい歌声。観客も我々も酔っていました・・。
ところが、観客のモードはじっくり聞くモードに入ってしまい、先ほどゆるんだ観客の腹筋はまたきっちり締まり、笑いの栓も完全に閉じられてしまいました・・。ショーが終わって本編に入っても、観客の反応は先ほどの沸いていた状態とはどうも勝手が違う・・・。
これはいきなり大きなハードルを課せられた感じがしました。まさか自分が舞台に登場する直前になって、盛り下がっちゃうとは・・。
私の役はただ笑わせるためだけの役・・・。もしここで観客がウケてくれなかったら、っと思うと、妙に緊張しだしました。自分は稽古で散々笑いを取ってきた。でも、もしかしたら、それは内輪ウケで終わってしまうかもしれない!どうしよう!?どうしたらいい!!??そう思いながら鏡に向かって顔を変形させているうちにあっという間に時間に・・・。
3幕の前奏曲が終了。アイゼンシュタインの身代わりに刑務所に入ったオペラ歌手アルフレードが牢屋で歌っている。
「うるせぇ~」と言って千鳥足で入ってくるのですが、緊張のあまり、のっけから出の位置をとちってしまった!!本来なら上手袖から出るものを下手袖から・・。頭の中ではやっちまったぁ、と思うけれど、修正はできない。仕方なく芝居を続ける。いつものように台詞を話す。なんだか重~い空気が舞台上から客席を支配しているのが見える・・。
ひゃぁ~~~~~~っ!!
もう、一か八かの賭けでした・・。
まずは大げさに動く。以前の稽古から大げさには動きましたが、よりデフォルメされた動きになっていたでしょうか。そして、
今まで稽古で演じてきたものとはまったく別の、方向転換でやっちゃおう!!と即興でというか、まるっきりのアドリブで演じてしまったのです。これにはオケも舞台袖で控える共演者達も驚いたようです。「いったいあいつはなにをするんだぁ?」
しかし、これが大爆笑を誘います。信じられないくらいに調子よく、お客さんはみんな笑いの栓を抜いてくれます。シャンパンがプチプチ泡を立てているがごとく、笑いがプチプチと渦巻く、そんな印象を受けました。私も調子にのってアドリブを連発。オーケストラメンバーまで巻き込んで、笑いを引っ張ることができました。
まぁ、これは実際に舞台に乗って演じていた私の印象ですから、共演者や指揮者、演出家はヒヤヒヤものだったろうし、よく思っていない人もいたかもしれません・・(汗)、しかし、この舞台、この役が、この後、このガレリア座というところで活動してゆく上で必要な信頼、いろんな舞台にのってゆく自信といったものを作ってくれたのかなぁ、そんな気がします。
後のアンケートであるお客さんから「フロッシュはまるでエーリッヒ・クンツを思わせるような・・云々」の書き込みがあったのを見て、とても嬉しくて心躍った記憶があります。まぁ、ハッキリ言って過大評価しすぎですが、軽妙洒脱で芝居も歌も楽しく大好きな歌手クンツを例えに出してくださったことはこの上ない喜びです。
しかし、あれ以降、ガレリア座では「黄金仮面は芝居にアドリブを入れる」と言われて恐れられてきました(笑)。だって、オペレッタでひとつはアドリブを入れることといったのはYagiさんだし、私も正直、アドリブをやる相手、やる場所は直感にしたがってではありますが、やっていますので、これまで破綻したことはありませんし、笑いをとり、舞台を作り上げることができたと、ある意味自信を持っております。自信をもつことができたのも、このフロッシュあったればこそなんでしょう、そう思っています。
【ウケたキーワード】
実はこの大爆笑、とあるキーワードを言ったことから破裂したものです。それは『葛飾区役所の防災服!』。
私の衣装は当時の団員で葛飾区役所の職員の方からお借りした防災服。お世辞にも洗練されているとはいえず、そのボロっぽさがアル中の看守の衣装にはぴったり。「おれも所長や舞踏会の連中みてぇにいい衣装が着てぇなぁ。これ、ばらしちゃうけど葛飾区役所の防災服だよ」といったら、客席の笑いのつぼにピタンとはまったんですね。葛飾区役所さまさまです・・。
数年後、まさか私がこの葛飾区役所と非常に縁近い仕事に就くとは思いもしませんでしたが、葛飾区、下町情緒あふれていいところです。ちなみに当時その服を貸してくださった方は、今は団を辞めていますが、区役所では出世されていらっしゃいます。
【プロの舞台のフロッシュ】
フロッシュは芸達者な方が演じる事が多いのですが、さすがに来日公演だと、言葉が分からないため、笑いのつぼをおさえるのが難しいことがあるようです。多分ギャグを言っているんではないだろうというところで、字幕を見ている客が笑ったり、ウケを狙っていると思われるところで客が受けなかったり・・。なかなか難しいようです。外国の団体が受け狙いで、安易にやる「ニホンゴ」も、こう多いと食傷気味・・。
ただ、今DVDで見ることができますが、P・ドミンゴ指揮のコヴェントガーデンのライブでのフロッシュは傑作です。とにかく動き、表情が見事。言葉が理解できなくても笑いを取る、これくらいの意気込みで演じてくれないと、フロッシュは万国共通の役柄にはなり得ません。酔っ払いの演技といい、ドミンゴと一緒に歌っちゃったりといい、最高です。また、このディスクはヘルマン・プライやキリ・テ・カナワ、ドリス・ゾッフェルといった一流の歌い手が配されており、しかも、気取らず大爆笑を誘う、面白い盤となっています。はじめて『こうもり』をご覧になる方にはお勧めです。(まぁ、ドミンゴの指揮なんかはご愛嬌ですが・・)
オペレッタは日本人がやった、日本語歌詞、台詞で見たい!!と思うときも多々あります。やっぱり雰囲気はいつもどこか微妙ではありますが、日本製ウィンナオペレッタと思ってみれば、十分楽しめるものです。私も数多く見てきましたが、正直言ってフロッシュは二期会のテナー歌手斉藤忠生さんさえいれば良い、というのが正直な感想・・。今まで彼ほどつぼを得たフロッシュに出会えていないのがなんともさびしい限りです。
もっとも大阪などでは池野めだかさんなんかがやったりしてるようですから、どうも、そんなコテコテフロッシュも一度は見てみたいなぁ・・。
★ フロッシュ見るなら絶対お奨め!!ほかの歌手も爆笑間違いなしのドミンゴ盤。
★名歌手エーリッヒ・クンツの『こうもり』はこれで見られます!ただしフロッシュではなく、フランク。こちらも名歌手ぞろい。
★こちらもクンツのフランク。豪華歌手ぞろいのオペラ映画。指揮がベーム、オルロフスキー伯にワーグナーテノール、ヴィントガッセンを起用した、まさに“異色の”重厚なこうもり。フロッシュには一時代を築いたオペラ演出家オットー・シェンクが演じているのも興味深いです。
★真のウィーン子、ウィーン気質を身につけた名バリトン歌手クンツのエッセンスをまるごと閉じ込めたCD。必聴盤です!
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