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この人がいなかったら、名作ドラマ「北の国から」は生まれなかったかもしれない。自分の住んでいる町、富良野を愛し、数々の創意工夫で世に知らしめた人である。まずは喫茶店のドアなどに「○月○日、いかだ祭り開催」と書いた。意外と多くの参加者が集まり、小さなポスターの効用を確認。それが発展して、有名な「富良野いかだ祭り」が始まった。しかし、いかだ祭りが大きくなって市が規制し管理始めると、自分たちの意に会わぬ、役割は終わったと未練もなく手を引く人。絵は「北国の春の落日」「忘れえぬ人々」と言う国木田独歩の珠玉の名作がある。詳細は、左記の「スペインの忘れえぬ人々」に述べている。ここで私が述べる「忘れえぬ人々」は、それと違う。一瞬出会って会話をしたことのある「忘れられぬ人」。今回は倉本聡氏の「北の住人たち」に出てくるチャバさんこと茶畑さん。富良野の電気店の主で、ブラジル移民を計画していたが、電柱から落ちて、村人の情けに触れて思いとどまったと言う、心優しい「北の住人たち」の伝説の人物。「北の国から」では、ひょうきんで頭の弱い草太役と言われている。会ってみると、とんでもない。素晴らしく賢い方だった。そんな折、NHKの大河ドラマを降ろされた失意の倉本聡氏が富良野に居を構えた。NHKと喧嘩しては、ドラマの依頼はもうくるまい、トラック運転手をして生きていこうかと著作で述べているほど倉本聡氏は落胆していたもよう。たまたま倉本氏の富良野の案内役が茶畑さんだったそう。そんな倉本氏に茶畑さんは言った。「テレビのドラマなんて一回こっきりでつまらない。人の一生をたどるような連作をやるべし。ちなみに私の娘と息子のような姉弟の成長を題材にしたら」と。これがきっかけとなって、倉本氏は再度創作に復帰し、「北の国から」は生まれた。茶畑さんの頭には、当然、この著名な劇作家を通じて、愛する「富良野」を世に知らしめたい意図があった。茶畑さんたちは、とても心優しい面がある。富良野塾の恒例の村人を招待しての発表会で、倉本氏はあまりの劇のまずさに怒って席を立った。真っ青になってたちすくむ富良野塾の若者たち。そんな折、茶畑さん、中瀬古さんが、一升瓶をさげて、若者たちを「気にすることはない」と励ましたそう。茶畑さんの賢さ、一徹さ、賢明さを示す事例がある。ある人が茶畑さんに尋ねた。「自殺をどう思う?」茶畑さんは答えた。「自分を賢いと思っている愚かな人がすることです。」「自殺するな」と言うより、はるかに思いとどまらせる。素晴らしい名言である。もうひとつ、仙台市が、街の活性化のために討論会を開いて、富良野振興の功績のある茶畑さんが招かれた。茶畑さんが発言する番になったとき、茶畑さんは言った。「なぜ、自分の街のことを他所の町の人に聞くのか?街のことを一番知っている自分で考えろ」と。討論会は、この一言でおじゃんになったそう。私は倉本聡氏のシナリオ全集から著作のほとんどを全部読むほど、倉本聡氏と富良野の住人「フラニスト」のファンだった。そんな折に、北海道を仕事で訪れ、ある人の紹介で出会った。茶畑さんと語ったのは、わずか30分ほど。しかし、いまだに決して「忘れえぬ人々」のひとり。
2006/06/28
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かみさんの命日に近い夜、清瀬の渓流を訪れた。一匹の蛍が、かすかな黄色い光を明滅しながら、歩む道を案内するように、私を闇の奥へ奥へと誘った。「たましいの ゆらぎにも似て 蛍かな」 油絵「トルコ桔梗」蛍のゆらゆらとさまよう光の尾は、 古来より魂を思い浮かべる人が多かった。 自分の魂がさ迷い出たと歌った和泉式部 「物思えば 澤の蛍も わが身より あくがれ出づる 魂(たま)かとぞ見る」 自らの心の闇に蛍火をさがしたのは、河原枇杷男氏 「身の中の 真っ暗がりの 蛍がり」 自分の心の中に、蛍火のように灯るかすかな光を求めて、我々は日々を生きている。水彩画「軽井沢の春」 闇の夜道を一人行った私と違って、 蛍は思う人と行くべきもののよう。 恋の予感を感じさせる句が多いのは、蛍の夜の妖しい闇の深さのせい。 「ゆるやかに着てひとと逢う蛍の夜 」桂信子 「蛍火や手首ほそしと掴まれし」 正木ゆう子 「その人と同じ蛍の闇にゐる」 辻田克己 「男の手たくみに逃げし蛍かな」 野田瑠璃子 たくみに逃げようとしたのは、 ほんとうに蛍だったのだろうか?
2006/06/23
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素敵な出会いがあると、たびたび、初恋のように心がときめき、夢中になった。最初は、独身の頃、白樺湖の法政大学の広大な敷地の山小屋。雨で蓼科登山が中止になり、たまたまその山小屋を訪れた。学生オーケストラの演奏や合唱団の歌が聞こえていた。雰囲気の良い若い人々にあふれた山小屋の夏休み。 素晴らしい出会いが、木の香のする片隅のバーにあった。出会いの相手は、人ではなかった。それは、誰かが寄贈した、たくさんの世界の推理小説!水割りを飲みながら、何気なく、その中の一冊を読み始めた。いつしか、雨の音も今自分がどこにいるかも忘れた。心は、英国のどこかで起こった殺人事件に没頭していた。たしかエラリークインの「Yの悲劇」だったと思う。この出会いは強烈で、初恋のようにときめいた。山から戻ってからすぐに山のように買った。かずかずの推理小説からスパイ小説の名作まで。数十冊、机の上に積み上げた。仕事が終わると一目散、毎日のように、心は、世界中の怪事件の解決に没頭した。クイーン、クロフツ、ジョン・ル・カレ。カトリーヌ・アルレーの「死者の入り江」は、深夜、読むのが怖いほどの秀作だった。油絵「巴里の夜」 ウイスキーをボトルのキャップで飲むと、舌で転がせば甘くて酔いが心地よい。酔うほどに推理小説の主人公になって、心は世界中の街角を徘徊はじめ、恐怖の夜をすごし、犯人を追い詰めた。あのときめきの出会いをいまだに忘れられない。積み上げた本の数だけ、毎夜、新しい恋人に出会うような幸せな日々だった。しかし1カ月後にドクターストップ。恋の病なら、まだ良いが、毎夜、ウイスキーのストレートを半ボトル飲んだので胃に穴が開きかけていた。今でも、あの一ヶ月は、ほんとうに幸せな日々だった。本は、人々を、さまざまな世界へ旅立たせる。その無限の歓びは、はかりしれない。さて、楽天での交流がきっかけになって、私のスペインの水彩画が、そんな本の挿絵になりました。 リタイヤして丹沢近くの町に住んで見つけた喜びと憧れのスペインへの思いがあふれている本です。よかったら、本屋で注文してお買い求めください。 【里山暮らし、ときどきスペイン】 太陽出版 定価1,260円(税込)詳細は、下記のホームページへ。里山暮らし、ときどきスペイン 楽天ブックスでも買えるそうです。キャンペーン中は、送料無料とか。自分の行く末をいかに生きるかの示唆になるかも。
2006/06/20
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世の中には「波長が合う」人がいる。これを英語でも、驚くほど同じように言う。”We are on the same wave length”物みなに固有振動数があるように、人の心にも、共鳴する振動数があるよう。振動数が同じだと、その人の為すこと全てに共鳴する。私の場合は、青年時代は・・・絵画なら、コロー、フェルメール、佐伯祐三。作家なら、カメレオン日記の中島敦、異邦人のカミユ、アカシアの大連の清岡卓行、夜と霧のフランクル。 油絵「卓上の果実」 年を経ると共鳴する周波数が変わってくる。劇作家なら倉本聡氏、ロバートボルト。倉本聡氏の脚本全集を含め著作は全部読むほど。監督なら、わらの犬などのサムペキンパー。作家なら、宮本輝、藤沢周平、村上春樹。人物では、知恵の七柱のロレンス、玄奘、空海。描いた絵や書いた文にも固有振動数があるのかも。掲示板にコメントを書きあったり、リンクするのは、保有する「波長」が近いのだろう。「ある人が好きでたまらなくなる」のは、心の振動数が一致して共振し増幅して無限大になり、抑制が効かなくなることかもしれない。しかし機械だと振幅が無限大になると破損するように共振してはならない心と心が、異常に共振すると・・・破滅や心中にさえ至る。しかし、「微妙に」波長が合う人とめぐり合って幸せを取り戻す人もいるだろう。ともあれ「波長の合う」心の友を見つけるには、この「楽天」ほど、有効な場所はあまりない。そんなきっかけで、私の水彩画が、「波長の合う」方の本の挿絵になった。詳細は次回、報告します。 急ぐ方は下記のホームページへ。里山暮らし、ときどきスペイン余生を如何に生きるかの参考になります。よかったら、本屋さんで注文ください。
2006/06/17
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白い砂浜を見ると、飛んでいってぺたりと座り砂を放り上げて空を仰ぐ。土筆採りにいけば、真っ先に土手の彼方に消えた。渓流に裸同然で放り出すと、喜々として飛び跳ねる。いつも生きる喜びにあふれた天衣無縫の子だった。母親の死に号泣した、その娘も、いつしか自分が母親となった。娘の育児姿が、母親のそれといつもだぶってしまう。パステル画「晴れときどきおおあくび」 娘が父の誕生日に用意してくれた、ご馳走は、はまぐりと海老と烏賊のパエリア。野菜と肉のチーズフォンデュ。いかに等分にケーキを切るかを討議する頃には、すっかりシャンペンに酔ってしまっていた。源氏蛍が飛び交う頃が、私の誕生日。平家蛍が飛び交う頃が、かみさんの命日。今日、清瀬のせせらぎ公園の清流に遺影を抱いて見に行ったら、そこここに細いはかなげな光の尾を見つけた。たましいの ゆらぎにも似て 蛍かな二匹の蛍火は、しばしば交叉しながら舞い上がり、高い木の上に仲良く憩っていたかと思うとやがて、ふたつの光がひとつに重なった。もつれあう 蛍火ふたつ 忍ぶ闇
2006/06/12
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最近、偶然の一致がよく起こる。この“意味のある”偶然の一致をシンクロニシティと言う。 スイスの心理学者ユングが、世界で初めてこう名づけて論文を発表。「共時性原理」“意味のある偶然の一致”は、生物、鉱物を含めた「集団的無意識」のなせる結果とした。考えてみると、手相や亀甲占いや星占いは、すべて、未来の出来事が、それらと一致していると言うのだから、この「シンクロニシティ」の原理で成り立っていると言える。さて、霧が峰の素晴らしい鷲ヶ峰ヒュッテで、ある夜、山好きな男三人が、たまたま集っていた。出身を語ったら、なんと3人とも「清瀬の秋津出身者」だった。日本中の地名の数からして確率的には、決してありえない!つぎはたわいもないことだけど、夜中、ふと目覚めて眠れない時があった。長く電池を入れずに止まっていた時計が気になって電池を入れて時刻を合わせようとしたら、止まった時計の針が指していた時間とぴったり同じ!合わせる必要がなかった!この時計は、そんな意図を持っていたのか。再開の時間を、止まった時間と同じにするようにタイミング良く、怠惰な持ち主を叩き起こしたよう。分まで一致するなんて、やはり確率的にはありえない!さて近くの清瀬の源氏蛍の見ごろが今日6月8日。平家蛍の見ごろが、7月7日。前者は、僕の誕生日。後者は、がんで亡くなったかみさんの命日。今日は、遺影を持って蛍を見に行ってきます。絵は、むかしむかし描いた山登りが好きなお嬢さん。じっと見つめると、恥ずかしそうにうつむいていた。この絵が描きあがって数日後にプロポーズしました。「奥津温泉のそばに櫃が仙と言う静かな山があるんだけど。ふたりだけで、山に登らない?」「はい、お願いします。」後日談シャイなお嬢さんも、子供が生まれると、「たくましく」なるもんです。子供二人と6年通った剣道は、いつしか剣道二段。一緒に通ったテニスは朝日レーディース岡山代表。家族の中で最も元気で、最も長生きしそうに見えたのに・・・。廊下でたまたますれ違って、絵のモデルに誘わなかったらふたりは、別の人生を歩んだはず。人生は多くの「シンクロニシティ」の連鎖なのかもしれない。
2006/06/08
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魚を描くこつは、たぶん新鮮でみずみずしく描けるか否か。つややかでまるまる太った見事な鯖。塩焼きにしたら、美味しそうだった。 描いていると食べたくなった。この新鮮な鯖が、たった200円だったと聞いた。自分で塩焼きにして食べたくなった。お湯でさっと洗えば臭みが消える、味噌に漬けて洗いながすと旨みが増す。そんな鯖の料理法も知ったばかり。しかし売ってる魚屋さんを探したが見つからない。それもそのはず。この鯖を売った数日後に亡くなられたとか。それも自らの手で。人気のある魚屋さんだったそう。毎日5時に起きて築地に買出しにいく人生。風邪をひいて体調の悪い時。遅くまで友人と飲んで起きれない時も。そんな日々に疲れてしまったのだろうか。何気なく買っている魚でも、魚を捕る人、深夜便で運ぶ人、早朝仕入れる人とたくさんの人々の、日々の生の重みで支えられているよう。食べる時も描く時も、心を込めてやらなくては・・・と、思った次第です。
2006/06/05
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